月光の迷い人   作:ほのりん

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前書き~

【祝】ハーメルン様の評価欄に色が付きました。すごく嬉しいです。嬉しくてその場で「うっしゃあ!」と声に出して喜びました。周りに引かれました。(泣)
評価してくださった最初の5人の皆さま、本当にありがとうございます。
まだまだ引き続き評価、感想お待ちしております。是非よろしくお願いします。
……一人一つしか感想を書いてはいけないなんて、いつから錯覚していた?(キリッ)

それはともかく、前回のあらすじ。
ルナちゃん死にかけから復活しました…からのパーティ脱落しました。
それがお互いのため。お互いを思い合う彼女達はこれからどうするのか。
今回は月見うどんでも食べながらごゆるりとお楽しみください。


第三十三話『月下を駆ける少女』

 しばらく泣き続けて、ようやく涙が止まったころには日は暮れ、部屋が暗くなっていた。

 けど完全に暗闇のなかってわけでもなく、先ほどの夕日とは打って変わって仄かな明かりが窓から差し込んでいた。

 月の光。

 そしていつも通りと言うべきか、その月に照らされた銀色の剣。最近、相棒の色は月の色なんじゃないかなと思い始めている。

 

「…またみっともないとこ見せちゃった」

『私になら、いつでもどうぞ』

「…うん。ありがと、相棒」

 

 前に落ち着いて見たときは紫の輝きを纏っていた。それが今は黒の輝きも纏っている。黒は決して暗いものではなくて、それどころか紫と相まって輝きがより一層増しているように見える。

 もっと近くで見たい。傍でお話ししたい。そう思って取りにいくために、布団を横に退けて降りようとして、何かがカサリ…と軽い音を立てて落ちた。何かと思って床を見ると、そこには小さな長方形の白い紙が落ちていた。

 それを拾ってみると、真っ白な面の隅に「とくべつだよ」と書かれていて、その紙を裏返して見て、驚いた。

 白に近い黄色の髪の女の子。最近友達になったあの子によく似た茶髪の女の子。夕日みたいに赤い髪の女の子。活発そうで元気な男の子。軍人らしく堅い雰囲気だけどどこか優しい男の人。黄色い髪の女の子。

 そして金と銀が混ざった色の髪の女の子。──私。

 あの次元で出会って、共に協力し合って試練を突破した人達。

 向こうでの時間は今にして思えば短くて、僅かな間だったけど、それでも私達は仲良くなった。友達になれた…と思う。

 …ううん。友達になった。それはハッキリちゃんと、言わなきゃね。

 これは最後に別れるってなった時に行った撮影会で撮った写真だったはずだけど…Nギアに保存したままで、まだ現像はしてなかったはず。

 私の荷物が置かれた場所にあったNギアのギャラリーを確認する。そこに映った一番最新の写真は向こうでの写真ではなくて、ギャラリーの写真全て確認しても、Nギアのストレージからフォルダを出して全部開いてみても、向こうでの写真は見つけられなかった。

 …そういえばワンガルーがあの次元のことを「物理的とも精神的とも言い切れない世界」とか、私達のことも「魂だけがここにいる」とか、実は向こうで再会した月光剣は張りぼてで私が思い込んだから『月光剣』になったとか。そんな話をしていた。

 ってことは、向こうで得たものは記憶や経験以外の物理的な物は持ち帰れないってことだよね。

 つまりあの時撮った写真は全部持ち帰れなかったってことか……

 あれ? でも今この手にある写真は……あぁそういうことか。

 ようやく分かった文の意味に、私は心の中で礼を言う。

 

 いろいろ私達を引っ張って、よく分かんない試練を受けさせて、最後は私達に手を貸してくれたあのぬいぐるみの姿をした人に、ほんの少しは感謝を。

 

『なんだか私の知らないうちにとても素敵な思い出を作られたようですね』

「うんっ。それに、とっても素敵な人達にも出会えたんだよ。皆人間ってわけでもなくて、半分くらいがそれぞれの次元の女神様だったりしたんだけど……」

『もしや空次元とは別の次元の方に出会えたのですか?』

「うん。月光剣は別次元の存在って知ってた?」

『はい。私や以前のマスターは訪れたことはありませんでしたが、私をお造りになられた製作者様はよく、他の次元に赴き、その地の盟友の方と交流されていらしたので、その存在は存じております』

「君の製作者って別次元にひょいひょい遊びに行けちゃう人なんだね……」

 

 前にも思った気がするけど、月光剣を作った人って本当に何者なんだろう。話を聞けば聞くほど私のなかでとんでもない人になっていってるんだけど……

 話しながら月光剣を抱きかかえ、そのままベッドへ仰向けに倒れる。金属特有の冷たさがありながらも、剣にも流れる力の温かさは、悲しみを和らげてくれる。気を許せる相手が傍にいるってだけで、乱れてた心は落ち着いてくる。

