前回のあらすじ、お花見しました。嘘ですごめんなさい。
前回、悩むルナのもとに、黒髪ツーサイドアップの少女が来て、悩みを聞いてくれました。そのおかげで少しだけ曇っていた道が見えたルナですが、その翌日の彼女は……
今回も、ごゆるりとお楽しみください。
ラステイション二日目の目覚めは最悪だったと言っておこう。
「…だるい」
別に私は朝が弱い体質ではないことは、記憶を失ってからの生活で分かってるから、いつもなら朝日を浴びればすっきり目が覚めるはずだった。なのに今日に限ってどうにも頭がモヤモヤする。それどころか体も上手く動かせない、力すらも入らない。ベッドから起き上がる気力もない。
だからって身体のどこかが痛いとか、眠いとかはない。ただただ力が抜けたようにだるい。
口に加えてた体温計が、ピピピッと電子音を鳴らせば、ベッドの隣にいたコンパさんがそれを手に取って、数値を見る。
「36度…熱は無いみたいですね」
「ルナちゃん、大丈夫?」
「だいじょうぶ…だと言いたいかな……」
はっきり大丈夫だとは言えないほど、私の身体は弱体化している。でも眠気が強いわけではない。それはそれで苦痛だ。
ネプギアの言葉に答えながらも、そう考えていた。
「身体のどこかが痛いとかはない?」
「ない…ですね……」
「じゃあただだるいだけなのね」
「ん……」
眠くもないのにこんなにも体に力が入らないというのは初めての経験だ。昨日何かしてしまっただろうか?
…思い当たる節はないが、覚えてないところで何かしてしまっていたのなら、どうしようか。
「もしかしたら、この短期間で色々ありましたから、疲れてしまったのかもしれません」
「そうね。ルナって結構色々できるけど、身体は弱いみたいだし」
「…そうですか?」
「いろんな場面で無理して倒れたり起き上がれないぐらい疲れたりしてるじゃない」
「あー……」
そういや確かに身体弱いかもしれない。この短期間で結構無理しまくってるし、そのツケが今になって返ってきてるのかも。
「てなわけで、アンタは今日一日ベッドで寝てなさい」
「…えー」
「えー、て言っても、どうせ起き上がれないんでしょ?」
「…まあ、はい」
それはもう起きようと思う気力もないぐらいには。
でもだからって、手伝うって決めてここまで来てるのに、こんなところで寝てるのも、お役に立てないのも嫌だなと思うわけですよ。はい。
「これ以上無理して本格的に体調を悪くしたらダメですし、あいちゃんの言う通りです」
「そーゆーこと。お昼は一回帰ってきてあげるし、朝食もここ置いといてあげるから、大人しくしてなさいよ」
「朝食は無理して食べなくてもいいからね。それじゃ、ルナちゃんの分まで頑張ってくるね」
「はーい…いってらっしゃーい……」
部屋から出ていく三人を見送って、私は一息吐く。
「…役立たず…だね……」
プラネテューヌじゃゲイムキャラから力を貰うことは出来たけど、それはあくまで女神候補生であるネプギアのおかげ。あの時は皆さんの言葉に「役に立てたかな」って舞い上がってたけど、本当はお荷物だったんじゃないのかな。本当はいない方がもっとスムーズに事を運べたのかな。だってあの時、皆さん一生懸命食らいついたのに、私だけ一撃で倒れた。そりゃ鳩尾って人間の急所だよ? そんなのに鋭い一撃食らったら倒れるとは私も思うよ。でもたった一撃だけだ。あの時は痛みよりも恐怖で立ち上がれなかった気がしなくもない。私が未熟だったから、あの時立ち上がれなかったんだ。
もし、立ち上がれてたら、もっと良い結果になってたかもしれない。リンダを捕まえることはできなくても、ゲイムキャラを破壊されずに済んだかもしれない。皆さんが怪我をすることもなかったかもしれない。もっと出来ることがあったのかもしれない。
そう考えだしたら止まらない。過去のことなんて今考えても仕方ないのに、どうしても思考がネガティブにならずにいられなかった。
