XDシナリオafterstory 『晴れ煌めく陽光』   作:nagato_12

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すっかりご飯食べる可愛いビッキーに現を抜かしていたため、ほっぽられてしまっていた可哀想なシリーズ。久々の次話です。
グレビキさんのどネガティブでウジウジしてる心理描写書くの、たまらなく好きだったりします(性癖)。



すこし前から、ツイッターでシンフォ垢を作って遊んでいます。蛍光色えんぴつ https://twitter.com/g59WlmLJZv6MbD9?s=09
ろくに絡みにいけないチキンで、そのくせ妄想垂れ流しのアブナイヤツなんですが、構ってくださる優しい方がいらっしゃったらぜひよろしくお願い申し上げます…()


第二章 雲滲む陽射と、差し込んだ光明 中

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 それから、ワタシたちは色んなことを話し合った。

 

 今までにあったノイズとの戦いについての話や、お互いの日常生活について。奏さんを初めとした、機動部二課に居る人たちのこと。

 

 話し合うといっても、翼さんが一方的に話して、それに対してワタシがただぶっけらぼうに相槌を打つだけの事だったが、翼さんはまるでそれが楽しくて仕方がないといった様子で、夢中で話し続けていた。

 

 まるで――仲の良い友達と話しているみたいに。

それがなんだか、ワタシには少しだけくすぐったかった。

 

 そして。

 そんな彼女の口から、数週間後にこの場所――ライブ会場で、慰霊祭を兼ねた大規模な歌唱ライブを開催する予定であることも、教えてもらった。

 

「……そう、なんだ」

「あぁ。まだ世間には公表をしていない、いわゆるオフレコというやつなんだ。立花のことは信頼しているが、くれぐれも無闇に他言してくれるなよ? まだ身の周りにいる関係者でさえも、緘口令を敷いてもらっているくらいなのだ」

 

 翼さんはそう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 やっぱり――凄いな、この人は。ワタシはそんな彼女の表情を、横目で盗み見るようにしながら、そんなことを思っていた。

 

 かつて一番大切だった人……奏さんを、この場所で亡くして――それでも、彼女はちゃんと一人で立ち直って、そしてしっかりと前を向きながら、また歩き出そうとしている。

 

 どれだけ――そう、どれだけ、今まで辛い思いをしてきたんだろう。どれだけ一人ぼっちで泣いて、そして眠れない夜を過ごしてきたんだろう。

 

 翼さんが今なお変わらずに抱き続けているその悲しみは、ただの部外者であるワタシなんかが、決して推し量れるようなものでは全然ないんだろうけれど。

 それでも――ソレが、どんなものよりも苦しいモノだっていうことは、よく知っていた。

 

 他でもないワタシだからこそ――よく知り尽くしていた。

 

 それでも彼女は。

たった一人きりで、誰の手も借りないで――自分の中でしっかりとその悲しみに対して区切りを、整理を付けようとしている。

 

 凛々しく前を向いて、あの地獄みたいな苦しさを相手に、真っ向から立ち向かおうとしている。

 それこそが風鳴翼という、1人の人間の在り方であって――強さだった。

 

 悲しみや絶望だけに囚われることなく、人類の為に今だってこうしてノイズ達と戦い続けている彼女の、そんな真っ直ぐで固く纏まった意思。

 それが、ワタシの目にはとてもカッコよく映って。なにをするにも素直になれないワタシだけれど、ただ今だけは素直にこの人に――憧れてしまった。

 

 もしも、彼女のようにワタシも気高く、そして強く在れたのなら――そんな風に、場違いにも考えてしまうくらいに。

 穏やかな表情で、ライブ会場の景色を眺めている翼さんの横顔。ワタシはそんな彼女の勇ましい姿に、すっかり目を奪われてしまう。

 

 それに比べて――自分は。

ありきたりなそんな自己嫌悪の念が、まるで降って湧くみたいにワタシの胸を塞いできて。

 

 弱くて脆くて。今だって自分の気持ちさえもよく分かっていないこんな自分が、とても情けない、すごく惨めなモノであるように思えてしまう。

 もしも、こんなワタシの中に少しでも、彼女のような〝強さ″が在ったのならもっと――否。

 

(……いったい、なにが出来るって言うんだ)

 胸の歌を喪った自分に。ガングニールを失った自分に。

 

 もう今さら出来ることなんて、なに一つ残されていやしないのに。

 

「そういえば、聞いたぞ立花。世界を渡ってきたあの少女……小日向、だったか。彼女と同じ――いや、実際には別の人物になるのか――とにかく、こちらの世界の小日向が、今度リディアンに転入してくることになったそうじゃないか」

