XDシナリオafterstory 『晴れ煌めく陽光』   作:nagato_12

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はじめまして、よろしくお願い申し上げます。

適合者の間で大人気、XDに登場する未来ちゃんシナリオ『翳り裂く閃光』のグレ響ちゃんがあんまりにもフォニックゲイン高めだったので、二次創作してみました。
ようはアレです、『グレ響がもう一度ガングニールを纏えたら』妄想です。

グレ響世界線でのアナザーストーリーを意識して書いております。
そのため、シナリオ未視聴の方にはおススメできない内容だと思われます。

予定では全三章構成でプロットを作っています(守るとは言っていない)。

3/16追記、改行、手直し等行いました。ご指摘あれば何なりとお願いします。


第一章 繋ぎ合った、あの手の温もり 上

 人類を脅かす超常の災厄から、人命を守護する特異災害対策の本部にして、海中を進む潜水艦としての側面を併せ持っている《S.O.N.G.》の本部内には、人員たちが長期滞在が可能なようにいくつかの居住スペースが設けられている。

 

 もちろんそれは、人類にとって守護の要たる唯一の対ノイズ兵器――《シンフォギア》の装者たちに、任務時のストレスをなるべく溜め込まないための配慮に基づいて、設けられた待遇なのだろうけれど、それは同じシンフォギアである聖遺物――《ガングニール》を纏う私の親友、立花響に対しても同様だった。

 

 

「うばぁーっ! もぅ無理ぃ! 終わんないよぉ! 助けて未来ぅーっ!」

 

 

 自身にあてがわれたワンルームほどの広さの自室スペースの真ん中で、私の親友の悲壮に満ちた悲鳴が轟く。

 

「はいはい、叫んでいる暇があったら、手を動かしてね」

「お、鬼だ!? 未来が鬼だぁ! この世には絶望しかないんだぁ!」

 

 この世の絶望を味あわされたような顔をする響。

 私はそれには構わないで、自身で持ち込んできた週刊雑誌の、とりとめもないゴシップ記事に目を走らせていた。

 

 どんなに恐ろしい敵にも決して屈せず、人類を守るために戦い抜いてきた歴戦の戦士であるはずの無敵のシンフォギア装者が、あっさり四肢を投げ出して降参のポーズだった。

 

「どうしてここは深海を突き進む潜水艦の中だというのに、〝コレ〟はどこまでもワタシを追いかけて来て逃がさないのでしょうか!? こんなのどんなノイズよりも怖いよぉ! カルマノイズ百体を相手にしてるほうが幸せだぁー!」

 

 ワタシ呪われているーっ! と、なんだかいやに久しぶりに聞く口癖さえ口にしながら、完全降伏状態の親友は、自分がさっきまで向き合っていた机の上のモノを引っ繰り返した。

 ページをめくる合間にそちらを見ると、そこにはそれなりの分厚さを誇る書類の束、表紙にはデカデカと『課題』の二文字。同じ学生の身分である私にとっても、なかなかゾッとしない光景である。

 

「そんなこと言ってたって、課題は終わらないよ」

「わぁーん」

 

 私はため息を一つ吐いて、読んでいた雑誌のページを閉じる。床にぐったり寝そべる響の顔は不幸色で染まりきっていた。このまま放っておいたら暴走でもしそうな勢いだ。

 ちらりと部屋に設置された時計を見ながら時刻を確認する。……まぁ、そろそろ休憩させてもいいくらいかな。そんな判断を下して、困った親友のお行儀の悪さには目を瞑ってあげることにする。

 

「仕方ないでしょ、ここ最近の《S.O.N.G.》の活動のせいで私も響も、満足にリディアンに通学さえ出来ていないんだから。こうして課題をするだけで、出席扱いにしてもらえるだけでも感謝しなくちゃ」

 

「うぅ……! ワタシのせいじゃないぃ……ぜんぶ《ギャラルホルン》が悪いのにぃっ。平行世界の危機を救っているんだから、ワタシの学生生活の危機くらい大目に見てくれてもバチは当たらないんじゃないのでしょうか!?」

 

「はいはい、お馬鹿なこと言ってないで、あと五分休憩したら再開ね」

「うゎーんっ!」

 

 泣き声をあげながら、床をごろんごろんと転がっていく響。なんとも傍で見ていて心苦しい状態だが、こればかりはどうもしてあげることが出来ないので心の中で合掌してあげる。

 

「……ん? そういえばさ、未来」

「んー? なに?」

 