…だめだよね。そんなこと考え続けたら。また昨日みたいになっちゃう。昨日黒髪の女の子に励まされたばっかりなのに。
少しだけ思考を逸らそうか。
そう思って仰向けの身体を動かして、何とか横向きになる。視界の中にサイドテーブルに置かれた朝食があるけど、今は食べる気が起きなかった。
だから私は視線をその奥の、窓から差し込む光で銀色に美しく輝く剣に向けた。でもゲイムキャラから力を貰う前に見た輝きと比べると、今は少しだけ紫色のオーラを纏っているように感じる。ゲイムキャラの力を宿しているからだろうか。
少し前に、イストワールさんは言っていた。この剣はイストワールさんの旧い友人が持っているはずの剣に似ていると。実のところそれ自体は興味が無い。その人経由で今以上に私の過去が分かる…いやむしろ記憶を取り戻せるかもしれないけど、正直私は記憶を取り戻したいと思う意思が少しばかり薄いと思う。
記憶を失ってた。あぁそれがどうした。名前だけでも分かっただけ良い方だ。
むしろゲイムキャラの話を聞いて、少しばかりこれからの生き方を変える必要があると考えるようになってしまった。ただネプギア達に付いて行くんじゃなくて、ゲイムギョウ界について考えないといけなくなった。どうやら過去の私はゲイムギョウ界の平和を案じていたみたいだから。
でも、過去の私は、今の私と違う。過去の私が出来たことを、今の私は出来ない。それでも私は、昔のようにゲイムギョウ界の平和の為に戦わないといけないのだろうか。
「…ねぇ、月光剣。少し話訊いてもいい?」
『はい。何でもお聞きください。マスター』
ベッドの傍らにかけられた剣がそう答える。答えると言っても、それは私にしか伝わらない意思だ。
「君は、今の私をどう思う?」
『…申し訳ありません。質問の意図が分かりかねます』
「んー、前に教えたよね。私が記憶喪失だってこと」
『はい』
「で、君は昔の…記憶を失う前の私を知ってるんだよね」
『はい。剣として造られ、この身をマスターに捧げた日から、あの日マスターと別れた日までを記憶しておりますが、戦いの中での記憶がほとんど。日常でのマスターに関してはあまり把握しておりません』
「じゃあさ。昔の私は強かった?」
『はい。誰にも劣ることのないスピード、剣技、力。誰ひとりマスターに敵う者はおりません。例え女神であろうと』
「…そんなに強いんだ。昔の私って」
女神様にも負けないって、それは多分月光剣の言いすぎかもしれないけど、それだけ強いってことだよね。
『…言っておきますが、言い過ぎなどではありません。ただひとりを除けば、マスターはこのゲイムギョウ界で最強の力を持った存在です』
「…でも、今の私は凄く弱いよね。たった一撃で倒れちゃうくらい防御力が無くて、なんか剣技とか魔法とかあっても、力が弱くて。それこそ君がいなかったら、私は今頃あのモンスターの軍勢に負けてたかもしれない」
『それは、マスターが記憶を失っているせいであり、マスターの持つ力を上手く使えなくなっているからです』
「でも、私は今、無理をいっぱいしたからって起き上がれなくなってるよ」
『それはマスターの力が、月に満ち欠けに関係しているからでしょう』
「…なにそれきいてないんだけど。もっと詳しく教えて」
え? 私の力が月の満ち欠けに関係してるって初めて知ったんだけど。いやそりゃ記憶を失ってるんだから、そういうのも忘れててもしょうがないんだけど、だからって私がこうして寝込んでいる理由が、疲れたとか、無理したツケが回ってきたとかそういうんじゃなくて、月って……。いやいやそうなると私が今まで悩んでた体感数時間(現実時間数分)が無駄になるというか、心配事があっさりと解決するというか、傍から見たら「あれ? それってさっきまでの私バカみたいにない頭で考えて、出したとしても絶対間違ってるような答えを出そうとしてったってことになるよね?」ってなるんじゃ…?
