月光の迷い人   作:ほのりん

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前書き~

前回のあらすじ。
ルナちゃん敵に突っ込んで、いっぱい戦って、捕まっちゃったって時に颯爽と助ける女神候補生様パネェ!
…おや?ルナちゃんの様子が……
あ、進化じゃないです。Bボタン連打しても何も起こらないですよ。
そんなこんなで今回はメロンを食べつつ、ごゆっくりとお楽しみください。


第三十五話『まよなかのあかり』

 ネプギア達三人はゲイムキャラと共にダンジョンに。

 ロムとラムは何故かここに残った。

 …いや、なんでかは分かってる。一人で戦おうとする私を心配してるから。それはネプギアも同じだったし、言葉にはしてないけどアイエフさんとコンパさんも同じ。

 その心配をあんな言葉で返したのは、自分でも驚いた。

 けど言葉を取り消そうとも言い繕うとも思えなくて、その後に言ったことも間違ってるわけじゃないから。

 別々に行動した方が早いし、例えネプギア達がこの場に残っても、残りのキラーマシンとあの変態を全て倒せるとは思えない。…あんまり思いたくもないけど、あの変態は特に強いから。

 まあ物理特化の三人より、魔法特化の二人が残ってくれたのは正直頼りになる。…何故かあの変態はロムとラムのことが好きみたいだし、少しは注意を引けるかも。

 あ、あれ? なんか二人に危険が迫って来てる気がする…こ、こうなったら今更でもやっぱり一人で大丈夫って言って二人にはこの場を離れてもらった方がいい……? 

 

「ハァッ、ハァッ、幼女女神が二人も…これはペロペロしちゃってもいいのかな!?」

「うぅ、きもちわるい」

「わたし知ってるわ。あんたみたいなの、変態って言うんでしょ? そんなやつ、わたしたちにかかればよゆーで倒しちゃうんだから!」

「アククッ、吾輩は変態は変態でも、変態紳士である!」

「どっちにしても変態だよね……」

 

 うん、本当にあれと二人を戦わせるのは(物理精神どっちの意味でも)危険だよね。

 かといってモンスターの方も数が多いし……

 

『マスター。以前使われた力をお使いになられては?』

 

 前に使ったって…なんだっけ。

 

『モンスター『エル君』を移動させる際に紫の女神候補生とユニ様にお使いになられた、あの力です』

 

 あっ、あー、分け与えるやつだっけ。

 うん、それなら今の魔力量でも足りるね。よし、

 

「ロム、ラム。二人とも手を貸してくれる?」

「いいわよ!」

「うん…! なにをすればいいの……?」

「あぁ違う違う。手助けのほうじゃなくて…いやそれもなんだけど、とにかく私の手に触れてくれないかな?」

 

 意味を勘違いした二人にちゃんと主旨を伝えて、触れてもらう。

 うん、いいよ、月光剣。

 

『はい。それでは、エネルギー送填開始……完了。この場において最適だと思われる量をお二方にお渡ししました』

 

 うん、グッジョブ! 

 

『お褒めに頂き光栄です』

「…よし、もういいよ二人とも。……二人とも?」

 

 エネルギーを渡し終えて二人に声をかけた。けど、何故か手が重なってる部分をぼーっと見続ける。

 反応のない二人に、とりあえず触れてる手を離してみると、ようやく二人とも反応し始めた。

 

「…いまの、なに?」

「何って、ちょっと私の力を二人に渡しただけだけど……」

 

 触れていた自分の手を見ながら質問するラムにそう答えると、二人は顔を近づけて小声で話す。

 

「…ラムちゃん、今のって……」

「うん…似てた。すっごく」

「でも、どうして?」

「わかんない。けど、よく見ればお顔とか似てるかも……」

 

「あの、二人とも。この距離だと普通に聞こえるよ?」

 

 内緒話をしたいから小声なんだろうけど、この距離だからぎりぎり内容が聞こえてる。

 まあ聞こえててもよく分からない内容だったけど。

 

「まあいいわ。とにかくこの力であいつらをギッタギタのボッコボコにしてやればいいのね!」

「いっぱいやっつけて、ルウィーを守る!」

「うん、そうなんだけど……まあいいや。とりあえず二人ともキラーマシンをお願いね。アレは私が相手するから」

「ええ! いくよ、ロムちゃん!」

「うん! ラムちゃん!」

 

