月光の迷い人   作:ほのりん

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第二話『夢、記憶、名前』

 気がつけばそこは近未来的な街で。私はそこにいて。

 隣には幸せそうな顔をしながらプリンを頬張るあの子がいて。

 「幸せそうだね」と声をかければ「だって美味しいからね」と返してくれる愛しいあの子。

 その顔を見ているだけで私の心は癒されて。思わずその頭を撫でるとあの子は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 それが私の日常。いつまでも続いてほしいと願い、いつまでも続くと思ってた愛しい日常。

 でも、もう帰ってこない。だってあの子はもう──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[プラネテューヌ教会]

 

 

 ふかふかの触感がする。それと同時に温かい感じも。

 なんだか眠くて、もう少しこうしていたくて。

 それで分かった。私、今寝てるんだ。

 ふかふかはベッドの感触で、温かいのは布団なんだ。

 でも、どうして私寝てるんだろう。

 とりあえず目を開けて、起きて、状況を把握しなきゃと思うけど体はなかなかいうことを聞かない。まだこうして寝ていたいみたいだ。

 でも、やっぱり状況がわからないって不安だから目だけでも開けようかなって。そう思って目を開けようとすれば視界に入ってくる光。思わず目をつぶるけど、少しずつ開けていけば次第に光に慣れていって、寝ぼけ眼で見た視界に入ってきたのは──

 

「…知らない天井」

 

 定番の台詞を言っちゃうのも無理はない。だって実際そこにはやや紫がかった知らない天井が広がっていたからだ。天井の中心には電気が点いてて部屋を明るく照らしている。横を見れば窓があって、外は暗かった。

 そしてその反対側に視線を向ければこれまた紫っぽい壁に掛け時計が飾られてて、棚が壁に寄り添うように置かれてて、その隣には姿見。床にはその部屋の色合いに合った絨毯が敷いてあって、その上には机が置かれていた。上半身だけ起こして周りを見ると、どうやらそれらと扉しかない簡素な部屋らしい。

 しかしどうして私はこんなところで寝ていたんだ? この部屋に見覚えはないから私の部屋ではないはずだけど……

 と、考えようとすると、体に違和感を覚えた。なんだか体に何かが巻かれている感覚。思わず見てみれば体のあちこちに包帯が巻かれてて驚いた。

 え? なんで? どうして? 

 徐々に覚醒してきた頭で考えるも、全然分からない。なんで私がここにいるかも、ここで寝ていたのかも、包帯が巻かれているのかも分からない。

 唯一分かるとすればそれは先ほど確認した時計に電子表示されていた文字が夕刻を示しているということだけ。

 ひとまずベッドから降りて姿見に身を映してみた。

 そこには銀に少し近い金色、プラチナブロンドの髪をサイドテールで右にまとめてあって、目は蒼色。透き通るような白い肌をした見た目15歳の少女が映っていた。服はピンクに近い淡い紫色の寝間着を着ていて、下は紫色の短パンで布で覆われてない足にも包帯が巻かれているのが目で分かる。とりあえず服はともかく、体はちゃんと自分のものだって分かった。いや逆に体が自分の物じゃない状況なんて起こりうるのか? まあ今考えてもしょうがないか。

 ともかく、それらが分かったところでこの状況は未だに分からない。一体なんだって知らない部屋で寝ていたのだか……

 …考えていても始まらない。とにかく何か行動を起こさなくては。

 と、意気込みつつ後ろを振り返れば机の上にメモが乗っているのを発見した。とりあえず読んでみるか。

 何々……? 

『おはようです。きっと起きたら知らない部屋にいて驚くと思うですからメモを残しておくです。あなたが着ていた服はボロボロで着れなさそうだったので代わりの服を用意したです。今あなたが着ているパジャマは友人のですが、あまり使ってないやつなので安心してほしいです。靴も無理そうだったので用意したです。ドアの付近に置いておくですから起きたら棚に入ってる服に着替えて下の地図の場所まで来てほしいです。 コンパ』

 やけにですですが多いメモだな。本人……最後の方に書かれているこのメモを残してくれたであろう名前の人物の口調なのだろうか。

 にしてもわざわざ寝間着のほかに普段着、靴まで用意してくれるとはここの人は優しい人なんだな。友人のあまり使ってないやつって書いてあるけど、私としては服を貸してくれているというだけで有難いけどな。どうやら私がもともと着ていた服はボロボロらしいし。というかなんでそんな状態になったんだ? ま、いいか。とりあえずご厚意に預からせてもらおう。

 さて、棚に入ってる服だな。どれどれ……? 

