達也が倒れていた克也を発見したのは偶然だった。克也の部屋の前を歩いていると人が倒れる音が聞こえたのでドアを開けて中を見ると俯せに倒れている克也を発見した。
「克也!」
駆け寄り声をかけるが返事はなく顔色は悪く呼吸が浅いので危険な状態であるのは一目瞭然だ。『再生』を施すが目覚める様子はなく焦ってしまうが深呼吸をし焦りを追い出す。
克也を肩に担ぎ治療室に向かう途中リーナと出会い声をかける。
「リーナ克也が倒れた!医師を呼んでほしい」
「分かったわ!みんなに知らせてくる!」
リーナが走り去った方角とは逆にもっとも信頼を寄せる兄を背負って歩き出し治療室に向かう。
「克也死ぬなよ…」
数十分後、達也は医師を含めた四葉家の重鎮を集め緊急の会議を開いたが全員の表情は暗く特に真夜は克也同様倒れそうだった。
達也は全員を見渡し重い口を開いた。
「…八重(やえ)先生、現状報告をお願いします。」
「畏まりました。克也様の容態は芳しくありません最悪の事態の一歩手前で踏み止まっているという状態です」
医師の診断には異議を唱えたくないが口に出したかった「嘘」であると。だが医師がこの場で嘘をつく理由もなくメリットもない。
「…いつ目を覚ますのですか?」
「不明です。精神に欠落が診られますので当分は目を覚まさないかと。最悪の場合目を覚まさずこのままの可能性もありえるかと」
全員が眼を見開いて驚愕してしまった。
現在の四葉で「最強」の魔法師である克也を失うのは四葉の地位を下げることになり十師族の一角から脱落してしまう可能性も高まる。
四葉家の「ジョーカー(切り札)」であり「国家認定 戦略級魔法師」である克也を失うのは損害が大きすぎる。
どうにかして目を覚ましてもらわなければならない。だが手の施しようもなく手探り状態で治療しても悪化させては本末転倒だ。
「克也の件は一旦棚上げだ。問題は水波を死に至らしめ克也を意識不明状態に陥れた奴らの捜索と殲滅について話し合いたい。リーナはどう思う?」
「他国の介入ではなく国内の何者かによる襲撃の可能性が高いと思うわ」
躊躇いもなくバッサリと切り捨てる言動だが咎める人物は居らずましてやその表現が妥当とでも言える空気が漂っている。
「根拠はあるか?」
「女の勘ってやつかしら?正しいとは思っていないけど」
「リーナの言い分はもっともだと思います。そうですよね叔母様?」
深雪は自分の言い分を言いながらも相手の言い分も聞いていた。
「あながち間違いとは言えないわ女の勘は意外と鋭くて正しいときが多いから」
まるで経験有りとでも言いた気な態度と声音だが詳しく聞いたり話を拗らせる真似は誰もしなかった。
「文弥はどう思う?」
「克也兄さんの『眼』から逃れられるような認識阻害の結界、日本にあるはずのない『パーフェクト・キューブ』、拉致方法など我々が知り得る非合法組織では無可能だと思われます」
高校時代とは売って変わって男前に成長した文弥は毅然としながら達也の問いに答えた。その隣では俯き会議に参加できていない亜夜子がいたが誰も声をかけずそっとしてあげていた。
「敵はなんだと思う?」
「可能性があるのは大亜連合ですが条約締結もありますし現状では介入出来ないかと思います」
「達也様は国内であればどこだとお考えなのですか?」
「七草家の息がかかった第三課もしくは七草家そのもの」
達也の予測に予想外だったのか全員が息をのむ音が聞こえた。
「達也さん、正気ですか?」
「可能性の問題です叔母上。調整体を否定する当主の弘一殿であれば婚約に反対していましたから水波を拉致しても可笑しくはありません」
「確かに達也様の言い分は分かりますがさすがに七草家といえど国家を含む魔法社会と敵対するなどあり得ないと思いますが」
「考えすぎだと自分も思いたいですが」
達也自身も考えすぎだと自分でも思っているしそうであってほしいと願っている。
「しばらくは様子見で頼む。余計な警戒をされるわけにはいかない」
「分かりました」
「それで捕獲した奴らから情報は得られたか?」
「記憶にロックがかかっているようで自白剤を用いても不可能でした」
敵はかなり用心深いと最初の頃から分かっていたが人体発火魔法と記憶の蓋という二重の保険をかけていたようで脱帽させられる。
捜査に行き詰まりを感じるのはそれだけではなく一番の原因は四葉の二大戦力の片割れの不在と水波の死による悲しみが原因だろう。
僅か二日で復帰できるほど四葉も感情が薄いわけでもなく深雪が当主を継いでからはより家族や親類、部下との関係を深く関わるようになったことの裏目が出ている。
それは悪いことではないがその関係を利用されているとなれば弱点を突かれているということになり魔法社会から四葉の信頼が失われる理由にもなりかねない。
「二人は捕獲者より敵の捜査を優先してくれ少数で多く動く方が効率は良いからな」
「「了解しました」」
二人は返事をした後会議室を出て行った。その後は四葉や分家内の内情を話し合い別々に会議室を後にした。