 二人に質問しようとして、今はそれどころじゃないって思ってやめて、キラーマシンの方をお願いする。

 これで二人の身は守られるはず。それにキラーマシンなら物理より魔法に弱いの、さっき戦ってて分かってるから。

 

 それぞれの相手を決めて、すぐに私達は動く。

 二人は飛んで、私は駆けて相手に迫る。

 

「むむっ、幼女がこちらへ来る! これは絶好のチャンスなのか!?」

「悪いけど、君の相手は私だよ!」

「ふん、年齢二桁以上のババアに用などない!」

「バっ!? き、君の中の価値観を否定する気はないけど、それは横暴じゃないかな!?」

 

 私が振った剣を、あれはそう言って舌で流す。

 バ、ババアって、私そんな年老いて見えないよね!? まだまだ成長期ってぐらいに見えるよね!? 

 てか二桁って10代から!? 

 

「横暴などではない! 幼女こそ吾輩のジャスティス! 異論は認めぬ!」

「か、可愛いは正義と同じ感覚なのかなぁ……」

 

 こちらは剣を、向こうは舌を振るっている様は一応激しい戦闘にはなっているのだけど…交わす言葉の内容がなぁ……

 あとごめんね、月光剣。君を舌と相手させて……

 

『ご心配なく。我が身は剣。気持ち悪いなどという感覚はございません。…ですがなるべく早く片付けて刀身についた粘液を水で洗っていただけると嬉しいです……』

 

 わああごめんね! なるべく受け止めずに躱すからもう少し我慢してね! 

 

「やぁッ!」

「ぐぬっ」

 

 最後の一振りに電気を纏わせ、さっきから邪魔する舌を斬りつけ飛び退く。

 見れば、舌の動きがぎこちない。

 よし、効いてる。ならもっとだよね! 

 

「『プラズマラッシュ』!」

 

 さっきより電力を上げて何度も斬る。上に下に右左って。

 さっきまでなら舌で受け止められちゃって本体にダメージはいかなかったけど、今はその舌が痺れちゃってるもんね! 

 

「アクク…この程度、どうということはない!」

「そんなのやせ我慢…でもなさそうだね……」

 

 確かに痺れさせたりダメージを与えたりも出来るんだけど、本人の言う通り総合的なダメージはそれほど多くはなさそう。

 塵も積もれば~って言うけど、この場合はそれだとこっちが先にダウンしちゃうし……

 せめてもう少し手数が欲しいけど、魔力の残りも少ない。この場にいるのは私と二人だけ。その二人もキラーマシンに割いてるし、二人をこっちに回すのは出来ない。そうしたらキラーマシンの相手が誰もいなくなっちゃうからね。

 そうなると結局、ネプギア達がゲイムキャラと封印するまではこの状態が続くのか……

 …うん。やっぱりネプギア達を先に行かせて正解だったね。

 

「えいっ! やぁっ!」

「もう一発、いっけーっ!」

 

 向こうは次々と氷を作り出しては放ったり、氷の檻に閉じ込めて壊したりして、少しずつではあるけど倒せてる。前に見た時よりも高威力なのは女神化してるからか、私の力を分けたからか。多分その両方だね。

 とりあえずこの状態がいつまで持つかは分からないけど、すぐにどうこうなることはなさそう。

 

「むむっ! お前達! 相手は幼女だぞ! 戦うのは仕方ないにしても幼女に傷をつけぬようもっと加減せい!」

 

 …訂正、ネプギア達が目的を果たしてくれるまで持ちそう。というか二人より先に私がダウンしそう。

 

「…今回これが相手で、二人が残ってくれたの、幸運だなぁ……」

 

 あと二人をこれと戦わせずキラーマシンに回した過去の私、グッジョブ! 

 

「ぐぬぬ…このままこうしてはおれん! さっさとこんなババアを倒して幼女のもとへ行かねば!」

「…いや、ね? さ、さすがの私も、そういうのを気にしたりもするから、さ。そう何度も言われると、ねぇ……」

 

 肌にぴりぴりとした何かを感じる。

 そして空にはまた、黒い雲が集まり出した。

 パチッと何かが弾けるような音があちこちから何度もする。

 その音と共に、小さく短い光の線が、私の周りで光っては消える。

 

 やっていい? やっていいよね? てかやっちゃうね? 

