「きゃああっ!」
…戦闘開始から数分。最初に戦闘から強制離脱を受けたのはアイエフさんとコンパさん。そして今しがたネプギアがリンダの攻撃に敗れた。
「くっ……なんでただの下っ端がこんなに強いのよ!」
「これも犯罪神への信仰が強くなってるせいですか……?」
後ろでダウンしたお二人が何か言ってるけど、正直反応してる暇はない。ほんの少しまでリンダを『下っ端』と呼んでいたぐらい余裕があったはずなのに、今は私以外地面に伏せているのだから。
自分だけがまだ無傷でこの場で立っていることがとんでもなく不思議に思うが、それはそれでいいのかもしれない。だってゲイムキャラを破壊させてはならないってところは今のところ維持できているわけだし。
でも、リンダにもあるだろうけど、私の体は体力の限界に近付いていた。さっきから避けてばかりで攻撃をする暇がない。攻撃したとしても受け止められて跳ね返される。そこからの反撃を受け止めるとあまりの力強さに負けそうになる。
言ってしまえばこちらは素早さが高いけど、相手は攻撃と防御が高い敵と言うわけだ。しかもテクニックも高いときた。これが犯罪神への信仰で得られるというのなら、それはそれで素晴らしいのかもしれないのかな……
攻撃を避ける時、攻撃をするとき、攻撃を受け止める時。そのどれも体力を消耗していった。
三人が立ってた時はまだよかった。なんせ相手は一人。全員をまとめて相手にする力は持っていなかったからだ。
でも一人、また一人。そして三人目。体力を回復させる時間も、攻撃する隙も一人脱落するたびに減っていった。残る私は無傷でも体力を大幅に消費して、判断力と身体の動きが鈍くなっている。酸素が足りなくて頭がぼうっとする。もしかしてこのまま負けるのかなって頭の中で思い始めてしまう。
だからだろう。ぼうっとした頭が視界に映るリンダが鉄パイプで攻撃してきたと判断して剣での防御に移るまでが遅かった。
跳ね飛ばされる剣。それを思わず目で追ってしまうが、すぐにリンダに意識を切り替える。でも既にリンダは鉄パイプの先を突きの動作で動かしていた。
鳩尾に固い棒状の物で突かれる鋭い衝撃。圧迫されて吐き出される息。吹き飛ばされる感覚。息を吸おうとしても出来なくて、地面に叩きつけられる衝撃がくる。地面を転がる感覚がした。数回転がって止まってようやく襲い掛かる身体中を走る激痛。身体が酸素を求めようとしても上手く息が吸えない。ただでさえ酸素が足りなくなってきていたというのに、追い打ちをかけるようなその攻撃は、私の意識を刈り取ろうとするには効果的だった。
強引に酸素を求めても吸えなくて、でも心臓がドクドクとうるさいくらいに鳴っていて、ハッハッと浅い息だけが繰り返される。それらが痛みと恐怖心からきたものと気付くのは容易いこと。
そうだ。怖い。どうしようもなく恐い。身体が勝手に震える。心臓は鳴り止まない。浅い息で十分に酸素を吸収できない。頭も上手く働かず、恐怖で染まってしまっている。身体も動かせず、考えることだって放棄してこのまま眠ってしまいたかった。
まだ始めはよかった。こんな恐怖は想像や妄想の範囲で、モンスターを大量に倒していくうちに妄想は妄想で終わった、と思っていたから。でも敵を前にして皆さんが倒れて。そして今私も負けそうになってる。負けて、死ぬかもしれない恐怖に怯えてる。
ははっ……なんて情けないんだろ。ネプギアもアイエフさんもコンパさんも。皆さん私より多くの攻撃を食らいながらも必死に敵に食らいついて。それで倒れたのに。私はたった一撃でこのザマだ。自分で自分が情けなくてしょうがない。
「へっ。ちょこまかとうぜぇと思ってたが、たった一撃で倒れるたぁな。弱いやつだ。さて、散々バカにしてくれた礼に、一人ずつブッ殺してやるよ。まずは……」
「ひっ……」
「テメェからだ! ガキんちょ!」
リンダは品定めするように私達を見て、それに怯んだネプギアは小さく悲鳴を上げる。それを聞いたリンダは一人目をネプギアと決めて、ネプギアにゆっくりと近づく。
「…いや、私また…何も、できないで……」
「へへっ。そぉらよっとッ!」
手に持つ鉄パイプを大きく振りかぶる。そしてそのままネプギアに振り下ろされると思った。その時……
「危ないっ!」
ネプギアとリンダの間に人影が入り込んだ。鉄パイプはそのまま振り下ろされて、その人は倒れた。
「…アイエフ…さん……?」
「っ…よかった、無事だったみたいね……」
「よくありません! なんで私をかばったり…私なんて、何もできないのに……」
「…関係ないわよ。私が守りたかったから、それだけ……」
「どうして!?」
倒れたのは、ネプギアを庇ったのはアイエフさんだった。アイエフさんはネプギアの声を聞いて無事だったことに安堵していた。でもネプギアにとってはよくないらしい。アイエフさんの言葉を聞いて、泣きそうになって俯いてしまった。
でも次のアイエフさんの言葉はネプギアの心に届いたらしい。
「…三年前、私は…アンタ達を見殺しにしちゃったから。あんな思い、二度としたくないの…だから決めたの。今度こそ、何があっても絶対私が守ってやるんだって……」
“何があっても絶対私が守ってやる”
その言葉に聞き覚えがあった。場違いな感覚だけど、頭の中の、失ったはずの記憶の片隅に、何かが引っかかった。
昔、そう昔に。確かにその言葉を聞いたことがあるはずなんだって……
「アイエフさん……」
「おーい、何いちゃついてやがんだよ。いいぜ、そんなに一緒に死にてぇってんなら、まとめて殺してやるよ」
「ぅあ……」
…だめだ…いやなんだ…また…失うなんてっ……!!