 指示通りに服を着替えようと棚を開けてみると、そこには白の服の部分に紫色のフードの付いたパーカーと紺色のジーンズ、白色の靴下が入っていた。とりあえずそれに着替えてみると、ズボンと靴下は丁度良かったのだが、パーカーは少しだけきつかった。まあ我慢すればさほど問題はない。むしろせっかく貸していただいているというのに文句を言ってはいろんな意味で怒られてしまう。何せきついのって胸だし……

 それから着ていた寝間着は簡単に畳んで机の上に置いて、メモを手に持つ。扉の近くにあった紫と白のスニーカーを履いて扉の前に立つと、扉はひとりでに開いた。どうやら自動ドアらしい。

 少し驚きつつも扉を抜けた先にはガラス張りの廊下が広がっていた。そしてガラスの向こうには夜だというのに電気で明るく照らされた近未来的な街並みが広がっており、その街が上からの景色だったことからここが高所だってことが分かった。それも相当高い。

 でも何処を見渡しても見覚えのある場所はない。暗いから見にくいのかもしれないけど、どうやら今いる建物どころか街自体知らない場所のようだ。

 とにかくこのメモに記された場所に向かおう。このメモを残した人物達に話を聞けばいろいろと疑問が解消されるはずだ。むしろそうでなくては困る。

 そう思い地図を確認してると、カツカツと足音がした。

 

「あらあなた、目が覚めたのね」

 

 その声に振り向けば茶髪で緑のリボンを付け、青いコートを着た女性が立っていた。

 えっと、誰なのだろうか……? 

 その考えが表に出ていたのか彼女は再び口を開いた。

 

「ああごめんなさい。私はアイエフ。ここの職員よ」

「は、はあ…..」

「そこに書かれてる場所に向かうんでしょ? 私も今から向かうし、連れて行ってあげるわ」

「あ、ありがとうございます。お願いします」

「ええ、こっちよ」

 

 彼女は私の持っていたメモを見ると案内を申し出てくれた。どうやら発言を見るに私をあの部屋へ運んだ? 人物の一人らしい。メモの『コンパ』という人物と知り合いとも分かる。

 これまた見覚えのない人だがせっかくなのでお言葉に甘えることにした。どうせ一緒の目的地なら連れて行ってもらった方が確実だ。見知らぬ場所で迷子なんて私は御免だからね。

 にしても職員か……ここはもしかして何かの会社だったりするのだろうか。いや職員って指す職業は公務員さんだからここは公共施設? …いや分かるわけがない。大体目の前を歩いている人物……確かアイエフさんだったか。この人の学力自体知らないからもしかしたら社員や従業員と間違って使っている可能性もあるから、公共かどうかも分からないだろうし……

 とにかくここは誰かしらが働いている場所ってことで。うん、やっぱりわかんね。

 

 

 

 視覚聴覚おまけの嗅覚から送られてくる情報をもとに考えても何もわからず、中身のなさそうな頭で考えても仕方ない、と考えることを放棄しながら……といいつつアイエフさんの匂いがいい匂いだなって一見変態っぽい、でも普通にどこのメーカーのシャンプー使ってるんだろとか考えつつ廊下を歩いて、エレベーターに乗って上に上って……互いに最低限のことしか話さず、アイエフさんについていった先には何やら廊下で見たどの扉よりも一回り大きく雰囲気も違う扉の前にたどり着いた。

 ボケーっと見ているとアイエフさんは慣れた様子でその扉に近づく。すると扉は自動的に開いた。これまた自動ドアらしい。なんというか街の雰囲気といいこの建物といい、本当に近未来的な場所らしい。

 そんな思考はともかく、アイエフさんがその部屋へ入っていくので私も後について入る。扉の先は先ほどまでいた部屋とは雰囲気が違っていて……例えるならさっきのは寝室で今度のは客間っぽい。机と椅子が並んであって、ところどころに家具や観賞用植物が置いてある部屋。

 そして目に入ったのは金髪の本に乗った小さな妖精──

 

「…え?」

 

 え? と思うかもしれないけど、というか私自身そう思って一瞬思考が止まったけど、確かにそこにいるのは妖精みたいに小柄な本に乗った生物。人か? 妖精か? それとも別の生き物なのか? 

