月光の迷い人   作:ほのりん

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第三十八話『またね』

「…ふぇ? ここは……」

 

 寝て覚めたらそこは知っているような、知らないような部屋。

 寝起きで働かない頭を回転させて、すぐ何があったのか思い出した。

 そっか、別次元にいるんだ……

 

「あ、おはようございます」

 

 そういって、私の頭を撫でていたピーシェは微笑んだ。

 

「だいぶ疲れていたんですね」

 

 目の前にピーシェがいた。

 うん。間違ってない。確かに目の前で、隣で、()()()していたように寝っ転がっている。

 でも寝起きな私はそれよりも撫でられる心地よさの方を感じて、再び目を細めながら、返事をする。

 

「ふぁい…おはよーございま…え? ぴぴぴ、ピーシェ!? なななっ、なんで私ピーシェと寝て……!?」

 

 徐々に覚めた頭はようやく目の前に女神様(比喩)がいることを認識して、一気に目が覚める。いや、これに驚かない人はいないと思う。少なくとも私は驚いてる。

 けどそのままの体勢で動かないのはやっぱり、心地が良いから。

 

「いや…えっと…泣き疲れて眠ってしまったもので、それでベッドに寝かせようとしたら…服から手を放してくれなくて……」

 

 そういいながら、ピーシェは苦笑いをする。

 その言葉に、私は顔を真っ赤に染めて……

 

「あっ…すすす、すみません!!」

 

 今度こそ私はベッドから飛び出て、その勢いで土下座を決める。

 わわわっ、やっちゃったよ……! やっちゃったよ……! 

 いくら泣き疲れたからって、服掴んだまま離さないって…恥ずかしすぎるよ……!! 

 

「あ、えっと…頭を上げてください!」

 

 そういって、私の近くに駆け寄る。

 

「全然問題ないですから! 大丈夫! お姉ちゃん大丈夫だよ!」

「おねっ……!」

 

 ルナに クリティカル ヒットだ! 

 

「ふぇ…ふぇぇぇん……」

 

 ダメだ、泣く。別の意味で泣く。

 

「ああああああぁぁぁごめん! ごめん! 私がお姉ちゃんは頼りないよね!? 冗談だよ!?」

 

 泣きだした私を見て、ピーシェは全力で慌て始めた。

 

「ち、ちがう…ピーシェがたよりないわけじゃない…すごくたよりになるし、さっきもお姉ちゃんオーラがいっぱい出てたからつい言っただけ…うん、つい言っちゃっただけなの……」

「……そっか」

 

 そう呟いたピーシェは、少しだけ俯く。

 

「二人目か……、私をお姉ちゃんと呼んでくれたのは」

「…ピーシェには妹みたいな存在がいたの?」

 

 あまり踏み込んでいい話題か分からない。けど好奇心がつい口を突いていた。

 

「うん、とっても可愛い妹がね……」

 

 ピーシェは少しだけ頭をかいて、話し始めた。

 

「まぁ、その妹みたいな子は……奴隷なんだけどね」

「ど、奴隷って、あの……?」

 

 ピーシェの口から出た予想外の言葉に、聞き返してしまう。私はその言葉とは無縁の世界で生きてきたから、言葉を理解するのにも時間がかかった。

 

「…ねぇ、もし人間が女神になれるアイテムがあったとして……」

 

 そういって、ピーシェはあざ笑うように笑った。

 

「……女神になれる人間が見つかったら、人間達はどうすると思う?」

 

 ある意味では至高とも、最悪とも言える組み合わせが揃ってしまったら……

 

「…そんなアイテムがあって、適正者もいたら…使っちゃうんじゃないかな。自分達で作った女神って、自己満足に浸りたい人もいるだろうし……もちろん、本人に許可は取らないとダメだけどね」

 

 とくに敵対する存在とか、そういうのがいたら、護衛の意味で連れておきたいって考える人もいると思う。女神っていうのは総じて通常の人間より強くなれる存在だから。

 あとは……

 

「今ある国では満足しなくて、もっと自分にとって都合のいい国を作りたいって思う人が、使っちゃったりするのかな……」

「まあ、ざっくりいうとそういうこと。それでその適性のある子が人身売買の対象になった」

「えっ…!? それって、本人の意思関係なしに…!?」

「そう…、その子の親が独断でね」

「そんな……」

 

 親、という存在がどういうものか、私は分からない。知識としてあっても、記憶がない以上、自分に親がいたのかも分からないから。

 でも親というのは子を愛する存在だって、その知識だけはあるから、ピーシェの言った親がそんなことするなんて、すぐには信じられなかった。

 でもちょっと考えれば、人間の悪い部分を捉えて考えれば納得がいってしまうところもあった。

 

「…それを発見した協会の人間が保護して、私がお世話することになったの」

 

 そういって、ピーシェは軽く微笑んだ。

 

「優しい子です、とても。その子が私のことを姉と呼んでくれた時は…、どうしようもなく嬉しかったものです」

 

 ピーシェのその子を想って浮かべる優しい顔に見惚れた。

 その子も親が酷い存在だったとしても、協会の人に保護されて、ピーシェみたいな素敵な女神様と一緒に居られて、とても嬉しかったんじゃないかなって思う。

 それと同時に、こんな素敵な人が姉になってくれるなんて、ちょっぴり羨ましいかも。なんて思ったりして。

 