 それだけじゃない。私の心を落ち着かせるのは。

 ベッドに寝っ転がった私にはちょうど、窓の外が見えた。街の様子は遮られて見えないけど、プラネテューヌやラステイションと同じ、人工の光で彩られてるんだろう。

 けれどその光に負けないほど強く光り輝くまん丸な月。一片も欠けることなく輝くそれは、いつもより力強く、夜を照らす。周りの星なんてかすんで見えないほどだ。

 その光の一部が、私の心を慰めるように照らしてくれた。

 

「…はぁ…ふぅ…はぁ…ふぅ……よし」

 

 落ち着いた。もう悲しくないかと言われれば、そりゃまだまだずっとその感情は続くんだと思う。けど、落ち込んでばかりもいられない。

 月光剣を見て、泣いてばかりじゃいられないと思った。

 写真の、皆の顔を見て、このままでもダメだと思った。

 だったら行動しなきゃ。今までは調子に乗っちゃって私に出来る範囲を超えてたんだと思う。だったら今度は自分で考えて、出来る範囲を超えないようにする。もしそれで死んだら…もうそれは、私の責任(ミス)だ。

 

「外出の準備をしよっか。本当は駄目だけど、お医者さんや皆には内緒でね」

『はい、マスター』

 

 刺されたときに着ていた服は血がべったり付いたり、穴が空いていたりと、とても再び着れる状態じゃなかったはず。

 部屋に備え付けられてるタンスを片っ端から開けても別の服しか入っていない。そのうちの一つ(あ、もちろん私のだよ? 病院の備品じゃないからね)を手に、衣服を着替える。

 以前服を買った時に一緒に買った、いくつかの服の一つ。適当に選んだのは黒のパーカーで、フードも付いている。ズボンは前と似たやつ。靴はさすがに何足も持ってないから、まだ血の跡が残ったままのだけど…後で買っていこう。

 あと忘れ物がないように、荷物を全部持って……

 月光剣を腰に装備して、写真は御守り代わりに落ちないよう内側にあったポケットに入れて。

 

「さてと、忘れ物はないよね」

『大丈夫かと』

「なら安心」

 

 ずっと邪魔になっていた腕の針も、胸の辺りに張り付いて、無線でモニターに心拍数を伝えていた機械も無理矢理剥がす。

 ただ腕のは何もなかったが、胸のを剥がした途端、モニターからピーッ! ってけたたましい音が鳴り響く。それと同時に、画面には心拍数が0と出る。

 そりゃそうだ。剥がしたんだから、測れるわけがない。

 というかこれ、悠長に考えてる時間ないよね。確かこう言うのって、まとめて管理してる場所に連絡がいっちゃったはずだから……

 

『すぐにでも医師や看護師が駆け付けますね』

「そうだよねー。その前に外に出なきゃ」

 

 窓を開け放ち、外を見る。

 今私がいるのは…四階。暗い中辛うじて見える下は、雪がまばらに積もっていた。その先は雪を被った木々。

 見てるだけでも怖い高さだけど、今の私なら行ける気がしてしまった。それにその先が森というのも目くらましに丁度いい。

 まあ、他に道もなさそうなんだけど……

 扉の向こうから、バタバタと複数の人がこちらへ向かってくる足音が聞こえる。

 本当は許可を貰ったりしないといけないんだろうけど、残念ながら私の気持ちはもう走り始めたくて仕方ない。

 あとでお説教をいっぱいされちゃうかもだけど、それはやりたいことを終えてから。

 月に照らされて輝く私の髪をフードの中にしまい隠し、窓に足を掛ける。

 

「さっ、いこっか、相棒。幾度目かの再スタートだよ」

『はい、マスター』

 

 私が窓から飛び降りるのと、扉が開け放たれるのは同時。お医者さんや看護師さんが窓に駆け寄る頃には私の身体は地面に着地出来ていて、すぐに木々の影と夜の闇で見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで街のなかを出口めがけて走っている私なんだけど……

 

「速い速い速いぃぃ!?」

『マスター、落ち着いてください。冷静に…前方障害物有、左に避けてください』

「は、はいっ!」

 

 夜でそこそこな人通りの中、私はいつもの何倍もの速度で街を駆け抜けていた。すれ違った人の髪が風でふわっとしただろうなぁとか思いながらも月光剣の指示や動体視力を全力で駆使して、人や障害物を避けていく。