 

 翼さんがふと思い出したように、そんな話題を振ってきた。

 なんで翼さんがそのことを知っているんだと、少しだけ不思議に思いかけたワタシだったが、そもそもリディアンは機動部二課と所縁のある施設らしいので、それを翼さんが知っていても何もおかしくはない。

 

「え、まぁ……はい」

「ふふっ、良かったじゃないか」

 

「……べ、別に」

 なんだか、茶化されているみたいで少し面白くない。ワタシはそっぽを向くのと同時に顔を伏せて、自分の表情を翼さんに見えないようにした。

 

「どうだ? 新生活の感触は」

 翼さんが興味深そうに、質問を重ねる。

 

「なんだか――落ち着かない……です」

 独りきりで居るのが、ずっと当たり前になっていたから。

 

 こんな自分が今さら、誰かと一緒に生活しているところなんて、想像すら出来ない。

 

「ふふ、これからもう立花は『独りきり』などではないさ――小日向がいつだって、立花の傍に居てくれるのだろうし、そして立花だって、私の『隣に立ってくれる』とさっきそう約束してくれたばかりじゃないか」

 

「……うぅ」

 なんだか今になって、すごく気恥ずかしくなってくる話だ。こうして冷静に振り返ってもみれば、もしかしてさっきの自分は、かなり恥ずかしい真似をしてしまっていたのではないのだろうか。

 

「……ふふっ、直に慣れるさ」

 思っていたよりも存外『誰かと共に居られる』というのは、それほど悪くないモノであるらしいからな。

 

「……え?」

 それはどういう意味だろう、と。少しだけ顔を上げて、翼さんの方を窺ったワタシ。

 

「いやなに、立花とこうして手を取り合えたことがよほど嬉しいのか、それとも、これからは私の隣に立花が居てくれるというその事実が、とても心強く思えるのか……さきほどから私の心は――とても清々しい気分なのでな」

 

 にっこりと、そこにはなんだか年頃の少女のように可憐な笑顔を浮かべながら、ワタシのことを見ている翼さんの顔があった。

「~~ッ!? ば、馬鹿じゃないの……ッ」

 

 かぁっと顔に熱が集まっていくのが自分でもわかって。

ワタシは慌ててもう一度そっぽを向き直した。もうぜったい翼さんのほうは見ない。決めた。

 

「ははっ、すまない。少し悪意地が過ぎてしまったようだな? 立花とこうして笑い合える日が訪れたことに、ガラにも無くのぼせ上がってしまっていたらしい」

 翼さんはおかしそうに噴き出すとそして、続けた。

 

「だからまぁ、その……なんだ。お前はもう――独りきりなどでは、ないよ」

 これからは私達が――お前の傍にいる。

 

「――ッ!」

 あぁ、もう。どうしてこの人はこうもいちいち……ッ。

 

 芯が通っていて、どこまでも強くて格好良くて――頼もしい先輩なんだろうか。

 ワタシはこんな人とずっと、自分勝手なわがままを張りながら、戦い続けてきたのか……。

 

「――怖いん、です」

 気が付けば。ワタシはそんなことを、彼女に零していた。

 

「……怖い?」

 今まで誰にも零したことのない、ワタシの嘘偽りのない気持ち。生まれたままの、そんな弱い感情。

 

「こんなに幸せでいいのかなって……。こんなに恵まれていて……いいのかなって。ちゃんと嬉しいハズなのに、ちゃんと報われているハズなのに――それでもまだワタシの心は、どこかでこの幸せが、一瞬でぜんぶ崩れていっちゃうんじゃないかって、そんな嫌な想像ばかりをしているんです……」

 それが――とても怖い。恐ろしい。

 

 一度漏れてしまったそれは、まるで堰を切ったみたいに漏れ続けていく。俯いた姿勢のまま、ワタシはその薄暗い感情をただ彼女に向かってぶちまけていた。

 

 ずっと考え続けていた、自分の奥底にあった嫌な気持ち。誰にも言えなかった、そんな弱々しい本音。

「もう……嫌なんです。大切なものを喪うのは――ワタシの手から、ぜんぶ零れ落ちていっちゃうみたいな、あの感覚が」

 

 未来と離れ離れになってしまった、あのとき。

 お父さんが家を出て行ってしまった、あのとき。

 

 周囲の人たちから心無い罵声や暴力を向けられた、あのとき。

「世界はいとも簡単に、ワタシの『大切なもの』を全部壊していこうとするから――それなのに」

 

 それなのに。

 今のワタシはもう――

 

「そんな残酷な世界に、抗うことが出来たはずのチカラを――失くしてしまった」

 

 『もしも』、ワタシの周りの人達がまた、危険に晒されるようなことが起きてしまったら? 