『私も詳しくは存じておりません。しかし、以前マスターの口からお聞きしました。自身の力は、月の満ち欠けで増減すると。満月の日は、自身の力を極限まで引き出すことができ、逆に新月の日は、今のマスターのように普段の生活もままならないほど脱力してしまうと』
「…ちなみに訊くけど、今日は?」
『昨夜が満月より14日経過しておりますので、本日は新月です』
「…じゃあ、私が今こうやって寝込む羽目になってるのは……」
『本日が新月だからでございます』
「…そうなのかー」
じゃあ本当に、今寝込んでるのは仕方ないことなんだ。
…あれ? でもどうして……
「どうして私はそういう…その…体質? っていうのかな。そういう風になってるの?」
『申し訳ありません。この身が造られたときには既にマスターの力は月と結ばれていたため、存じておりません。ですのでおそらく、元からの体質であるか、もしくは私が造られる前に何かあったのかと思われます』
「あー、ごめんね。先に詳しく知らないって言ってたのに、質問しちゃって」
『こちらこそ申し訳ありません。知識不足でお役に立てず』
「いいよいいよ。こっちが悪いんだから謝らないで」
しかしそうなると、これから私は新月の度に寝込む羽目になる。そうなるとこれから先ネプギア達の迷惑になってしまうだろうし……
まあそれはまた後でネプギア達に相談するとして……
実はさっきこの子との会話で聞き捨てならない言葉が聞こえたんだよね。
「ねえねえ」
『はい』
「さっきの私が強い弱いの話でさ。“ただひとりを除いて”って言ってたけど、そのひとりって?」
『申し訳ありません。ご本人様より、記憶を失ったマスターへ、その方の情報を開示することを禁じられております故、お答えすることが出来かねます』
「…じゃあ君はその人に会ったことがあるの?」
『はい』
「じゃあその人は男の人? 女の人?」
『お答え出来かねます』
「その人は私とどんな関係?」
『お答え出来かねます』
「君とその人の関係は?」
『お答え出来かねます』
「イケメン? それとも美人?」
『お答え出来かねます』
「その人は今どこにいるの?」
『分かりかねます』
「あっ、そこは君も知らないのか」
『はい』
「じゃあ最後にどこであったの?」
『お答え出来かねます』
「もぅ…そればっかり。まあ私はそういうの無理に聞こうとは思わないし、いいけどさ」
『機嫌を損ねてしまわれましたか?』
「んー、別に。…その人のことで最後に訊くけど、その人は君にとって、君の主である私より立場が上なの?」
『マスターの命令は絶対ですが、あの方の命令の方が優先順位は上ですね』
「そっかー」
それだけ凄い人なんだ。ちょっと会ってみたい気もする。
『ちなみにですが、私の出せる力はマスターの力に比例します』
「じゃあ今の弱った状態だと弱いの?」
『はい。逆に強い状態ですと、私の力も大幅に増幅します』
「なら私は早く記憶を取り戻さなきゃね」
『微力ながらお力になります』
「…ありがとう。君がいれば安心だね」
『安心かどうかはマスターの意思次第です』
「おぉ手厳しい」
でも、少しでも
…ん? そういや昔の私を知ってるってことは……
「ねえねえ、昔の私を知ってるなら、どんな風に戦ってたとか分かる?」
『はい。戦場でのこの身は常にマスターと共におりましたから』
「ならその技術とかって、どうやったら身に着くのか分かる?」
『はい。私はマスターに戦闘技術を身に着けてもらうために知識と自我を与えられましたので』
「じゃあ今の私にも、その技術って身に着けることってできる?」
『マスターが現在失ってしまっている力を使ったものは現時点では不可能ですが、純粋な剣術は可能です。しかしそのためにも体を鍛える必要があります』
「ってことは鍛えれば強くなることは……」
『努力次第で可能でしょう』
なら私がやることはもう決まった。
何をするにも強くないと、出来ないことが沢山だ。でも強くなれば、その出来ないことも出来ることに変わる。
昨日の女の子が言っていた、『自分が正しいと思うことをやる』を実行するためにも、今は力を付けなければならない。
「…ねえねえ、明日から鍛えようと思ったんだけど、君の知識と経験、あと昔の私がやってた鍛え方を私に教えてくれる?」
『マスターがお望みであれば、どんなことでも』
「…明日からがんばろっか」
『はい、マスター』
こうして私は明日から月光剣から技術を教わることにした。
本当は今日とか今からやりたい気もするけど、今は新月の影響とかで力が入らないし、明日になればきっと回復すると思うから、その時から始めよう。
ネプギア達にはなんて言おうかな。まぁ、その場で何か考えて言えばいいか。