 なんでこんな青いハリネズミのゲームをリアルで体験するようなことになってるかと言うと、実は私も分かってない。

 ただ病院から抜け出して、駆け出して、余裕があったからブーストみたいに一気に力入れて足を踏み出したら、こうだ。

 今の私には有り余るそのスピードに振り回されながらも、月光剣のおかげでギリギリ誰かにぶつからずにすんでる状態。気を抜けばいつぶつかったっておかしくないわけだけど……

 

『マスター。門が見えてきましたよ』

「や、やっと……」

 

 街を守るように囲む城壁に、侵入者を阻む門。昼間は開いているだろうその扉は、今は夜だからか閉じられていて、そびえたつそれらの足元には、この間も見た門番がいた。

 

「えぇっと、止まるには少しずつスピードを緩めて……」

『一気に止まろうとしては駄目ですからね。コケますよ』

「了解です!」

 

 門の下に着くまでになんとかスピードを緩め、門の下には無事止まることが出来た。もし出来なかったら…この門に私の形の跡がついただろうね……

 

「ふぅ…ふぅ…ってあれ? あんまり疲れてない?」

「おい、大丈夫か?」

「あっ、はい。大丈夫です」

「ならいいが…って、あなた様は先日の!」

 

 私に話しかけてきたのは、前にも私に最初に話しかけてきて、身分証を見てからは態度が急に変化した門番だった。

 今もまた、相手が私だと知ると急に言葉遣いが変わった。あの後考えてみたんだけど、多分教会に住んでるってところで何らかの偉い立場にいる人だと思われたのかもしれない。実際にはただの記憶喪失で保護してもらってて、身分証に書かれたのは仮の住所なんだけど……

 

「えっと、お仕事お疲れ様です」

「あなた様こそ、お疲れ様です! って、なんだか変ですね。観光でいらした方に言うには」

「いえ、私は別に観光ではありませんでしたから……」

「そうだったのですか? ではお仕事で?」

「まあ、はい。そんなとこです」

「それはそれは。あなた様ほどの方ならば、仕事も私共が想像するよりも大変なことをなされているのでしょう」

「えぇっと、まぁ…あはは……」

 

 少し会わないだけで、どうやら彼のなかでの私のイメージは膨らんでいるようだ。私、仕事としては事務のお仕事をしたぐらいなんだけど……

 だからって否定もできない。だってさっきまで私、死にかけて寝てたんだし。

 

「それで今日はどうしてこちらに? 街の外へお仕事ですか?」

「まあはい。そんなとこです」

「もう外も暗いですが……」

「大丈夫です。なので通してください」

「…なにやらお急ぎの御用のようですね。分かりました、こちらへどうぞ」

 

 門番はそう言って、大きな門の隣にある、普通サイズの扉へと案内してくれた。夜はここが外と中を繋ぐ扉のようだ。

 今日はもう一人の冷静なほうの門番がいないな、と思いつつ門番に礼を言い、再び駆け出す。あっという間に街の光から遠ざかって、私の視界に光をくれるのは月光だけとなっていった。

 

「あれは…血、か。本当に、何やら大変なことをされていたみたいだな」

 

 

 

『ところでマスター。お出かけと仰っていましたが、一体どちらへ?』

「うん。まずはダンジョンの方へ行こうと思ってね。アイテムもメダルも力も、どれも回収できてないから」

『そうでしたか。ですがアイテムであればすでに彼女達は手に入れておりますので、マスターがやるべきは残りの二つですね』

「そうなの? じゃあそれだけ寝ちゃってたってことか。うん、そんだけ意識がなかったらああも言われちゃうよね……」

 

 ついついまた自虐的になってしまいそうになって、その考えごと頭を振る。

 もう過ぎてしまったこと。私はもう、ネプギア達には付いて行けない。

 だから自分の出来る範囲でやるって決めたんだから、それを貫かなきゃ。

 

「ところで私からも質問なんだけど……」

『はい』

「何で私、こんなに速く走れてるの?」

 

 そう言いながらも私の足は素早く動いている。周りの景色が線に見える、なんてほどでもないけど、とりあえずボ○トも驚きの速度を維持しながら距離を走ってる。

 それだけじゃない。街からここまでずっと走っている。なのに僅かな疲れさえ感じない。それどころか力が湧いて出るこの感じは……

 

『マスター。空を見上げて見てください』

「空?」

 

 そう言われて見ても、病院で見たのと同じ。いや、街から離れた分、より星が見えやすくはなっているけど、それだけ。

 何かいつもと違うことなんてないよね? 

 

『お忘れですか? マスターの力が、月の満ち欠けに影響されていると』

「…あっ!」

 

 そうか! 今日の月は一片の欠けもないまん丸。つまり満月! 

 前の新月の時は日常生活もままならないほど力が出なかったんだ。なら満月の時は……! 

