月光の迷い人   作:ほのりん

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前書き~

前回のあらすじ。
ルナの疑惑。実は既に解決してました。でも今回の出来事でルナはユニと話し合い、自分に自信を持っていこうと思ったようです。
それからルウィーに行く方法を探して、先日助けたホエール種のモンスター『エル君』を訪ねてみるようですが……
今回は焼き芋でも食べながらお楽しみください。


第三章 変化のルウィー編
第二十六話『海を渡って幾千里?』


 再びやってきました海に浮かぶダンジョン、セプテントリゾート。

 一昨日昨日今日と明日と明後日と…ではないが、最初の三つは当てはまる。クエストでは訪れなかったのに何故三度もここに来なければいけないのか。一回で全部済ませたい。…まあ前回までの二つはともかく、今回のは前々回のことがあったからこそ取れる手段なんだけどね。

 

「前に会ったのはこの辺りだったはずだけど……」

「うーん…静かだね」

 

 モンスターは既に片付けたので此処にいるのは私とユニだけ。目の前に広がるのは無限に広がってるんじゃないかって思うほど続く海と地平線。海辺に住む白い鳥が青い空を気持ちよさそうに飛んでいる。

 それだけ、である。

 

「海の中に何かいたりしないかな……?」

「危ないからあんまり乗り出さないでよ」

「そんな子供じゃないんだし」

 

 子供に言うような注意をユニから受けつつ、海の中を覗く。水面には私の顔と、青い空が映りこんでて、その奥を覗くように見ても海底は全く見えない。時々小さな魚が群れで泳いでるけど、私の影に気付いた瞬間逃げて行っちゃった。

 

「何か見えた?」

「小さな魚が時々」

「それ以外は?」

「海の闇がどこまでも?」

「例のホエールはいそう?」

「分かんない」

 

 遠くの水面は光が反射してて海の中が見えないし、近くにいるような気配はない。波も静かだし、この辺りにはいないのかも。

 

「海は広いんだし、この辺りにはいないのかもしれないわね」

「うーん、呼んだら来てくれるかな?」

「例えこの辺りにいたとしても、海の中なら声は届かないでしょ」

「でも、とりあえず試すだけ試したいかな」

「ならやってみれば?」

「うん。すぅ……エルくーん!!」

 

 大きく息を吸って、出来るだけ大きな声で呼ぶ。でも反射するものがないから声が返ってくることも、反応もない。ただ声が響いただけだった。

 

「やっぱりいないわよ。教会に戻ってケイに相談してみましょ。ケイなら何か案を出してくれるかもしれないわ」

「うん…でも……」

「相手はモンスターよ? 例え恩を忘れていなかったとしても、ずっとここにいるわけないじゃない」

「そっか……」

 

 ユニの言う通りだ。恩って言うのも思わせるのも私はちょっと嫌だけど、一昨日のことをエル君が忘れていなかったとしても、彼には家という家はない。そしてその時まで別のところにいたエル君に縄張りもない。

 例え自分の家ともいえる縄張りがエル君に出来たとしても、それがこの辺りだとは限らないし、下手したら海の向こうかもしれない。もう二度と会えないかもしれない。

 でもそう考えると同時に私は思う。エル君と絶対に再会できるって。

 私はあの日エル君と約束したんだ。そりゃ約束って言って交わしたわけじゃない。でも確かに「また今度遊ぶ」って約束した。だから絶対に会えるって思ってる。

 まあそれが今回ではなかったってことだっただけだろうけど……

 ここから去ろうとするユニを追いかけようとして私は振り返り後を追った。その時──

 

──フォオオオオン……──

 

「…あれ?」

「どうしたの?」

「今何か聞こえなかった?」

「…聞こえなかったわよ?」

「…気のせいかな……?」

 

──フォオオン…フォオオオオン……──

 

「…気のせいじゃない。聞こえる。聞こえるよ!」

「あっ、ちょっと!」

 

 声の聞こえる方向へ駆け出し陸地ギリギリのところに立って遠くを見つめる。

 どこまでも続く海と地平線。青い空白い雲と鳥。さっきと変わらない。

 でも私の見つめる先には変化が起きていた。

 何か大きなものが、水飛沫をあげ、左右に波を作りながら近づいてくる。それもかなりのスピードで。

 それが何かなんて、今の私達には答えは必要なかった。だってこのタイミングで、この状況で向かってくるのなんて、一つしかないから。

 