もう一撃、とリンダは鉄パイプを振りかざす。
このままじゃネプギアとアイエフさんは殺される。それだけは絶対に嫌で、私は必死に体を動かそうとした。
呼吸はなんとかできるようになってて、身体は震えていたけど気力で抑えた。それで立ち上がろうと手足を動かす。
「んだぁ?」
服がすれる音がした。それに気づいたリンダが私の方を見る。
私はというと、何とか地面に踏ん張りながらも立つことができていた。身体がまだ痛い。多分そこら中擦り傷が出来てる。頭もうまく動かない。フラフラする。
それでも立つ。立ち上がらなきゃならない。
「ルナちゃん……」
「…ったいに。絶対に皆をやらせない…!」
「ハッ。たった一撃で倒れたくせに何ほざいてんだぁ?」
確かに一撃で倒れた。恐怖で怯えた。というか今だってできるのなら今すぐ逃げ出したい。
でもできない。ううん、逃げたくない。
だって、アイエフさんの勇姿をを見たら、逃げるなんて選択肢は取りたくなくなったから。
身体が動かないとか。そんなのただの気力の問題だ。ただ肉体が精神に引っ張られただけ。
ならまた精神が肉体を引っ張ればいいだろう?
「それ…でも……! ネプギア達は絶対にやらせないッ!」
力が入らない足に無理矢理力を入れてリンダ目掛けて駆けだす。
剣はさっき飛ばされて遠くにある。今から取りに行ってたんならリンダがネプギアとアイエフさんを攻撃する。取りに行ってる場合じゃない。魔法は思い出せないから使えないし、他に何もない。
なら素手を武器にしよう。というか体全体でタックルをかまそう。時間ぐらいは稼げるかな。
いきなりの行動にリンダは驚き戸惑っている。そこを突いて体全体をぶつける。それを受け止めきれなかったリンダは私と一緒に地面に倒れた。
「っだッ! テメェ! 何しやがんだっ!」
「っ……!」
痛い。さっきのダメージは気力じゃ回復なんてできてなくて、痛かった。でも今回はリンダがクッションになってるから平気。それにやっぱり気力が肉体を引っ張ってくれているから、大丈夫だ。
「こんのッ!」
「ぐっ……!」
何度も何度も殴られる。それは鉄パイプでだったり、拳でだったり。痛くて痛くてたまらなくて。涙が溢れてきて。それでも私はリンダにしがみつく。絶対にネプギア達はやらせないから。
「ルナちゃんっ! お願い、もうやめて! もういいからぁ!」
「だめ…なの。それじゃぁ……」
「クソがッ! いい加減離れやがれ!」
「いやだ……」
「はぁ!?」
「いやなんだ…また大切なものを…失うなんて……!」
痛みで意識が飛びそうになる。でも離さない。離したら、リンダはネプギアを殺しに行く。それだけはいやだから。
「だぁっ! めんどくせぇ! いいぜ、そんなに死にたいんならテメェから殺してやらぁ!」
「がッ!」
頭に強烈な痛みが走る。どうやら鉄パイプで頭をやられたらしい。意識が遠くなる。手に力が入らなくなる。強引に服を掴んでいた手が解かれて、冷たい地面にまた横たわる。離したら…だめだったのに……
でも現実は非情で、私の手から逃れたリンダは立ち上がってしまう。まあさっき私からって言ってたし、ネプギアまで時間は稼げたか…な……
「そぉらよッ!」
「ッ……」
もう痛みも感じなくなってた。頭…やばいとこやられたかなぁ……
あはは…目の前が真っ赤になってきた。なんでだろうなぁ……
…ここ…まで…か……な……
そう思った瞬間、真っ赤な視界を眩くて力強い。でも優しい光が覆った。
目の前ではさっきまでルナちゃんが下っ端にしがみついていた。周りではコンパさんが倒れ、アイエフさんは私を庇って受けた攻撃で立ち上がれなかった。
その場で立ち上がれるのは私だけ。そういってもルナちゃんが時間を稼いでくれたおかげで回復しただけ。
