「ついに奴らの1機を落としたんだってな!」
どうにか帰投したキラとカナトを待っていたのは整備クルーやオペレーターの熱烈な歓迎だった。彼らはそれぞれの表情に『よくやった』という感情を浮かべていたが、キラとカナトは素直に受け止めていなかった。
「待ってください!そんな……人を殺したからよくやったって……あんまりじゃないですか!」
悲痛な叫びをあげるキラだったが、その発言にカナト以外が微妙な表情を浮かべていた。
「キラ……いい……ありがとう」
「カナトさん……」
カナトは疲れきったような表情を浮かべながら幽鬼のような足取りで部屋へと戻っていく。そんな空気が漂う中、整備長のマードックはすぐに整備に取り掛かるように声を張り上げて、作業を促すのだった。
キラは仲間からの言葉を受けて想像以上にダメージを受けている自分に嫌気をさしていた。その様子を見かねたムウが声をかけた。
「キラ、お前はカナトのことで頭を抱えてるかもしれない。だがな、俺たちは軍人なんだ。迷いがあれば死ぬんだ!俺も、お前も!」
「わかってますよ……!でも、こんなことしてたら……カナトさんは!」
「あいつだって軍人だ、そんなことは分かっているはずなんだ……!」
その時、先ほどまで話題に上がっていた本人がその場に現れた。さっきまでの足取りとは打って変わってしっかりとした瞳に光を浮かべながらキラとムウの方に目を向けた。
「何してるんですか……こんなところで……」
「カナトさん!大丈夫ですか……?」
「大丈夫っていったい……?」
「さっきまであんなに不安定な足取りだったじゃないですか……?」
そのことを聞くとカナトはいささか複雑な顔を浮かべた。
「……そのことはあんまり触れないでくれ……」
「……は、はい」
カナトが浮かべるその表情に何とも言えない気持ちになったキラはそのことに触れずに自分の部屋へと戻るのだった。
カナトは再び部屋に戻ると普段は無表情のその顔に狂気的な笑みを浮かべる。
「はっはっは……!ついにやった……!やっと一機落とした……!」
そこにいたのは完全に憎むべきコーディネーターを倒したという事実に心が躍っている狂人だった。
一方のキラは、いくら敵とは言え同じコーディネーターをあんなふうに倒したカナトを見て疑問が浮かんでいた。思い返せば、あの機体に搭載されているシステムはよくわかっておらず、あの状況だけを見ると暴走していたといわれてもおかしくはなかった。
ただ、キラの直感ではシステムの暴走だけでは説明できない何かがあるとは感じていた。ただそれを言葉にするのはまずいと、そんな気持ちが心の中に浮かんできていた。
そして翌日、アークエンジェルは再びザフトの攻撃を受ける。その先頭に立つのは二コルを殺された恨みを晴らさんと言わんばかりのセリーヌとアスランだった。
アスランのイージスはともかくとして、セリーヌの機体は『ディンアサルト』と呼ばれる、ディンにザフトの追加装甲を付けたものだった。本来ならば、機体重量が増えるということであまり付けられはしないのだが、今回は特別に許可が下りた。
そしてその後ろには、同じく復讐に燃えるイザークとディアッカ、まさに完璧な布陣と言わんばかりに待ち構えていた。
その光景を見たカナトとキラとムウは正念場だと察して機体に乗り込む。カナトは今回、『カラドボルグ』は装備せずにメイスと対艦刀だけであとは左腕にソードストライカーのパンツァーアイゼンを装着していた。
「カナト!あんまり無茶をしないでくれよ!アラスカまでもう少しなんだからな!」
「わかっています……でも死んでしまったら意味はないですからね……」
一言だけそういうとカナトはカタパルトへ機体を進める。そして脚部を固定すれば前傾姿勢をとり射出のタイミングを待った。
「サガラ機、進路クリア発進どうぞ!」
「了解……カナト・サガラ、ベルセルク行きます……!」
厚い雲で覆われた空に狂戦士が降り立つのだった。出撃を確認したアスランたちはすぐさま攻撃を開始した。
いつもよりも苛烈な攻撃に舌を巻く3人。ひとまず散開してムウはバスターとデュエルに、キラはイージスへと向かおうとしたが、それよりも先にセリーヌのディンアサルトに阻まれ近づけずにいた。
「お前が二コルを……!二コルを殺した……!」
「くっ……!この攻撃は……」
イージスの苛烈な攻撃に防戦一方のカナトは攻めきれずにいた。変幻自在に足と腕のビームサーベルを振るう攻撃をどうにか捌くも、装甲は少しずつ削れていく。
「俺が……お前を討つ……!」
その時、アスランの頭の中で何かが弾けた。その瞬間、視界がクリアになり相手の挙動が読めるように感じた。その動きは相対するカナトにも感じられ、このままではしのげないと感じたのかとっさに『ベルセルクシステム』を起動させた。
すると、砂漠の時と同じように何かが弾けたような感覚が頭の中を覆った。すぐさま、メイスを島へと投げ捨てれば、二刀の対艦刀を抜き、構えてイージスへと突っ込む。そして二人の戦いはさらに苛烈さを増すのだった。
「サガラ機、イージスと交戦中!ヤマト機もディンと交戦中です!」
「フラガ機、デュエル、バスターと交戦中、状況は不利です!」
「くっ……!こちらからの援護射撃を!」
マリューの指示で『バリアント』と『コリントス』がザフト機に対して放たれる。その攻撃を鬱陶しく思ったのか、キラと戦っていたセリーヌが、アークエンジェルに向けて迫りくる。
「ディンがこちらに来ます!」
「対空防御!弾幕を張って!」
イーゲルシュテルンとコリントスが火を噴くがそれをすり抜けるようにディンがブリッジへと迫ってくる。