「──エル君っ!」

「フォオオオオオオオンンッッ!!」

 

 巨大なクジラの形をしたモンスターは、その名が自分の名だと分かっているように元気に、嬉しそうに、とっても大きな声で鳴いた。

 

 

 

「まさか本当に来るなんてね……」

「エル君、エル君ー♪」

「フォオオン♪」

 

 陸地に近づいたエル君の頭を撫でながら私はエル君の名を連呼する。エル君も嬉しそうに鳴くので余計呼びたくなってくる。

 でも今はエル君に用事があって来てるんだから、それを先に済ませてしまおう。

 

「実はね、エル君。今日は遊ぶために来たんじゃないの」

「フォオン?」

「今日はね、エル君に頼み事があるの」

「フォオオン。フォオン!」

 

 何故かエル君は私の言葉を理解しているみたいに鳴く。しかも何故か「そうなんだ。任せて!」って言ってるような気もする。

 

『気がする、ではなく、そうですよ。彼はそのような意思をこちらへ伝えています』

「その剣、モンスターの意思もわかるの?」

「そうみたい。私も原理は分かんないけどね。それにエル君、私はまだ内容を言ってないのに『任せて』って……」

 

 ここからは月光剣の翻訳付きでお送りします。

 

「フォン、フォオオオン、フォオオン(だってキミの頼みだもん。何だって叶えるよ)」

「そこまで慕ってくれるとは……」

「フォオオオオン、フォオオン!(命の恩人だもん、当然だよ!)」

「そっか。ありがとう」

「フォオン!(こっちこそ!)」

「で、頼みっていうのは、私をルウィーって雪国に送ってほしいの。ここからだと遠いんだけど、出来る?」

「フォオン? フォオオン、フォオオン(雪国? もしかして氷がいっぱいあるところかな)」

「海に氷…多分氷河ね。ゲイムギョウ界で氷河がある国はルウィーだけよ」

「なら多分そこだね。まあもしもの時は地図アプリを使えばいいから大丈夫。ともかくその国の陸地に送ってほしいの。出来る?」

「フォオン! フォオオン、フォオオオン!(もちろん! それくらい、お安い御用だよ!)」

「ならよろしくね!」

「フォオン! (うん!)」

 

 こうして私は何とかルウィーへ行く手段を確保することが出来た。

 と、いうことはもちろん……

 

「…じゃあこれでお別れだね」

「…そうね」

「…一緒に来てくれたりしない?」

「言ったでしょ。アタシはまだアンタ達と行くわけにはいかないのよ」

「そっか。でもまた会えるんだよね?」

「約束したでしょ。約束ぐらい守るわよ」

「じゃあ、その時までのお別れだね」

「ええ」

「…元気でね」

「そっちこそ」

 

 エル君は私が乗りやすいようにって陸地とほぼ同じ高さに背中がくるように潜り、私は背中に乗る。するとエル君は徐々に浮上して、視線が高くなる。

 下を見れば遠くなったユニとの距離。それが寂しくて、でもまた会えるって思ってるから。約束したから。

 大丈夫だって、自信を持てるから。

 

「──じゃあね、ユニ!」

「ええ、またね!」

 

 エル君は方向転換して、ルウィーの方向へ向かう。

 振り返れば遠くなっていくユニの姿。私はその姿が見えなくなるまで、手を振った。

 一時のお別れ。永遠じゃない。だから私は前を向いて歩いて行こう。

 弱気になるなって、ユニに言われたから。

 

「エル君、ファイトだよ!」

「フォオオオオンンッッ!!」

 

 何もない海に、ホエールの鳴き声がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、私がラステイションを出てからどれだけ経っただろう……

 …と、言うほど経ってません。たった一日です。

 でもそう言ってしまうほど時間の流れがゆっくりに感じた。

 だってエル君の、とは付くけどホエールの上だよ? クジラの上。何もないんだよ。

 周りは海だけ。人目を避けるために陸地から遠く離れて泳いでるんだけど、それって遠回りになってるから、普通より時間がかかるの。エル君も頑張ってくれてるんだけど、やっぱり私が乗ってるからそれほどスピードを出せないみたい。