 思わず固まっていると、アイエフさんはその妖精? と話をしていた。

 

「アイエフさん、彼女を連れてきてくださりありがとうございます」

「いえ、私はただこちらに向かう途中で見かけたので連れてきただけです」

 

 それから妖精? は私に話しかけてきた。

 

「初めまして。私の名はイストワール。ここプラネテューヌの教祖をしています」

「は、はあ……はじめまして」

「立ち話もなんですし、どうぞお掛けください」

「ありがとうございます」

 

 私はそう言われて素直に座った。

 そして思考を巡らせる。どうやらイストワールと名乗る少女はプラネテューヌで教祖をしているそうだ。

 ぷらねてゅーぬ? きょうそ? 

 待てそれってどんなのだどんな役職だ!? 

 少なくとも私はプラネテューヌなんて場所を知らないし教祖と言えば宗教で神を崇める人たちのトップ的な存在と認識しているけどどゆこと? 

 と、とりあえず一つずつ疑問を解消していかなければ……

 

「あの、いくつかお聞きしたいのですがよろしいでしょうか」

「はい。どうぞ」

「ではまず一つ目、ここはどこなのでしょうか」

「ここはプラネテューヌの中心にある教会、プラネタワーです。あなたはこの教会に落ちてきたんですよ」

「はあ……教会…プラネタワーね……ってえ!? 落ちてきた!? どこから!?」

「空からですよ」

「空から……そら……空。空ですか…..」

 

 そら……てなんだ? 

 いや分かるの。分かるんだけどそう思っちゃうの。

 だって空だよ? なんだって人が空から落ちちゃうのさ。そんなの何処かの屋上から飛び降りなんて悲しい出来事や、パラシュートなしスカイダイビングとかいう鬼畜な娯楽でもしないかぎり起こりえない出来事だよ? 

 

「しっかしなんであなた空から落ちてきたのよ」

「さあ……?」

「「さあ?」って…..」

 

 そんなこと言われても私だって分からない。

 

「もしかしたら落下の衝撃でうまく思い出せないのかもしれませんね。何か他に聞きたいことはありますか?」

「ではお聞きしたい……のですが、疑問が多すぎて逆に分からないので目の前からいかせてもらいますね。イストワールさん……でしたっけ。貴女は……えっと……本の妖精か何かですか?」

「いえ、私は遠い昔、プラネテューヌの初代守護女神様がこの国の歴史を記録するために造った人工生命体ですよ」

「あ、人工生命体さんでしたか。なるほどなるほど…..」

 

 イストワールさんは人工生命体らしい。“イストワール”、翻訳すれば『歴史書』。なるほど、名付けた人はなかなかいいセンスだ。

 …え? “人工生命体”って部分に反応しないのかって? 

 いやーもしかしたら此処じゃ人工生命体なんて当たり前かもしれないじゃん? そもそもここ何処状態なのに「そんなのおかしい!」なんて反応できないって。

 じゃあ次は新たに追加された疑問。

 

「…守護女神って何?」

「…はあ!? あなたそれ本気で言ってるの!?」

「ふえぇ……!? は、はい…..」

 

 え? もしかして女神って人工生命体並に知ってて当たり前、居るのが普通なの!? 

 守護女神……そのまま読むなら何かを守る女の神って書くよな? 

 私の認識じゃ神って想像上の存在か、忘れ去られた存在だった気がするけど……

 

「アイエフさん、落ち着いてください。彼女が怯えていますよ」

「あ、すみませんイストワール様。あなたもごめん」

「い、いえ……お気になさらず」

 

 実際には驚きのあまり神という存在が何だったか思い出してただけなんだけど……

 まあいいか

 

「守護女神というのは国を守護する女神様のことです。各国のトップと言った方が分かりやすいかもしれませんね」

「は、はあ…..」

「あなたさっきから生返事だけど、ちゃんと聞いてるの?」

「き、聞いていますよ。自分から質問しているのですからもちろん…..」

 

 うん、聞いてはいる。でも理解しているかって言ったらそれはまた別の話であって……

 つまり何が言いたいかって言うと、わかりません!! 

