XDシナリオafterstory 『晴れ煌めく陽光』 作:nagato_12
◇ ◇ ◇
表向きはただの学校教育施設として機能している私立リディアン音楽院だが、その所在地より、地下に向かって数千メートルほど下った先に、人知れず世界の脅威――特異災害ノイズと戦い続ける人類守護の砦、特異災害対策機動部の本拠地はある。
日本政府の秘密機関として、国民からはその活動のほとんどを隠匿されている機動部だが、その中でも、対ノイズ戦において実質的戦力を唯一保有している『機動部二課』に、その少女は身を置いていた。
すらりと伸びた体躯、凛々しく整った顔立ち。歩き方一つ取ってみても、一切の無駄のない彼女の所作からは、研ぎ澄まされた一本の日本刀のような雰囲気を帯びている。
少女の名は、風鳴翼。世間ではトップアーティストとして世界に名を通している彼女だったが、その実態は、二課が保有する対ノイズ戦の戦力『そのもの』であることを知っている者は、極僅かな人数に限られている。
「叔父様、ただいま日課とする鍛錬から帰参しました」
二課にとっての中枢中の中枢。作戦の立案や実行をおこなう為の司令室へと足を踏み入れながら、翼のそんな報告を受けたのは、二メートルは悠に越しているだろう巨躯の持ち主だった。
「うむ、ご苦労だったな」
『叔父様』と少女に親しげに呼びかけられ、快活に笑んで見せたその男は、翼の実の叔父であり、機動部二課の全権を任された総司令、風鳴弦十郎。
「ちょうどいいタイミングだ、翼。次のライブの打ち合わせへ行く前に、これから二課のミーティングに付き合ってくれ」
「はい、了解しました」
歌手としての活動で多忙な日々を送る翼だが、たとえどれほど忙しくとも、彼女が人類守護の役目を怠たることはない。一も二もなく頷いたところで、今度は別の声があった。
「トレーニングおつかれさま~! じゃあ翼ちゃんも揃ったところで、楽しいミーティングをはじめましょ~か?」
声の主のほうを見て、少女は少し驚いたような表情を浮かべる。
「さ、櫻井女史!? 日本に戻っていらっしゃったのですか!?」
そこには眼鏡をかけた白衣を纏う妙齢の女性が居た。女性らしいシルエットを器用にしならせながら、演技なのか天然なのか妙に色っぽい調子で、こちらに微笑む彼女は――櫻井了子。
機動部二課が誇る、人類の脅威ノイズへ立ち向かう唯一の手立てを確立させた功労者にして、自他共に認める人類最賢の女性科学者である。
「ハーイ、ただいま翼ちゃん」
「たしか、櫻井女史は欧州の対ノイズ機関へ出向し、長期の極秘任務にあたっていると聞かされていましたが……?」
「うむ、ついさっき帰国してきたばかりでな」
「そうなのよ~、まったく。欧州はお堅い人たちばっかりで疲れちゃったわ~。しかも、任務内容は機動部二課じゃなくて、日本政府がわたしに対して直接の打診をしてきたものだから、《
頬を膨らませながら、拗ねたように語る了子。察するに相当大変な任務にあたっていたようだ。
『最重要国家機密』という不穏なワードも、あまり心中穏やかに聞き流すことが出来ない響きである。
司令である弦十郎なら、内密になにか聞かされているのかと叔父の顔色を伺った翼だったが、弦十郎はゆるくかぶりを振るのみだった。どうやら機動部二課の司令でさえも、その内容は秘匿されるものであるらしい。
ならばただの構成員である自分が追求したところで、了子が口を開くということもないだろう。そんな現実的な判断を下して、それ以上はなにも言及しないことにする翼。
それに無理に聞き出せば、今度は了子の身に危険が及ぶ可能性がある。機動部二課は日本政府直轄の機関だが、その政府が二課のことを『突起物』などと揶揄して、目の上の瘤よろしく煩わしがっているのは翼も自覚している事実だった。それに、心配だってしていない。
翼でさえ、その飄々とした振る舞いから真意を読み取ることの出来ない『お姉さん』、櫻井了子のことである。きっと二課の知らないところでも、上手く組織と渡りあっているに違いなかった。