 

『そういうことです。今夜はマスターのお力を存分に振るうことが出来ますよ』

「よし! ならこのフィーバータイムを何もせずに終えないよう、やれることやっちゃわないとね!」

 

 さらに足に力を入れ地面を蹴り加速する。

 ロムとラムの二人と一緒に行ったときは難所となった場所も、今は跳び越えていける。動体視力も追いついてきたのか、月光剣の声が無くても障害物を避けれるようになってきた。

 その調子を維持しながら、前は数時間かけてきた道のりを、僅か十分前後で駆け抜け、ダンジョンへと着いた。

 月明かりに照らされたその場所は前に来た時と変わらずにいて、ただ変わったのは、戦闘の痕がまだ残されていて、一部の雪が未だに赤く染まっていること。

 その雪の部分が、私の倒れた場所で、赤いのは私の血なんだけどね。

 …そういえば聞いてない。私の意識が無くなった後どうなったのか。

 あの敵を前に、ロムとラムがどうしたのか。その後どうなったのか。

 正直、あの敵は今まで会ったどの敵より強い。悪いけど、二人が女神化したとしても相手できるような強さじゃないのは感じた。

 なら二人を、その…殺すことだって、出来たと思う。それに、私にとどめを刺すこともなかった。

 私が死にかけるほどの怪我を、気配を寸前まで感じさせずにやり遂げておいて、何がしたいんだろう。

 …殺すことが目的じゃない? じゃあ後は何がきっかけで……

 あっ、そういえばリンダを捕まえてた。もしかして、リンダの救出が目的だったのかな。

 そうなると、あの敵は犯罪組織の組員で…肌で感じた強さじゃ、幹部クラスは間違いないね。

 …あれが幹部って、大丈夫かな。強すぎると思うんだけど。それにその上の存在…犯罪神はあれよりもっともっと強いんだよね。

 最終的にあれと戦うってなったら、私絶対死ぬよ。ダメじゃん。道中生きててもラストで死んじゃうじゃん。アウトだよ。アウトすぎて怖いよ。

 それに、ネプギア達だって今のままじゃ……

 

『残念ですが、今の彼女達では太刀打ちできないでしょう。しかし彼女達も馬鹿ではありません。強くなるために鍛錬を重ねるでしょう。それはマスターもお傍にいて存分に分かっておいででは?』

「…そうだよね。うん、私が心配することじゃないよね」

『はい。ですのでマスターは、マスターのやるべきことを』

「…わかった」

 

 正直言えばまだ心配。だけど、私には心配することしかできないから。手を貸せば、足手まとい。アイエフさんにだってそう、ハッキリ言われたんだから。

 気持ちを切り替えて…は完全には出来ないけど、それでも今できることをする。

 前は気付かぬうちに、その前は意識してやったことを、もう一度。

 

「──てぇいっ!」

 

 何もないはずのその空間を切るように、剣を振るう。

 するとプラネテューヌの時と同じ現象が起こり、やがて周りに漂っていた力が全て剣のなかへと回収されていった。

 ひとまず力の方はよし。次はマナメダルだけど……

 

「ねえ月光剣。このダンジョンにまだメダルがあるかどうかって、分かったりしない?」

『申し訳ありません、マスター。残念ながらそのような機能は私には搭載されておらず……』

「そうだよねー」

 

 リンダを捕まえたって話も聞いてない。ってことはやはりリンダはあの敵に助けられたか、自力で逃げ出したか。どっちにしても、ここへ戻ってメダルを探しただろう。

 なら良いのは、リンダはメダルを見つけられずにこの場を去ったか、まだ探してるか。

 悪いのは、すでにメダルを見つけ去ってしまったか。

 せめて良い方がいいんだけど……

 

「…『エリアサーチ』」

 

 そう名付けたのは、今の私が使える数少ない魔法。以前からたまに使っていた、魔力を薄く伸ばして広げて、周りに何があるか調べる魔法に名を付けたもの。名前を付ければ、その魔法をイメージして起動しやすく、使いやすくなるからってことで名付けた。

 その範囲はそこまで広くない。私を中心に円形状に広がるそれは、目の前にあるダンジョンの半分も覆えない。…はずなんだけど。

 

「ダンジョンも周りもすごい広い範囲で覆えてる気がするんだけど……」

『はい。今夜はマスターの魔力も増幅していますからね。これくらい朝飯前です』

「そりゃ夜だから夕食食べたらその次は朝飯だけど……」

 

 って、そうじゃない? ツッコむとこあるって? 