 

「っと、そういえばまだあなたのお名前をお聞きしていませんでしたね」

「あ、すみません。お二人には名乗ってもらったというのに私ってばとんだ無礼を…..」

「いえ、お気になさらないでください。それであなたのお名前をお聞かせ願えますか?」

「はい、私は………..」

 

 そこで私は言葉を詰まらせてしまう。そんな私の様子をお二人が不思議そうに見ているけど、私はそれどころではない。だって……

 

「私は……だれ?」

「え……?」

「誰って…..」

 

 私は、自分の名前が分からなかったからだ。

 いや名前だけじゃない。私が誰なのかすら分からなかった。

 つまり自分の年齢とか職業とか性別……は見た目でわかるけど、とにかく分からなかった。というか思い出せない? 

 …そうだ。わかる、分かるはずなのに思い出せない。いやそれはもはや分からないと同じだと思うが、何となく違うと思わない? 

 とにかく自分が何処の誰なのか分からなかった。

 

「もしかしてあなた、自分が誰だか思い出せないの?」

「そう…みたいですね…..」

「記憶喪失でしょうか。だとすると原因はおそらく地面にぶつかった衝撃かもしれませんね」

「そっか、だから空から落ちてきたことや女神様のことがわからなかったのね」

「あはは……そうかもしれませんね…..」

 

 …すみません。多分記憶があっても自分が空から落っこちてきたことや女神のこと、とりあえずあなた方が言った単語のほとんどが分からないと思います。はい……

 しかし今まで分からない、見覚えがないとか思ってたけどそもそも記憶を思い出せなかったなんてどうして気づかなかったのだろうか。まあ自分の身体とかは分かったのだから意外と記憶喪失の中でも軽い方なのかな? いや自分のことを忘れてる時点で重いか。

 しっかしこれからどうしたらいいんだろうか……

 

「となるとどうしましょうか、イストワール様」

「そうですね……記憶がない以上行く当てもないでしょうし、しばらく教会で預かることにしましょう」

「え? ですが私達も今はそんな余裕は…..」

「確かに私達も忙しいですが、だからといって記憶もない、行く当てもない彼女を放っておくわけにはいきません。犯罪組織の件や女神様の件も大事ですが、目先のことを疎かにしてしまえばネプテューヌさんが帰ってきたとき悲しみますよ?」

「…そうですね。すみませんイストワール様。変なことを言ってしまって…..」

「いえ、大丈夫ですよ。アイエフさんがそれだけ早く女神様を救出し、ゲイムギョウ界を救いたいと思っている証拠ですからね」

「…ありがとうございます」

 

 私がどうしたらいいのか考えている間に二人は結構重大なことを話していた。その話から察するに今ここに落ちてきてしまった私はどうやら邪魔ものらしい。ならばここは行く当てがなくても退いた方がいいだろう。せっかく助けていただいたのにこのままいたら彼女達の負担となってしまうのは私としても嫌だ。そう決まればさっさと言わなくては。

 と思ってさっそく声をかけようとすると、シューッといきなり扉が自動で開いた。

 

「あいちゃん、いーすんさん、遅れてすみませんですぅ」

「あらコンパ。お疲れ様」

「お疲れ様です。コンパさん」

 

 中から現れたのはコンパと呼ばれたなんだかふわふわした女性だった。

 って“コンパ”? それって確かメモに書かれてた人の名前だろうか。ってことはこの人がいろいろと用意してくれた人なのだろうか。それとですですが多い人。

 なんて考えてるとコンパさんは私に気づいたようで笑顔で話しかけてきた。

 

「あっ、あなたは目が覚めたんですね。よかったです!」

「は、はい…どうも…..」

 

 どうにもさっきから記憶がないせいなのかもともとの性格なのかテンションがマイナス傾向にあるせいかで“……”の活用が止まらないぜ……

 ところで彼女は『あなた“は”』と言ったけど、他にも倒れている人でもいるのだろうか。

 

「この子があなたの怪我を治療したのよ」

「といっても重傷は負ってなかったので簡単なことをしただけです。でもあちこち怪我してて範囲が広かったので包帯を巻かせてもらったです」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしましてです」

「それに……えっと、コンパさん…でしたっけ? あなたが着替えを用意したりメモを残してくれたんですよね。それについてもありがとうございます。おかげで起きて早々混乱したりせずにすみました」

「はい! お役に立てたのならよかったです!」

 

 そう笑顔で言う彼女。アイエフさんとイストワールさんにも言えることだがどうやら本当に優しい人たちのようだ。落ちたのが原因で記憶喪失になった(かもしれない)とはいえ落ちた先がここでよかったと本当に思う。何もないところだったらまだいいが、悪い人たちのところに落ちていたらと思うとぞっとする。私は運のいい方らしい。