「何を隠そうこのミーティング自体も、先日発生した《カルマノイズ事変》の件を、不在だった了子くんに報告するという意味合いを兼ねてのことだ」
カルマノイズ事変。弦十郎が放った単語に、少しだけ翼の表情が固くなる。
数週間前、突如として現れたノイズの大群と、それに混じって出現した特殊変異したノイズ――カルマノイズを巡って発生した騒動。それがカルマノイズ事変。
あまりに膨大な敵の物量差に、絶体絶命の窮地に追い込まれてしまった二課の面々、そして翼だったが、その危機を救ったのは、なんと並行世界から駆けつけた別のシンフォギア装者たちだったのだ。
平行世界を繋ぐ聖遺物の能力を使って、こちらの世界へ訪れたという彼女たちは、快く翼たち二課に力を貸してくれた。二つの世界の装者たちが、お互いに力を合わせることで辛くも、カルマノイズの撃退や、想定外に発生した完全聖遺物の暴走までを止めることが出来たのだが……。
「弦十郎くんから送ってもらった報告書は一通り読ませてもらってるから、ある程度の概要までは理解しているつもりなんだけど……まさか、わたしが留守にしていた間に、そんな大事件が起きていたなんてね……」
彼女には珍しい、沈んだような声を出した了子。たしかにあの窮地に彼女の姿があれば、かなり戦局を有利に戦うことが出来たのは言うまでもない。彼女の身としてはやはり、重要な場面に二課の仲間の助けになれなかった自分の境遇が悔しいのだろう。そんな風に彼女の胸中を推し量ってみた翼だったが。
「銀腕《アガートラーム》に魔弓《イチイバル》……それにわたしが発掘した《神獣鏡》の適合者ですって……? あ~んッ! 平行時空のシンフォギア装者との邂逅劇だなんて、イチ科学者として、その奇跡を目の当たりに出来なかった自分の不幸が恨めしいわ~ッ!!」
がくっと自分の柄にもなく、つんのめりそうになる翼だった。隣で弦十郎がわざとらしい咳払いをしている。
「ゴホン……了子くん。たしかに君らしい意見だが、事件の収束にあたって、我々もまったくの無傷だったというわけではないんだが」
「もちろん、そっちもわかってるつもりだわ――響ちゃんの《ガングニール》、ね?」
『!』
確信を突くような了子の言葉に、風鳴の名を背負う二人は表情を強張らせた。
そう。事変の収束こそ終えたものの、二課が受けた被害は決して軽いものではない。平行世界の装者たちと共に力を合わせた、こちらの世界のシンフォギア装者は、翼一人だけではなかったのだ。
立花響。こちら側の世界で、ノイズと戦うシンフォギア装者『だった』少女。
「いくら二課への協力を取り付けられなかった一般市民の身とはいえ、響ちゃんはあの奏ちゃんの意思を受け継いだ《撃槍》の持ち主。わたしたち機動部二課にとって欠けがえのないメンバーの一人であったことは間違いないわ。彼女の人命に忍び寄っていた危険に、イチ早く気付いてあげることが出来なかった責任は、シンフォギアを開発したわたしにこそある」
「……そんな、櫻井女史のせいでは」
《融合症例第一号》としての立花響。その稀有なケースに対応できなかったのは、なにも支援を行う二課の人間だけの責任ではない。戦場で顔を付き合わせる機会のあった、翼にもその責任の一端はあることだった。
聖遺物を胸に宿す少女の異常に、もっと早く気付けてさえいれば、彼女が胸の《歌》を無くしてしまうという結果にはならなかったかもしれない、と。翼は事変の後も、ずっと自問していたことだった。
「……了子くんの責任であると同時に、二課全体の責任ないし、その司令である俺にその責任はある。よって……我々にこれから出来ることがあるとすれば、それは精々《槍》を失くした彼女の予後を気遣ってやるくらいのものだろうよ」
弦十郎が、そんな風に話をまとめる。そこには弦十郎らしい、大人の覚悟が滲んでいる言葉であるように翼には感じられた。
「叔父様……」
「ま、なにはともあれ、だ」
一転して、声の調子を明るくして弦十郎。