 なんだかもう、満月だからって言葉で済ませれるんじゃないかなって思えてきたから……

 

『ただし私がいないときにやっては駄目ですからね。本来であれば情報量が多く、今のマスターの脳では処理しきれず倒れてしまいます。今は私というフィルターを通すことで、必要な情報のみをマスターに届けることが出来ているのです』

「なるほど。…やっぱり月光剣がいないと大きな魔法も使えないんだね……」

『全ての力を取り戻すまでの辛抱ですよ、マスター』

 

 だよね。辛抱辛抱……

 

『ところでマスター。○時の方角、○○○m先に人の気配がします』

「え? …本当だ。これって…犯罪組織!」

 

 月光剣に言われた方向へ意識を集中してみると、確かに人の気配がした。

 ただ普通の人って感じじゃなくて、なんというか、犯罪組織の組員が漂わせてる暗い気配を纏った人間。

 数は…一人。

 この付近にいて、さらに一人でいる。

 それって、もしかしたらまだ間に合いそうってことだよね。

 

『どうしますか?』

「どうするもこうするもないよ。ダンジョン探索は後でもいいんだから、僅かな希望ぐらい先に確かめなきゃ!」

 

 再び雪の道を走る。目的は勿論、その人物! 

 

「──くっ。こんなんならスノーモービルでもどっかから奪って──ん? なんか変な音が……」

「見つけた! やっぱり君だったね、リンダ!」

「は? ハアアア!? なな、なんでテメェがここに!? ま、まさか幽霊か!? さっさと成仏しやがれ!」

「勝手に殺さないでよ! 生きてるよピンピンしてるよ!」

「あれだけの血を流しときながら生きてるって、お前バケモンかよ!」

「普通の人間だよ! ちょっと不思議があるかもしれない程度の人間だよ!」

「それは普通の人間とは言わネェ!」

「ぐぅ…い、一理ある……けど、だからって手加減しないから!」

「チィッ! なにがなんだかわかんネェが、テメェ一人ってんなら今度こそブッ殺してやらァ!」

「また倒れるのは君だよ、リンダ!」

 

 

 

「成敗!」

「ぐあぁ!」

 

 前の戦闘だと、一時間以上かかってたっけ。

 今回は……

 

『三分です』

 

 ん。さすが満月パワー。圧倒的強さ! 自分が自分じゃないみたいだね! 

 

「な、なんで…テメェ少し見ないだけでそんな強く…はっ、まさかテメェサ○ヤ人か!?」

「なんで!? そりゃ君から見たら私は、死にかけた後に強くなった人だけど、私は戦闘民族じゃないよ!?」

 

 髪の毛だって黒じゃないし、スーパーな方になったときの金髪だって…はっ、私金色混ざってた! 

 

『いえ、マスターはきちんとこの次元で生まれた存在ですからね?』

「だ、だよねー……」

「くぅ…こうなったら……」

「何かする前に縛る!」

「イッテ! テメェ何すんだゴラ!」

「エル君の時みたいにモンスターを出されても困るからね!」

 

 前に使った分の他にもまだまだロープはあるんだよ! 

 

「ぐぅ…また捕まってたまるかぁ!」

「ちょっ、暴れないでよ! こうなったら……!」

『ダメですマスターそれは!』

「へっ?」

「──ぐあああああ!!」

 

 月光剣が止めたときには遅く、私の指先がリンダの首に触れた瞬間、ものすごい叫び声をあげ、その後ピクッ、ピクッとしかしなくなったリンダ。

 ペチペチと頬を叩いても反応はなく、目は開いているものの焦点はあってなくて、意識はあるみたいだけど朦朧としてる。

 これってどういう……? 

 

『今のマスターは普段よりも力が増幅しているのです。なのに普段と同じような感覚で魔力をお使いになれば、想像していた威力の数倍となって発現するのですよ』

「ってことはつまり……」

 

 ちょっと電気で痺れさせるつもりが、威力が大きくなって電気ショックを浴びせてしまった……? 

 

「ね、ねぇ、月光剣。もしそれって、私がその電気ショックを浴びせようとする感覚でやってたら……」

『この人間は真っ黒に焦げていたでしょうね。そうでなくても今のでも十分可能性はありましたから。制御がギリギリ間に合ってよかったです』

「そ、そうなんだ…あは、あはは…はは……」

 

 ──怖い。

 強い敵と戦うのも怖い。強い力を持っているから。

 けど自分にその力があれば、怖くなくなる。だから大丈夫って、そう思って。

 なのに、実際その力が手に入ったら、使い方をほんの少し誤ったら、こんなにも怖いものだったんだ。

 私は今、目の前の人の殺しかけたんだ。

 

 この力がもし、友達に向いたら? 

 もし友達の命を、奪ってしまったら? 

 今回はよかった。相手が犯罪組織の人だった。月光剣が何とかしてくれた。

 けどその次は? もし相手が友達で、月光剣がいなかったら? 