 

『マスター』

 

 何? 

 

『ここはひとつ、ガツンと』

「…うん。殺ろう」

 

 月光剣の言葉に力み過ぎていた身体から力を抜き、そしてまた全身に、今度は入り過ぎないよう、力を込める。

 同時に魔力を手足に集中させて、強化して、前へ──跳ぶ。

 瞬間、ドンッという地面が凹んだ音、ビュッと風を切る音、ガンッと剣と防御壁がぶつかる音、その三つが、一斉に私の耳に入り込んだ。

 

「なっ、邪魔をするでない!」

「いいや邪魔するよ。というか私が見てるとこじゃ、二人に指一本触れさせはしないからね!」

「くぅ…幼女がすぐそこにいるというのに!」

「触れたいなら心入れ替えて悪さしなくなってからにしてねこのど変態ロリコン!」

 

 

 

 

 

 気合いを入れ直してさらに戦うこと数十分。私達の耳に、ドドドドドッと轟音が聞こえ、その音は街の方角からこちらへ近づいてきていた。

 

「むっ、増援か!?」

「あっ、あれルウィーのマーク!」

「みんな、来てくれた!」

 

 何もなかった雪の上を走り近づいてくるのは、雪のように真っ白で角ばったいくつもの種類の戦車。

 それらは一定距離近づくと一斉に止まり、一番前の一番大きな戦車の上が開いて、中から一人の男性が上半身を外へ出した。

 

「ロム様、ラム様、そしてご友人殿! 我々ルウィー軍一同、敵殲滅のため、全力で助太刀いたします!」

「ありがとう、みんな!」

「それじゃあみんなで倒すわよ!」

 

「「「「ゥオオオオオォォォ!!」」」

 

 男性の声はスピーカーを通して私達に伝わった。

 けどその後のラムの呼びかけに答える声はスピーカーを通してないのにとても大きくて、「皆さん本当に車内にいるんだよね? 実は窓とかついてて開いてるの?」と聞きたいくらい勢いのある声で、すぐに戦車はそれぞれの役割で動き始める。

 遠くから狙うもの。近付くもの。動きながら撃つもの。

 完全に遠距離中距離の戦いになって、私も早々にあれから離れてリーダー格っぽい戦車に近付いた。

 

「ご無事ですか、ご友人殿」

「はぁ…はぁ…、はい。大丈夫です」

「それはなによりです。ところでご友人殿。見たところお疲れのご様子。よろしければ後ろでご休憩なさってはいかがでしょうか」

 

 さきほどの男性…おそらくこの部隊の隊長にそう言われ、先ほどまで私がいた場所を見る。

 そこはすでに荒れていて、あの変態も防御壁を張るだけで何もできずにいた。なにかやろうとしてもロムとラムが空からそれを制す。キラーマシンも戦車に向かって攻撃をするけど、戦車は擦り傷を負う程度で戦闘不能には陥らない。

 完全にこちらが有利だった。

 

「…そう、ですね。私は先に休んでます」

「はい。後ろに救護班が待機しています。どうぞそちらに。後のことは我々にお任せを」

「はい。…ありがとう、ございます」

「いえ。これが我々の仕事ですから」

 

 この場に近距離戦しかできない私はいらない。魔力ももうこの場で役立つほどは残ってない。そしてもう皆さんだけでも殲滅できる。あと少しすればネプギア達がキラーマシンの動きを止めてくれる。

 ならばもう下がろう。そう考え、後ろに下がろうとして、一つ伝えるのを忘れていることに気付いた。

 

「あ、あの。敵はモンスターだけじゃなくて、人が10人くらいいたはずなのですが……」

「了解しました。全部隊にそう伝え、発見し次第回収、拘束させていただきます」

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 伝えることも伝え、彼らの後ろへと歩く。

 その途中、ふと後ろを振り返ってみれば、変わらず有利に戦う彼ら。

 心配していたことは杞憂で、もしかしたら私が足止めをしなくてもちょっと街との距離が近づくだけで平気だったかもしれない。

 それなら私のしてきたことはもしかして、いらぬ世話だったのかもしれない。

 もしかしたら私は、一人で勝手に暴走して、その挙句皆に心配や迷惑をかけただけ。それだけだったのかもしれない。

 そう思ったら無性に恥ずかしくて、悔しくて、悲しくて──怖くなった。

 だから私はその場を駆け出した。

 途中救護班と思わしき人達に声をかけられても無視して、ただただ街の方角へと。

 

