「・・き・げ・まん」
……声が聞こえる。
「嘘ついたら針千本のーます」
女の子の声が聞こえる。
「約束だからね。」
……約束?
「破っちゃだめだからね」
約束ってなんだよ
「・・・と・・・で・・ね」
なんて言ったのか聞こえない。
「・・・・・・・・・・・」
段々と声が薄れていきそれと同時に光が視界を覆った。
窓から光が差し込み、まぶしさで目を覚ました。周りの景色は見慣れた自分の部屋。脱ぎ散らかされた服が散乱している。時計を見ると時刻は6時を少し過ぎたぐらいだった。いつもより早い目覚め。朝が苦手な俺はいつも7時過ぎに目を覚まし、いつも学校にはぎりぎりに登校していた。あの夢を見たせいだろうか。いつか聞いたことのあるような声。その声の主から発せられた“約束”という言葉。普段ならたかが夢だと気にも留めないが、今回は違った。何故かはわからないがこのまま無視してはいけない気がした。
しかし考えるにしても未だに覚醒していない頭で思考しても考えはまとまらない。とりあえずベッドから起き上がりシャワーをあびることにした。
洗面所に行き服を脱ぐ。ふと目に入った三面鏡には少し長めの髪でたった今起きたといわんばかりに薄目をした男が映っていた。ルックスはいい方だと思うが今の顔は不細工と言わざる負えない。現実から目を背けるように鏡から視線を外し浴室に入った。シャワーの蛇口をひねりお湯を出すが、最初に出てくるのは求めている温度ではなく冷たい水。その冷たさに思わず声を出しそうになるが何とかこらえ、少し待って出てきたお湯で頭を洗う。その流れで顔、身体と洗っていく。いつもより早く起きたせいで眠気がいつも以上にあったが、お湯にあたっていると徐々に目が覚めてきた。早起きをして朝シャワーに行くのも悪くはないのかもしれない。
シャワーを浴びリビングに行くと机の上に一枚のメモがある。いつも通り母さんだろう。メモと一緒にお金が置いてあることから、昼メシは学食になりそうだ。親は共働きで母さんも働いている。朝も早く俺が起きる時間にはいつも家を出ている。しかし早起きしたにもかかわらず出会えないとは。本当にお疲れ様です。
そんなことを考えながら朝食を済ませ、学校に行く準備も終えたが、いかんせん早く目覚めすぎたせいか時間が余った。やることもなくソファーに腰掛けなんとなくTVを付けるといつもと同じニュースが流れた
「…次のニュースです。○○県○○区で最近立て続けに起きている通り魔殺人ですが未だに犯人は見つかっておらず、警察は早急に犯人を捕まえるべくこれからも捜索を続けていくそうです。近隣の方々はくれぐれもお気を付けください」
まだ犯人は見つかっていないのか。近くだから結構不安なんだよな。早く捕まればいいのだが、犯人は未だに特定すらされていない。犯人が凄いのか、警察が間抜けなのか。どちらにせよ犯人が早く捕まることを願おう。
そのままダラダラとTVを見ていたら、いつの間にか時間が迫っていたので急いで家を出ることにした。
6月上旬、昼間は太陽の強い主張により気温も高くなり暑さに体力も気力も奪われ始めたこの季節だが、朝方と夕暮れ時は日差しも弱まり冷たい風が吹く。正直若干冷える。そんなどっちつかずの季節。そんな季節に少し通いなれた道を歩く。学校までの道のりは人通りが少なくほとんど人を見ない。殺人犯がいる可能性がある中こういった人通りの少ない道を通るのは避けるべきなのだろうが、学校までの近道なので少し怖いがいつも使っている。
それにしても今日見た夢はなんだったのだろう。あの声。どこかで聞いたことのある様な声。しかしいつどこで聞いたのか思い出せない。
考え事をしていると背中にドンっ!と強い衝撃を受け、その衝撃で倒れそうになるも、何とか耐えた。
「おい!誰だ!」
そう言って振り返ると見知った顔があった。
「やあ、おはよう」
友人の加原 拓斗(かはら たくと)だ。少し小柄で幼い顔立ちをしている。こいつは今の高校に入学してすぐの頃に話しかけてきて馬が合いそれからもちょくちょく遊んだりしている仲だ。
「脅かすなよ。それでなくても殺人鬼が徘徊しているかもしれねぇのに」
「はは。ごめんごめん。知っている背中を見つけたもんだからつい」
「だからってあんな勢いで押すことないだろ…」
実際こけそうになったし
「あはは、悪かったって。そんなに怒らないでよ」
「別に怒ってねぇよ。てか、悪かったって思うならもう少し悪びれろよ…。それよかお前がここを通っているなんて珍しいな。いつもはあの大通りだろ?」
「そうだけど、今日はちょっと早く起きちゃったから散歩していたんだ」
「なるほどな」
しかし珍しいものだ。ここで出会ったのもそうだが、散歩なんかしているなんて。長い付き合いではないがこいつが散歩しているなんて聞いたことがない。
「僕もたまには散歩ぐらいするよ」
「なんで考えてる事わかったんだよ...」
「顔に出てるよ。なんで?って」
そう言って拓斗は笑う。
「はぁ...。そんなにわかりやすいか?」
「結構ね」
「まじか。気を付けねぇと」
「それより急ごうよ。遅刻しちゃうよ...」
「まじか!急ぐぞ!」
「あ、ちょっと待ってよ!」