「…その子は今、どこに?」

「私の世界のリーンボックスで、補佐をやってるよ。少し寂しいけどね」

 

 寂しそうに笑うピーシェは、続けて呟いた。

 

「私…、ホントにあの子の家族になれたのかな……」

 

 ここまでで聞いてた「臨時」や「私の世界」で、もしかしてピーシェもこの次元とは違うとこから来たのかな、って考えに辿り着く。

 そうなったらピーシェは、自分の意思で来たのか、私みたいに突然来てしまったのか。

 そこはよく分からないけど、ピーシェの呟きには、迷うことなく答えられる。

 

「…ピーシェはその子のこと、家族だと思ってる?」

「…思わないようにしてる、家族なことが当たり前にしたいもん」

 

 ピーシェは背伸びをしながら答えてくれる。

 

「家族って、思うことじゃなくて、当たり前なことだと思うから……。一緒にいるのが当たり前。助けるのが当たり前。そう考えて生きてきた」

「ならその子も、そう思ってくれてるかもしれないよ。当たり前だって。ううん、絶対思ってる。だってピーシェのことを姉って呼んで、慕ってくれたんでしょ? なら間違いないね!」

 

 ピーシェの考えは素敵なものだ。

 人はその当たり前は、本当は当たり前じゃない。だから大切にしなきゃダメだという。

 けど逆なんだ。当たり前だからこそ、失った時がつらい。だから大切にしなきゃ、後で自分も、大切な相手も、つらい思いをすることになる。

 それに今の私は、“当たり前のもの”がないから、当然のように“当たり前”を持ってる人よりもずっと、その考えを素敵だと思うのかもしれない。

 

「…そうだと嬉しいな」

 

 ピーシェは、ふっと優しく微笑んだ。まるで何かおもりが外れたように。

 今の私の回答でそうなってくれたんだとしたら、すっごく嬉しいな。

 

「変な身内話をしてしまいましたね、すいません」

「ううん。大丈夫。私が知りたいって思ったことだったから。むしろ話してくれてありがとう、ピーシェ」

「さて。今日は少し外の空気を吸いましょうか。話し相手になってくれたお礼に、何かお姉ちゃんがおごりましょう」

 

 そういって、彼女は少し小悪魔チックに微笑んだ。

 その笑みは普段なら顔を朱に染めて見惚れるんだろうけど、今は言葉の方に意識がいく。

 

「むむぅ…な、ならお姉ちゃん! 私、クレープ食べたいな!」

 

 ここでただ怒っては、また負ける気がする。

 ならいっそ開き直っていく! やられっぱなしはいやなんだよ! 

 

「よし、決まり、行きましょうか…ルナちゃん?」

 

 ピーシェは私の手を優しく握り、引く。

 

「う、うん!」

 

 少しは動揺してくれるかなって思ったのに……

 うぅ…やっぱり負けた気がする……

 開き直って呼んだ呼び方は、そのまま受け入れられてしまって。

 でもいいかなって。ピーシェみたいな素敵な人が、今日くらい私のお姉ちゃんでも。バチは当たらないよ、多分。

 

 

 

 そうして教会を出て、街の中を歩いて、夕日の見える下り坂まできた。

 そこでピーシェは、口を開く。

 

「ほら、夕日。綺麗ですね」

「だね。私、この時間結構好きだな。昼間はいっぱい輝いて皆を照らしてる太陽が、おやすみって言いながら夜を照らす月と交代するこの瞬間」

「ふふっ、結構ロマンチストなんですね」

 

 そう言いながら、ピーシェは微笑む。

 

「えへへ…そ、そうかな? そんなことないと思うな~」

 

 その言葉を素直に受け止められず、白々しく言う私。

 今が夕暮れ時でよかった。夕日が赤いからって、誤魔化せるから。

 

「……私は、もしかしたら初めてかもしれません、夕日がきれいだって思ったの」

「そうなの? ならその初めてに居合わせた私、すっごくラッキーだね」

「…思うことって、ただの自己満足とばかり考えてた。気に入らなくなったらなくなる感情だって…でも」

 

 ピーシェは、夕日に黄昏ながら、吹き付ける風を肌で感じ取りながらつぶやいた。

 

「ひと時の感情に身を任せるのも…悪くないことかもね」

「…うん。だって“そう思った”って記憶は、感情が強ければ強いほど無くならないものだからね」

「…ははっ、可愛い妹に教えられちゃいました」

「ふふん。お姉ちゃんに教える側になっちゃった」

 

 なんて、自慢げな表情をして、でもすぐにえへって微笑む。

 うん、いいな、こういうの。今日一日感情を振り回されたけど、ピーシェといるの、穏やかで、すっごく楽しい。

 どうせならもっとずっと、一緒にいられたらいいのに。

 

「さて…そろそろつくは──!」

 

 一瞬、突然ピーシェの顔がこわばった。

 そしてどこからかNギアを取り出して、なにかを真剣に見始める。

 穏やかな雰囲気から一変。ただ事じゃない雰囲気へと変わる。決してそれは良いことが起こるものではなく、逆に悪いことが起きる予感さえさせた。

 

「ど、どうしたの……?」

「…すいません。少し野暮用ができました。ここを下った先にクレープやがあるので、そこで少しやすんでてください」

「えっ、あっ……!」

 