 

「っ……」

 

 力を持つって、こんなにも怖いことだったんだ。

 こんなに怖いなら私、やっぱり強くなれない──

 

『何弱気になってるんですかマスター!』

「っ、月光、剣……?」

『その力はマスターのもの。マスターが扱っていた力です。記憶を失ったとしてもマスターはマスター。なら今のマスターにだって扱えます! 今は私の説明不足で誤ってしまいましたが、今のでよく理解出来ましたよね。ならば次からは誤ることはない。そう、自身を信じてください』

「で、でも……」

『大丈夫です。例え貴女が自身を疑おうと、私はマスターの味方です。ですからマスターも、私を信じてください。私がマスターを信じているということを』

「月光剣……分かったよ。信じる」

 

 月光剣はいつだって私を助けてくれた。なら信じなきゃ。相棒はいつだって私の味方なんだから。

 

 少しごたごたがあったけど、ちゃんとロープでリンダを縛って…って、もう縛る必要もなさそうだけど。

 ともかく縛り上げた私は、彼女の服を探った。リンダがあのダンジョンの近くに居たってことは、きっとアレを見つけたばかりで、それをどこかに持ってこうとしてたと思うから……

 ごそごそとポケットに手を突っ込んであれでもないこれでもない、とやって、ズボンの右ポケットに手を入れると、何やら固いものが。さっきから中に入ってた固い物は通信機とか鍵とかだったりしたんだけど、これは…薄い…丸みがある…ってことは! 

 

「これだー!」

 

 なんて言いながらポケットから取り出したそれは、小さな円盤状の金属。その表面には変な模様が書かれていて、真ん中には真っ白な宝玉が埋まっていた。

 その形も特徴も輝きも、まごうことなきマナメダルである。

 

「うんっ、今度は当たり!」

 

 真ん中の宝玉は本当に埋まってるというか嵌ってるようで、メダルをかかげて下から眺めると、影になった黒い輪っかに、宝玉が月の光を通していてとても綺麗だ。

 宝玉から見る夜空は少し白くなっていて、月も覗いてみるといつもより白く見える。

 もしこれがプラネテューヌのやラステイションのだったら、それぞれの色を介した景色が見えたのかな。

 

 そう少しばかり感動していると、足元で何かが動いた。

 急なことで、恐る恐る下を見ると、なんと、電気ショックでしばらくは動けないと思ってたリンダが僅かにでも動こうともがいていた。

 あの叫びを聞く限り、電気ショックはそこまで弱いわけでもなかったはずなのに……

 

『恐ろしいですね、この人間。恐ろしいほどタフです』

「ま、まあ女神候補生のネプギア達と何度も戦って、なのに一度も捕まってないんだし…運もあった場面もあるんだろうけど、元からこの人の頑丈さがすごいんだろうね……」

「…か…えせ……」

「むり」

 

 まだ上手く動かないのか蚊の鳴くような声だったけど、周りも静かだったことで聞き取れたその声に私は即答する。

 当たり前だ。これを犯罪組織がどう扱うか分からないけど、それでも渡しちゃいけないものなんだから。渡さないし、持ってたら奪うよ。

 

「…力加減が出来なかったのは謝るけど、これを君から奪うのに、悪いとは思わないから」

「………」

「じゃあね」

 

 ロープで縛りはしたけど、彼女を連れて教会に行く気はない。教会はまだ少し苦手だし、もしばったりネプギア達に会ったらって思うと、どんな顔をすればいいのか分からない。だからここに置いてく。多分彼女の仲間がまた助けに来るだろうさ。

 それに、もう会うことは無い。そうは思わないし、今回のことで恨まれて、次回いきなり襲い掛かられても別にいい。これはネプギア達のためになることなんだから。

 

「…へ…へへ…もう…おそ、い……」

「…“遅い”? どういう意味?」

「へっ、へへ……」

「ねえ、どういう意味? ねえ。ねえってば。答えてよ!!」

 

 まだ力の入らないリンダの胸倉を掴み、揺さぶる。リンダの表情筋はまだ麻痺して力が入らず、だらけきった顔だったけど、その目だけは違う。睨みつけたその瞳には、絶望や希望といった感情は見えない。ただ見えるのは、嘲笑うかのような感情。

 さっきの言葉とその瞳は私の心を苛立たせると同時に、嫌な予感を駆け巡らせた。

 続きの言葉を聞きたくても、彼女はただ笑うような目をするだけで何も言わない。それがまた更に私の心の怒りを滾らせる。

 こうなったら、無理矢理にでも話してもらうしか……

 

『──っ! マスター! 前方○○km、敵個体確認! 数、およそ100!』

「なっ!? 100ってそんな大群…種類は分かる!?」

『分析開始……完了。敵軍のうち100体は殺戮兵器(キラーマシン)。残り人間10名、別種モンスター1体』

「キラーマシン…っ! そんな…もう街に進軍するなんて……」

 

