第五十七話 異議
一条将輝は新年の挨拶から帰宅したところ「当主様が呼んでいる」と使用人に伝えられたため父の仕事部屋に向かっていた。
{この時間から家にいるのは珍しいな。一昨年も去年もいなかったというのに何があったのやら。}
普段、剛毅は表の仕事のため家にはいないので将輝も少なからず動揺していた。
「失礼します。」
「将輝か楽にして座ってくれ。」
部屋に入ると羽織袴を着た父 剛毅が足を崩して座っていた。その言葉通りあぐらをかいて座る。
「どうしたんだ親父?」
「まあ、気楽にして聞いてくれ。お前は四葉克也という男を詳しく知っているな?」
「ああ、去年と一昨年ピラーズ・ブレイクの決勝で負けた相手だ。それに一昨年はモノリス・コードでも負けた。友人でもあるがそれがどうしたんだ?」
「彼は次期当主の司波深雪嬢の従兄だ。」
「何だと!?」
将輝は二重の意味で驚いていた。深雪が四葉家の直系であり次期当主であることそして克也と血縁関係があることに。
「さらには司波達也は四葉克也の双子の弟だ。」
「…そうか。」
「驚かんのか?」
「ああ、親父も知っているだろう?俺があいつにレギュレーション違反の攻撃をした際攻撃を受けながらも立ち上がり俺を倒したことを。」
「ああ、緊急の会合が開かれたぐらいだからな。」
達也が克人に後夜祭で呼び出されたのは将輝を倒したことで緊急の会合が開かれたことを示していた。
「あの時俺はあいつを殺してしまうところだった。だがあいつは攻撃を食らいながらも立ち上がり俺を倒した。克也と双子であるならそれも納得できる。」
「そうか。そして四葉克也が桜井水波と婚約した。」
「桜井といえば桜シリーズの『調整体』か?」
「おそらくそうだろう。これに対し七草家は婚約を解消するよう魔法協会本部に異議を申し立てた。」
俺はそれを聞いて眉をひそめた。そもそも他家がよその家系に文句を言うこと事態馬鹿げているのだ。言うことは権利でもないがそれに従う義務も発生しない。
「将輝はどう思う?」
「本人達がそれを望んでいるなら何も言うつもりはないしそもそも他人の婚約に首を突っ込むべきではない。俺だって婚約した際に文句を言われるのは腹立たしい。七草家の解消の理由は何だ?」
「さあな、そこまでは書かれていない。詳しくは次の師族会議で聞くことになるだろうがおそらく遺伝子のことだろう。」
「遺伝子?桜井さんが『調整体』だから遺伝子が不安定だと言いたいということか?」
「確信はないがな。四葉克也のような魔法師を『調整体』などとではなくれっきとした魔法師と婚約させたいのだろう。やれやれ、そもそも魔法師なんぞ造られた存在が多いというのにまだ言っているのか。」
「親父、それは七草家は造られた魔法師ではなく自然な魔法師の家系なのか?」
「ああ、七草家は一度も遺伝子操作を受けていない日本唯一の存在だ。お前が文句を言わないのであれば俺は一条家当主として四葉家の味方になろう。」
「いいのか?貸しを作っても。」
「貸し借りなど必要ない。今回は七草家の考えに賛同できないだけだ。」
「わかった親父に任せる。」
将輝はこれが後々日本の魔法社会を狂わせる騒動の火種になるとは思っていなかった。
同じ頃七草邸でも同じような親子会議が行われていた。
「先日四葉家から新年の挨拶と共に重大発表が届いた。司波深雪嬢を四葉家次期当主とし司波達也を婚約者にすると。」
「納得ですお父様。深雪さんの魔法力は十師族に匹敵し上回るとも思っていました。でも、兄妹で結婚など出来るのですか?」
「本当は従兄妹同士だったらしいがこのことはどうでもいいそれより問題なのは他にある。」
忌々しそうに父の口から言葉が漏れているため真由美、香澄、泉美はどう対応すれば良いか迷っていたが真由美が長女として聞き始めた。
「それ以外に何があったのですか?」
「司波達也君は四葉克也殿と双子の弟だ。」
「…それも納得は出来ます。達也君の腕は普通の魔法師の域を凌駕しています。克也君と双子と言われても不信感はありません。」
「そうか、では四葉克也殿が一高一年の桜井水波嬢と婚約したのはどう思う?」
「…桜井さんとですか?お父様。」
「…僕も信じられません。」
「事実だ。だがこれは許容できる話ではない!」
父の情緒が理解できずに三人は眼を丸くしていた。
「あの能力を『調整体』なんぞと子供を作らせてたまるか!日本の魔法社会の貢献に役立って貰うためには『調整体』などに渡さん!…香澄、泉美もしお前達がよければ四葉家に対して婚約を申し込むが?」