とりあえず朝食でも食べようかな。行儀は悪いけど、身体を起こせないから、手を伸ばしてサイドテーブルに置かれたお皿に盛られたサンドイッチをひとつ掴み、寝ながら口に運ぶ。昨日夕飯の抜いたせいでお腹が空いていたからか、食事となると力の入りにくい体も動いてくれた。手を伸ばして掴む程度だけど。こぼさないよう気を付けながらサンドイッチを全てお腹の中に入れて、また仰向けになる。はっきりとした時間は分かんないけど、きっとアイエフさん達が帰ってくるって言ったお昼まで時間もあるし、少し寝てようかな。
『…マスター』
「ん? なぁに?」
『私は、今までもこれからも、ずっとマスターの味方ですから』
「…ふふ。どうしたの? いきなり」
『いえ、それだけ伝えておきたかったのです』
「…そっか。君が味方なら心強いよ」
『…はい』
「とりあえず今はおやすみ……」
『はい。おやすみなさいませ。良い夢を』
それから数日間。私は私なりに努力をしてみた。
次の日には前の日が嘘のように動ける状態になっていたから、と月光剣に言われた体の鍛え方を組み込んだメニューを作って、毎日毎朝皆さんより早く起きて適当な場所で鍛えている。2日目には皆さんに鍛錬がバレて病み上がりで無理するなと心配されたけど、無理しない範囲でやることを条件に、許可が下りた。ここ数日では、たまにだがネプギアやアイエフさんも一緒に付き合ってもらっていて、和気藹々と鍛錬を続けられている。剣から教えてもらうのもいいが、お二人から教わることも、なかなか為になることばかりで、良い経験だ。
だからか、毎日鍛錬後に朝風呂に入るのが、最近の日課になりつつある…というのは余談で、今後の話にあまり関係のない話…のはずだ。
そしてその数日間、ネプギア達が主にやってきたのは、クエストでシェアを獲得することと、ギルドや街でゲイムキャラに関する情報、また犯罪組織についての情報を集めていた。私もまた三人に付いて行ったのだが、初日のようにひとりになることがない。というか、三人が初日みたいに心配したくないと言われたので、付いて行くしかない。恩人に対して平気で無駄な心配をさせることが出来るほど、私の心は冷たくなれないのだ。
それに私自身、あの日のことは反省している。真っ暗になってもひとりで外にいるなんて、私の見た目の年齢からしても危ないものだ。その結果、あの温厚そうなコンパさんにまで怒られるほど、心配させてしまったのだから。
それに結局あの日、犯罪組織と接して得られた情報は、四天王一人の名前と、ロボットみたいという容姿。そして組織に属している彼らの気持ちや信条だけだ。これらの情報が女神様救出のなんの役に立てるというんだ、結局時間を無駄に過ごしただけじゃないか、と自分の行動が馬鹿らしく思えた。
あぁ、でも、彼らの目的や気持ちを知ることで、私の中に迷いが生まれてしまった。それがあの日の一番のマイナス点ではないだろうか。夜にあの広場で、黒髪の女の子と話したことで少しずつではあるが解消されつつある。しかし未だに多かれ少なかれ迷いが残っているのが正直なところだ。この数日間はまだいいが、これから先、本格的に犯罪組織と対峙していくとなると、この迷いは命取りだ。今まではネプギア達は恩人だからと自分の考えは無しに付いて行ったが、これから先の事を考えると、そろそろ自分の気持ちで行動できるようにするために、色々と自分の中で決めていかなければならない。
正直辛いな、この気持ちは。もしかしたら、私が自分の中で決めたこと次第では、彼女たちを裏切る羽目になるかもしれない。これが私、もしくは彼女たちのどちらか一方が相手を好意的に思っていなかったら、まだ楽だというのに。私はもちろん、彼女たちもお互いにお互いを好いている。まだ半月も経ってない中で、散々私が無理矢理を通しても、いつも心配してくれているところが、その証拠だ。まだ互いに信頼するほどではないけど、それでも互いに好意的に思っているからこそ、辛いのだ。
──まぁ、その時はその時に覚悟を決めよう。それに少なくとも、私はあの日、
後書き~
次回、恐らく教会へ行くことでしょう。
それでは次回もお会いできることを期待して……
See you Next time.
支配エンドルートが読みたいかどうか。
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読みたい
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読みたくない
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支配エンドとは、
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ゲハバーンを手に取ったネプギアが、
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次々と女神を殺すエンドである。