入浴を終え部屋に戻ると和室に布団が敷かれていた。何故か布団が一組、そして枕が二つ。どういうことなのか分からずお互いに眼を見ながら首をかしげているとドアのノックが聞こえたので開けると白川夫人が立っていた。
「克也様の部屋は別にご用意させていただいておりますのでそちらに移動を願います。」
「…分かりました。」
疑問を抱きながら白川夫人のあとをついて行くと達也のいた部屋からかなり離れた一室に通された。先ほどいた部屋と同じ作りであり布団が一組、枕が二つなのも変わらず。叔母の考えが分かり久々に頭痛に悩まされたが達也に『念話』で伝える。
『…こっちも同じだったよ達也。』
『連絡が遅かったなそんなに遠かったのか?』
『結構歩いた気がする。距離にして百mぐらいか?』
『…離すにも限度があるだろ。叔母上は何を考えているんだ?』
『仲を深めろってことだろ?こんな用意をわざわざさせるんだから。叔母上の場合はその意味がずれてる気がする。』
『…そういうことをしろということなのか?』
『慶春会前にそんなことをさせるか?当日に醜態をさらすことになるぞ。多分叔母上は俺達四人が動揺するのが見たいんじゃないかな。』
『…なかなかいい性格をされているな叔母上は。』
『達也がそれを言う?』
『お前にも言われたくはないが…深雪が帰ってきたから切るぞ?』
『こっちも感じた。水波も帰ってきたみたいだから切る。』
達也との連絡を切り少し気を抜いているとドアを開けて水波が入ってきた。
「お待たせしました。こ、これは!」
「いや、俺がしたのでは。っ!」
部屋に入ると自然に眼に入る位置に和室がありその場所に俺が立っているため俺が敷いたかのようなことになっていた。弁解しようと声を出したが最後まで言えなかったのは水波の様子に驚いていたからである。何人もの使用人によって磨かれたであろう水波は普段から美少女であったが今では深雪にも劣らない美貌に変化していた。
浴室が暑かったのだろうか単衣(ひとえ)だけでも全く寒そうに見えない。遠くで達也の動揺した気配を感じたので自分と同じような状況なのだろう。水波でさえこうなのだから深雪ならどうなるのか想像したくもない。
「水波、先に言っておくが俺が敷いたんじゃないぞ。ここに移動させられたときにはこうなっていたんだ。」
「いえ、克也兄様を疑っているわけではないのですが驚いていましてどなたがこうされたんでしょうか。」
「誰がこうしたのかは分からないが命じたのは叔母上だろうな。とにかく寝ようか明日は朝から忙しいだろうからでも寝る前に話しておきたいことがあるから布団で待っていてくれ。」
「分かりました。」
俺が着替えている間水波は寝る準備をしてくれた。顔が赤いのは入浴の際の熱が残っているだけではないだろうと俺は気付いた。
寝間着用の浴衣に着替え敷き布団の上で正座をして俯いている水波の前に同じように正座をして座る。
「水波、顔を上げてくれ今から話しておきたいことがある。俺はまだお前が婚約者だと納得できていない。理性では納得しているが感情がそれを邪魔している。水波にとって辛いかもしれないが我慢してくれ。」
「大丈夫です私は婚約者であると感情で理解してもらえるまでいつまでも待ちます。ところでお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「いいよ答えられることなら。」
「お名前はなんとお呼びすればよろしいですか?」
「水波の好きなようにす呼べばいいよ。今まで通りでもいいし俺が四葉家にいたときの呼び方でもいい。」
「それでは人前では『克也様』と家や二人の時は『克也兄様』とお呼びさせていただきます。さらに聞かせていただきます。深雪姉様と兄妹ではないということは本当なのですか?」
「いや、それは嘘だ。達也と深雪を結婚させるために言ったことらしい。」
「それでは近親婚ということになるのではありませんか?」
「深雪は四葉の科学、魔法学の粋を結集させて作られた『完全調整体』だそうだ。造られる前に遺伝子が弄られているからベースが一緒でも遺伝子は別物だ。だから近親婚による弊害はないから生まれてくる子供に影響はない。」
「…つまり遺伝子上は従妹ということですね?」
「その通りだ。叔母上の言葉から推測すると俺達より寿命は長いだろう。」
深雪の正体を知ってもなお感情にブレが出なかったのは自分と同じ『調整体』であることを薄々感じていたからだろうか。
「水波、婚約者が俺で本当にいいのか?お前が望むなら解消してもらってもいい。」
「嫌です!私には克也兄様しか考えられません!論文コンペの日に言ったように私の居場所は克也兄様の横だけです!克也兄様の婚約者にしてもらえて私は嬉しかったんです。もし克也兄様が他の誰かと婚約すれば私の居場所は何処になるのか私は何のために生きているのか分からなくなっていました。克也兄様は誰にも渡しません!」