 さて雑誌の続きを読もうかと考えていたところに、ふとなにかを思いついたような、そんな響の声が掛かった。

 

「『あっちの世界』のワタシって――ワタシとは真逆の性格だった、と雪音クリスさんが仰っておりましたね」

「仰っておりましたね」

 なによその口調。

 

「つまり、こっちの世界では勉強ダメダメな絶賛呪われブースト中のワタシでも、『あっちの世界』ではお勉強大好きデキる娘ちゃんだったり!?」

 

 驚きの事実を突きつけられたような顔をして衝撃を受けている響。友人のアレな思考回路に、軽く頭痛を覚えそうになる。彼女の残念っぷりが、なんだか年々酷くなってきているんじゃないかと、実は密かに心配な私だった。

 

 ――あっちの世界。それは先日、私とクリス、そしてマリアさんの三人で調査に向かった《並行世界》のことを言っているのだろう。

 

 世界と世界をつなぐ聖遺物《ギャラルホルン》。詳しい原理や仕組みは、ただの学生である私には到底理解の及ばない域の現象だけれど、その作用によって、いま私と響のいるこの世界と、〝別の可能性を持った〟並行世界が変則的に繋がるという異変に、現在の私たちは巻き込まれているのである。

 

 それが最近、私たちが在籍する《私立リディアン音楽院》に登校できていないもっぱらな理由であり、響がいま大量の課題に追われている事態の遠因でもあった(ちなみに私の課題はすでに終了済みです)。

 

 そして、それは前回の異変の話。

 

 私は異変終息にあたって、〝別の世界〟の『立花響』と知り合うことになった。それには一言では語りつくせないほどの複雑な事情があってのことだったが、とにかくその、私が出逢ったその世界の響というのが、いま私の目の前にいる、私の小学校以来の親友――立花響とは大きく違う存在だったのである。

 

 平行世界の立花響。別の世界の私の親友。

 

 そのパラレルワールドで暮らしていた彼女は、想像を絶するような不幸な境遇に逢ったばかりか、それを支えて励ましてくれるような存在が、誰も傍に居なかったせいで、酷く他人を拒絶する性格の持ち主になっていたのだ。

 

 世界を渡った私たち三人は、そんな彼女とたくさんの言葉を重ね、ときには衝突さえしながら、絶体絶命の苦境さえ乗り越えて、辛くも彼女を取り巻く環境を少しだけ変えることに成功した。あまりに膨大な不幸に押しつぶされて、自身の命すら危うくなってしまっていた彼女を、運よく救い出すことが出来た。

 

 平行世界の立花響。

 今頃あの子は、一体なにをしているのだろうか。

 

「……そういえば、あっちの響とはそういう、なんでもない話までは出来なかったんだよね」

 あっちに渡っていた頃は、いかにして自分の気持ちを彼女に伝えるかで頭がいっぱいだったから、そんなところにまでは気が回らなかった。

 

「ということは、ですよ!? いまからギャラルホルンを使って、あっちの世界の私を連れてくれば、こんな課題くらいちょちょいのちょいでノイズよろしくぶっ飛ばしてくれるのでないのかなと!?」

 

「……ひびき? 知ってる? 現実逃避も、度が過ぎれば怒られるんだよ?」

「……ごめんなさい」

 

 なんだか国民的SFコミックに登場する、某猫型ロボットに泣きつくダメな子みたいな思考になっている親友を、笑顔で黙らせてあげる。私の笑顔が効いたのか、響はおびえた子犬のように自分の口を自らの手で塞いでいた(それはそれで失敬な)。

 

「それに……どうだろう? 響の残念な子っぷりは、どの平行世界でも共通って気もするんだけど」

「うぇえ? ちょっと未来、それはいくらなんでも酷くない……?」

 

 あっちの世界の響は、たとえ幼馴染としての贔屓目とお世辞を使っても、真面目に学校生活に勤しんでいるようには見えなかったし(実際、何度か学校をズル休みしていたようだ)、いま響の言ったような悪巧みは成功しないと思う。というかそもそも、そんな私用極まる理由で完全聖遺物を使ったら、S.O.N.G.のみんなから大目玉をもらうのはまず間違いない。

 

 最短で、最速で、真っ直ぐに、弦十郎さんからのお説教コース一直線である。

 

「ね。ね。未来っ、あっちの世界のワタシってさ、どんなだった?」

「んー?」

 

 響が目を輝かせながら、そんなことを尋ねてくる。向こうの世界で私が経験したことは、すでに何度も彼女に訊かせてあげたはずなのだが、いまだに彼女の中では満足していないようだった。