 

 

 

 

 少しして街が見えて、教会が見えて、中に入った。

 周囲は既に明かりを消してる中、教会はずっと明かりを灯していて、中に入った途端出くわしたのは、皆の帰りを待つミナさんだった。

 

「っ、ルナさん! よかった、ご無事だったのですね。…他の皆さんは……?」

「ネプギア達はダンジョンに。ロムとラムと軍の方たちはキラーマシンの方を相手してます」

「そうでしたか。…では、なぜルナさんだけが……?」

 

 その質問は私の中の後ろめたさを感じさせて、私は伏せ気味に答えた。

 

「もうあの場に私はいらない。そう判断しました」

「そうでしたか……。何はともあれ、ご無事でよかったです。ロムとラム達も大丈夫そうですし、ルナさんは先に医務室へ行きましょう。傷を治療しなければ」

「いえ、その必要はありません。すぐ出て行きます」

「えっ…それは、どうして……」

 

 ミナさんの疑問に答えず、私は月光剣からアイテムを取り出して、ミナさんに渡す。

 

「これ、ルウィーのマナメダルです。取り返してきました」

「まあっ。ありがとうございます! おかげでこれが敵の手に落ちずに済みました。なんとお礼を言っていいやら……」

「いえ、いいです。では私はこれで。ネプギア達によろしく言っておいてください」

 

 そう社交辞令を口にして出ようとして、「待ってください!」と呼び止められた。

 そしてミナさんはその手に持っていた一冊の本を、私に渡した。

 

「これは…あの本……」

「はい。内容、読ませていただきました。中にはルナさんの持つ月光剣について書かれていて、これはルナさんが持っているべきだと思いましたので、お返しいたします」

「月光剣について……」

 

 これを読めば、もう少しこの子について知ることができるかもしれない。

 

「わかりました。…お返しいただき、ありがとうございます」

「いえ、私のほうこそ読ませていただきありがとうございました。…ルナさんはこれからどちらに?」

「…分かりません。とりあえず、ネプギアに言われた通り、プラネテューヌに帰ろうかなって」

「そうですか。道中、お気を付けて」

「はい。数日間、ありがとうございました」

 

 そう、頭を下げて、教会を出る。

 行き先は、まだ決めてない。けどこのまままっすぐプラネテューヌに帰るのも嫌だなって思って、暗い夜道を一人で歩いて行った。

 

 

 

 

 

「…おなか、すいた……」

 

 しばらくして頭が落ち着いたのか。ようやく私は自分の身体の状態について気付いた。

 それで最初に自覚したのは、空腹感で、次に疲労感。

 まああれだけ動いて、普段使わない魔力をたくさん使ったんだ。当然のように今だけは疲労感よりも空腹感が私の中では勝っていた。

 正直、このまま何も食べなかったら漫画みたいに倒れる自信がある。…実はあのよくある場面において本当にやるべきは、食べ物飲み物を与えるんじゃなくて、病院で点滴を打ってもらうことらしい。空腹で倒れるって、その時点でかなり命の危機に瀕してる状態なのだと、この間雑学の本で読んだ。……いや、また病院になんて行きたくないから。

 

 ふらふらと、ただ「おなかすいた」と、そのことばかりが思考を埋めていて、本能の赴くままに、みたいな感覚で歩いていたら、無意識のうちになんとなく知っている道を進んでいた。

 そのまままっすぐ進んでいくと、暗い中一軒だけ明かりを灯しているお店があった。

 そして、店の排気口から漂う美味しそうな匂い。

 先日初めて来たラーメン屋だった。

 

「……ごくり」

 

 夜中のラーメンは女性には大敵だという。

 だが今そんなことを気にしてる場合だろうか? 

 いいや、気にすることは無い。というか気にしてる余裕がない。

 例え後悔しようと、今食べなければそっちの方が後悔する。そんな気がする。

 そう、だから、私はのれんをくぐって扉を開けるのを躊躇わない……! 