「世界を渡ってきた彼女たちのチカラを借りて、一人の少女の尊い人命を救うことが出来たという事実は、何にも代えがたい功績さ。それに対して、翼は胸を張ればいい」
「い、いえそんな……胸を張るなんて」
姪っ子の頭に手を乗せて、弦十郎は快活に笑う。しばらく優しく撫でていたが、やがて険しい顔に戻ると。
「――しかし、だ。その奇跡の代償として、この世界でまた一人、ノイズに対抗し得る貴重な存在が欠けてしまったことは疑いようのない事実。翼、お前にはこれからさらに重い負担を強いてしまうことになるだろうが……」
悔しそうな感情の篭った言葉だった。翼はそれに顔を上げて、凛々しく応える。
「心得ております。もとよりこの身は、決して折れぬ防人の剣。たとえ最後の一刃となろうと、この身が刃を零すことなど有り得ません」
力強く。剣の答えには、少しの揺らぎもなかった。
「頼んだぞ、翼」
「お願いね、翼ちゃん」
「お任せくださいっ」
「よし、では引き続き、了子くんを含めたミーティングの続きを――」
弦十郎の言葉は、そこで強引に掻き消された。けたたましい警戒アラートが、本部内に轟いたのだ。
「――どうしたッ!!」
『市外近郊に、ノイズの出現パターンを検知ッ! 政府から出現要請がきていますッ!』
「あらあら、せっかく日本に帰ってきたのに、ゆっくりおしゃべりする暇もないみたいねぇ~」
呆れた調子の了子の声を背中で聞いて、翼は司令室から飛び出した。
「――出撃しますッ!」
「無理はしてくれるなよ、翼ッ」
返事をする暇さえも惜しんで、翼は地上へと繋がる直通エレベーターに飛び乗った。
自分を包む浮遊感に身を任せているわずかな時間。翼は少しだけ、ここには居ない戦友のことを想うのだった。
歌を失った、戦場の友のことを。
(立花……お前は一体いま、どこで何を見据えている……)
◇ ◇ ◇
「起きて、響。ねぇったら。もうそろそろ準備しなくちゃいけない時間でしょ? はやく起きようよ」
誰かの手で、身体を揺り起こされる感触。誰かがワタシの名前をずっと傍で呼びかけている。
今度は一体だれの台詞だろう。記憶を探ってみるが、こんなことをされたような記憶は出てこない。もう長い間会っていない母親だろうか? それとも祖母だろうか? リディアンに入学してから、すっかり生家とは疎遠になってしまっているから、もう長らく、誰かに起こされるということはされていない。
「せっかく朝ごはんも作ったのにぃ、響が起きてくれないとごはんが冷めちゃうじゃない」
朝ごはんか――それだって、最後に採ったのはいつだろう。思い出そうとしてみても、眠気の残った頭ではろくに判然としない。それにしても変な夢だ。なんだか食欲を掻き立てるような、いい匂いがするような気さえする。
それがなんだかとても――心地が良い。
(たまにはこんな良い夢も、見たっていいよね……)
「起きてよ! ねぇったら!」
誰かの声は、懸命にワタシを覚醒させようと促しているみたいだけれど、もしワタシがこの夢から目を覚ましてしまえば、そこにはいつものように独りぼっちの寮の部屋が広がるだけ。
それが嫌でも分かってしまっているから、ワタシは目を開けようとしない。いつまでもこの暖かい夢に浸かっていたい気分だった。
こんな穏やかな夢が見れるなら、ワタシはもう二度と目を醒めたくないと思えた。
「もぉう、響ィーッ!!」
「……ッ!?」
しかし、残酷にもその誰かはそれを許してはくれず、ワタシの耳元で叫び声を上げると、強引にワタシを目覚めさせた。悪夢を見たときとは違った意味で、飛び起きるワタシ。
覚醒したワタシの目が最初に映したのは当然のように――見慣れた自分の部屋の景色。
(……あぁ――酷い。穏やかな夢くらい、ゆっくり見せてくれたっていいじゃない)
夢の中の自分とは真逆に、最悪の気分を味わう。同時に込み上げてくるのは、寒気のような寂しさ。鼻の奥がツンとして、さっきまで見ていたあの夢の世界に、今すぐ逃げ戻りたい気分だった。
(たまには良い夢くらい――見させてよ)
「もう、やっと起きたね――響」
……え?