「なりませんお父様!既に婚約している身の方々に申し込みたくはありません!」
「自分も同じですお父様。私達は確かに克也兄さんを好いていますが婚約した方に申し込みたくありません。」
「そうかもういい。」
弘一は娘達と話を打ち切り自室に引っ込んだがそれは自分の欲をはき出すためのものだった。日本魔法協会本部を通じて四葉家へ七草香澄と泉美と婚約して貰うよう要請することにした。
その後弘一は新しい目標のために動き出した。
克也達が一段落できたのは一月四日だった。一月三日には帰ってきていたのだが九重寺と独立魔装大隊に挨拶しに行っていたため忙しかった。八雲には思った以上のスピードで話が広がっていることを聞かされ今年も穏やかに学校生活を送れないと確信した。
一月八日、新学期初日克也達は学校に呼び出されたためいつもより三十分ほど早く家を出ていた。
「つまりわざと戸籍を移動させていたわけではないということですね?」
「はい、自分は一度父親に捨てられたため四葉家に引き取られていましたが今回の婚約で実家に戻ることが出来たので姓名を戻しました。」
「如何されますが校長?」
「事情は理解したがご当主様には抗議をさせていただくそれ以外は構いません。今までのように学校生活を送り一高のために尽くして下さい。」
ニヤリと笑いながら語りかける百山(ももやま)に返事を返し達也は教室に向かうとエリカ達が自分の席で話し込んでいた。
「どうしたんだ?全員そろって。」
「あ、達也おはよう。」
「おっす、達也。」
「おはよう達也君。」
「おはようございます達也さん。」
俺が聞くと幹比古、レオ、エリカ、美月の順で挨拶してきたが一度で答えはくれなかった。
「ああ、おはよう。しかし良いのか?俺とつるんで。」
「四葉家の直系で克也の双子の弟で深雪さんの婚約者ってことに?気にしすぎだよ達也は。その程度で僕達が離れるわけがないだろ?」
「それだけのことを黙ってたのになんとも思わなかったのか?」
「人には隠さなきゃならねえことが一つや二つあるのは当然だろ?そんなこと黙ってたって俺達は怒らねえよ。四葉家の直系だって聞いたら誰もが驚くだろうけどな。」
「本当にそれだけなのか?」
「達也君は疑い深いね。逆に聞くけど知られたらどうなると思ってたの?」
「避けられると思ってた。あれだけのことを話さずに隠していたんだからな。」
エリカに聞かれたため本心を言うと全員がげんなりしたため何か間違ったことを言ったのかと思った。
「水臭いな達也は。僕達は友達だろ?そんなことでは離れないよ。」
「そうよ。その程度で距離を置いている連中とは訳が違うのよ。」
エリカが言葉通りクラスに眼を向けると美月を除くクラスメイトが全員顔を背けたためエリカが爆発しそうになっていた。
「エリカ落ち着け。あいつらはお前達みたいにそれほど仲良くしていたわけじゃない。」
「それでも同じ一高生徒でクラスメイトでしょ?達也君に助けてもらった人も大勢いるのに黙ってたってだけでこんな仕打ち割に合わないよ!」
「俺はそんなこと気にしていない。時間が解決してくれることもあるから今はそっとしといてやれ。それにお前らがいるんだから何とも思いはしないさ。」
達也の言葉にいつものメンバーが照れた笑みを浮かべていた。
達也とは違い克也と深雪は居心地の悪さを感じていた。
「やっぱりこうなるか予想通りだったけど実際にされるとくるものがあるな。それより水波が心配だ。」
「仕方ありませんよ克也お兄様一人ではないだけマシです。達也お兄様がどのような状態でいるのか分からないのが不安ですが。それに水波ちゃんも可哀想になります。」
「ああ、そうだね…。」
本当は達也の感情が少し上がっていることを知っていたがここで深雪に話せば周りにどんな眼を向けられるかわかったもんじゃない。
ただでさえその美貌で周りを魅了してきた深雪だが同時に恐れられもしていた。それに家柄が加わったのだから不安は倍増だろう。
普段なら挨拶してくれるほのかや雫は離れたところで話をしているため挨拶することは出来なかった。自分から行けばなんとか返してくれるだろうが普段通りには行かないのは目に見えていたので何もしなかった。
昼休みになっても事態は好転せずむしろ悪化しているように感じた。同級生だけではなく下級生や上級生からも向けられるのだからたまったもんじゃない。