 言葉が詰まる。素直に自分の言葉を伝えていいものか、躊躇ってしまう。

 けれどこのまま言われた通りにするのも嫌だから。

 

「っ、いやだよ! 今日は私、ピーシェのお手伝いするって言ったんだから、私にも手伝わせて!」

「ダメです」

 

 ピーシェは言葉に詰まることなく、そう断言した。

 

「っ……」

 

 強く言われたその言葉に、私の勢いは弱まる。

 でもやっぱり、今の私はわがままになってるから。

 

「じゃあその野暮用って何か教えて! それを聞いたら私、ちゃんと待つかどうするか考えるから! それも教えてくれないって言うなら、勝手についてくもん!」

「…危険な仕事です。なので待っててください」

 

 ピーシェはそういって、ため息をついた。

 

「ルナちゃんを巻き込みたくありません、だから待っててください」

「…わかった」

 

 そう言って、諦めたように見せる私。

 でも、一拍置いて、こうも言ってみせる。

 

「ならついていくね。ここで待ってるだけなのはいやだもん」

「…言い方を変える忠告だ。ついてくるな。ついてきたら殺す」

 

 その目はどこか冷徹で、殺意を持っているおぞましい目だ。

 その目に怯み、一歩後ずさりしそうになって、気合で止まる。

 今のピーシェは怖い。今まで優しかった分、こんな目を向けられるのはイヤ。

 でもこれも彼女の優しさからきてるって、そう感じてしまったから。

 私は涙目になりかけな目で、精一杯睨み返す。

 

「…なら、殺してみせてよ。今ここで、殺せるものならさ」

 

 もしこれで本当にピーシェが殺そうとしてきたら、全力で抵抗させてもらう。その結果死んだのなら、それもまたいいのかもしれない。

 でもピーシェがそんなことするなんて、私には到底イメージできなかったから。

 

「………はぁぁ」

 

 ピーシェは目を閉じ、大きくため息をついた。

 

「………」

 

 そして、私を無視して、背中を見せて歩き出す…そして少し歩いてから

 

「…無茶はしないでね」

 

 後ろを向いたまま、そう言った。

 

「…もちろんだよ」

 

 無茶した分だけ、誰かが悲しむのを、私は散々見てきた。

 だから無茶はしない。絶対に、だよ。

 

 

 

 付いた場所は少し薄暗い森林だった、商店街からは離れていて、人影もない。

 

「ルナさん、アンチクリスタルは知ってますか?」

「アンチ…? ううん、聞いたことないけど……」

「アンチエナジーっていう、シェアエナジーの真逆の力が入った結晶の事です」

 

 ピーシェはそういいながら、自分の武器を確認している。

 

「あれ吸収しすぎると、女神は死んでしまいます」

「しっ…!?」

 

 女神の力と真逆の存在。もしそれを私の友達(ネプギア達)が吸収しちゃったら……

 いや、それより先に心配することがある。

 そう、目の前の女神様(ピーシェ)がそれを吸収しちゃったら……

 

「で、でも! アンチエナジーを吸収しなければ大丈夫、なんだよね?」

「はい、吸いこまなければ、さて……あいつがて──」

 

 ピーシェは、敵であろう目の前の少女を見て、一瞬顔が強張った。

 少女の見た目は、銀髪のショートへアでフードのついたマントを羽織っている。

 そのマントの下には白黒のチャイナドレスのような服を身にまとっている。

 つい最近聞いたことあるような特徴を持つ少女。でも、違う。だって、その子は、ピーシェの世界の人で、この次元にいるはずがないんだから……

 でもひとまずわかるのは、この少女がきっと、敵なんだ。

 そうなんだよね? そう問いかけの意味も込めてピーシェの名前を呼ぶ。けど……

 

「ピーシェ。……ピーシェ?」

「………」

 

 私の声には無反応。聞こえているのかもしれないけど、それどころではないといった様子だ。

 見れば、ピーシェの持っているコンバットナイフが、震えているのがわかる。

 ピーシェは、目を見開いて、震えていた。

 まるで目の前の存在が、予想外とでも言わんばかりに。

 ピーシェの反応が、私の中の嫌な予感を確信に近付けてしまう。

 やめて、やめてくれ。確信に変えないでくれ。

 

「……」

 

 ピーシェは少し頭を振って、コンバットナイフを取り出した。

 

「大丈夫です、ただの分身です」

「……」

 

 本当に大丈夫なのか。

 さっきの反応を見ていただけに、心配と不安がつもる。

 けれどその気持ちを直接言葉にしない。だってさっき私がついていくって強情だったとき、ピーシェは受け入れてくれた。なら私も、ピーシェの言葉を信じようと思えるから。

 それに彼女のフォローをするために、私はこうしてついてきたんだから。

 

「………」

 

 銀髪の少女がこちらに気付いたらしい、槍を構えて突進してくる。

 

「っ! いくよ!」

「うんっ!」

 

 すでに鞘から取り出していた月光剣を構え、突進を避ける。

 

「はぁ!」

 

 刹那──―

 ピーシェは私が避けた瞬間にコンバットナイフで槍とかち合い、その瞬間、衝撃波が周りに起きる。

 

「やぁ!!」

 

 ピーシェは荒々しく、攻撃を振り払いステップを踏んで回避し、銀髪の少女に回し蹴りを入れる。

 

スイッチ(追撃)──っ!」

「やあっ!」

 