水波の眼を見て俺は気付いた。
{誰に何を言われても折れない心の強さ。それを曲げない意志の強さ。それが俺を惚れさせ恋をさせた。水波に妹として向けていた感情の中にあった一人の女性としての感情がこれだったんだ。死が二人を分かつまで守り続けなければならないものだ}
と今になって気付いた。そんなことを教えてくれた大切な女性(ひと)がこんなに近くにいたのに今まで気付いていなかった自分を恥じた。
「水波寝ようか?」
「はい!」
水波は横に入ってきて嬉しそうに抱きついてきた。今までの俺なら文句か遠回しな拒否をしていただろうが今の俺には出来ない。将来の伴侶になるのだから出来ないのは当然だ。
「水波もう一つ言っておくことがある。」
「何でしょうか?」
「俺はお前とまだ一線を越えるわけにはいかない。それは分かってくれているか?」
「…はい。」
水波が顔を赤くして恥ずかしそうにしているが大切なことなので気にせず続ける。
「お前が卒業して生活環境が整ってからだ。優秀な魔法師は多くの子孫を残すことが求められているが学生の間は適応されない。それに他の家から求められても従う義務はない。だから安心して高校生活を送って欲しい。年明けからの学校は居心地悪いだろうが我慢してくれ。」
「そのことは覚悟の上で了承したんですから気にしないで下さい。もし子供が産まれればその子は大丈夫なのでしょうか。」
「そのことは心配しなくて大丈夫だ。俺の『回復』があるから問題ないらしい。それより寝ようそろそろ俺も限界だ。」
「はい、最後にお願いをしてもいいですか?」
「何?」
「抱き締めてもらえますか?」
「もちろんだ。」
水波の甘えに嬉しく思いながら抱き締める。
「しまった、特製ドリンクを忘れた。元旦の朝まずいことになる。」
「ご心配なく持参しております。」
準備の良さに辟易とさせられる。
「おやすみなさいませ。」
「おやすみ。」
互いの手を握りながら目を閉じると睡魔が襲ってきたためすぐに眠りにつけた。
元旦の朝から克也達は着せ替え人形のように一時間以上いじり回され終わる頃には自宅に帰りたくなっていた。控えの間で気持ちを落ち着けていると津久葉夕歌がやってきたり。
「あけましておめでとう。入場の際に吹き出しちゃダメよ。我慢できなくなったら少し長めのお辞儀で顔を隠しなさい。」
「あけましておめでとうございます。それはどういう意味ですか?」
「入ったら分かるわよ。」
それだけ伝えて夕歌さんは自分の控え室に帰って行った。
「達也、吹き出すってどういうこと?」
「分からん。」
達也も少なからず緊張しているようで返事に愛想がなかった。その後、白川夫人に呼ばれ白川夫人の誘導に従い部屋に入る。
「次期当主 司波深雪様及び御兄上 司波達也様。補佐 四葉克也様及び使用人 桜井水波様 おなーりー。」
白川夫人の口上に達也と克也は膝が砕けそうになり深雪と水波はこめかみが引きつっていた。夕歌の助言がなければ四人とも醜態を曝していただろう。
{これは「どこまで耐えられるか選手権」なのか?}
慶春会の場にも関わらずそんなくだらないことを考えてしまい自分にうんざりしたが気が軽くなったのでプラマイゼロになった。
「皆様、新年おめでとうございます。私より三つほど喜ばしい報告があります。」
金糸をふんだんに使った黒留袖を着た真夜の発言にざわつきが音をなくしたかのようにピタッと止まった。
「この度司波深雪さんを次期当主とすることを決めました。挨拶は継承式で行おうと思っております。そして私の『息子』である克也の弟達也を婚約者としました。」
真夜の言葉にざわめきが広がった。子供がいなかった真夜の口から「私の息子」という言葉が出たのだから隣同士で会話をしてもおかしくはない。
「ご当主様、『私の子供』と聞こえたのは聞き間違えでしょうか?」
「いいえ、津久葉殿。良い機会ですからここで説明しておきましょう。克也と達也はあの『事件』の前に採取していた私の卵子を用い姉を代理母として産まれた双子です。何故双子になったのかは謎ですが。このことを知っていたのは姉である深夜と葉山さんと紅林(くればやし)さんだけでした。」
「納得いたしました。」
津久葉家当主が座り直したのを確認してから真夜は口を開いた。
「そして達也の兄である克也を深雪さんの補佐として仕えさせることにしました。これを踏まえ桜井水波ちゃんをガーディアンから婚約者としての地位に変更いたします。」
出席者は何故使用人兼ボディーガードだった水波が深雪達と同じ席に並んでいるのかを理解したらしく納得顔で隣同士で話している。