 だったら私はのんびりと過ごさせてもらおうと思ったんだけど、さすがに一日中寝てるっていうのも私には辛い。出来る人には出来るんだろうけど、私には辛かった。

 そのうちに月光剣を鞘に入れたまま鍛錬を始めたり、魔力の制御の練習を始めたりってやってた。エル君の身体は大きい。だから足場には困らなかった。

 夜には綺麗な星空と月が奏でるコントラストを眺めて、今どのあたりかなって思ってNギアを取り出せば『圏外』の文字に肩を落としたり。

 そんなことをしながら何だかんだ楽しくエル君との船旅を楽しませていただきました。

 

 

 

 朝方、最初に気付いたのは空気の冷たさ。それと異常に濃い霧。空気が冷たいのも、霧がかってるのも朝だから、なんて理由じゃない。

 次第に海の表面に水とは違う透明なものが浮いている景色になってきて、それが氷だと理解するのは早かった。

 

「氷…海に浮いてるの初めて見た」

『そもそもマスターは記憶喪失ですので、大抵のものは初めてになりますよ』

「それもそうだ。…っと、電波は回復したかな?」

 

 Nギアを取り出して起動させてみても、やっぱりまだ圏外。

 でもユニの言う通りなら氷が見えてきたってことはルウィーに近づいてるってこと。

 私は寝てたけど、エル君大丈夫かな。疲れてないかな。

 

「エル君、大丈夫? 疲れてない?」

「フォン(大丈夫だよ)」

「ホント?」

「フォオオン(うん。この体になってからは疲れを感じにくいんだ)」

「この体にって……」

 

 その表現はまるで今とは違う姿をしていて、急に今の身体になったみたいな言い方だな……

 

「フォオオン(気づいたらこうなってて、陸に上がることができなくなってたんだ。人に囲まれて、気付いたら君達の前にいたんだよ)」

「…そっか。大変だったね」

「フォオン(でも今は君に会えてよかったって思ってるよ! こうやって会話も出来るから!)」

 

 ごめんそれは月光剣のおかげ。

 でも気付いたらこうなってた、人に囲まれてた、か……

 一瞬嫌な思考が頭をよぎるけど、今は気にしても仕方ない。それにエル君と友達になれたのは、そういうことがあったからだし。

 まずは目の前の問題を解決していかないと。

 

 少し肌寒さを感じてきたので、温まるためにも体を動かすことにした。ほぼ毎朝やってる日課になった鍛錬。準備体操をして体をほぐしたら筋トレと素振り。走り込みはさすがに出来ないので、他の出来ることをたくさんやる。

 最近は身体が慣れてきたのか、それらの鍛錬を難なくこなせるようになってきた。でも、相変わらず体力はない。というか一定以上上がらない感じがする。これも前に新月の時に寝たきりになったのと関係があるのかな? 

 そのことを知ってそうな月光剣に聞いてみれば『まだマスターの力を回収しきれていないからです。月の満ち欠けは関係ありません』と否定されてしまった。なら完全に回収しきれば、今より体力がつくのかな。

 

 鍛錬を、疲れては休み、疲れては休み、を繰り返しながら周りの温度が気にならないくらいになってきたとき、ようやく真っ白な陸地が見えてきた。Nギアを見れば電波は最良…ってわけでもないけど、現在地を見るくらいなら大丈夫そうだ。

 …後で知ったんだけどね、GPSで現在地を見るくらいならインターネットや電波とか関係なしに使えるんだって……早く知りたかった……

 

 現在地を見ると、ルウィーの近くになってた。そこからどこかエル君が近づいても大事にならなさそうな場所を探して、そこにエル君を誘導する。写真とかはないから実際行ってみての判断だけど、丁度良く人気のない崖になってるとこに着いた。崖だけど、エル君の背中からなら余裕で着地できる。背中を滑るように降りて、途中で背中を蹴るようにジャンプ。余裕で地面に着地成功。さっすが私! 

 振り返ってエル君にお礼を言うと「いつでも呼んでいいからね!」という言葉を残して海の中へ潜っていった。

 今度はどこで会えるかな。

 

 

 

 

 

 地図を見て近くに人が住んでる場所がないか探してみる。でもどうやら少し歩かないとないみたいだった。

 昨日の食事は用意するのを忘れていて、非常食みたいな感じで所持していたお菓子を口にして過ごしていたけど、それも尽きて今はお腹が空いている。そんな状態であんまり動きたくはないけど、動かないと食事にありつけないのでここから一番近い街まで頑張ることにした。

 雪が積もって足場の悪い道なき道をずんずん進んで、時々出てくるモンスターをバッタバッタとなぎ倒しつつ体力を消耗し過ぎない程度に頑張っていけば、気付けばお日様が後ちょっとでてっぺんに上るような時間になってた。