 ピーシェの掛け声に跳ねるように少女に接近、槍と剣を交わしながら、電撃を打ち込んだ。

 

「……っ」

 

 電撃をもろに食らった少女は、その場を一二歩下がり、よろけた。

 

「ピーシェ!」

「せええええええええやぁ!!」

 

 3撃目──。

 ピーシェは、流れるような速さで反応し、よろけた少女を仕留めにかかる。

 

「《ダブルファン──」

 

 が、その時。

 

「…──」

 

「っ!?」

 

 少女は何か黒くて禍々しい、結晶のようなものをピーシェに投擲した。

 

「ぐっ…が……」

 

 ピーシェはそのまま結晶に当たってしまい、その場に倒れてもがき始める。

 

「ピーシェ!?」

 

 突然のことで敵から目を逸らし、ピーシェに駆け寄ろうとする。

 しかしそれを許してくれるほど、敵も甘くない。

 

「ガッ……!」

 

 槍が身体を貫こうとする。

 それをギリギリ間に合った防御壁で防ぐが、衝撃までは防ぎきれず飛ばされる。

 

「っ …ぁ…ぎ…」

 

 ぶつかった先は固くなくて、それが何故なのか分かった瞬間、私は彼女の名前を叫んでいた。

 

「ピーシェ!!」

 

 ピーシェは私が木に激突しないよう、どうにか移動して受け身を取ってくれていた。けど、苦しみがなくなっているわけではなく、その後にひざをついてしまう。

 苦しそうにしているピーシェを見て、私がさらに負担をかけてしまったのだと分かってしまう。

 あの時言われた通り待っていれば、ピーシェは自由に戦えたんじゃないか。私というおもりを持ったまま戦わなくてもよかったのではないか。

 もはやお得意ともいえる自己嫌悪は、ここでも発揮されてしまう。

 そんなこと考えたって、始まってしまったもの、どうしようもないのに。

 

「ルナのせいじゃないっっ!!!!」

 

 そう思ってしまって俯いた私に、ピーシェは大きな声を荒げ、まるで心を読んだかのように叫んだ。

 

「今……つい…て、こなければって…思ったで……しょ」

「っ…だって…だってッ……!」

 

 言い訳のようにこぼれ落ちるのはそんな文にならない言葉。

 目からこぼれるのは、小さな雫。

 僅か数時間で私は、ずいぶんと涙腺が脆くなったみたいだ。

 

「……わかる…よ、ルナちゃんの気持ち……痛いほどわかる」

 

 そういってピーシェは震えた足を抑えながら立ち上がった。

 

「逆だよ…。ルナちゃんがついてこなかったら…私は立ち上がろうともしなかった……」

 

 ピーシェは、ふらふらと動きながら、私の前に立ち、頭を撫でた。

 

「ねえ、この世界で最も強い物…何か知ってる……?」

「………」

 

 ピーシェの言葉にふるふると首を横に振って答える。

 

「…お姉ちゃんがおしえるね…それは──」

 

 ピーシェは胸の前で腕をクロスさせて、真っ黒な力を集中させる。

 

「愛情という名の…狂気だよ……」

 

 そして、ピーシェは俯いたまま、腕を横に伸ばし力を拡散させた。

 

「はあああああああぁぁぁ!! プロセッサユニット展開! 《タリ》!!」

 

 ピーシェがそう叫ぶと、彼女の身体が黒い光に飲まれる。

 数秒後、最初に見た女神化より、どこか禍々しい。まさしく憎悪と呼ぶにふさわしい女性がそこに立っていた。

 

「ヘイトリッドハート、変身完了……」

「これが…女神化……?」

 

 あの最初にあった女神化したピーシェや、向こうのネプギア達の女神化とも違う。光り輝くシェアエネルギーの力とは、似て非なるものを今のピーシェから感じる。

 それと同時に思い出す。戦う前にピーシェの言っていた言葉。アンチクリスタルの存在を。

 

「まさか、それって……」

「…私は、もともと人間でさ、信仰心より、逆の方が力は使いやすいの」

「…そっか。そういうことか」

 

 今ここで、ようやく全部つながった気がする。

 あの言葉も、あの話も全部、彼女自身の経験からきたもの。

 元が人間だから。その人間のせいで彼女の人生を狂わせたのだとしたら。

 …たしかに、そちらの感情の方が使いやすくなるだろう。

 疑問はもう、抱かない。目の前にあるのが真実。

 それを受け入れた上で、私は、自分の出来る術で彼女を助けたい。

 

「ピーシェ、手、貸して」

「…手?」

 

 ピーシェは首をかしげながら、手を差し出した。

 その手に自分の手を重ね、意識を自分の内側へと集中する。

 

「ありがと……月光剣」

『Yes,Master.』

 

 まだコントロールなんて出来ないから。全部あげちゃってもいいけど、それじゃお姉ちゃんを一人で戦わせることになるから。

 妹なら、お姉ちゃんと一緒がいいって思うのは当然だもん。

 だから、私が戦える範囲で、お姉ちゃんを強化する! 