 せめてもう少しかかると思ってた。…いや、思っていたかった。

 けどその思いなんて、敵の知ったことではない。そんなの、考えなくてもすぐ分かることなのに。

 それにキラーマシンが動いてるってことは、まだ再封印が出来てないってこと。ネプギア達は今、ダンジョンにいるか、ゲイムキャラを完成させていないか……

 どっちにしろ、街へ着くまでの時間稼ぎが必要だ。その時間は、ネプギア達の状況によるんだけど……

 

『マスター。今は非常事態です。私情を入れてる場合ではありません』

「…だよね、うん」

 

 Nギアを取り出し、画面を付けるとネプギアやアイエフさん達から着信が来ていた。

 多分病院から連絡がいったんだ。気づかなかったのは…あっ、着信音切ってた。

 数分前にもコンパさんから来てる。ってことはまだ……

 できればもう出発しててほしい。そう思いながらもネプギアの電話番号を選び、発信する。

 数回のコールの後に、ネプギアは驚いたような、心配してるような声で電話に出た。

 

『ルナちゃん!? 今どこにいるの!? 病院からルナちゃんが消えたって連絡が──』

「その話はあと。まずネプギア、聞いて。キラーマシンが街に迫ってる」

『へ? …えぇっ!? キラーマシンが!?』

「数は100体。あと構成員の幾人かと、別のモンスターが1体。今は街から○○の方向、○○km離れた場所にいる」

『ま、まって。ルナちゃん今どこにいるの?』

「…下っ端の横、かなぁ」

 

 この場所の名前なんてあるかどうかも分からなかったから、つい目に映ったことで答えた。ただし、下っ端は未だに麻痺で倒れてます。

 たださっき言った敵軍と街の距離は合ってるはず。さっきまでいたダンジョンから数百m離れただけだから。

 

「ネプギアの方こそ今どこ?」

『今はまだ教会で、さっきゲイムキャラの修復が終わったところで……』

「なら出来るだけ早く準備してダンジョンに向かって。それと教会に頼んで軍でも何でもこっちに向かわせて。この量相手に時間稼ぎするには私だけじゃ力が足りない。ただちゃんと準備するまでの時間ぐらいは稼げるから、ちゃんと準備させてね。ヘタに突っ込めばこれ、確実に死ぬから」

『ダ、ダメだよルナちゃん! 戦っちゃダメ! キラーマシン相手なんて、そうしたら今度こそルナちゃんはっ……!』

「大丈夫。ひとりでは戦わないよ」

『本当に? だったら私達が行くまで絶対に戦っちゃダメだからね!』

「うん。善処はするよ」

『善処じゃなくて絶対に──』

「ごめんね、ネプギア」

 

 ネプギアの言葉を遮り、言って、返事も聞かずに通話を切った。

 「善処はする」。うん。善処はするよ。その上で、私はやるからね。

 だって、ね? 

 

『…マスター』

 

 私はひとりじゃない。

 月光剣がいる。相棒がいるなら、ひとりじゃない。

 

 下っ端は…うん。置いて行こう。今優先させるべきは、向こうの敵軍なんだから。

 わざわざ持って街まで戻るのも時間がかかるしね。

 それに、また捕まえる機会はあるでしょ。

 

「目標はあっちの方だっけ」

『はい』

「了解」

 

 一度低い姿勢になって、足に魔力を含めた力を込めて、地面を蹴る。後はそれの繰り返し。

 走っているうちに感覚で覚えた走り方。今は横に移動する力で動いているけど、もしこれを上に向けたら、とっても高いジャンプができるんじゃないかな。やったところで着地できるかどうかわからないからやらないけど。

 なんて考えながら、ただひたすらに走る。あとほかに考えたことは…そうだな。私が死んだあとどうなるかな、ぐらいかな。遺体が残る死に方だったらいいな。でも遺体の処理にお金がかかっちゃうかな。だったら遺体がなくてもいいかな。…なんて。

 今日もルナのネガティブキャンペーンは続いてますよっと。

 

「まあそんなこと考えても無駄なんだけどね。だって私、その状況だと死んでるし、そもそもその状況にならないかもだし」

『今のマスターはフルパワーに近い状態ですから、そんな状況になる可能性は限りなくゼロに近いですね』

「なら安心して挑めるね」

 

 前方に敵の姿を目視しながら私は笑った。普通の楽しくてとか嬉しくてとかじゃない。ただちょっと、また私、死にかけるようなことするんだろうなって思ったら、つい可笑しく思えたから。