 道も整備された歩道になってて、少し向こうに街らしき建物が見える。

 後ちょっとでご飯が食べられる。

 そう思ったら今まで以上に足が前へ進むようになってて、気付けば走っている私。

 街の前には門みたいなのがあって、その前に鎧を身に着けた人が二人立っていた。

 おそらくは門番なのだろう。私が近づけばこちらへ近づいてきた。

 

「お前さん見ない顔だな」

「は、はい。この国に来るのも初めてです」

「どうやってきた?」

「ラステイションから海を渡ってきました。あっちの海岸からです」

「あっちの海岸だと?!」

「は、はい……」

 

 驚く門番の様子に何かおかしなことを口にしてしまったのかと身を縮こまらせてしまう。

 しかしどうやら私が思ってるような驚きではなかったようだった。

 

「そんな遠くから来たのか! ラステイションからならば陸の道があっただろうに」

「私が出発しようとしたときは国境付近が大雪で通れないって言われまして……」

「あーそういや昨日の昼までそうだったな」

「ひ、昼まで!?」

 

 じゃああの時数時間待ってればもっと早くルウィーに来れたって事!? 

 

「そ、そんな……」

「まあまあ、そう肩を落とすな。どんな事情があってお前さんがそんな手段を取ることになったのか分からんが、疲れただろう。ここはルウィーの首都だ。宿なら沢山ある。ゆっくりしていくといいさ」

「はい…ありがとうございます」

 

 優しく気遣ってくれる門番にお礼を言って門を通ろうとする。

 でもすぐには通れなかった。

 今度は一言も発してなかったもう一人の門番が前に出る。

 

「ちょっと待て。この先へ行くなら身分を証明する物を出してくれないか?」

「おーっと、そうだった。すまないが身元不明の不審者を入らせるわけにはいかなくてな。形だけでいいから見せてくれ」

「はい。いいですよ。えーっと……」

 

 確か以前イストワールさんから、旅先で使えるようにって仮の身分証明書を貰っていたはず……

 あぁあったあった。

 

「はい、どうぞ」

「ほい、えーっと? ふむ、プラネテューヌの……ん?」

「どうした?」

「いやここ……」

「住所? …は? なんだと?」

「お、お前さん、これに書かれてるのってマジか?」

「え? はい。そりゃ身分証明書ですから、本当の事しか書かれてませんが……?」

「おいおいマジか……」

「…偽物じゃないな。確かに国が発行したものだ」

「だよな……」

「えっと、何かそんなに驚くようなことが書かれてましたか?」

 

 二人してまじまじと証明書を見続け、戸惑っている様子。

 思わず訊けば、最初に話しかけてきた門番の方が、私に尋ねてきた。

 

「なあお前さん、何処に住んでるんだ?」

「え? 何処にって、今はある目的のために旅してますが…一応プラネテューヌ教会の一室を借りています」

「ほ、本当かよ……」

「…本当なんだろうな」

 

 お二人は疑いもせず、ただただ驚くように私と証明書を見比べる。

 それから私に証明書を返すと、それぞれ最初の定位置に着いて、ビシッと敬礼した……ってなんで!? 

 

「ようこそルウィーへ! 歓迎いたします!!」

「どうぞごゆっくり観光をお楽しみください」

「え? え? え?」

「ささ、どうぞ!」

「えぇ~!?」

 

 急に態度がコロリと変わった門番に背中を押される形で私は門を潜る。門の先の光景はプラネテューヌやラステイションとは全く違う、ファンタジーな街並みで可愛かったりするんだけど、それより私はなんで態度が急に変わったのかすっごく気になり振り向くも、片や私に手を振りにこやかに笑う門番。片や先ほどと同じ位置で正面を向いたまま動かない冷静な態度の門番。

 何が何だか分からない私にはもはや何を訊けばいいのかすら分からなくなり、そしてネプギア達と合流するという目的を達成するために何も訊かず街の中へ足を踏み出した。

 

 

 

 まず適当に大きな道を歩いていると何処からか良い匂いがしてきて、無意識にふらふらと足が向かっていって、気付いた時には表から少し外れた場所にいた私。

 自分も学習しないなーとか思いながらそのまま足を進めていけば、一軒のラーメン屋があった。お昼時なのに場所が悪いのかお客さんがいる気配はない。でも美味しそうなスープの匂いはするので営業はしてるんだろう。