見慣れたはずの景色に――独りぼっちの景色の中に、まるでずっと初めから存在していたような自然さで、その少女は佇んでいた。
肩口くらいにまで伸びる、濡れたように綺麗な黒髪。透き通るように白い肌と、こちらを覗き込む優しい瞳。そして嬉しそうな微笑を浮かべる、暖かな表情。
「……み、く?」
「――ん、おはよ。響っ」
きちゃった、と。立花響の幼馴染、小日向未来の姿がそこには在った。
自分はたしかに昨晩、夢見が悪くて一度は起きてしまったものの、その後にきちんと同じ場所で就寝を果たしたはずなのだった。いつものように、というか当たり前のように一人で。ベッドに入って、眠りに落ちたはずなのである。
にもかかわらず翌日、目を覚ましてみれば、目の前には先日別れたはずの幼馴染の姿があった。
ありえない。ワタシはまだ、夢の中に居るのだろうか?
そう思ってはみたが、それが紛れもない現実であることを立花響はすぐに実感することになった。驚いた拍子に、眠っていた二段ベッドの上から転げ落ちた衝撃によって。
「うわッ――ふっ、ぶぐッ!!」
我ながら情けない声を上げて、床に後頭部をしたたかに打ちつける響。
「だ、だいじょうぶッ、響っ!? 怪我してないッ!?」
慌てて駆け寄ってくる幼馴染に助け起こされながら、響は目の前の彼女が、本当に実在する人物であることが分かって、さらに目を白黒させた。
「え、え――な、んで未来がここに……ッ」
床にぶつけた後頭部の痛みで、ただでさえ起きぬけで満足に働かない頭が、さらに重度の動作不良を起こしていたが、なんとか必死に疑問を口にすることに成功する。
「あ……え、えっとね――その」
優しい手つきで、響がぶつけた患部を撫でながら、未来は少し面映そうに顔を赤らめている。
「――響に、会いたくて。おしかけちゃった」
「…………」
あまりの事態に、言葉を失って固まる響。ぶつけた頭の痛みなど遥か彼方へすっ飛んでいった。
「あ、あれッ……響? ねぇちょっと? ……響っ!? 響ィー!?」
すっかりフリーズし、呼びかけても反応しない響。
そんな彼女の様子を見て、どこか危険な部位をぶつけてしまったのかもしれないと勘違いをしてしまった未来が取り乱し、救急車を呼ぼうとするなど、二人が平静を取り戻すために、かなりの時間を要した。
どうにか落ち着いて、二人でテーブルにつきながら、未来が作ってくれたという朝食を口に運ぶ。
初めは朝ごはんを食べる習慣がないからと拒んでみたが、未来に涙目で悲しまれてしまったために、慌てて椅子に腰掛けた。
よく焼かれたトーストと、野菜がたっぷり入れられたスープ。一度口をつけてみれば、人間とは欲望には素直なもので、自然と手が動いてしまう。
自室で食事をしたのは、いつ以来だろうか。いつもは外で適当に済ませてしまうので、こうした光景はなんだか新鮮な気分だった。
否、新鮮に感じるのは、なにも食事をしている場所のせいではない。
誰かと――食事すること自体、もう随分としていなかったことなのだから。
「ど、どうかな……?」
「……ん」
未来が遠慮がちに感想を尋ねてきた。「美味しい」と素直に答えてあげたかったが、どこか気恥ずかしさを覚えてしまって、ついつい無愛想に答えてしまう。
せっかく幼馴染が作ってくれたのに。ワタシの口は重くて、自分の気持ちさえ満足に打ち明けることが出来ない。
口に出来ないならせめて、と。ワタシは精一杯の勇気を出して、未来に空になった自分のスープ皿を突き出した。
「……っ! うんっ、待っててね。すぐおかわり入れてくるよっ!」
パァッと嬉しそうに顔を綻ばせて、スープ皿を受け取る彼女。そのままスープの鍋があるキッチンへ走っていった。
「…………」
自分の傍に、誰かがいる風景。
たったそれだけのことなのに、見慣れたはずの自分の部屋は――独りぼっちの風景が、ひどく暖かいもののように感じてしまう。