 

「こ、こんばんわ……」

「…らっしゃい」

「お? 客か? 珍しいな…って」

 

 中にいたのは前回と変わらず無愛想な店主と、前回扉のところでぶつかった女の子がそこにいた。

 そしてやっぱり感じる、複数ある何かの感覚と感情。

 それは確実に女の子に対してであって、さらに今は前回会った時よりもそれらの感覚や感情が強い。

 けどいろんなのがごちゃごちゃしてて、整理できなくて、どれが何なのか、やっぱりわからない。

 やっぱりモヤモヤする。そのモヤモヤの原因は目の前にいる。ならいっそ、聞いてみた方が……

 

「あ、あのっ」

 

 そのまま言葉を繋げようとした、その瞬間。「きゅうぅぅ……」と腹の虫が鳴いた。

 思わずお腹を押さえるけど、時既に遅し。

 羞恥心でつい顔を伏せ、そのまま飛び出して行きたくなるけど、そうする前に女の子の笑い声が降りかかってきた。

 

「ぷっ…くっ…あーははははは!! きゅうって! きゅうって! すごい可愛くて立派な虫の鳴き声だな! はーっはははは! はぁ、はぁ、はーっ! ひぃっ、ひぃっ、あ、むり、おなかいたい。中のもの出そう……」

「えぇ!?」

「…手洗いはあっちだ」

「い、いや、だいじょうぶ…こ、これくらい気合いで…ふぅ」

 

 お腹を押さ、足もバタバタさせて全身で笑っていた女の子は、急に苦しんで、本当に気合いで抑えてしまったらしい。

 再びこちらを向く頃には、今ここに来て最初に見た驚きの表情は消え、まさに面白いものが来たと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

「こんばんはっ! 数日ぶりだね。元気にしてた?」

「う、うん。一応…入院はしたりしてたけど……」

「でも今こうしているってことは、退院できたんだよね!」

「い、いや…ちょっと、内緒で出てったりしちゃって……」

「あははっ。まあ今元気ならなんの問題もない…って、お腹すいてたんだったね。たいしょー! いつものをこの子に!」

「おう」

「えっ? い、いや、あのっ?」

「大丈夫大丈夫。あなたも気に入るよ、絶対。あぁお金に関しては心配しないでね。今この場のあなたの会計は全部私が払うから。だからほらほら、いつまでも突っ立ってないでこっちこっち!」

 

 急な女の子の行動に戸惑って、けど私が止める隙なんてなくて、女の子は席を立ち、その小さな手で私の手を握り、自身の座っていたカウンター席の隣へと引っ張った。

 そんな流れに逆らえず…逆らう気も起きず、私は素直にその席へと座った。

 

「って、いやいやいや! さすがに君みたいな小さい子に奢ってもらうなんて……!」

「大丈夫大丈夫。小さく見えても見た目だけね。実年齢はあなたの何倍もあるんだから。大体子どもがこんな夜更けに出歩けないよ」

「あっ、それもそう…って、だからって奢ってもらう理由になんてならないよ! …じゃなくてなりませんよ!」

「あはは、いいよいいよ。さっきの口調で。それにせっかく出逢えたんだから。その記念に奢らせてよ」

「で、でも……」

 

 それでも引かない私に、女の子…女性は「んー…」と悩んで、そして「そうだっ!」と閃いたかのように私に言った。

 

「なら代金の代わりに、あなたのこと聞かせてよ。いろんなことをたくさん。あ、言っとくけどこれ以上の妥協はしないから!」

「えっと…まあ、それくらいなら……」

「よし決まり!」

 

 元気に、そして本当に嬉しそうに頷く彼女を見て、まるで自分のことのように嬉しいと思う感情が内側から湧く。

 

「そういえば名前を聞いてなかったね。私はレナ。レナ・アストレアだよ」

「…レナ……?」

 

 その名前は心のどこかで引っかかって、また何か分からない感情が私の中で渦巻いた。

 けどすぐに彼女の問いかけで煙のように分散していった。

 

「ねぇ、あなたの名前は?」

「私は…ルナ。ルナ、だよ」

「ルナね。今晩はよろしくね、ルナ!」

「う、うん。よろしく、アストレアさん」

「レナでいいよ。さん付けも禁止。あなたにはそう呼んでもらいたいな」

「わ、わかったよ、レナ」

「ん、よろしい!」

 

 「レナ」、と。そう名前を呼ばれ、また嬉しそうに表情を綻ばせ、勢いよく首を縦に振る。その一連の言葉と動作は本当に可愛らしくて、いつまでも見ていられる気がした。

 けどお互いに名乗りあったところで、私の前に丼が置かれた。

 さて、彼女がいつもの、というくらい食べているラーメンはどんな……え? 