 こういう場所にあるラーメン屋って店主さんがすっごく怖そうな人だったりするんだよね? この間たまたま見たテレビドラマじゃラーメン屋の店主役の俳優さんの顔がすごく怖かった。

 でも朝から何も食べず、昨日もまともな食事は朝だけだったのもあって私のお腹は我慢の限界で……

 

 きゅるるぅ~……

「うっ……」

 

 思わずお腹を両手で抑え、素早く左右を見まわす。

 よかった、誰も見てない聞いてない。もし聞かれてたら恥ずかしいよ……

 ともかくお腹が空いたわけだし…こういう時って背に腹は代えられないって言うのかな? 例え怖い店主さんでも、食べなきゃ戦は出来ないし……

 

 ガララララ……

「す、すみませーん……」

「…らっしゃい。お好きな席に」

「は、はい……」

 

 横開き式の扉を開けば、旧き良きラーメン屋っぽい店内で、台所には紺の三角巾を頭に着け、これまた紺の腰までのエプロンを付けた厳格そうな男性が静かに佇んでいた。

 店内には彼以外に人はおらず、全席空席で閑古鳥がうるさいくらいに鳴いてるようなお店。

 お好きな席にって言われたからとりあえず一番近いカウンター席に座り、お品書きを手に取り眺める。

 ふむふむ…メニューは一般的なラーメン屋と変わらないな。料金の方は良心的価格になってるけど、それでやっていけてるのかな? 

 まあお客さんとしては嬉しいことだからいいけど。

 

「ご注文は?」

「えっ? あっ、えっと…じゃあ醤油で……」

「追加のトッピングは?」

「えっと、ないです」

「わかった」

 

 急に聞かれて、ひとまず無難な醤油を選ぶと、店主は短めに受け答えをし、調理へ移った。

 そこも何ら変わりない調理法。麺を湯がいてどんぶりにスープを作って麺の湯切りが終わればどんぶりに入れネギやチャーシュー、メンマ、もやしを盛り付け、私へ差し出した。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 正直短い言葉しか話してなくて、店主としてそれはどうなのかって思うところもあるけどそれを指摘しようとは思わないのでお礼を言って受け取る。

 …うん。美味しそうな匂いはするけど、シンプルな盛り付けのラーメンってだけで他と変わらないように見える。

 まあふらふらと足が向かったのは匂いに釣られたからだし、まずくなかったらそれでよしだからいいや。

 そんな気持ちで割り箸を割り、麺を掴んで口に運ぶ。

 ちゅるちゅるちゅるっと麺を啜って噛んで……って──

 おいしっ!? なんだこれ美味しいんだけど!? 

 思わず目を見開いてラーメンを見たまま固まる私。でもすぐにその手は、口は、ラーメンを味わうために無心で動く。

 気付けばどんぶりを手にもってスープを一滴残らず飲み干していた。

 ぷはっ、と満足して一息すると、店主がこちらを見ていた。

 やばっ、もしかして汚い食べ方しちゃったかな……? 

 そう思ったけど、よく見たら店主の口元は先ほどより緩んでて、どうやら怒ってるとかそういうのではなく、嬉しいみたいだった。

 

「…美味しかったか?」

「はいっ! すっごく美味しかったです!! なんというか、私語彙力とか低いから上手く表現できないんですけど、今まで食べてきた料理の中でこのラーメンは上位に君臨します!」

「一番じゃないんだな」

「あっ、そ、それは、その……」

「大丈夫だ。お前にとって一番美味しいと思う料理を作る相手がいるんだろう。それに近づけただけで嬉しい」

「は、はい! ほんと、すっごく美味しかったです!」

「よかった」

 

 口元だけでなく、目元も先ほどまでの鋭い目が柔らかくなったように感じた。

 ごめんなさい店主さん。私見てもいない店主さんのことを勝手に怖い人だと思ってました。実はこんなにすごい美味しいラーメンを作る人だったとは思いもしませんでした。

 しっかし本当に美味しかった。麺のコシ具合とかスープの濃厚な風味とか。トッピングにもこだわってるのを感じた。

 これだけのラーメンを作れるってことは、それだけ努力したんだと思う。

 …でもどうしてこんな美味しいラーメンを作れるのにお客さんは少ないんだろう……

 