今まで名前で眼をつけられることは日常茶飯事だったので気にしていなかったが今向けられている感情は精神的なダメージを与えるものであり苦しかった。俺と深雪は二人だがそれでもこんな状態なのだから水波はどうしているのか心配だった。
慶春会以降水波はまともに俺と会話もせず眼でさえ合わしてくれなかった。
そのため嫌われてしまったのかと思い深雪に相談すると「悩んでいるのではないか」と言われた。「今までのような関係ではなく婚約者という立場になり心の整理ができていないから距離を置いているのでは?」とも言われた。
俺もそうだったので無理に会話をしようとはしなかった。
一年生の階を歩いていると否応なく視線を向けられる。俺は名前も顔も校内に知られてしまっているためこればかりはどうしようもない。一年C組の教室に着き迷いなくドアを開けると予想通り水波がクラスメイトにたかられていた。
「水波。」
「克也様…。」
名前を呼ぶとすぐに返事をしてくれたが視線が鬱陶しかったのでさっさと退散することにした。
「行くぞ。」
水波を呼び背を向けて歩き出すと水波が弁当を持って後をついてきた。
行き先はどこでもいいが誰もいない所で弁当を食べることにした。屋上では達也と深雪が仲良くしているため邪魔しないように別の場所を探していたのだ。
校舎と実験棟の間にある並木道にベンチがあったのでそこで食べることにした。俺が座ると水波も少し広めに隙間を空けて座ったのを確認して周りを一瞥し寒さを遠ざけ気温を適温にまで上昇させる。
この程度はCADを使わずに念じるだけで操作可能だ。想子測定器に拾われてしまうがピクシーに頼めばもみ消してもらえるため使わない手はない。深雪が作ってくれた弁当を開け食べ始める。
十五分後、水波が食べ終わるのを待ってから俺は話し始めた。
「水波、戸惑っているんだろう?」
「…はい、どのように距離を保てば良いのか分かりません。」
「深雪みたいにひっついても構わないんだぞ?むしろその方が俺は嬉しい。」
「深雪姉様ほどは出来ませんが可能な限り頑張ってみます。」
水波が嬉しそうに微笑みながら俺との距離を詰め左肩に頭を預けてきた。
しばらくしてから水波に聞くことにした。
「クラスはどうだった?」
「非常に居心地が悪かったです。皆さん朝は遠目から見てくるだけだったんですが昼休みが始まるとすぐに集まってきまして質問攻めに遭いました。」
「やはりか。」
「でも、七草さんに助けていただきました。」
「香澄か、正義感があるから困ってる人を放っておけない性格だから見過ごせなかったんだろうな。」
「そちらはどうでしたか?」
「深雪がいたからそれほど気にしなくて済んだよ。ただ、ほのかと雫には避けられた。」
「北山先輩はともかく光井先輩は仕方ないと思います。」
「そうだな、好きな人に婚約者が出来たとなれば平常心ではいられない。そろそろ戻ろうか授業開始まで十分しかない。」
そう言って俺は水波を連れて教室に戻った。
帰宅してすぐに克也は真夜に連絡した。
『どうしたの?克也。』
「本日百山校長から呼び出しを受けました。」
『厳重な抗議ですか…四人は特に何もしなくていいわ。それより伝えたいことがあります。』
「伝えたいことですか?」
真夜が嘆かわしいとでも言いたげな表情で伝えてきた。
『本日、日本魔法協会本部を通じて七草家から異議の申し立てがありました。』
「それだけですか?十師族といえど婚約に異議を唱える資格は持ち合わせていないはずです。」
『その通り。水波ちゃんとの婚約を解消するよう求めたばかりか娘の二人を婚約者にして欲しいそうですよ。』
真夜の表情を理解できる内容だ。ため息をつきたくなるが真夜の前ではしない。
「それは本人達が望んだことですか?弘一殿だけの意思でしたらお断り下さい。俺は一夫多妻制などとるつもりはありません。俺の婚約者は水波だけです。」
『その気持ちは分かるけど今はまだ返事をしません。貴方達はいつも通り生活をして下さい。』
「分かりました『母上』ご命令通りに。」
電話が切れるとソファーに座り込む。七草家のホームパーティーに行ったときの弘一との会話が脳裏に浮かぶ。真由美か香澄か、泉美の誰かを娶って欲しいと言ってきた弘一の顔が浮かぶが考えないようにする。香澄や泉美が嫌いで断ったのではない。むしろ好きなのだが水波以上に好きにはなれないと自分でも分かっていた。
達也達はどう声をかけたらいいか迷っていたが結局かける言葉が見つからず途方に暮れていた。