「ほらはやく!間に合わなくなるぞ!」
そういいながら二人は急いで学校へと向かうのであった。
無事遅刻せずに学校についた。学校では通り魔の話題で持ちきりで本当に怖がっている者もいれば、怖―いなんて言いながら下心丸出しで男に近づいている女もいる。そんな女にかっこつけながら俺が守ってやるなんて言っている奴もいれば、犯人はあなたですね、なんて探偵アニメの真似事をしたりしてふざけている者もいる。昨日のドラマの話をしている者もいるにはいるがごく少数だ。それぐらいには近場での殺人は印象的だったのだろう。
「すごいね」
拓斗が言ってくる。何がって聞かなくてもこの現状の事だろう。そのことに対して一言で「そうだな」と返す。
しかし、本当にすごいと思う。近くで何度も殺人が起きているのに休んでいる奴が殆どいない。普通いつ殺人犯に出会うかもわからないこの現状、外に出たがらないものがいてもおかしくない。しかし実際クラスの9割ほどはしっかりと登校している。まあ理由はなんとなくわかるが、殆どのやつが自分が殺されるわけがないと思っているのだろう。
「誰も自分が殺されるなんて思っていないんだね…」
すごく冷めた声で拓斗が言った。
…初めて聞いた。こんなに冷めた拓斗の声。何か思うところがあるのだろうか、クラスで一番うるさいグループを拓斗は見つめている。その拓斗の顔は酷く歪んでいるように見えた
「また、悩み事が増えそうだ…」
誰にも聞こえないような声でそうつぶやいた。
つまらない授業を終え、昼休みになった。それぞれいつものグループに分かれ昼ごはんの準備を始めている。そんな俺も母親からもらったお金を握りしめ学食に向かう。
「おーい、想真!」
拓斗が俺の事を呼びながらこちらに向かっている。
「想真!学食に行くんでしょ?一緒に行こうよ」
そう言って俺の隣に並んでくる。
「ああ。んじゃ、行くか。それにしてもいつも思うんだが、弁当なら教室で食べればいいんじゃないか?他にも話せる奴はいるだろ?」
「そうなんだけどね。話す内容があの話ばかりでね。流石に聞いてて疲れちゃうんだよね。まぁ、それ以前に想真と食べるほうが楽しいからだけどね。」
なんでこいつは微笑みながらそんな恥ずかしいことが言えるんだ…。
「…あ、ああ、さんきゅな…」
「あはは、想真が照れてる!」
「お前が変なこと言うからだろ!くそっ」
「本当の事なんだからいいじゃん。それより早くいこ?もうおなかペコペコだよ...」
「はいはい」
「ハイは一回だよ。ほら行くよ!」
「ちょっ、おい!まてよ!」
「想真が遅いんだよ!」
......朝の仕返しか
「そんなに朝おいて行かれたのが嫌だったのか?意外と根に持つタイプなんだな」
「ち、ちがうよ!早くしないと座るところがなくなるからだよ!」
「はいはい、わかってるよー」
「絶対わかってないでしょ!?」
そんなやり取りをしているといつの間にか食堂についたようだ。
「やっぱり結構人がいるね」
「そうだな。親も毎朝弁当作るのは大変だからな。自然と学食に人が集まるんだろ。学食なら金はかかるが手間はかからんからな。後はお前みたいに学食に行くやつについていく奴等だな」
うちも弁当のない日のほうが多いしな。弁当がある日は大概前日の晩飯を詰め込んだだけだったりする。
「あ、あそこ空いてるよ!」
「んじゃ席取っといてくれ、すぐ注文してくる。」
「おっけー!まってるよ。」
さて今日は何にするかな、ま、何時も通り日替わり定食にするかな。安いし何が出てもうまいし。
注文は、さほど待たずにでてきた。席はほとんど埋まっているが、今日は弁当の人が多いようだ。頼んだ品も1分もたたないうちに出てきた。ホントに早すぎだと思う。どっかの牛丼屋と同じ位の速さだろ。毎日空腹の生徒達を捌いているだけのことはある。
しょうもないことを考えていたらいつの間にか拓斗のところについていたようだ。拓斗が座っている前の席には拓斗のカバンが置かれている。どうやらしっかり俺の席も取っていてくれたようだ。
「サンキュな」
「別にいいよ。それより早くすわりなよ。」
「それもそうだな。んじゃ、早速食べるか」
「そうだね」
いただきます。そういって二人で食べ始めた。
「想真さー、何か悩みでもあるの?」
「ん?なんで?」
「今朝何かすごい考えてるように見えたから」
そういえば朝は何故か夢の事が気になっていた。こんな事こいつに話しても仕方ないが、
「今日夢を見たんだよ」
話のネタぐらいにはなるだろう
「夢?」
「ああ。その夢に女の子が出てきたんだが、その夢に出てきた女の子の声がどこができいたことがあるような気がするんだよ」
「それで、その声の女の子に惚れたとか?」
拓斗が笑いながら言ってくる
「ばっか、んなわけないだろ!...ただ、すごく懐かしい気がするんだが、その声をいつ聞いたのか全く思い出せないんだよ」
「その女の子は何ていってたの?」
「確か約束とか言ってたが」
「女の子との約束を忘れるなんて最低だね...」
「ただの夢の話だ!」
「夢って過去の出来事に関わってるって聞くけど」
「違う誤解だ!」
何故俺は浮気が見つかった男みたいな言い訳をしているんだ...