 昨日ワタシが救おうとした、あの小さな女の子が『もしも』、自分の身近な人だったのなら?

 

 護るために――抗うために。

 そんな風に、ワタシはもうこの拳を握ることが出来ないのに。

 

 心の底から『護り抜きたい』と思えるような、そんな存在が。

 大切にしたいと思えるような、そんな未来がやっと――やっと出来たのに。

 

 八つ当たりのように、色んなモノを壊し続けていたワタシの拳では――もはや満足に、握り締めることすら、叶わなくなってしまったのだから。

 それが、とても――言葉に出来ないくらい、本当に、恐ろしい。

 

 怖くて怖くて、たまらない。

「ワタシには、もうなにも……出来ないから……ッ!」

 

 途切れ途切れになったワタシの言葉を、しかし翼さんは途中で遮るようなことをしないで、ただ黙って聞き続けてくれていた。

 やがて。

 

「――案ずるな」

 と、そんな風に告げる。

 

「その残酷な世界とやらが、立花の大切なモノを壊しにくるというのなら」

 そのふざけた世界ごと――私の剣が斬り払ってみせる。

 

 ワタシはハッと顔を上げて、彼女のほうを見た。

 口元には不敵な笑みを浮かべて。真剣な瞳をこちらに向けている翼さんと、真っ向から視線が交ざり合う。

 

「知らないのか? 防人の剣はどこまでだって届く、不屈の切っ先だ。自分の友人が大切にしているモノくらい、容易く護り抜いてみせよう」

 

「ゆ――友人?」

 予想外な翼さんからの言葉に、露骨に面食らってしまう形になってしまったワタシ。

 そ、それって、ワタシのこと……?

 

「む……違ったのか? 私はもうすっかりその気でいたのだが……なんだか外してしまったようで、少し面映いな」

「……~~っ」

 

 本当に、この人には敵わない。

 どこまでも真っ直ぐで、力強い響きを伴った翼さんの言葉は、まるでワタシがずっと抱えていた悩みなんかすごくくだらないことだったみたいに、スパッとワタシの胸の中に入ってきた。

 

 もしも。そう――『もしも』。

 以前の、あの八つ当たりみたいに戦い続けていたあの頃のワタシに――ほんの少しでも『誰かと手を繋ぐ勇気』があったのなら、きっと今ごろ、もっと違った現在があったのかもしれない。

 

 そう、それはまるで〝あっち″の未来と一緒に居るという――もう一人の『ワタシ』と同じ様に。

 

 ……でも、今この場所に居るのは、そんな強くて勇気のある立花響じゃあない。

 弱くて脆くて、ずっと色んなことから逃げ続けて生きてきた、情けない立花響だ。

 

 そんな事実が、少しも悔しくないと言ったら嘘になってしまうけれど。

 

 一人じゃない、と。

 そんな風に言ってくれる人が、ワタシの傍に居てくれるのなら――。

 

 ワタシは無意識に、ぎゅっと拳を握り締めていたのだった。

 

「……さぁ、そろそろ時間も良い具合に潰れた頃だろう。このままバイクで、立花の寮の前まで送ろう」

 おもむろに立ち上がった翼さんが、そう切り出してきた。

 

 それを受けたワタシも、その場で立ち上がる。

 なんだかまだ恥ずかしい気がして、まともに翼さんと顔を合わせられなかった。そんなワタシを気遣ってか、翼さんがまたイジワルな顔を作る。

 

「今度はちゃんと、立花が怖い思いをしないようにゆっくりと運転するから安心していてくれ」

「……ッ! だ、だからッ、別に怖がってなんか……ッ!」

 

 そんな翼さんにムッとして、ワタシがまた文句を言おうとした、そのときだった。

 

 ――ウゥゥゥンンン。

『ッ!?』

 

 お腹の底にずんと沈み込んでくるかのような、そんな低い音をした警報サイレンが、どこからともなく辺り一帯から響き渡ってきた。

 それと同時に、翼さんが携帯していたらしい通信機が、けたたましい着信音を鳴らす。

 

「――はい、翼です。……はい、……はい。……了解しました、すぐに現場へ急行しますッ」

 躊躇することなくコールを取って、さっきまでと打って変わった険しい表情を浮かべる翼さんは、通話先の人間と何事かを話していた。

 

 『ソレ』が一体どんな『事態』を意味しているのか。

 それがわからないワタシではなかった。

 