 

 まぁ、別世界の自分というのは、何度聞かされても興味の尽きない存在なのだろう。その気持ちは理解できなくもない。

 

「そうだねー、どこに行ってもやっぱり、響は響だったよ? 人助けが大好きな、どこかの誰かさんと同じお人好しさん」

 まぁ、その誰かさんほど、おしゃべりじゃなかったけどね。

 

「ううーん、やっぱり何度訊かされても気になるなぁー! 一回くらい会って話してみたかったよっ!」

「ふふ、響があっちの響と?」

 

 好奇心にウズウズしている親友の様子がおかしくて、私は少しだけ噴き出す。 さぁ、もし実現していたらどうなっただろう? あっちの響は、あんまり人付き合いの得意なタイプじゃなかったみたいだけれど。

 

「それでね、あっちのワタシに向こうの世界の、美味しいごはん屋さんを紹介してもらうんだ。なんたってワタシだよ? これは超絶大期待が持てるってもんだよ!」

「えー、あっちでもごはんなのー?」

 

 なんとも響らしい考えだ。向こうの響が聞いたなら、さぞかし呆れて、憎まれ口の一つや二つ叩きそうな会話である。

 

「向こうの世界の未来とも、お喋りしてみたいしねー」

「……んー、それはどうだろう。あっちの世界の私は、響の傍に居ないみたいだったし。向こうの世界へ響が行ったとしても、会うのは難しいかもね」

 

「そんなことないよ」

 

「え?」

 響のほうを見る、

 

「ワタシの〝陽だまり〟は、どの世界のワタシにとっても〝陽だまり〟だもん。ワタシが本当に困ったとき、手を差し伸べて助けてくれる〝陽だまり〟は、たとえワタシがどんな暗い場所に居たって、必ず見つけ出して照らしてくれるよ」

 そこにはにっこりと人懐っこい笑顔を浮かべている親友の姿があった。

 

「……響、もう、なぁにそれ」

 ……またお馬鹿なこと言ってる。私は雑誌のページを開くと、読むフリをして自分の顔を隠した。面と向かって恥ずかしがってるのを響に知られるのは、なんだか癪だ。

 

「だってワタシは、未来がいなかったらなーんにも出来ないダメな子だもーんねー?」

「……そんな調子の良いこと言っておだてたって、その課題は手伝ってあげないからね?」

「うぐぐ、勘付かれていましたか」

「もう」

 

 いつもの心地いいやりとり。響は私のことを『陽だまり』だなんて言ってくれるけれど。私にとって響と過ごすこの穏やかな時間が、なによりも暖かい『太陽』と過ごす時間なのだった。

 

「それでね、それでね――およッ!?」

 

 しかし、穏やかな時間というのはどの世界でも、そうそう長く続いてくれるものではない。そんな風に響が楽しそうな想像を膨らませていた、そんなときだった。

 私たちが居た響の自室を含めたS.O.N.G.本部内に、大音量の警告アラートが鳴り響いた。

 

数回の繰り返しの後、司令である弦十郎さんのものらしき声が入る。

『どうやらまたぞろ、ギャラルホルンが反応を示したようだ! 休んでいる中すまないが、シンフォギア装者のみんなは至急、司令室に集まってくれッ!』

 

「……課題の続きはあと、みたいだね」

「うぇえっ……仕方ないねっ。ちゃっちゃと平行世界の危機を救って、ワタシの危機に立ち向かわないとッ!」

 

 私たちは軽く身なりを整えてから、急いで響の自室スペースから飛び出した。

 ギャラルホルンが反応したということは、どうやらまた、どこかの平行世界とのゲートが開いてしまったということらしい。

 

 気を引き締めながら司令室へ向かって駆け走る中、私は少しだけ、あの世界のことを思い出していた。

(あっちの響、元気にしてるかな…………?)