「冗談だよ」
拓斗はそう言って笑う
「はぁ、とりあえずその女の子を思い出そうとしてたんだよ」
「なるほどね。で、ヒントはその声だけなの?」
「残念ながらな」
「んー、それだけ考えても思い出せないなら今考えても仕方ないね。また同じ夢を見るか、何かのきっかけで思い出すのを待つしかないんじゃない?」
「そうかもしれないが、思い出せないともやもやするんだよな」
「あはは。それは思い出せない想真の自業自得だよ。その女の子はずっと待ってるんじゃないの?」
「俺が全然覚えてないのにか?」
「覚えてないのは全面的に想真が悪いでしょ。」
「まあ、それもそうだが...」
「はぁ。想真はもう少し自分と相手の考え方が違うことを理解しないと。みんながみんな想真と同じ考え方じゃないんだよ?相手はずっと想真の事おぼえているかもしれないし。もしかしたら今でもずっと待ってるかもしれないよ?」
「考えすぎだろ」
「考えすぎじゃないよ。人の気持ちなんて、いくら考えてもわかるものじゃないんだよ。考えてちゃんと理解できるならイジメなんて起きないよ。」
「.........」
いつも以上に真剣な拓斗に対して俺は何も言い返せなかった。
「人は思ってる以上に本当の気持ちを胸に秘めてるものだよ。言わないんじゃないんだよ。言えないんだ。理由はそれぞれあるけどね。環境だったり、プライドだったり。だけど心の仲で人は思うんだよ。知ってほしい、理解してほしい......助けてほしいって思ってるんだよ。」
そういった拓斗は顔を俯かせて表情を見ることはできなかった。
「拓斗は...」
だからだろう。聞きたくなったのは
「拓斗は、助けてほしいのか?」
長い付き合いというわけではないが、それなりに遊びに行ったりもしている。知らない奴ならほっておくかもしれないが、そうでないならほってはおけない。もし深く悩んでいるなら助けてやりたい。
しかし、俺の質問に対して帰ってきたのはあまりにもあっけらかんとしたものだった。
「ん?ぼく?僕に助けはいらないよ?」
余りにも軽い返事。それに笑っている。無理して笑っているようには見えない。ただ本当に何でもないように。じゃあなんであんな風に俯いて気持ちを押し込めるように話をしていたんだ。わからなかった。拓斗の事はある程度理解していると思っていたが、俺はまだこいつの事を知らないみたいだ。
「ふぅ。おなか一杯。あれ?想真全然ご飯食べてないけどどうしたの?」
そういわれ自分の食器を見るとまだ半分も食べていなかった。
「いつもは食べるの早いのに珍しいね。もしかして僕の事が心配すぎておなかに入らないとか?」
拓斗はいつもの調子に戻ったように笑う。
「はぁ、バカ言うな。先戻ってていいぞ。すぐ食い終わるから」
「そう?ならそうさせてもらうね。体調悪いなら保健室にでもいきなよ」
そういって拓斗は教室に戻っていった。何故か逆に心配されてしまった。あいつもなかなか友達思いな奴だ。さっきの雰囲気もきっと昔何かあったのだろう。いつかその事を話してくれるまで待つとしよう。それよりもうすぐ昼休みが終わりそうだ。
「早く全部食わねえとな」
再び食べ始めたご飯は少し冷めていた。