「……ッ、すまない立花、寮まで送り届ける件なのだが――」

「いいよ、別に。ワタシはここから、歩いて寮まで帰るから……だから、心配しないで。それより翼さんは、早くノイズを……ッ!」

 

 ワタシは迷うことなくそう答えて、彼女の目を見た。自分なんかに時間を取られれば、それだけ翼さんの行動に遅れが出てしまう。

 そんなことになってしまえば、それこそワタシは名実共にお荷物の足手まといだ。

 

「すまないッ、恩に着るッ!」

 翼さんはそう言うや否や、自分がバイクを停めていた方向へと向かって、走り出していった。

 

 が、途中で――なにを思ったか、彼女は足を止めてこちらを向くと、一言。

「今日は立花と話が出来て、とても楽しかった。今度はまた場を改めて、色んな話をしよう」

 

「……ばっ、馬鹿なの? は、早く行きなよ」

 それだけ言い残すと、少しだけ微笑んで見せた翼さんは、そのまま颯爽と今度こそライブ会場から出て行ってしまった。

 

 こういうとき、マフラーで表情を隠せなくなってしまったことが、少しだけ悔しかった。

 まさか、こんなくだらない理由でギアが欲しくなるだなんて、思いもしていなかったけれど……。

 

「――奏さん」

 自分以外の誰も居なくなった、たった一人きりのステージの上。

 

 かつて、そこで命を燃やす歌を口にしてまで、ワタシの命を救ってくれた恩人の名を、ワタシはふと口にする。

 

「どうしてワタシは――」

 あぁ、なんで。こんなときにワタシは、翼さんのチカラになることが出来ないんだろう。

 

 ワタシの傍に居てくれると――そう約束してくれた、大切な人なのに。

 

「……奏さん」

 ワタシはもう一度、あの人の名前を呼んだ。

 

 願わくば。翼さんが無事に戦いを終えて、帰ってきてくれることを。

 ワタシは祈るようにしばらくの間、独りステージの上で、立ち尽くしていたのだった。

 

 しかし――このときのワタシは、すっかり忘れてしまっていたのだった。

 すっかり失念して、無意識に考えないように勝手に、頭の片隅へと追いやってしまっていた。

 

 これまでの『立花響』という、一人の不幸な人間の人生において。

 

 そんな風に儚く、そして祈るように想った願いであればあるほどに。

 まるでどこかの誰かに、それを嗤いながら嘲けられるように――踏み躙られてしまうという、そんなどうしようもない経験則のことを。

 

 すっかり、忘れてしまっていた。

 立花響はどこまでも、呪われている人間だったということを。

 

 

    ◇   ◇   ◇

 

 

「もういい翼ァッ! 一度撤退して、形勢を立て直すんだッ!」

 

 《特異災害対策機動部二課》の中枢である発令所内で、司令である風鳴弦十郎の、そんなひときわ鋭い怒号が轟いた。

 

「《アメノハバキリ》のフォニックゲイン数値が低下ッ――くそっ! 止まらないッ! このままではギアのバリアブルコーティングが、維持不可能な値にまで達してしまいますッ!」

 

 人類守護の最後の拠点であるハズのその場所には、先ほどからけたたましいほどの異常事態を報せるアラートと、オペレーターによる緊迫した現状報告の声とが、交互に入り乱れていた。

 

 その場にいる全員が固唾を飲みながら、発令所内のライブモニターを見つめている。

 そこに映し出されているのは、とある都市近郊部を映した衛星映像だった。

 

 夥しいほどの特異災害《ノイズ》の姿と、そして――その中心で今にも飲みこまれそうになりながらも、剣を振るい続ける、蒼い閃光を携えた一人の少女の姿。

 都市の一部であったハズのその景色は、すでに長時間に渡る戦闘の余波によって、辺り一面が物言わぬ瓦礫へと変わり果ててしまっている。

 

『……撤退は、できません。防人である私が退けばその分、誰かの平穏が脅かされてしまいます』

 ――千の落涙。

 

 少女が携えていた一振りの剣を天へと仰ぎ向けると、モニター画面一面が弾けるようにして蒼い光の激流が巻き起こった。

 ようやく光が収まると、あれほど少女の周りに詰め掛けていた大量のノイズが、一斉に炭の塊へと化して、霧散するように消え失せていた。

 

 迫り来るノイズの群れによって、すっかり覆い隠されようとしていた少女の姿が、一瞬だけモニターの中で鮮明に映りこむ。

 身体の端々には幾つもの痛々しい生傷。第一号聖遺物《アメノハバキリ》の象徴ともいうべき青色の装甲には、大きな亀裂がいくつも入っていた。

 