 

「そういえばコンパ。あの子の様子は…..」

「はい……さっき来る途中で様子を見てきたですけど、相変わらず起きる気配はなかったです…..」

「そう…..」

「大丈夫ですよ。ネプギアさんなら必ず起きてきてくれます。そのときはアイエフさん、コンパさん。よろしくお願いしますね」

「はい。任せてください」

「治療なら任せてほしいです!」

 

 さて困ったぞ。話についていけない。

 というか起きる起きないの話は多分私のほかに倒れた人って考えにたどり着いて、その人は『ネプギア』さんっていう人なんだと思う。多分三人の様子を見るに大事な人なんだろう。だってコンパさんとアイエフさんは起きてないって話をして悲しそうな顔したし、イストワールさんはその人を信頼してるみたいだから。

 なんだかここにいるのが場違いな気がするな……

 

「そういえばあなた、お名前は何というです?」

「あ、それが…..」

 

 そういえばコンパさんには私が記憶喪失ってことを説明し忘れてた。

 ということで説明タイム故にカット入りまーす。

 

 

 

「そうですか……記憶を失っちゃったなんて大変です…..」

「まあ何とでもなりますよ。こうやって日常会話はできてるわけですから」

「でも名前も思い出せないんですよね」

「それは、まあ…..」

 

 確かに名前も思い出せない。こういうときはよく名前だけは覚えてるものだけどそれすら覚えていないのだから大変と言えば大変だ。

 

「それで行く当てもないと思いますので教会で預かろうと思っているのですが、コンパさんはいかがでしょう」

「もちろん賛成です! それに記憶喪失なら行く当てもないですよね。それなのに追い出せないです」

「では決まりですね。これからよろしくお願いします」

「よろしくね」

「よろしくです」

「え、いやあの…..」

「……もしかしてご迷惑でしたか……?」

 

 私としては困らせたくないから断ろうと思っていた話。でもよくわからないけど目の前のご厚意を断るのを躊躇ってしまい曖昧な言葉しか出せず俯いてしまった。

 でもイストワールさんのその悲しそうな、そんな色がついているような声にそちらに向くと心配そうな顔をしていて、思わず後悔した。向かなければよかったって。

 だってこんな顔を見てしまったら断れないじゃないか。それに断ったところでどうする気だったんだ私。確実に見知らぬ場所で迷子&行き倒れなんてこと間違いなしだぞ。そんなことになれば余計に迷惑がかかるじゃないか。ということで……

 

「…いえ。こちらこそよろしくお願いします」

「わぁ、よかったですぅ!」

「ではさっそく部屋の手配をしましょう。アイエフさんとコンパさんには彼女の生活用品の買い出しや服の調達……を頼みたいのですが、今日はもう暗いですので明日お願いします」

「はい、かしこまりました。イストワール様」

「それじゃあそろそろ時間ですし、夕食の準備をするですね!」

「あ、あのコンパさん。何か準備で手伝えることはありますか?」

「え? 大丈夫ですよ。いつも私が準備してるですから。それにあなたはお客さんですから。気持ちだけ受け取っておくですね」

「わ、分かりました」

 

 それから私たちは部屋を移動した。イストワールさん曰く「あの部屋はお客様を迎える客間で、食事をする場所は別にあるんですよ」とのことで。

 で、またエレベーターに乗って上に上がったと思ったら今度は最上階に来ました。というかこの建物。どんだけ高いんだか。階数の桁が二桁なのはいいとして、十の位が1とか2とかじゃないって結構高いなぁ……

 そしてエレベーターから少し歩いた先に扉があって、これまた驚いたのがイストワールさんが扉の近くにあった電子パネルに数字をいくつか入力してカードを読み取り機に通すと、その時初めて扉が開いたってところだろうか。電子ロック式ってハイテクだな……

 それから通された部屋は外側がガラス張りの紫のパステルカラーを基調とした可愛らしいお部屋。机があったりソファがあったりテレビがあったり。キッチンも備え付けてあって、まさにリビングでした。但し高級マンションの最上階並の広さと凄さのダイニングとリビングを兼ねたやつです。はい。

 え? この人たちってすごい人なの? お金持ちなの? って思ってたら今度はアイエフさんが説明してくれた。なんでもここ教会は女神様に仕える職員の仕事場でもあるけど、女神様が暮らす家でもあるからこういった設備が整ってるんだとか。