 足を止めたのは、集団の前。少し声を大きくしないと聞こえない程度の距離。

 隊列を組んでいた集団は私に気付いた時点で止まっていた。そして私が足を止めると、集団の前方から巨体のモンスターが前に出た。

 

 

「うむ? 女神かと思えば…人間の女がなぜひとりでいるのだ?」

「たまたまひとりで行動してたからだよ」

「そうか。ならば我々を避け、行動を続けるといい」

 

 そういう彼? の姿は、ハッキリ言って気持ち悪い。丸々とした巨体に、口から外に飛び出た光沢を放つ舌。ギョロギョロとした可愛いを通り越して気持ち悪い大きな目。

 自分の悪いとこは自虐して、誰かの悪いところはあんまり言わない私だけど、こればかりは申し訳ないけど凄くそう思ってしまう。

 まあそんな容姿は、今は関係ないんだけどね。関係なく、倒す。

 その巨体に纏ってる力は、リンダが纏っていた力が実は薄まっていたものだと思えてしまうほど濃厚で、気持ち悪い。本能的に否定したくなる。

 そしてそれを纏っているのは、犯罪組織の人だから、より濃いその力を纏ってる彼は、きっと幹部クラスだと思う。

 もしかすると、四天王の一人かも知れない。なら余計に、倒す気でいかないと。

 

「残念ながらそれはできないよ」

「む? なぜだ」

「それはね、私が君達を倒すためにここに来たから。君達を避けたら、目的が果たせないよ」

「ククッ、アクククク! たったひとりで我々を相手にするとは…勇気と蛮勇をはき違えてはいかんなぁ」

「悪いけど、勇気も蛮勇もないんだ。あるのはただ一つ。覚悟のみ」

「ふむ。ならば街へ行く前にひとつ片付けるとするか」

 

 そう彼が言うと何か指示を出したのだろう。キラーマシンの何体かが待機していた姿勢から臨戦態勢に変わった。見るに、構成員と思われる人間は隊列の後ろに下がっている。

 そして彼もまた後ろに下がり、入れ替わるように臨戦態勢だったキラーマシンが出る。

 私もまた剣を鞘から抜き、構える。身体全体に魔力を通して、どこからでも魔力をだせるようにする。

 正直、怖い。満月で私の力が強くなってるからって、その上限が分からないから、この敵相手にどこまで出来るかも分からない。ネプギアには準備時間ぐらいは稼ぐって言ったけど、彼らがここまでくる前に倒れてるかもしれない。

 けどやらなきゃ。やらなきゃ、街が壊される。あの門番達の。ラーメン屋の店主の。ミナさんに、ロムとラムの…大切な場所が壊される。彼らが殺される。

 そう考えたら後には引けなくて、引く気も失せた。

 それに、かつての私はゲイムギョウ界を守る存在だった。

 なら、今の私だって守ってやる。守りたい人を、場所を、出来る範囲で。

 そして今は、出来る範囲だと思ったから。

 

「あ~あ。こんなに月も輝いてるのに。永い夜になりそうだよ」

 

 そう言いながら私は、不敵な笑みを浮かべた。




後書き~

次回、戦闘シーン…カットするかしないかお悩み中です。
ちなみに下っ端は、自力で麻痺から回復して逃げました。
それではまた次回。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの
・『月下を駆ける少女』
映画『時をかける少女』になぞって。月光を浴びながら駆けるルナの姿はきっと、その髪が輝きながらたなびいて見えたでしょうね。パーカー?風で既に外れましたとも。
・青いハリネズミのゲーム
ソニックシリーズですね。そのなかでも街の中を走っていたソニックワールドアドベンチャーを意識しました。矢印のヒントの代わりに月光剣の案内を。
・ボ〇ト
まだ彼の記録は更新されてないと聞きます。人類最速の選手ウサイン・ボルトさんのことですね。
・「~サ○ヤ人か!?」「~死にかけた後に強くなった~」
ドラゴンボールに出てくる主人公の種族でもおなじみサイヤ人です。彼らは死にかけるほどの怪我をしてから復活すると、怪我をする前よりもパワーアップするという特性を持ってます。さすが戦闘民族。
・「大丈夫です。例え貴女が自身を疑おうと、私はマスターの味方です。ですからマスターも、私を信じてください。私がマスターを信じているということを」
アサシンズプライドから暗殺教師クーファ・ヴァンピールが教え子であるメリダ・アンジェルにかけた言葉を少し変えて。シリアスにメタは駄目らしいですけど、これくらい許してください。
・「こんなに月も輝いてるのに。永い夜になりそうだよ」
東方紅魔郷から、六面ボスレミリア戦での博麗霊夢の台詞。ルナというキャラで物語を進めていく時、絶対どこかで入れたいと思っていた台詞を入れれました。やったZE☆

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