 満身創痍。モニターを見ていた誰もが、その四文字を頭の中に思い描いてしまったほど、モニターに映った少女の姿は酷いものだった。

 

「つ――翼ァッ!!」

 戦闘指揮を全任された司令官であり、そして血の繋がった叔父でもある弦十郎の口から、もう一度緊迫した怒号が上がる。

 

『――大事ありません。私の切っ先は、防人の切っ先。どれだけの異敵を討ち取ろうとも、防人の剣が刃を零すことなどありません』

 スピーカーから返ってくる、少女の声。

 

『それに――ようやく叶ったのです。共に〝立ってくれる″と。あのへそ曲がりな彼女が、そんな約束を交わしてくれた……ならば私には、彼女の生きる平穏な世界を護りきる義務がある』

 残存していたノイズが、一斉に少女を目掛けて猛進してくるのが見えた。

 

「つッ、翼ちゃんッ!!」

 現況をモニターしていた友里オペレーターから、悲鳴交じりの絶叫が上がった。

 

『彼女とまた――歌を謡うために』

 すぐ眼前にまで迫って来ている絶体絶命の脅威。少女は携えていた剣をもう一度、ゆっくりとした動きで構え直していた。

 

『これくらいの窮地など、容易く斬り払ってご覧に入れましょう』

 まるでそれが戦いの合図だったかのように。

 

 少女はただ前へと、ひたすら駆けていた。

 少女の――風鳴翼の瞳には、どこまでも真っ直ぐで、そして力強い意思の輝きがまるで蒼炎のように、ただ静かに燈っていた。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 病室は――嫌いだ。

 どこにいても鼻をつく、消毒アルコールの嫌な匂い。目に痛いくらいにどこまでも真っ白で、汚れを嫌っている潔癖な壁とベッドシーツ。

 

 白一色で統一された、その空間。

 現実世界から四角く切り離されているかのような、その場所に居るだけで、自分の中の時間がピタリと止まってしまったんじゃないかという、そんな実体のない不安感に駆られてしまう。

 

 ワタシはそれがたまらなく――吐き気を催してしまうほどに、大嫌いだった。

 

 ワタシにとってその〝色″は紛れも無く、あの苦痛を極めたリハビリ生活を嫌でも思い出させる、そんな象徴だった。

 今から三年前。

 

 一命を辛うじて繋ぎ合わせた、あの大手術を終えて。

 日常生活へと一日も早く復帰を果たすために、ワタシは毎日のように地獄のように辛いリハビリに必死で耐え続けていた。

 

 痛くて痛くて、何度も何度も心が折れそうになったけれど、これさえ乗り切ればきっと色んな人たちに――元気になって良かったと、そう言って笑顔で喜んでもらえると。

 そんなことをただ信じ続けて――歯を食いしばって、頑張っていた。

 

 しかし。そんなリハビリ生活を乗り越えた先で、ワタシのことを待っていたのは。

 たくさんの顔の無い人達から向けられる、酷い言葉の数々と嫌がらせの毎日だった。

 

『あのまま、死んでいたら良かったのに――』

 今となってはもう、誰から言われたのかさえはっきり思い出すことの出来ない、そんな無慈悲な一言に、ワタシの心はすっかり枯れきってしまって。

 

 陽だまりの届かないその場所は、どこまでも暗くて――そしてなにもかもが凍えてしまうくらい寒い、そんな酷い場所だった。

 

 地獄のようなリハビリを乗り越えた先にあったのは、本物の地獄だけだった。

 

 そう、だから――病室は嫌いだ。

 真っ白に塗りつぶされたこの場所はとても残酷で、ワタシの陽だまりを壊した象徴だったのだから。

 

 そして、それは今だって同じ――

 

 

 

 

 

「……幸いなことに、命に別状はないそうだ。ただ、無茶な戦闘による負荷と疲労によって、極限まで体力が衰弱しきってしまっている。しばらくは絶対安静が必要になるだろう」

 

 四角く切り取られた真っ白なその空間の中で、悔しさが滲んだような表情をした風鳴弦十郎が、そんなことを教えてくれた。

 

 しかし、今のワタシの頭では、そんな弦十郎からの言葉さえ上手く理解出来ていたのかも怪しかった。

 なぜならワタシの目は――部屋の中の一点を映したまま、ずっと釘付けになってしまっていたのだから。

 

 ベッドも壁紙も、机も棚も何もかもが白色に染まったそんな四角い世界で、たった一つだけ存在する別の色――それは鮮やかな、青。

 