 確かに女神様ってことは普通の人より豊かな生活をしてるんだろうなあって思ったはいいけど、私たちが使っていいのかって聞いたら驚くことにアイエフさんとコンパさんは女神様の友人で、ちょくちょく泊まりに来てるんだとか。イストワールさんはここで暮らしているからとのこと。でも一応女神様のプライベートなところだから普通の教会職員は入ることすらできないって言われて、そんな場所に素性も知らぬ私がここにいてもいいのかって言ったら今日からしばらくの間はここで暮らすんだから大丈夫よって言われました。

 ちなみのその過程でアイエフさんはこの教会の諜報部ってところの職員なのと、コンパさんがこの教会が管理している病院で見習い看護師をやっていることを教えてもらいました。

 あ、結構すごい職業についていらっしゃられますね。一体どんな努力をしたらそんな国に直接貢献できるような職に就いたり国のトップという女神様の友達になれるんですか不思議ですよ一部の人にとっては羨ましいですよ。なんて思っていたけど、まあそこまでくると必然的に訊いてしまう質問があるわけで……

 

「あの、ここを使っていいのは分かりましたけど、肝心のここの主である女神様はどちらに…..」

「…今はここにいないのよ」

 

 そうアイエフさんは単調に言った。でも悲しそうな雰囲気は感じ取れた。どうやら地雷を踏んでしまったらしいようで。今は夕食を作ってるコンパさんや私の寝泊まりする部屋を用意しに行ったためこの場にはいないイストワールさんも同じような顔をするのだろうか。だとすれば私はこの話を自分からするのはやめよう。

 それから空気が重くなってしまったので思わず窓の向こうを見ればさっきも少し見た電気で明るく彩られた街並みが広がる。その上には街の灯りに負けないくらい輝く星たちが散りばめられていて、その中でも一番輝き、そして世界を優しく照らす少し欠けた金色とも銀色ともとれる色の月が輝いていて、綺麗で、思わず魅入られてしまって──

 

「あれ……?」

「……? どうかしたの?」

 

 私の声にアイエフさんが反応した気がするけど、私は反応なんてできなくて。

 何故か月から目が離せなくて、頭の中がぐるぐる、ふわふわ、くらくら、ぐちゃぐちゃ

 なんとかしようにもあたまがうごかなくて、ここがどこなのかわからなくなって、なのにしってるなんてわけわかんなくて、わたしはだれだっけなんてしってるのにわかんなくて、わたしはどうしてここにいるのかもわかんなくなって、なにしてたのかわかんなくて、わたしはどうしてここにいるのかわかんなくて、わたしはわかんなくて、でもしってて、おもいだせなくて、わたしは、わたしは──

 

「──っと! ねえってば! ねえ!!」

「……え?」

 

 気づいたら目の前にアイエフさんの顔があって、必死な顔をして私の肩をゆすっていた。ハッとなって周りを見ればさっきと同じ部屋。でもさっきとは違ってコンパさんとイストワールさんが心配そうにこちらを見ていた。頭はさっきまでの感覚が嘘のようにはっきりしていて、少しだけさっきの感覚を思い出すとこわかった。

 とりあえずどうしてこの状況になってるんだろ。私は確かさっきまでアイエフさんと二人で話していただけだったはずだけど……

 

「……どうしたんですか?」

「『どうしたんですか』じゃないわよ全く。あなた、いくら声をかけても返事しないし反応もしないし目の焦点もあってなかったしで心配したのよ?」

「あいちゃんの声で驚いてきてみたですが、大丈夫ですか? もしかして具合がよくなかったです?」

「あ、いえ、ただちょっと頭の中が変な感じになっただけですので大丈夫ですよ」

「変な感じです? もしかすると記憶喪失になるくらい頭を打ったみたいですから、何かしら後遺症が残ってるかもしれないですね」

「でしたら近くの病院で精密検査をしましょうか。外部の損傷は手当しましたが見えないところに記憶喪失以外の損傷があるかもしれません」

「い、いえそんな! そこまでしてもらうほど大したものではありませんので大丈夫ですよ!」

 

 っと、私としてはそんな手間を惜しんでもらうことが申し訳なくて断ろうとしたのだが

 

「ダメです! ただの眩暈だろうと頭痛だろうと馬鹿にしてはいけないんです! ここで検査しておけばって後悔することになるかもしれないんですよ!?」

「は、はい…..」

 