 

『OK,エネルギー送填開始…完了』

 

 瞬間、急に肩に重りが乗っかったみたいに身体が重くなる。

 けれどもそれは急に力が減ったのが理由で、戦うのに問題はない。

 

「! こ、これは…、エネルギーが増えた…?」

 

 少しだけ混乱しているお姉ちゃんを見て、私は笑みを浮かべる。

 

「え、へへ…まだ二回しかやったことないけど、成功してよかった」

 

 こんなときに場違いだけど、なんだかようやくお姉ちゃんを驚かせることができた気がするよ。

 

「ふ…ふふふっ……」

 

 するとお姉ちゃんは笑い始めた。何故かはわからないけど、すがすがしいほど満面の笑みで、何故だか怖い。

 

「ルナちゃん…やっちゃう?」

「う、うん…やっちゃおう! うん!」

 

 あれ…? なんかスイッチ入れちゃった? 

 そう思いながらも、ここは合わせておかないと、とも思う。

 だってこの笑顔、ちょっと敵に同情しかけてしまいそうなほどなんだもん。

 

「いい返事…殺ろう!」

 

 お姉ちゃんはそういって、少女に突進する。

 

「──っ」

 

 刹那──。

 何も音を立てず、お姉ちゃんは()()()()()()()()。そう表現する以外の、もっと適切な表現を、私は知らない。

 目で追うなんて、満月状態の私でさえ無理かと思うほどで、ここからは私、いてもいなくてもいいんじゃ…と思えてくる。

 けどどうせならいた方がいいでしょ? 

 

「はああああっ!」

 

 地面に突き刺した剣から、まるで蛇のように地中から飛び出て宙でうねる電撃。それをお姉ちゃんに合わせるように自在に操る。

 

「はっ!!」

 

 そして、お姉ちゃんは突然少女の背後に出てくる。少女は受けようとしたが間に合わず、振りぬかれた拳をそのまま食らう。

 

「──っ」

 

 その後、蛇のようにうねる電撃が、少女に直撃。

 少女は、なすすべなくスタンした。

 

「せいっ!!」

 

 スタンしたと同時に、お姉ちゃんの連撃、すさまじい速さの連撃、最後の攻撃で、前に吹っ飛んだ。

 

 瞬間───。

 見計らっていたかのように、少女が飛ばされている最中に這いまわっていた電撃が直撃、もう一度スタンする。

 

「まだ…まだああああ!!」

 

 術式はお姉ちゃんと電撃が少女を相手にしているうちに展開済み。

 あとは、食らわせるだけ!! 

 

「『プラズマ…ブレイクッッ!!』」

 

 瞬間、光が飛び散る。

 そう錯覚してしまうほど眩しく激しい雷が、少女を貫いた。

 

 その瞬間…、その少女は光となり、四散した───。

 

「…お疲れ様」

「お、おつかれさま……」

 

 ピーシェの言葉が引き金となって、緊張で強張っていた身体から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。

 

「ルナのおかげで助かっちゃった。ありがとう」

 

 そういって、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。

 すぐに目のあたりをぬぐって苦笑いした。

 

「……あ、あはは…。分身だと、わかってるはずなんだけどね……」

「…泣いてもいいんじゃないかな。我慢することなんてないんだよ」

 

 それに……

 

「それに、あれだけ散々私の泣き顔見ときながら、ピーシェの泣き顔は見せてくれないとか、ふこーへーじゃないかな?」

「…っ」

 

 少し、ほんの少しだけ、小さな雫が彼女の頬を伝って、彼女はすぐに目をぬぐった。

 そして、笑顔でこう言った。

 

「大人はね、ふこーへーな事をするから大人なんだよ」

「あー、ひどーい。むぅ……」

 

 なんて言って、そっぽ向いて拗ねてみる。

 でも実は、ピーシェに笑顔が戻ったことを喜んでいるのを隠すためだったりする。

 

「さて、暗くなっちゃったけど、クレープは食べに行かないとね。お礼に二つくらいおごっちゃうよ?」

「ホント!? あっ、じゃ、じゃなくて…えっと…お、お姉ちゃんがあーんってしてくれるなら、行ってもいいよ?」

 

 その魅力的な提案に一瞬で気持ちがころりと変わったけど、すぐに持ち直そうとして…今、なにかとんでもないこと言った気がする……

 

「いいよ別に、じゃあ行こうか」

 

 私の言葉を綺麗にスルーしたピーシェだけど、でも「いいよ」って言ったことには変わりなくて……

 

「え? え? い、いいの……?」

 

 ピーシェみたいな素敵な女性からのあーんとか、そんなの誰でも二重の意味で食いつきそうなこと、本当に私にやってくれ──って、だ、ダメだよ、私! ここ、これは、そう! きっとピーシェは姉として妹に接するみたいにやってくれるだけで、私も、今日だけの妹として、特別とか、そういうの考えずに素直にあーんされて……

 

「よ、よし行こう、ピーシェ! 私はもう、覚悟は決まったよ!」

 

 どんな覚悟だ。なんて言われそうなことを口にして、私はお姉ちゃんとクレープ屋に向かった。…のだけど……

 

 本日の営業は終了しました。

 

「ま、まあ、1件目だし」

 

 本日の営業は終了しました。

 

「ま、まだ2件目」

 

 本日のry

 

「ああああああああああぁぁぁもう!! めんどくせぇ!!!」

 

 夜だから仕方ないんだけど、全部やっていなくてイライラしたのか、お姉ちゃんは叫び声をあげた。

 