 

「いやぁ、相変わらずいつ見ても迫力あるよなぁ……」

「いや、迫力ってか…これ、なに……?」

「味噌ラーメン大盛り肉野菜増し全部乗せだ」

 

 そこに置かれたのは、野菜がこれでもかっ! ってくらい山のように盛られていて、その周りを包むように分厚いチャーシューが乗っけられていて、肝心の麺どころかスープさえ見えない盛り付けになっていた。

 え、まって、これ。あの子が「いつもの」って言って出てきたやつだよね? 今回特別に量を増やしたってわけでもないんだよね? それでこれって…あの小さな身体のどこにこの量が入るの……? 

 

「ん? どうしたの? 私の方ばっか見て」

「い、いや…その、これはさすがに多いかなって……」

「あぁそういうことか。大丈夫だよ、残ったら私が食べてあげるから」

「え? レナはまだ食べてなかったの?」

「ん? いや、あなたが来る数分前には同じものを食べ終わってたよ」

「え? これ全部?」

「それ全部」

「え?」

「ん?」

 

 本気で首を傾げる様子に「まじか…」とちょっと引きそうになりながらも、割り箸を割って、店主が気を利かせて渡してくれたお皿に野菜と肉を取り分けて、ようやく麺が見えてきたところで麺を啜る。

 

「んっ…これも美味しい……!」

「だよなだよな。大将のラーメンって、どの味もこだわって作ってるから、どれを食べても美味でいつでも食べられるっていうか」

 

 隣でそう熱弁するレナの話を軽く聞きながら、私はラーメンをどんどん食べ続ける。

 空腹は最高のスパイスだというけど、これはそんなのなくてもとっても美味しくて、空のお腹が「もっともっと!」と急かす。

 気付けば丼の中身はあと少しで、取り分けた皿の中身は全て消えていた。

 これには自分で自分に驚いたけど、それだけ空腹だったのだと再確認もできた。

 …これからはもう少し非常食の常備数を増やした方がいいかな。

 

「──ぷはっ。ごちそうさまでした!」

「…量は大丈夫だったか?」

「はい! 美味しくて全部食べれてしまいました!」

「よかった……」

 

 そう言って少し垂れた目を細める店主。

 やっぱり、自分の作ったものを褒められるのは嬉しいみたい。

 

「…それだけ元気があれば大丈夫そうだな」

「…? レナ、何か言った?」

「ああ。いい食べっぷりだったなって」

「あ、あはは…お恥ずかしい……」

「何を恥ずかしがるのさ。食べるってことは生きるってこと。今あなたは生きたいって思って食べてたのと同じなんだから、堂々としてていいの。むしろもっと食べる? まだまだ食べていいよ?」

「へっ? い、いや、さすがにそんなには……」

「そうか……」

 

 ちょっとだけしょんぼりと肩を落とす彼女だったけど、すぐに気を取り直して、横に置いてあったポーチに手を突っ込み、引き抜く。

 その手には先ほどまでなかった2Lほどのペットボトルと同じくらいの大きさの口の広い透明なボトルが掴まれていて、中には透明な液体と黄色のカットされた果実が入っていた。

 それを自身と私のちょうど間ぐらいにどんっと置いた。

 

「よし。腹ごしらえも済んだし、これ飲みながら夜を明かすよ!」

「えっ!? あ、あの、ここ、飲食店……」

 

 そう言いながら恐る恐る店主を見上げると、店主は彼女をどことなくジトっとした目で見ていた。

 や、やっぱり飲食物の持ち込み、その場で食べ飲みするのは厳禁だよ!? 

 店主の顔が恐ろしくて慌ててレナを抑えようとしてもレナは「大丈夫大丈夫。な? 大将」と同意を求める。

 いやいやいや! あの目は確実にダメだって! だってあんな怖い目で見て……! 