一週間経っても克也は目を覚まさず敵の情報も発見できず時間だけが無情に過ぎ今日は高校時代の友人たちが克也の見舞いに来てくれていたが全く目を覚ます気配もせず眠り続けていた。
「克也さん、ちゃんと面と向かってお礼を言いたいのに眠ってたら言えないよ」
ほのかは涙を浮かべながらベッドで眠る克也に声をかける。
全員が治療室にいるわけではなく一人一人が治療室に入り一言だけ伝えていたが拉致された心の傷が治ったほのかが応接室で漏らした言葉と普段から優しさに溢れた声音が今では悲しみに塗りつぶされほのかの明るさを知っているメンバーの気分をさらに沈ませていた。
「克也さん、私の好きな気持ちいつどうやったら気付いてくれるの?こんなに好きなのにここで眼で見れて触れることができるのに笑顔も見れなくて声も聞けないなんて生き地獄だよ。助けてもらったから好きになったんじゃない。桜井さんと婚約する前から入学して最初の九校戦の時からずっと好きだったのに本当に克也さんは朴念仁だね」
泣きついた後悲しい笑みを浮かべながら治療室を出る雫の気持ちは本物だ。
「吸血鬼事件」の際ブラックホール生成・消滅実験のことを伝えた時にネグリジュを着たのは少し克也をからかってみたかったからであるが友人宅のホームパーティーからの帰りだったので疲れており下着を着けずに映像電話をしてしまった。
ちなみに雫は酔っていたことお酒を飲んでいたことに気付いていない。
閑話休題
そのせいで深雪には怒られるわ克也には上を着るよう言われるわ重たい話になるわ雫の計画が水の泡になってしまった。
その後も色々あり気持ちを告げられず克也が婚約してしまい克也自身がそれを喜んでいたため文句を言えなかった。誰も居らず声を聴いていないことをいいことに雫は自分の本音を打ち明けた。
東北からアポを取っているとはいえ道場破り的なことをしていながら急遽駆け付けたエリカ、克也が倒れたことを聞いてドイツから緊急帰国したレオ、新婚生活を謳歌し新しい命をお腹に宿した美月とその旦那である幹比古が一言述べた後応接室でお茶をしていた。
「ほのかと雫はもう大丈夫なのか?」
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「うん、大丈夫」
達也の心配に二人はかぶりを振り明るいしかしいつもより少し陰った笑みを浮かべた。
「二人は今何をしているんだ?」
「私は研究室で柴田さんの『眼』について研究しています」
「私はその助手」
「状態は?」
「一定の目途は立っているんですけどこれといって良い結果は得られていないんです」
ほのかは美月の「眼」の保護のために眼鏡をせず普通にいられる薬を開発中なのだが思いのほか難航しているらしい。吉田家にある呪符や呪法具で事足りるのだが毎回呪符を使い結界を張ったり持ち運ぶのはやはり面倒なことになる。
幹比古ならその程度何も言わずむしろ率先して自分からするだろうが手間暇を考えると薬で症状を抑える方が効率がいい。そのためほのかや雫に頼んで開発してもらっているのだ。
当の本人は樹里の世話をしている深雪の育児を学ぶため深雪の部屋で絶賛勉強中だ。
深雪も四葉家当主の肩書を背負っているのだから乳母や使用人に任せた方がいいのだが本人曰く「自分で育てて愛情を注ぎたい」ということなので達也も真夜も何も言わず見守っている。
「レオはドイツ語覚えたか?」
「あれから六年経つんだぜ達也?それなりには使えるっての。日常会話程度なら日本語と遜色ないくらいには話せるようになったぜ」
「エリカは?」
「山形と福島、岩手、青森は終わったからあとは秋田と新潟だけかな。その前に北海道行って全滅させるよ」
「「「「…」」」」
本人を除く全員があっけらかんとして話すエリカに何も言えず眼を泳がすことしかできなかった。
「…レオ、高校時代に殺られなくてよかったね」
「…喰ってかかってた自分を褒めてやりてえぜ」
二人が苦い笑みを交わしているのを微笑ましそうに見ている達也の表情はとても穏やかだ。
「エリカ、資金は大丈夫なのか?」
「それがねかなり厳しいの」
「あれのせいか?」
「そうよ未だに犯人捕まってないし捕まったら気が済むまで竹刀でぎったぎたにしてやる」
言いたいことはわかるが年頃の女性が使う言葉ではないがエリカなので誰も何も言わなかった。
「あれって何ですか?」
「ほのかは知らないのか?千葉家の本邸が何者かに放火されたんだ。全体の半分が使い物にならなくなったらしい」
「誰がそんな酷いことを…」
「分かんないんだよね。お怒りを買った覚えはないけど」
「今回の道場破りの件じゃねえのか?」
「可能性はあるけど負けた腹いせに放火なんかするかな?」
「そこまで根性のある奴らじゃないだろうし千葉家に喧嘩を売る輩なんてそうそういないと思うんだけど」
「資金なら四葉が支援するから気にするな」
「さすが達也君」
最後に話が逸れたが結局その話し合いは結論が見えず話し合いは途中で終わってしまった。
その頃克也の治療室には二人の女性が涙を流しながら克也を見ていた。