「もういい! 公園で材料買って作る!」

「お姉ちゃんの手作り……! って喜んでる場合じゃなくて…お姉ちゃん、おおお、落ち着いて、ね?」

「…ご、ごめん、ひっ、ひっ、ふー…ひっ、ひっ、ふー…」

「それラマーズ法だよ!?」

「ふぅ…ふぅ…ふぅ……ふ──げほっ! げほっ!」

「今度は息を吐きすぎてむせた!? ちょちょっ、大丈夫!? お姉ちゃん!」

「…よし、落ち着いた。自分で作ろう。ルナちゃん! 買い出し手伝って」

「うん! わかったよ、お姉ちゃん!」

 

 というわけで、なんだかんだで公園につく頃には、きれいな満月が見れるほど暗くなっていた。

 

「月……か、ルナちゃんが隣にいるって考えると、なんかそれだけでロマンチックだね」

「そうかも。月と私って、名前もそうだけど、なんだか似てるからかなぁ……」

「それじゃ、作るね」

 

 お姉ちゃんは公園のテーブルにあるコンセントにさして、手持ちのホットプレートを置いた。

 

「ワクワク。ドキドキ……」

 

 それを傍で見つめる私。

 え? 公園にコンセントはないって? 細かいことはいいんだよ! お姉ちゃんのクレープ食べれるならなぁ! 

 

「あ、ところでルナちゃん──あれ?」

「…? どうしたの、お姉ちゃ──あっ」

『───~~!』

 

 何かに気付いたお姉ちゃんに、どうしたのか問いかけようとして…互いに自分が相手への呼び方に気付いて、急に恥ずかしくなる。

 

「ご、ごめん! なんか気づかないうちにちゃん付けしてたっっ!」

「う、ううん! ここ、こっちこそついお姉ちゃんなんて呼んじゃってっ……!」

 

 恥ずかしさで顔が熱くなる。火照った頬を両手ではさんで冷やしながら、慌ててそう言った。

 で、でもね、し、仕方ないんだよ!? だだ、だってピーシェってホントにお姉ちゃんオーラ抜群で、そう呼ばなきゃ違和感ってぐらいだったんだもん! 

 なんて言い訳をしていないと、両手でも冷やしきれない顔の熱さでどうにかなってしまいそうだった。

 

「ま、まぁ。大したことじゃないね…、呼び方は変えなくていいからね」

 

 そういって、ピーシェは微笑みを私に向けながら、クレープを作っていく。

 

「う、うん…そう、だね。そうするよ、うん……」

 

 なんて、まだ冷めない顔の熱さを感じながら、お姉ちゃんの手元をじっと観察する。

 

 お姉ちゃんの手元を見ると、とても手慣れた手つきなのがわかる。

 まるで本当に姉が作っているかのように錯覚してしまう。

 

「…ん? どうしたの?」

「…うん、ただちょっと、私に本当のお姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかなぁ…って」

 

 私に姉がいるかなんてことも分からない。ただピーシェを見ていて、そんな感じなのかなぁって思って……ちょっと違和感。あの子は別に、ピーシェみたいな大人じゃ……

 

(…? 今、誰を思い浮かべた?)

 

 ふと気づいた別の違和感を探ろうとして、でもそれは私が気付いてしまった瞬間に雲のようにバラバラになって消えた。

 なんだろう…もしかして、満月の影響かな? 

 夜空を照らす満月は、私達も同様に照らしてくれる。満月なら私を強化してくれるんだけど、別の次元じゃそうでもないみたい。でもなにか、私の中に変化をもたらしてくれてるのかな。

 

「…? まあいいや。できたよ」

 

 お姉ちゃんはそういって、クレープを紙に巻いて、私に差し出した。

 そして言われた言葉は、考えごとに意識がいっていた私には衝撃的で。

 

「はい、あーん」

「ふぇっ!?」

 

 って、ほほほ、ホントにあーんしてくれたああああ!! 

 で、でもこれちょっと恥ずかし…い、いやここで躊躇ってはダメだ! 据えクレープ食わぬは女の恥! だ、だいじょうぶ! 周りには誰もいない! いたとしてもいないと思え! 

 い、いざっ! 

 

「あ、あ~んっ!!」

「どう? おいしい?」

 

 勢いのままぱくっと食いつき、もぐもぐと口を動かす。口の中に広がるのは程よい甘さのクリーム、そして甘くて苦いチョコ。後味にイチゴの酸味も広がって、とても甘くて、とっても美味しい。

 お姉ちゃんにあ~んしてもらえた嬉しさと恥ずかしさでふやけてた顔が、口に広がる甘さでさらにふやけ、うっとりする。

 もうこれ、幸せ過ぎるよ……

 

「うん……」

「良かった、口に合わなかったらどうしようって思ってたけど、これで一安心」

 

 お姉ちゃんはそういって、持っているクレープの、()()()()()()を食べ、笑みをこぼす。

 

「ん…んむっ…久しぶりだったけど、結構いい感じ」

「はわ、はわわわわ……!」

 

 それに気付いた…というよりむしろ齧りつく瞬間さえ見ていた私には、それは刺激的過ぎて、少しは冷めたはずの顔が再び、むしろ先ほどよりもかぁっと熱くなる。

 それだけじゃ終わらなくて、鼻から何かが出そうで、どっちも誤魔化すために顔を上へ背ける。

 う、うぅ…女神様ってどうしてそう、私を困らせる(喜ばせる)んだよ……! 