 呼吸器をつけられて、ただ静かに瞳が固く閉じられたまま、ベッドに横たわらされている彼女の姿。

 それをジッと眺めながら、ワタシは全身の血液が足先から逆流してきたような、そんな嫌な感覚に襲われていた。

 

「響……? 顔色が悪いよ……だいじょうぶ?」

 よほど酷い顔でもしていたのだろう。隣で同じように立ち尽くしていた未来が、ワタシのことを心配そうに気遣ってくれる。

 

 もしも未来が、ワタシと一緒にこの場所までついて来てくれていなかったら、ワタシは情けなくこの場で泣き崩れてしまっていたかもしれない。

「……大丈夫」

 

 幼馴染にこれ以上余計な心配をかけないよう、ワタシは短く答えてみせてから、そのまま身体を風鳴弦十郎の方へと向けた。

 そして一言も発さないまま――ワタシは頭を下げた。

 

「ひっ、響……!?」

 隣で未来の、ビックリしたような声が上がる。

 

「……ひとまず、理由を訊かせてもらおうか」

 頭の上から、そんな弦十郎の声がした。未来ほどではないものの、彼も少なからず困惑しているようだ。ワタシの行動の意図を掴みかねているような、そんな少しの驚きが混じったような声だった。

 

 ワタシは頭を下げたままで、口を開く。

「翼さんがこうなったのも全部……ワタシのせいだから」

 

「違う。これは翼本人の問題であって、その責任の所在は、万全に装者をサポートすることが出来なかった《二課》の……すなわち、俺の責任だ」

 間髪入れずに、弦十郎からのそんな力強い否定が入る。

 

 しかし、ワタシは頭を上げない。

「……ワタシが、ガングニールを自分勝手に使い潰したりしていなかったら、今ごろ翼さんはこうなっていなかった」

 

「……響」

 

「――ごめんなさい」

 その一言がワタシの口から零れたのと同時に、ポトリと病室の床に冷たい滴が落ちていった。

 

「ワタ、シの、せいだ……ッ」

 水滴は一粒だけでは留まらず、ボロボロと勝手にワタシの顔から零れていく。何度も手で拭っても、それは一向に止む気配がない。

 

 未来がそんなワタシの肩に手を置いて、静かに慰めてくれていた。

 すると。

 

 バキィっと。まるで分厚い肉の塊でも打ったような――なにかを殴りつけたみたいな、そんな鈍い音が部屋の中で起こった。

「……?」

 

 一瞬、身体のどこかをぶたれたのかと反射的に思ったワタシだったけれど、いつまで経っても痛みのようなものは感じない。不思議に思って顔を上げてみると、

 

「……まったく。何を――やっているんだろうな、俺は」

 そう言って、口の端から少しの血を流しながら弦十郎が、力のない笑みを浮かべているのが目に入ってきた。彼の頬は赤黒く変色していて、自分で自らの顔面を殴り飛ばしたのだと、少し遅れてからようやくワタシは理解する。

 

「なっ――なにを……!?」

「コレは先に子供を謝らせてしまった分の、自分への罰さ。まったくもって、大人として自分が情けない」

 

 弦十郎はそう言い終えると、今度はおもむろにワタシに向かって、手を伸ばしてきた。

 今度はワタシの番か――そう思って、ぎゅっと目を瞑ったが、訪れたのは頭の上に大きな手を乗せられた、奇妙な感触だけ。

 

「……え?」

「響くん。君には少し、何でもかんでも自分のせいに考えてしまう悪い癖があるようだ」

 

 ――もう一度言うが、これは君のせいなどではない。

 大きくて、ごつごつと角ばった、大人らしい逞しい手のひら。それが無骨に、ワタシの頭の上で動いている。

 

 撫でられている、と。すぐにはそう理解出来なかった。

 

「謝らねばならないのはむしろ、俺のほうだ。それなのにこうして先に謝られてしまっては、いい年した俺の立つ瀬がなくなってしまうな」

 弦十郎は悲痛が篭ったような、そんな口調で言葉を続ける。

 

「三年前に起きた、あのライブ事故で――《ガングニール》という酷な運命を、ただその場に居合わせてしまっただけの、ただの一般人に過ぎなかった君の中に宿らせてしまった。君の人生を大きく捻じ曲げてしまった原因の全ては――聖遺物の起動実験なんてものを画策した日本政府の、そしてその一員である俺にある」

 それどころか、俺は君に――命さえも危険に晒してしまうほどの、そんな激しい戦いを強いてしまったんだ。

 

「いくら謝罪の言葉を折り重ねたところで、君に許してもらえる日が来るとは、俺は思っちゃいない」

「……ッ」

 