 

「…大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だよ」

「…なら好きにしろ」

「おう!」

 

 あ、あれ? お、怒らないの? 店に無断で持ち込んで、勝手に飲もうとしてたのに……? 

 

「な? 大丈夫だったでしょ? 私は大将と仲良いからね。それにちゃんと店にあるやつも飲むからいいんだって」

「そういう問題、なのかな……?」

 

 よく分からず首を傾げる私を置いて、レナは勝手に厨房に入って、まるで勝手知ったる自分の家のように迷わず棚からグラスを二つ取り出して、氷をいくつか入れていた。

 それに先ほどのボトルの中身を注ぎ、かき混ぜ、片方を私に差し出した。

 

「はい、レモネードってジュースだよ」

「って、おい」

「いいじゃんか。好きにしろって言ったのお前だぞ?」

「…はぁ、仕方ないな」

 

 レナと店主の謎の会話の意味が分からず、グラスを受け取るか受け取らないか悩む。

 けど自分のグラスにも注いでたし、これが飲んじゃダメなものではないみたいだし、どうしたら……

 

「ああ、あなたは気にせず、これをこう、グイッと」

「わ、わかった。じゃあ、いただきます」

 

 きっと彼女は悪い人じゃない。だから飲んでも大丈夫。そう思って、彼女の言う通り私はグラスの中身を一気に呷った。

 途端に口の中に冷たさと、レモンの爽やかな酸味、そしてほのかな甘みが広がる。それは先ほどまで脂っこいものを食べていた私にとって、とってもさっぱりして、口の中がすっきりとする。

 他に何か別の味がするけど、隠し味かな。それはそれで味を引き立たせてて美味しい。

 

「…おいしい」

「そうでしょそうでしょ! 何せそれ、材料以外は私自らが作ったんだから!」

「えっ!? これ自家製なの!?」

「うん!」

 

 驚き、空になったグラスとレナの顔を交互に見てしまう。

 いやだって、あれは市販で売ってても、お店で売ってても文句なしの出来栄えだよ。お金を払ってでも飲みたいね。

 

「どうどう? 気に入った?」

「うん! とっても!」

「うんうん、いいね、その顔! とっても美味しいって、表情が語ってるね! ねね、もっと飲む? 他にも飲む? まだまだ試作はあるんだよ!」

 

 そう言ってポーチに手を突っ込めば次々と出てくる同種のボトルに入れられた色々な液体と色々な果実。

 見てるだけで楽しい気持ちになるほどカラフルで綺麗な飲み物たちは、とっても美味しいのだろうと想像を膨らませた。

 っと、いうか……

 

「え、あの、そのポーチは一体……?」

「ん? これ? これは、まあ…魔法が付与してあるんだよ。そのおかげでたくさん運べるし中のものは劣化しないの。だから安心して飲んでね!」

「え、それってどんな……」

「ははっ、そんな小さいこと気にしない気にしない! ほらほら、飲もうよ!」

「あ、うん。はい」

 

 そう言い切られ、これ以上は聞くなと言わんばかりのレナに推され、私は次々と注がれていくジュースを美味しい美味しいと飲んでいった。

 

 

 

 

 

 もう何杯飲んだか。そんなのも気にならないくらい美味しくて、彼女に約束通り私の話をしながら飲んでたから、時間さえも気にしてなかった。

 気づいたら外にあったのれんが扉の横に立てかけられてて、店主は次の仕込みを始めていた。

 けどそんなの気にせず、私はいっぱい話していく。

 そうなってるのはジュースが美味しいから、というよりも、話を聞いてくれるレナが、時に喜んだり、時に怒ったり、時に悲しんだりと、私の感情を共有してくれるからだった。

 だから私もつい楽しくなって、熱に浮かされたようにスルスルと言葉が口から出て行く。というか本当に身体が熱くなってきたけど、そんなの気にせず話す。

 それが気付いたら愚痴になっていたとしても、レナはとっても楽しそうに、嬉しそうに聞いてくれるから。

 