 コンパさんの剣幕に押されて思わず頷いてしまった。まだ少ししかいないけど、そんな私が分かるくらいほんわかした人なのに怒ると本当に凄くて怖い。それに見習いとはいえ国営病院の看護師さん。そんじょそこらの人よりも説得力が格段に違う。……でも本当に大丈夫な気もするんだけどなぁ

 

「それじゃ後で病院に行きましょうか。でもその前に食事にしましょ。コンパ、料理はできてる?」

「はいです。あとは食器を運んで盛り付けるだけですよ」

「なら手伝うわ」

「あ、私も…..」

「「あなたは座ってて(くださいです)!!」

「は、はぁい…..」

 

 二人から言われ若干涙目になりそうになったけど我慢。駄目だ、もしかして記憶がないから情緒不安定にでもなってるのかもしれない。だからさっきからテンションが下がりっぱなしなんだ。きっとそうだ。うん。……そうでも思わないと泣くよ? 泣いちゃうよ? 私。

 

「あはは……では私はあなたに色々と教えることにしましょうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「ではまずこの世界『ゲイムギョウ界』についてから──」

 

 それから食事の支度が終わるまでの短い間、ゲイムギョウ界や各国、そしてその国々の女神様のことなどをイストワールさんからいろいろと教えてもらった。それで支度が終わったらみんなで「いただきます」をして食事をした。感想、コンパさん見た目からでも女子力溢れ出てましたが、料理からも女子力を感じました。美味しかったです。やはり涙目になってしまいましたが感動の涙なので誤魔化さず「美味しくて涙が出た」と正直に言ったら嬉しそうな反応を見せてくれました。なぜかアイエフさんはコンパさんのことなのに自分のことのように嬉しそうにしていたのでそれだけアイエフさんはコンパさんのこと好きなんだなってわかりました。もうね、“思った”んじゃなくて“分かった”んだよ。しかも相思相愛だよ。友情なんだけど! 

 そして食事が終わった後は夜もそろそろ遅い時間でしたがコンパさんの働いてる病院で専用の機械を使って色々と検査してもらいました。あれだよ、専用の服を着て、台の上に寝そべって、トンネルみたいなやつの中に入るやつとかそういうの。そんな私的には大掛かりだと思うことをした結果は特に異常なし。脳に落ちた時の衝撃が伝わってたみたいだけど、だからって何かあるわけでもなく、怪我も包帯を解いてみれば跡形もなく消えていて皆さん驚いてました。じゃああの時の不思議な感覚は何だったんだろう。そう思ったけど思い出すのがこわくてやめました。

 それはともかく、私の身体には異常はなく、怪我も治っていたので後は記憶が戻るのを待つのみ。と、病院の先生からお言葉をいただきました。なんでも記憶喪失というのは思い出せなくなっただけの場合と、失ってしまった場合の何択かがあるんだとか。できれば前者だといいなぁ

 それで本当なら失った記憶に関すること、例えば行ったことのある場所とかを訪れたり、思い出話を聞かせたり、と色々やった方が思い出しやすくなるかもってことで実行したかったんだけど、そもそも皆さん私のことを空から落ちてきた時からしか知らないのでできません。

 さて、困りました。衣食住は確保されたとしても記憶と知識がなくては意味がありません。というか衣食住ってその二つがあること前提で必要とされているからな……

 え? 名前? それはまあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうそう。私の名前、『ルナ』っていうんだった。さっき思い出した」

「ってそんな唐突に!?」

「でも思い出せてよかったですぅ!」

「ですね。名前がないと色々と不便でしたから。呼ぶときとか」

「というわけで空から落ちてきたルナです。皆さん、改めてこれからよろしくお願いしますね」

「「「よろしく(おねがいします)(おねがいしますです)!!」」」

 

 何故か思い出せたのでよしとしましょうか

 はてはて、これから私、どうなるんでしょうね。記憶、戻ってくるといいんだけど……




空から落ちてきた少女、なんと驚き。記憶を失っていたのです。
そんな彼女を受け入れてくれる三人。これから彼女はプラネテューヌで暮らしていくようです。
さてさて、月と少女『ルナ』の間に何かありそうですが、それをここで話すのは野暮というもの。大丈夫、いずれ分かる日が来るでしょう。

今回も来てくださりありがとうございました。次回もまた、会えることを期待して。
See you Next time.
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