「なにが人類守護の要だ。なにが責任者だ。肩書きばかりが偉くなって、その実は年端もいかない子供の人生を大きく歪ませたまま放置するような、そんなろくでなしの男なんだ」

 ワタシの頭の上に乗せられている方とは別の、彼の手がギリッと音を立てた。

 

「そして挙句の果てには――姪っ子の命さえ、ろくすっぽ守れちゃいない」

 本当に情けない――吐き捨てるように、弦十郎は言った。このままいくとまた自分の顔を殴ってしまいかねないような、そんな激しい感情が篭もった台詞だった。

 

「そ、そんなこと……っ」

「響君」

 

 弦十郎が、もう一度ワタシの名前を呼ぶ。

「俺にはこんなことを言う資格がないのは、百も承知しているつもりだ。どこまでも傲慢で、恥知らずな行いであることは、十分に理解している――だがどうか、聞いて欲しい」

 

 そして少しの間を置けてから、彼はこう言った。

「君がここに居てくれて――本当によかったと思っている」

 

 ――え……?

「どういう、意味……?」

 

「君が居てくれなければきっと翼は、生きてここへ帰ってくることを諦めていただろう」

 そんな弦十郎の言葉に驚いて、ワタシはそこでようやく頭を上げて、相手の顔を見た。

 

「絶望的なあの状況下において、しかし翼が最後まで諦めることなく、その剣を振るい続けることが出来たのは『君』という存在が、翼の中で確かな拠り所となっていたことが大きい」

 そんな、なんで……。

 

 だってワタシは、ずっと今まで翼さんと――

「駆けつけた救助班によれば、アイツは意識を失うその直前まで――」

 

 弦十郎は穏やかに、しかし力強い声でこう告げた。

「君とまた歌を謡いたい――と。そううわ言のように漏らしていたそうだ」

「……ッ!!」

 

「たしかに君は、一時は俺たち《二課》と対立関係にあったのかもしれない。君にとって、俺は全てを奪っていった張本人であり、恨んで当然の――恨むべき、そんな存在だ」

 しかし、と。

 

 彼はワタシの頭から手を引っ込めると、今度はワタシに向かって深々と頭を下げて見せた。

 驚いて、如実に固まってしまったワタシに弦十郎は続ける。

 

「そんな俺への憎しみを――今だけでもいい。ほんの少しだけでも、君の中で後回しにしてもらえるというのならば――頼みを聞き届けてもらえるのなら、どうか――どうかこれからは共に、翼と共に、そして俺たち《二課》と共に、歩みを合わせていってはもらえないだろうか」

 ぐっとワタシの前で深く腰を折って、弦十郎。

 

「……な、なんで」

 どうして貴方たちは――こんなに揃いも揃って。自分の声が震えてしまっているのが、嫌でもわかった。

 

「……ワタシの胸にはもう、ガングニールはない……のに」

「《適合者》としてではなく、これから先を見据えた上で我々の活動には、君の存在が必要だと、そう判断した」

 

「勝手だ……勝手だよ、そんな理屈……ッ」

「……重々、理解しているつもりだ」

 

「わ、ワタシにはもう――なにも出来る事なんか、ないのに……ッ!」

「君にしか――出来ないことがある」

 

 弦十郎の力強い言葉に、ワタシはまた自身の視界が滲んでいっていることに気が付いた。

「……ッ、……ッ」

 

「……響」

 隣で未来が、心配そうな目でそんなワタシと、事の成り行きをただ見守ってくれている。

 ……うん、大丈夫だよ。未来……大丈夫だから……。

 

「――約束、したから」

 やがて。

 

 ワタシは何度か大きく息を整えてから、そして慎重に、ゆっくりと言葉を紡いでいた。

「――あの人の『隣に立つ』って、約束」

 

 だから、そのためだったらワタシは――何だってする。

 

「……もしも本当に、貴方の言う通り、こんなワタシにもなにか出来る事があると言うのなら――協力させて欲しい」

 『それ』は――ずっと今までワタシが何度も拒み続けてきた、そんな選択だった。

 

『誰かと共に歩む』という――ずっと勇気が出なくて選べなかった、そんな立花響の選択肢。

「……すまない、響君。そして、感謝する」

 

 顔を上げて、まるで憑き物でも落ちたような顔で、いくらか表情を和らげて見せた弦十郎。

ワタシはそんな彼の言葉に、思わず気まずさのようなものを覚えて「……別に」と、また愛想のない態度を取ってしまったのだった。

 

 