「──それであのど変態ロリコンとタイマンで戦って──」

「へぇ! すごいね、ルナ!」

「えへへ。そうでしょ~? …でもその後私、敵からは逃げなかったけど、味方から逃げちゃって……」

「どうして?」

「…怖かった。皆に、友達に嫌われて、見捨てられるの。とっても怖かった。だって私、友達との約束、破っちゃったから」

「その約束って?」

「ひとりで戦っちゃダメって。屁理屈言うなら月光剣(この子)がいるから“ひとり”じゃない。でもネプギアにはそんなこと分からないし、知らない。もし知ってたとしてもきっとダメって言ってた。なのに私、ひとりで突っ走って、危なくなって、助けてもらった。結局、ひとりで戦いきれなかった。だからネプギアはきっと、私のこと嫌いになるかもって。そんな子じゃないのは分かってるのに、どうしてもその“もしかしたら”が頭から離れなくて……」

「そっか。だから逃げちゃったんだ」

「うん…それに私、怖いからってあんな突き放すような言葉を皆にかけちゃって……うぅ、どうしてあんなこと言っちゃったんだろ……もっと言い方があったはずなのにー!」

「あはは。…それは多分、月の力のせいかもね」

「つきのちから……?」

 

 聞いたことのない単語に私が訊き返すと、レナは教えてくれた。

 

「そっ。月の力。新月の日は全くないんだけど、満月の日だけは月からたくさん地上に降り注いじゃってね。ほとんどの生き物には感じ取ることも、影響を受けることもないその力。けど一部の存在はその影響を程度の差はあれど受けてしまうんだよ。あなたはその“一部”だったみたいだね」

「影響? それってどんな?」

「んー、どんなって言われると難しいかも。全部同じ効果じゃないし、例え受けていたとしても自覚のない人の方が多いし。ただまあ、あなたの場合は精神に影響を受けてたんだろうね。だから言動が普段よりきつくなってしまった。つまりあなたが気に病むことじゃないよ」

「だとしてもネプギアにあんな態度…うぅ、次会う時、私どんな顔して会えばいいのさー!」

「じゃあ、会わなければいいんじゃない?」

「……え」

 

 それは私には思いもつかなかった考え。

 そりゃ会いたくないとは思ってた。けど会うんだろうなって、そうずっと思ってて、“会わない”なんて選択肢、私にはなかった。

 

「だってほら、会いたくないんでしょ? なら会わなきゃいいんだよ。それでしばらくその子と距離を置いて、自分の心が落ち着いてきたころ、自分がこれからどうしたいのか考える。それくらいのことはしてもいいんじゃないかな」

「会わない…ネプギアに、皆に、会わない……」

「そっ。今はちょっといろいろあって心が整理できてないから、いったん整理しないとね。じゃないと身体より心が先に限界来ちゃうよ。私達は身体より心の健康を優先させないといけないんだから」

「心を整理…心が優先……」

 

 彼女の言葉は何だか不思議と、まるでスポンジが水を吸うようにするりと頭に入って、本当にその通りにしないと、自分が壊れてしまう。そんな気さえしてくる。

 

 ううん。彼女の言ってることに嘘はないから。だから本当なんだよね。じゃあ彼女の言う通りにしなきゃ……

 

「そう。いつまでも走ってちゃ、疲れちゃうからね。だからね、少しお休みしよう。ほら、少し眠くなってきたでしょ」

「う、ん……」

 

 そう言われて、ようやく自覚したみたいに睡魔が私を襲った。

 それは少しなんてレベルじゃなくて、今にも意識が飛んでいきそうだった。

 けどなんとなく寝たくないって思って何とか意識を保とうとする。

 そんな努力は無駄で、頭を撫でられる優しい感触と温かさに、どんどん瞼が落ちていって。

 

「大丈夫大丈夫。次に目覚めた時はきっと、すっきりしてるよ。だから、ね?」

「うん…おやす、み……」

 

「おやすみ、ルナ。私の可愛いお月さま」

 

 

 




後書き~

やっぱり彼女のお話始めようかなって思う今日この頃。
まとまってきたら出そうと思うけど絶対まだまだ先の話になると思います。
ともかくルナちゃんが寝ちゃったけど、これからどうなっちゃうんでしょうか。
きっとレナなら大丈夫大丈夫...多分。
そんなこんなですけど次回もまたお会いできるように。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの。
・…おや?ルナちゃんの様子が……
ポケモンでおなじみ、進化するときのメッセージです。Bボタンで進化キャンセルできます。ちなみに進化させないまま育てると経験値にボーナスが入るみたいです。最新作でもそうかは確認してません。

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