「これ以上はやらせない!!」
セリーヌがブリッジを射程圏内に収めた時に下方からマシンガンの斉射を受け、機体を後方へと下げる。カタパルトデッキからは鹵獲されたジンがセリーヌを狙っていた。
「俺だって……!やれるんだよ……!」
「はっ、ナチュラルがモビルスーツなど!!」
あまつさえもザフトの機体で攻撃してくるトールを落とそうとジンへと攻撃を開始するセリーヌ。トールは、島へと降下しながら牽制でマシンガンをばらまいた。
「そんな攻撃、このアサルトシュラウドには届かないよ!」
「それでも……!」
急接近するディンに恐怖を感じながらも必死に
「舐めるなよ……!ナチュラルがぁ!」
「うぉおおお!!」
セリーヌはアサルトシュラウドをパージすると、そのままの勢いでトールのジンへと突っ込む。その勢いに負けたジンは受け止めきれずに地面をディンとともに転がる。
「この雑魚が……!手間をかけさせやがって!」
「俺は……こんなところで……!」
馬乗りになったセリーヌはジンのコックピットに散弾銃を向ける。トールはその銃口にひるむことなく、近くに転がっていた、ベルセルクのメイスをつかんで力強く振るった。
さすがに関節部分が耐え切れずにショートしてしまったが、最後まで振り切ることはできディンを弾き飛ばした。だが、引き金にかけられていた手までは止めることができずに上半身に散弾を食らってしまうのだった。
「ケーニヒ機大破!」
「トール!!」
ブリッジに上がってくる報告に恋人であるミリアリアが悲痛な叫びをあげる。もちろんそれを聞いたキラもショックを受けたのだった。
「うぅぅぅ……!」
「くっ……!貴様ら……!」
仲間を傷つけられた男たちは互いに激怒する。カナトはイージスの腕を狙って対艦刀を振るうが、その腕の内部にイージスの蹴りをもらいのけぞる。次の瞬間、イージスはコックピットめがけてビームサーベルを突き立てるが、とっさにフィンスラスターを使い、急旋回でよける。
そして、その回転した勢いでイージスの左腕を切り飛ばした。だが、それにひるむことなくアスランはイージスを変形させるとベルセルクの胴体に組み付いた。
「とった……!」
「しまっ……!!」
次の瞬間、イージスの腹部に強烈な光が収束し、ベルセルクの胴体を貫通するのだった。アスランは用済みと言わんばかりに、ベルセルクを投げ捨てればストライクのほうへと機体を向ける。
「カナトさんーー!!くっ……アースーラーン!!」
目の前で仲間を失ったキラは激情が脳内を駆け巡っていた。その時、脳内で何かが弾けた。キラは、持っていたビームライフルを投げ捨てると、ビームサーベルを抜き、切りかかる。
「キラ!お前はいつまでも!!」
「アースーラーン!!」
空振りしたビームサーベルをそのまま投げつければ無理やりイージスに回避行動をとらせる。イージスはモビルスーツ形態に変形させて、待ち構える。キラは一気にスラスターを加速させれば右ストレートを顔面へと食らわせた。
アスランも距離をあけながら、牽制のためにイーゲルシュテルンをばらまけば、残った腕と足にビームサーベルを展開して切り刻もうとする。その斬撃を捌きながら後退するも、コックピットハッチを切り裂かれて目の前に曇天の空が広がる。
返すようにイージスの胴体に飛び蹴りを繰り出せば、もう一本のビームサーベルで頭部を貫く。アスランは一度機体を後退させ変形させるとストライクに組み付いた。
「とった!」
そしてベルセルクと同じように胴元のスキュラで吹き飛ばそうとするが、エネルギー残量がなくなってしまい、スキュラを発射することができなかった。アスランはとっさに機体に備え付けられたテンキーを出して、コードを入力する。
打ち込み終わると、タイマーが起動しアスランは機体から脱出した。そして次の瞬間、ストライクに組み付いたままイージスが大爆発を起こすのだった。
「……えっ……?」
オペレーターをしていたミリアリアがきょとんした声をあげる。そこにはキラの機体のシグナルがロストしたという表示が出ていた。
ムウは2機のシグナルがロストしたことを知り動揺はするも、目の前の敵に集中することにした。幸いにもトール機は爆発しておらずシグナルも残っているため、素早く救助には向かいたいが、今はそれどころではなかった。
「戦闘機ごときが!!」
「そう易々と落とされるわけにはいかないんだよ!!」
イザークのデュエルを振り切りながら、地面で狙いをつけているバスターに対してアグニを放つ。バスターはそれに気づきとっさに機体を動かすが、反応が遅かったのか、脇腹を撃ち抜かれて機能を停止してしまった。
「ディアッカ!!」
「あとは貴様だけだぜ!」
グゥルを履いたデュエルとは機動性の差を見せつけながら、背後を取りグゥルだけをバルカンで破壊すると、そのまま置き土産にミサイルを放つ。
「ぐぁああああ!!」
デュエルは爆炎に包まれると機能を停止したのか、その場に倒れこんだ。ただ、ムウもそれを捕獲する余裕はなくそのままアークエンジェルへと帰投するのだった。
一方で、スキュラに撃ち抜かれて機能停止していたベルセルクは再び起動してゆっくりと立ち上がった。目を覚ましたカナトも、機体パラメーターをチェックするが、はっきり言って動いているのが奇跡なくらいだった。ひとまず、アークエンジェルへと通信を飛ばせば、横たわっているトールのジンを回収して、救助を待つのだった。
「ひとまずは……一件落着……か」
当初の目的である、アラスカへの旅路の約束は果たされそうだった。