「――はいはい、湿っぽいお話は無事に終わったのかしらーん?」

 そこへ。

 

 

「っ!?」

 慌ててワタシが声のした方向へと顔を向ければ、そこには白衣を着た、見覚えのある女の人が立っていた。

 

「ハァイ! 久しぶりねぇ~、響ちゃん」

「了子さん……」

 

 ワタシの代わりに、未来が彼女の名前を口にした。

 櫻井了子。

 

 《二課》に所属している女性科学者。ワタシの《ガングニール》や、翼さんの《アメノハバキリ》をはじめとした《シンフォギアシステム》の生みの親。

 以前、ワタシが独りでノイズと戦い続けていた頃、何度か顔を付き合わせたことのある人物だった。

 

「んもう、女の子がそんなコワい顔したりしないの~。せっかくの可愛いお顔が台無しよ~?」

 ツカツカとハイヒールの音を響かせながら、こちらへ向かって歩いてくる彼女。

 

「こうして響ちゃんも正式に、晴れて二課に加わることが決まったんだし、これからは仲良くしましょ? ねっ?」

 そしてワタシの前まで来ると、彼女はスッと握手を求めるように、自分の右手をワタシに差し出してきた。

 

「…………」

 ワタシは最初に会ったあのときから、なんだかこの人が苦手だった。飄々としてて、掴みどころのない、何を考えているのか読めない笑い方をする彼女――でも。

 

 以前のワタシなら、きっと無視していただろう。それどころか、もしかしたらこの手を力いっぱい振り払っていたかもしれない。

 でも――今は違う……ハズ、なんだ。未来と繋いだこの手は、翼さんと取り合ったこの手は、紛れも無い自分の手だったはずなのだから。

 

 それに、もう差し伸べられた手を払うのは――嫌だ。

 

 握手くらい……なら。

「……やぁーんっ、嬉しいわ~!!」

 

 ワタシは少し悩んでから意を決して、おずおずと彼女の手を控えめに握り返した。

 すごく恥ずかしくて、なんだかふわふわとやけに落ち着かない気持ちになった。

 

「……さっきまでのやり取りを聞いていたのか、了子くん」

「あらぁ? イイ男はいちいちそんな小さなことを気にしないものなのよ~、弦十郎くんっ」

 

 やれやれと呆れたように首を振る弦十郎に、ウィンクまでしながら微笑んで見せる彼女。あの弦十郎がすっかりやり込められてしまっていた。

 やはりこの人はいつも、こんな人を食ったような性格をしているのか……、と。ワタシは早くも、この人と握手したのは早計だったんじゃないかと後悔しそうになった。

 

「それじゃあ晴れて正式に、響ちゃんを二課メンバーにお迎えしたところで……」

 これからに向けた、だーいじなブリーフィングを始めましょうか~。と、

 

 いつもの呑気な調子で、櫻井了子がにっこりとワタシ達にそう告げる。

「響ちゃんだって知りたいんじゃないかしら~? 例えばそうねぇ――どうして、あの翼ちゃんがここまでノイズとの戦闘によって消耗しきってしまっているのか、とか」

 

「ッ!!」

 彼女の言葉に、目を見開いたワタシ。

 

「翼ちゃんがここまで負担を重ねてしまうことになった本当の原因は、響ちゃんのせいでも、ましてや弦十郎くんのせいでもないわ。現状の問題点はもっと別のところにある」

櫻井了子は声の調子こそ変えないままで、続けた。

 

「――多すぎるのよ、いくらなんでも。ここ最近に起こっている、ノイズの発生件数が」

 彼女は一切の淀みなく、そう言った。

 

「それは、わたしが欧州へと極秘任務に出向していて《二課》を離れていた、少し前のこと――《並行世界》からやってきたという、三人のシンフォギア装者と共に、響ちゃんたちが直面したという《カルマノイズ事変》……」

それこそが他でもない遠因となって――今回の事態は引き起こされていると、わたしはそう睨んでいるわ。

 

 櫻井了子はそう言った。

 ざわりと。ワタシの胸の奥で嫌な感触が駆け抜けていく。自分の知らないところで、なにか取り返しのつかないことが起きてしまっているような、そんな感覚。

 

「……っ」

ワタシの隣に立っていた未来が少し怯えたように、息を呑みながらワタシの袖口を掴んでいた。

 

 櫻井了子は言った。

「とにかく、ここじゃあ治療中の翼ちゃんに悪いから、部屋を変えてお話しましょうか?」

 

 




風鳴親子にすっかり骨抜きにされていってるグレビキさん……(やめなさい)

次は説明回……になればいいなぁ()
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