 

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

「立花の身の上は、先生も理解しているつもりだ。だけどな、少なからずあの事件でショックを受けたのは、なにも立花一人じゃないんだぞ――みんな辛いんだ。だから立花も一生懸命頑張らなきゃダメじゃないか。もっと前向きに考えてごらん? いつまでも被害妄想に囚われていちゃあ、被害に逢われて亡くなられた方々に対して、申し訳ないだろう?」

 

 人のシルエットをした真っ黒なナニカが、そんな言葉を吐いた。

 

 男とも女とも判断のつかないような、そんな抑揚のない声。どこかで聞き覚えのある言葉だ。記憶を探ろうとして、思い出す。そうだ。これは当時の担任教師だった人から言われた言葉だった。

 

 ロッカーに仕舞っていたはずの教科書がすべて、誰かに燃やされたり鋏で切り刻まれたりしていたせいで、ろくに使えなくなってしまっていたから、それを教師に申し出た際に言われた言葉。

 

「辛いのは立花だけじゃあ、ないんだ」

 

 ワタシが巻き込まれた、あのライブ会場で起きた悲惨な特異災害事故――どうやらそこに、教師の恋人が居たらしいと、後になって知った。

 

「……響ちゃんがなにも悪くないってことは、ちゃんと理解しているわ。ちゃんと、わかってるの。でもね? 無理なのよ……貴方を憎まないと――憎みでもしないと、わたしはどうにかなっちゃいそうなの。だからごめんね? 本当に悪いと思ってる。ごめんなさい。だけどお願い、響ちゃん――あなたをこれからもずっと恨ませて欲しい」

 

 今度は別のシルエットが、そんな言葉を吐いた。あぁ、これは覚えている。当時クラスが一緒で、いつもお昼ごはんや宿題を一緒にしていた、かなり仲の良かった女の子だ。

 

 笑顔が良く似合う小柄な子で、事故の後で辛いことだらけだったワタシのそばで、ずっと笑顔を見せてくれていた子だった。

 

 この言葉を言われたときだって――ワタシの教科書を鋏で切りつけながら、彼女は笑っていた。あの事故でお兄さんを亡くしていたのだと、誰から教えてもらったのだっけ。

 

「なぁぶっちゃけどんな感じなんだ? みんなの税金で生きていける気分はさ?」

 これは、となりの席の男子。

 

「可哀想だよねぇ立花って、あのとき死んどけばこんな思いしなくてよかったのにさぁ」

 これは、一つ歳上の先輩。

 

「良かったよぉ元気になってくれて。でないとせっかくの特異被害援助金が勿体無いもんねぇ」

 これは……誰だっただろう。

 

 たくさんの人型をしたシルエットたちが、ワタシに詰め寄ってきては、それぞれの言葉を投げかけてくる。

 

 そのうちの一つがワタシの首を目掛けて、黒い手を伸ばしてきた。

 

「ごめんな響、もうお父さん限界なんだ。今日も得意先の人から、心無い罵声を浴びせられてさ……もう、これ以上は無理だ……耐えられない。だからさ、お父さんは――ここから逃げることにするよ」

 

 ごめんな、と。その黒い影の手にグッと力が込められる。それだけであっさりとワタシの気道は塞がれて、呼吸が出来なくなった。

 

(……あぁ、苦しいなぁ)

 ワタシは身じろぎ一つせずに、それを受け入れる。

 

「ごめんなぁ響……本当にすまない」

 その手は謝罪を繰り返しながら、徐々に力を増していって――。

 

「――元気でな、響」

 やがてワタシの意識はそこで、プッツリと途切れた。

 

 

 

 

 

「…………っは、ぁ」

 ワタシはそこでようやく目を覚ました。

 

 視界に飛び込んでくるのは、見慣れた自室の天井。跳ねるように上体を起き上がらせると、体中から血が抜けていたような、嫌な喪失感に襲われた。ドクドクと痛いくらいに脈打っている自分の胸を押さえながら、それが落ち着くまでジッと耐える。

 

(いくら途中から夢だとわかっていても、〝あの頃〟の夢を見せられるのはちょっと……堪えるな……)

 

 胸の動悸は簡単には治まってくれず、このまま心臓が止まってしまうんじゃないかと僅かな恐怖さえ覚えるほどだった。

 

 大丈夫なハズなのに。もうあの暗く辛かった時期は過ぎ去ったハズなのに。穏やかな生活を取り戻したハズ、なのに。

 

(まるでそのなにもかもが――夢だったみたいで、苦しい)

 起き抜けの頭はいつも以上に弱気で、ワタシの心を簡単に溶かしていく。

 

 どちらが夢で、どちらが現実なのか。その境界線がとてもあやふやなものに感じられて、ひどく心細い気分になる。

 

 ワタシは枕元に置きっぱなしにしていた、スマホの電源をつけた。そして起動させるのは、アドレス帳のアプリ。

 

 登録した番号なんてほとんど無いから、探すまでもなく目的の名前は見つかった。

 

『小日向 未来』

 

(よかった、ちゃんと在った――)

 それは少し前、数年ぶりに再会した〝この世界の〟幼馴染の名前。ワタシを暗くて寒い暗闇から救ってくれた、陽だまりの名前。

 