胸に残るじんわりとした温もり。それが、未来の作ってくれた暖かいスープを飲んだせいなのか、それとも――。
くぅっと。ワタシのお腹がそこで、小さく音を鳴らした。
びくりと驚いてしまうワタシ。自分の顔に熱が集まっていくのがわかった。……み、未来に聞かれなくてよかった。
「おまたせ響っ、まだおかわりはたくさんあるからね」
少し間を置いた後。未来が湯気を出しているスープ皿を持ってくる。
「響がいっぱい食べられるように、たくさん作ったんだから」
そんなことを、言いながら。
「……そ、んなに、食べないし」
「えへへっ」
上機嫌に微笑んでいる幼馴染の顔をまともに見れず、ワタシはスープに口をつけるのだった。
久しぶりの朝ごはんの味は、とても暖かくて。どこまでも優しい味がした。
「予定よりだいぶ遅くなっちゃったけど、そろそろ学校へいこうか」
朝食をとり終えて、一息ついたのを見計らってか、未来がそんなことを言ってきた。じっとこちらの顔色を伺うような、控えめな眼差し。
「…………」
ワタシはそれに、頷こうとはしなかった。何を口にするわけでもなく、彼女の目を見返す――嫌だったのだ。リディアンへ通学することが、ではなく、今日これから学校へ行くということが。
単純に、未来と離れ離れになるのが嫌だった。
盛岡で家族と共に暮らしているはずの未来が、せっかく遠路はるばる訪ねてきてくれたというのに、今から学校へ行ってしまえば、せっかく一緒に居られるはずの時間が減ってしまう。
それがたまらなく嫌だったのだ。
寂しがり屋の子供みたいな理屈だけれど、それがワタシの取り繕いようもない本心だった。それに今日くらい、学校を休んで未来と一緒に居たって、ワタシの生活になんの支障もないのだ。
今から学校へ向かったところで、始業時間には到底間に合いはしないだろう。今から急いで向かう理由も特にない。そもそもワタシは不定期だったノイズとの戦闘で、無断欠席や無断早退の常習犯である。勤勉に学業に勤しんだところで、なにを今更という話だ。
しかし。
「――だめだよ、響。私がこうして響のそばに居る以上は、ちゃんと学校は行ってもらうんだから」
食後に淹れたコーヒーの入ったカップを持ちながら、未来は少し怒ったような口調でそう告げる。嗜めるような、そんな口調だ。
ワタシはそんな彼女を睨んだが、未来は意見を変えない。意地でもワタシを学校へ送り出そうとしているようだ。
こういうときの幼馴染が、誰よりも頑固であることをワタシは知っている。たとえ長い間ずっと離れて暮らしていたとしても、再会したのがつい最近のことだったとしても――それくらいは手に取るようにわかる。
ワタシの幼馴染である小日向未来という少女は、ワタシの知っている彼女のまま――別の世界の彼女と同じように、ワタシなんかを思いやってくれる、そんな優しい親友のままだったのだから。
「……どうしても行かなきゃ、ダメ?」
「ダメだよ。学校はズル休みするものじゃありません」
教師のような諭し方で、ワタシの支度を急かす。教えてもいないはずなのに、いつの間に出してきたのか、ワタシのリディアンの制服を持ってきた。
「……わかった」
「はい、えらいえらい」
不承不承に頷くと、にっこりと笑顔を浮かべる未来。ワタシは不貞腐れて、彼女の手から引っ手繰るように制服を受け取る。
「……じゃ、着替えてくるから」
「あ、ちょっと待って響。私も着替えるから」
ワタシを引き止めて、未来。
「?」
なんだろう。これから未来も、どこかへ出掛けに行く用事でもあるのだろうか。もしかしたらその用事をするついでに、ワタシに逢いにきてくれたのかもしれない。
「もぉ、違うよ」
おかしそうに少し噴き出してから、未来はワタシの手を握って、とびきりの笑顔で言うのだった。
「私もリディアンへ行くから、一緒に行こう」
◇ ◇ ◇