「姉さん大丈夫?」
どうやら亜夜子の気分が悪いらしく文弥が声をかけていたので視線を向けると真っ青な顔をしていた。
「葉山さん、亜夜子さんを別室へ。」
「かしこまりました。」
亜夜子が文弥とともに退出するのを見送って真夜は告げた。
「それでは食事を再開しましょうか。」
「姉さん大丈夫?」
「やっぱり文弥には分かっちゃうんだね。こういうときに双子は隠し事が出来ないから不便ね。」
「克也兄さんのことは仕方がないよ。克也兄さんが水波さんに好意を抱いていたのは知ってるから姉さんが落ち込むことはないと思う。」
「水波ちゃんを恨んでなんかいないわ克也さんを幸せにしてくれればそれでいいから。でも本音は自分で克也さんを幸せにしたかった。克也さんが私に抱いてる感情は『愛』でもそれは一人の女性としてじゃない。家族としての『愛』だったって今気付いたの。何があっても自分には振り向いてくれないのは分かってた。でも諦めきれなかった。とっても好きだったから。」
別室で涙を流しながら悲しく微笑む双子の姉に文弥はかける言葉が思い浮かばなかった。今の亜夜子は次期当主候補の補佐ではなく一人の少女として話していた。
食事もほぼ終了し泥酔しかけている出席者の前で克也と達也は叔母に言わなければならないことを伝えることにした。
「『母上』お伝えしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「何克也?」
『母上』と言うのはまだぎこちなく違和感があるが『設定』を疑われてはならないため我慢する。
「リーナこと『アンジー・シリウス』が日本にやってきた頃に自分は力不足なのではないかと感じ始めました。」
克也が話し出すと今まで談笑していた出席者達は三人の会話を静かに見守り始めた。
「あなたは四葉でも屈指の実力者ですよ?謙遜しすぎると嫌みになると思いますけど。」
「謙遜ではありません自分には達也のように一瞬で相手を無力化する決定打がないのは事実ですから。」
「それこそ気にしなくてもいいのでは?」
「俺の魔法は大勢の敵を前提とした戦い方ではありません。単独あるいは少数の敵を倒すことを目的とした魔法です。」
克也の言葉に全員が衝撃を受けていた。克也の魔法力の高さだけに眼を向けていたためそのようなことに気付いていなかった。確かに克也の魔法は効果範囲が極端に狭い。『流星群』も効果範囲を広めることが出来るが達也のように何十kmもの範囲を爆発させることは出来ない。
「…何が言いたいの?」
「自分と達也はこの一年間可能な限り時間を新しいテーマに注いできました。」
「それで?」
「その甲斐あって強力な新魔法を開発することが出来ました。」
克也の言葉を聞いてどよめきが広がる。葉山でさえ驚いていた。表情には表していないが空気が揺れ動くのは隠せなかった。
「達也さん、それは本当ですか?」
「はい、俺の『マテリアル・バースト』にも劣らない極めて強力な魔法です。下手をすれば俺より威力は上かもしれません。」
「なんてこと!貴方達は自分の力だけで戦略級魔法を開発したの!?母親として誇り高いわ!」
真夜の喜びようは本当の母親のような様子だった。
「それでその魔法はどんな魔法なの?」
「CADが完成していませんのでまだ確定ではありませんが俺の『マテリアル・バースト』とは違い周辺には被害を与えません。局所的な魔法なので戦略級魔法として認められれば使用頻度が増えるでしょう。試し撃ちはしていませんが克也なら実践でも失敗することはありません。」
「CADはいつ完成するのですか?」
「今月中にはなんとか仕上げたいとは考えています。」
「分かりました楽しみにしています。」
真夜は満足そうに頷き日本茶をすすり始め俺達も気を緩めることが出来た。
翌日、2097年一月二日。四葉家から魔法協会を通じて十師族、師補十八家、百家ナンバーズなどの有力魔法師に対し通知が出された。
司波深雪を四葉家次期当主に任命したこと。
司波達也を四葉真夜の息子として認知すること及び姓名は司波のままであること。
司波達也と四葉克也は双子であり四葉克也の姓名を司波に変更すること。
司波深雪と司波達也が婚約及び司波克也と桜井水波が婚約したこと。
それを知った有力魔法師各家は魔法協会を通して祝電を送った。
しかし全てのナンバーズが祝電を送ったわけではなかった。翌日の一月三日付けで日本魔法協会本部に司波克也と桜井水波の婚約を破棄するよう異議が申し立てられた。
申立人は現十師族・現当主 七草弘一その人であった。
四葉継承編はそれで終了です。ここから話は少しずつ原作と離れていきますが大抵はそのままですので楽しみにしていただければ幸いです。