 自分がちゃんと、誰かに『手を繋いでもらった』という、なによりの証。

(だから――だいじょうぶ)

 

 

 

『――へいき、へっちゃら、だったでしょ?』

 

 

 

 うん。そうだよ。こんなの、へいき、へっちゃらだ……。

 

 スマホを握り締めながら、自分に言い聞かせるように何度も何度もその言葉を繰り返す。しばらくすると、まるで嘘のように胸の痛みは消え失せていった。嘘のように――夢のように。

 

 あぁ、どこまで。あの子の存在は、ワタシのことを救ってくれるのか。

 冷たかった自分の手が、まるで誰かに握ってもらえているように、暖かく熱を持っていくような錯覚さえ覚える。うん、もう大丈夫。

 

 その場で深呼吸をして、ワタシは今度こそ身体をベッドから起き上がらせると、自分がひどく汗をかいていることに気がついた。

 

(なんか……久しぶりだな。こんな風に悪夢に起こされるのは……)

 少し風にでも当たろうと、ワタシは部屋に備え付けられたバルコニーへの扉を開いた。

 

 

 

 

 本来、自分の通う私立リディアン音楽院の学校寮は、二人一組の相部屋という形をとって、部屋を支給されるシステムを採用している。つまりそれはワタシが住んでいるこの部屋にも、元々は一緒に暮らすルームメイトが存在していたということなのだが。

 

(……ワタシのことを怖がって、すぐ出ていっちゃったんだよね)

 

 無理もないだろう。無断で外泊や、無断欠席は当たり前。早朝に帰ってきたと思えば、身体にはいくつもの傷を作っている。さっきのように悪夢でうなされて飛び起きたことも、一度や二度じゃない。もしルームメイトが出て行ってくれなければ、ワタシのほうが気を遣ってこの部屋を出て行っていたに違いない。

 

 まぁ、その恩恵といえば悪いが(聞こえも悪ければ、その子にも悪い)、こうして部屋を自由に独占し放題なので、深夜に明かりを点けて、バルコニーに出て涼んだりすることだって気兼ねなく出来る。自分が自由に使えるスペースというのは、いつどこで発生するかも分からないノイズとの戦闘に明け暮れているワタシにとっては、とても都合が良かった――いや。

 

「……もうワタシがノイズと戦うことはない、んだっけ」

 

 夜風は火照った身体に心地よく、嫌な汗を引かせるにはピッタリだった。ようやく落ち着きを取り戻した頭は、冴えたように今の自分が直面している現実を受け止める。

 

 自分の胸に刻まれた、傷跡。

 かつてはその中に、人類が唯一ノイズと戦うことの出来る力――否、〝歌〟が在った。

 

 そのおかげでワタシは自分の憎しみを、その元凶である《特異災害》ノイズにぶつけることが出来て――戦うことが出来た。それがどれだけ、ワタシの心を救ったことだろう。

 

 暗い感情を吐き出す先があったことがワタシにとって、数少ない救いだったことは今となっては疑いようがない事実だ。たとえその矛先が、ワタシからすべてを奪い、不幸のどん底へ突き落としたノイズだったとしても。

 

 もしこの歌が胸になければ、ワタシはとっくの昔に壊れてしまっていたかもしれないのだから。

 

 しかし、その救いの歌は、同時にワタシの身体を蝕んでいく毒でもあった。

 

《融合症例》。ワタシの身体と同化した、撃槍《ガングニール》の欠片は、少しずつワタシを人間では無くしていたのだった。

 

 ワタシを救っていた胸の歌は、歌えば歌うほど命を削っていく惨毒だったのだ。

 やがて限界を迎えたワタシの身体は、ありえないほどの高熱を帯びて、世界を呪いながら朽ち果てる――ハズだった。

 

 世界を渡ってワタシの前に現れた、〝彼女たち〟が居なければ。

 

 

 

『お願い……ワタシを、助けて……』

 

『うん、助けるよ。約束』

 

 

 

 暗く寒い場所で、ずっと独りぼっちで戦っていたワタシを、暖かい光で照らしてくれた陽だまりのような彼女の輝きは、ワタシの心と共に、胸の毒さえも取り除いてくれたのだった。

 

 すべてを救う、慈愛の光。

 世界を渡ってきた幼馴染に、救われた今の私には、もう自分を護って戦うための胸の歌はないけれど――

 

(繋いだ手の温もりが――これからもワタシを護ってくれる)

 

 そうだよね、未来?

 

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

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