そのルナちゃんも、今は下っ端に頭を殴られて、地面に横たわっている。そこに下っ端は容赦なく殴りつけていた。
このままじゃここで終わってしまう。それは嫌だった。
まだ怖い。けど…私が戦わなきゃ…私が強くならなきゃ、みんな死んじゃう…それは…
「…ダメ。そんなの、絶対にイヤ!」
「やっとまともな顔に戻ったわね。…アイツに勝てる?」
「勝ちます! 絶対に!」
「その意気よ。それじゃネプギア…」
「え?」
「私の力…使って…あの子を……」
アイエフさんはそういうと、私の頬に口づけをした。その瞬間、私の体に力が溢れる。
間違いない。これはアイエフさんの力だ。
力が私の中を周り、私はその力に勇気づけられるように立ち上がる。
もう怖くない。…ううん。怖い。
でも、大切なものを守れない方が怖いから!
幻を見たんじゃないかって、これは私の頭が最後に見せてくれた幻覚なんじゃないかって思った。
でも確かにそこに【女神の降臨】を感じた。
「なっ、テメェ女神だったのか!」
「覚悟してください。全力で行きますッ!」
──そこからは圧倒的だった。宙に浮かびながら戦う彼女はその手に持つ武器でリンダを圧倒して、リンダは徐々にダメージを負っていって、ズタボロになっていた。
「ぐああああっ!! ク、クソッ! ズリーぞ! 変身なんかしやがってよ!」
「…大人しく退いてください。そうすれば見逃してあげます」
その声の色は冷たく、きっと怒ってるんだと思う。なんせアイエフさんやコンパさんを…仲間を傷つけたんだから、当然だよね。その中に私もいると嬉しいよね……
でも彼女がリンダを見逃してあげようと思ったのは、せめてもの情けなのかもしれない。それが彼女の優しさなのかな。
「はい。分かりました…なんて言うわけネェだろうが! こうなったら最初の目的だけでもっ!」
「あ、やめなさい!」
「だからテメェの言うことなんざ聞かネェっつの! うおりゃああ!」
リンダはネプギアの説得に頷いて去るために立ち上がった…かと思わせてゲイムキャラの元へ走り出した。リンダの行動に驚いたのか一瞬反応が遅れたネプギアも彼女を追いかける足音がするが、残念ながらネプギアがリンダに追いつくより早くリンダはゲイムキャラの元へ着いてしまったようだった。
パリーンとガラスが割れる音が辺りに響き渡る。淡い紫色の光を放っていたゲイムキャラが粉々に砕けた音だった。
「ゲイムキャラさんがっ!」
「へへっ。ざまぁ見やがれ! これでもうここに用はネェ。次はラステイションのゲイムキャラだ!」
「待ちなさい! くっ、逃げ足も速いわね」
「そんな…ゲイムキャラが……」
コンパさんの声が聞こえた。そしてゲイムキャラを壊した張本人はさっさと逃げてしまった。それを追う余裕はネプギアにはないようで、守ろうとしていたゲイムキャラを壊されたことにショックを受けて固まっていた。代わりにアイエフさんが追いかけようと何とか立ち上がった気配がしたけど、その前にリンダに逃げ切られてしまったようだった。
その場でそれぞれショックで立ち尽くすか、あるいはケガで動けないでいた。そのときだった──
「……大丈夫ですよ。女神候補生」
「…え? 誰の声……まさか」
凛とした大人の女性の声が聞こえた。その声にネプギアは声の主が誰なのか何となく気が付いたらしい。
でも実はさっきから音や気配だけで状況を把握してて視覚的情報がない私には何が何やら。
とりあえず死にそうなんですが、へるぷ! へるぷみーこんぱさーん!
コンパさんの出番が少ないように感じますが、これから増やしていけたらいいなと思ってます。
それでは次回も、お会いできる日を楽しみにして。
See you Next time.