 

「…ん? どうしたの? って、少し顔赤いよ? 夜の冷たい風受けすぎたかな」

 

 不思議そうな顔で私を見つめてたお姉ちゃんは、そう言って私のおでこに自分のおでこをぴとっとくっつける。

 

「ひゃあっ」

 

 急にくっつけられたおでこの感触と、本当に、目と鼻の先ってぐらい目の前まで近づいたお姉ちゃんの顔に驚き、私の口からは変な悲鳴が出た。

 

(ち、ちかい…ちかいよ…! というかくっついて…ぁ、まつげ長い…綺麗な瞳…じ、じゃなくて! こ、このままちょっといったら…その…だ、だめだよ私! そんなこと考えちゃ…! で、でも、この状態は……!)

「あぅ…あうあうあぅ……」

 

 ぷっしゅー、と水蒸気が噴射されるみたいに、頭の中が膨れ上がってパンクした私の身体は、そのまま後ろへ倒れてしまいそうになる。

 

「ちょ!」

 

 それに即座に反応して、背中に手をまわして抱き留めてくれるお姉ちゃんはさすがだと思うけど……

 そのまま私の顔は、母性の象徴ともいえるような優しい柔らかさに包まれる。

 

「大丈夫?」

 

 そして反射的な母性なのかな。お姉ちゃんはそのまま私の頭を優しく撫でる。

 

 さわ……さわ…。

 

 そんな心地の良い感触と音が直に伝わってくる。

 ふわふわした心地の良い柔らかさに包み込まれ、頭は優しい心地よさを感じ、耳からもその音でふやける。

 これでとろけない方がおかしい。

 

「はにゃああぁぁ……」

 

 もう何も考えられない頭。

 うん、もう何も考えなくてもいいもんね? 

 ならずっとこうしてよう。お姉ちゃんに甘えて、甘やかされて、とろけちゃって……

 

「ぎゅ~~」

 

 お姉ちゃんは優しく、本当に姉にように優しく抱きしめ…、頭を撫でた。

 

「………」

 

 けど、何故か急に黙ったお姉ちゃんは、少しして、私の顔の横に自分の顔を近づけると……

 

「……あむっ」

 

 吐息のような声が聞こえたと同時に、どこか生暖かくて柔らかいものが、耳を挟み込んだのが伝わってくる。

 

「ひゃあっ!」

 

 さっきよりも大きい声が出て、ビクッと身体が跳ねる。

 そのこそばゆい、初めて体験する感覚にもじもじしながら、とろけた脳をなんとか集めて復活させようとする。

 

「お、おねえちゃん…ちょっと……」

 

 さすがにこれ以上はダメだ。そう思って注意しようと出た声は、普段の声よりもずっと小さくて、弱い声。

 

「どうしたの? ルナちゃん」

 

 とぼけるようなその声は、耳元から聞こえて、それさえもくすぐったくて、お姉ちゃんの吐息に合わせて体が震えてしまう。

 

「ひぅ…みみ…だめぇ……」

 

 あれ? 私ってこんなに耳弱かったっけ? 

 そんなこと考えたって、こんなこと初めてなんだから分かるはずがない。

 実はお姉ちゃんのテクニックで身も心もとろけちゃった後だから、余計に弱いだけだったんだけど…そんなの、今の私に考えれるほどの余裕はない。

 

「なーんて」

 

 お姉ちゃんのそんな声が聞こえ、私から離れると、小悪魔チックに微笑んだ。

 

「ごめんなさい、ちょっとSっけが目覚めてしまったようです」

「うぅ…ひ、ひどいよ…おねえちゃん……」

 

 そう言いながら、元の姿勢にもどり、お姉ちゃんを見る。

 うぅ…可愛いその顔が、今だけうらめしいよ……

 

「ふふっ、ごめんごめん」

 

 そう謝ったお姉ちゃんは何かの紙を取り出した。

 

「………?」

 

 その動作がよく分からず、頭に疑問を浮かべた私だったけど……

 次にお姉ちゃんの口から出た言葉は、私の胸をしめつけた。

 

「そろそろ……お別れにしましょう」

 

 そう言って、お姉ちゃんは優しく、しかし儚く微笑みを浮かべた。

 

「っ……うん」

 

 そうだ、私はこの次元の人間じゃない。本当なら、この次元に来るはずもなかった存在なんだ。

 それでもここにいて、お姉ちゃんと短い間だったけど過ごして、その心地よさは私の中にしっかり残り続けてて。

 

 ずっとここにいたい。

 

 でもそんなワガママ言ったら、お姉ちゃん…ピーシェにも、向こうの皆にも迷惑をかけちゃう。

 それに、あの次元が…空次元が、私のいるべき、在るべき場所なんだ。

 だから、帰らなきゃ。

 

「そんなに悲しい顔しないでください。もう一生会えないわけじゃないんですから」

 

 悲しそうな顔をしていたんだと思う。ピーシェはそんな私の頭を、優しく撫でた。

 

「大丈夫、ルナちゃんならきっと向こうでも大丈夫、もし危ない奴が出てきたら。お姉ちゃんが地獄でも何処でも行って助けるよ」

「…うん。お姉ちゃんが助けに来てくれるなら、どこにいっても安心だね……っ」

 

 えへって笑おうとして、口が震えるのが分かる。目から何かがあふれ出しそうになる。

 だから目に力を入れて、零れないようにって、頑張る。

 