「…どうした?」

「いえ…どうしてこんな美味しいラーメンが食べられるのにお客さんがいないのかなと……」

「…あまり多く来ても困る。俺はひっそりやっていける程度でいい」

「でも来なかったら来なかったで経営出来なくなってって、そしたらこのラーメンを食べれなくなっちゃいますし……」

「大丈夫だ。常連がいる」

「そうですか? まあ私がどうこう言ってもしょうがないですしね。お会計お願いします」

「ああ。○○○円だ」

「はい、どうぞ」

「丁度だ。また来い」

「はい。今度は友達を連れてきますね!」

 

 今度はネプギア達も連れて来よう。

 そう思って扉に手をかけようとすると、扉が独りでに開いて、お腹辺りに軽く何かがぶつかった感覚がした。

 でも目の前には何もなく、視線を下げてくと猫耳が目に入った。

 …うん、猫耳です。本物じゃないみたいだけど。

 

「痛ってぇ……」

「あっ、ご、ごめんね! 大丈夫?」

「ああ、だいじょ──っ!?」

 

 猫耳の付いた白いフードを被った小さな女の子に謝ると、女の子は返事をしながら私の顔を見上げて──固まった。

 何故かは分からない。でも何故か固まった。

 女の子も、私も、お互い顔を見つめながら。

 空のように青く、清水のように透き通った瞳は見開かれ、幼さを出しつつ可愛いと確実に思わせる整った小さな顔には少し開いた可愛らしい唇。きめ細やかでシミ一つない白い肌に、フードの隙間から出るのは絹のように細く美しい明るい金色の髪。

 「可愛くて美しい」。そう強く思うと同時に私の中で何らかの感覚を覚えた。その感覚は複数あって、全部は分からないけど、分かる感覚は『既視感』と『懐かしさ』。

 私は何でその感覚がするのか、他の感覚は何なのか、どうしてこの子を見てそんな感覚を覚えるのか困惑していると、どうやらその感情が顔にも出ていたらしい。女の子は見開いた目を一瞬だけ更に見開くと、目を細めて小さく笑った。

 

「ごめん、大丈夫だよ。あなたこそ大丈夫?」

「う、うん。私はなんとも……」

「そっかそっか」

 

 女の子は頷くと扉の前から退いて、手で私に「どうぞ」って道を譲る。

 思わずお礼を言って外に出ると、入れ替わりで女の子がお店に入っていった。

 

「──元気そうで何よりだぜ」

「え…?」

 

 一瞬女の子の声が聞こえた気がしたけど、扉が閉まる音と重なってよく聞き取れなかった。

 店主さんに言ったのかな? 

 とりあえず多分私の知り合いじゃないんだろう。もし知り合いなら私の名前とか口に出すだろうし。

 …でもさっきの感覚は何? 

 女の子の顔を頭に浮かべると、さっきの感覚が再び湧く。今度はさっきより弱い感覚だけど。

 やっぱり何の感覚なのか、どんな感情なのか自分の事でありながら分からなくて、だからって訊くにしても何を訊けばいいんだって思う。

 だから私は自分の感じた感覚や感情の正体が分からなくてモヤモヤしたまま、ネプギア達を探しに歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…元気なさそうだな」

「ちょいとな。てなわけで美味いメシと程よく冷えたビールを頼む」

「未成年は、飲酒禁止」

「大丈夫だ、未成年なのは見た目だけだからな!」

「外では自重すべき」

「チッ、いいよ。後で手持ちにあるやつ片っ端から飲んでやる。とにかく今はメシだ! 腹減った!」

「待ってろ」

「おうよ!」

 

「…あぁくそ。どうしててめぇはいつだって守りたいと思った相手一人守ることが出来ねえんだろうな……」




後書き~

次回、ルウィーの街をぶらぶらと。
それでは次回もまたお会いできるよう、心待ちにして。
See you Next time.

今回のネタ?のようなもの。
・海を渡って幾千里?
 『母をたずねて三千里』という名作アニメから。このパロネタはよく見かけますが、本作程似てないタイトルは無いと思います。どことなくスルメを感じさせる程度です。

・一昨日昨日今日と明日と明後日と
 『機巧少女は傷つかない』のED『回レ!雪月花』の歌詞の一部です。中の人達の一人に女神候補生の中の人と同じ人がいます。彼女のソロが私は好きですが、盛り上がる曲という点においてはどのVer.でも良いですよね。

・ファイトだよ!
 ラブライブ!の高坂穂乃果の誰でも使ってそうな台詞。だけども私はあえて彼女を意識しました。推しだったので。

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