「…っ」

 

 ちゃんと笑顔でって、そう思っても表情はうまくできなくて。

 そんな私の顔をお姉ちゃんは見て、即座に抱きしめる。

 

「よし…よし…」

 

 先程と同じ、柔らかく、心地いい感触が体全体を包み込む。

 

「大丈夫……大丈夫だよ…」

 

 お姉ちゃんは抱きしめる…優しく…まるで子供を抱きしめるように。

 

「大丈夫…私が見守ってるよ…」

 

 お姉ちゃんは撫でる…、優しく…。私の心を落ち着かせるように。

 

「辛いことがあったら泣いていいんだよ……我慢しなくていい、そういってくれたのは。ルナちゃん、貴女だよ…」

 

 お姉ちゃんは強く、そして優しく抱きしめる。

 

「よしよし…いい子だね…、偉いよ…」

「ぁ…ぁぅ…うああああっ!」

 

 あふれそうな何かを抑えていたダムを、お姉ちゃんは優しく崩す。

 一度壊れれば、あとはもう、出し切るしかない。

 

「お姉ちゃん…おねえちゃんっ……!」

 

 ちがうの。最初に泣いて良いって言ったの、お姉ちゃんなんだよ? 

 そんな言葉さえ、泣き声に紛れて消えてしまう。

 それがすごくもどかしくて、でも止められなくて。

 

「大丈夫……大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるから……」

 

 泣いてしまった私を、お姉ちゃんは強く抱きしめる。

 

「今は……せめて私の前でだけは、弱いルナちゃんでいいの…」

 

 さわさわ……。

 

 泣いていてもずっと、頭にある心地よさは続いていて、感じていて。

 

「うん…うんっ……」

 

 心地のいい感触。それは今だけは涙を落ち着かせるものじゃなくて、よりたくさんの涙を出させてしまうもので。寂しさを強調させてしまうもので。

 お姉ちゃんの服にしがみついて、自分から顔をうずめて。もっとたくさん、大きく泣く。

 お姉ちゃんの温もりを、優しさを、心と身体いっぱいに感じながら。

 

「……よしよし…」

 

 お姉ちゃんの優しい心を、ずっと感じながら。

 

 

 

 しばらくして、喉から出る声が止んで、涙も止まって、ようやく落ち着いた。けどもお姉ちゃんは撫でる手も、抱きしめている手も離そうとしない。

 

「……お姉ちゃん……」

 

 このままでいたい。

 でも名残惜しいけど、帰らなきゃ。私にはやるべきことがある。皆も待ってる。

 だから私はお姉ちゃんから離れて、微笑む。…うん。今度はもう、大丈夫。

 

「…自分から離れる勇気があれば…もう大丈夫だね」

 

 そう言って、お姉ちゃんは私にあるものを差し出した。それは紫色のミサンガだった。

 

「これは、私がミキ…、妹のために編んだミサンガ。その子からは『もう私は大丈夫、だからそれは、ピーシェ姉さんが守りたいと思う人に渡してあげて』そう言われた」

 

 お姉ちゃんは優しく、本当の姉のように微笑んだ。

 

「だから、ルナちゃんに渡す。私を姉と思ってくれた。もう一人の妹だから」

 

 お姉ちゃんは、もう一度私の頭に手をおいた。

 

「…ありがとう、お姉ちゃん。ずっと、ずっと、大切にする。これを見て、いつでもお姉ちゃんを思い出せるように」

 

 私はミサンガを受け取り、右手首に着けた。

 暖かい心と、暖かい優しさの詰まったそれを、大切に想いながら。

 

「あと…一つだけ、命令していいかな?」

「えっ、い、いいけど……」

 

 命令と言われて、無意識に身構える。

 な、何を言われるのかな……? 

 

「これはさようならじゃない、『またね』」

 

 それは、私だって言いたかった言葉で。

 お姉ちゃんは私の両手を包むように両手で持った。

 

「命令よ、お姉ちゃん命令。また会いに来なさい。クレープの約束、2つって約束でしょ?」

 

 そう言って、お姉ちゃんは真剣な顔で私を見る。

 

「約束を破るのは、お姉ちゃんが許しません」

「〜〜! うん! 約束! お姉ちゃんこそ、次会いに来たとき、約束忘れちゃヤダからね!」

「うんっ! 勿論!」

 

 お姉ちゃんは私を抱きしめながら頭をなでた。

 

 そして──私の身体はは光だし、姿が消えていく、どうやら本当にお別れみたいだ。

 

「ルナちゃん…、またね!」

「またね、お姉ちゃん!!」

 

 徐々に光は強くなって、お姉ちゃんの姿も光で遮られて。

 でも、泣かないよ、お姉ちゃん。またいつか会うって、約束したんだから。

 この涙はそのときまで、とっておくんだから──

 

 

 




後書き〜

何気にこれ書いてる時、作者二人して机に頭打ったり、血を吐いたり、尊死しながらやってました。主に前者二つは私がやったことですが。
そんな今回のお話でしたが、皆様いかがだったでしょうか?
わたくし作者は、何度見ても萌え死ぬ作品になったと思っております。ええ、萌え死です。最初はそのような展開にする気は無かったんですけどね。暴走というのは恐ろしいものです。それが二人してとなれば、なお恐ろしい。

ではまた次回、本編で!
See you Next time.
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