月光の迷い人   作:ほのりん

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第四章 葛藤のリーンボックス編
第三十九話『上司への贈り物選び』


 私はあの日、あの場所に行った。そこは木々に囲まれながら、中心に大きな大樹がある少しだけ空けた場所。

 いつの間にか国民の笑顔が見られる公園の一部になっていたそこは昔ほど力を宿しておらず、年中見られた桃色の花は、その花びら一つさえなかった。

 その光景に僅かに喪失感を感じながら私は、よく此処に迎えに来た、と()()に漏らす。隣には太陽のような、星のようなあの子はおらず、代わりに綺麗な紫色で、ところどころツンツンと跳ねた髪をもった少女が傍にいた。

 少女は「へー、この公園にこんな場所があったなんて…わたしもまだまだだね」と言って、大樹の幹へ近づく。

 そして振り返った少女に「なんだかここ、居心地がいいね」と言われ、私は「そうだね」と短く答えた。

 昔ほど力を宿してなくても僅かに漏れ続けるそれは、()()にはとても温かく、心地の良いものであった。

 例え人に気付かれず、忘れ去られても、変わらず此処に在り続けるこの樹は、長く旅を続け、変わっていく世界を見続けてきた私に、変わらぬものもあるという安心を与えてくれる。

 そして、私の寂しい気持ちを和らげてくれた。

 あの子に会えない寂しさを、あの子のもとに一番近いこの場所で。

 

 樹の根元に腰を下ろして、生い茂る葉と澄み渡る様な青空を眺めながら他愛もない話で言葉を交わす。

 少しして少女が私の顔を見て、驚き声をかけてきた。

 少女の言葉に、私は「此処に来るといつもこうなっちゃうんだ」と返す。

 そう。いつものように、無意識に頬を温かいのが伝い、そしていつものように服のシミとなる。

 そう思っていたけれど、この日は違って、

 少女がその綺麗な指で雫を拭い、それでも流れ続けるのを見て、私の身体を引っ張る。

 私の身体はそのまま重力に沿って倒れ、少女の胸で受け止められた。

 「皆みたいに大きくないけどね」と苦笑いをする少女は私の頭を抱きしめ、落ち着かせるように頭を撫でる。

 確かに少女の言う通り決して大きくないそれだけど、それが逆にあの子のことを思い出させてしまって。

 瞳からこぼれ出るそれはとどまることなく、むしろ加速させていた。

 次第に声が私の意思に関係なく漏れ、気付けば私はあの子の名前を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。私のせいで。あなたは悪くない。私が悪いのに。

 できることなら今すぐあなたを抱きしめたい。その涙を、悲しみの涙から変えてあげたい。

 私もあなたに会いたい。この手であなたを撫で、この腕で抱きしめ、この口であなたの名を呼びたい。

 でも、それさえ叶わぬのは、私の罪のせいだから。

 あなたを止められなかった、私の罪への罰だから。

 ごめんなさい。ずっとひとりにして。

 ごめんなさい。あなたに苦しい思いをさせて。

 ごめんなさい。あなたに悲しい思いをさせて。

 ごめんなさい。あなたにつらい思いをさせて。

 

 ごめんなさい。あなたの傍に寄り添えなくて。

 

 いつか、この罰が終わったとき、あなたが私を求めてくれるのなら。

 会いに行きます。たとえあなたが変わってしまっていたとしても。

 あなたが私の()である限り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ──最初に感じたのは肌をくすぐる草の感触。

 次に感じたのは肌を撫でるそよ風。

 嗅覚は土と草の香りを感じ取らせ、

 聴覚は鳥の声と草が擦れる音、微かな街の音を聞き取る。

 瞼の上から差し込む光は弱く、少しずつ開けば視界には、枝いっぱいに葉を付けた大樹が、頭上にそびえ立っているのが映りこんだ。

 葉の隙間から差す木漏れ日が眩しい。

 

「…ぁ……」

 

 そうか、帰ってこれたのか。

 

 確認せずとも、不思議と“帰ってきた”という感覚が私の中にあった。

 あるいは全て夢だったか。

 その思考に不安になったけれど、右手首を見ればそこに確かにある紫色のミサンガ。

 “お姉ちゃん”に貰った、“お姉ちゃん”とその妹さんの想いの詰まったもの。

 これからは、もう一人の妹として、私が想いを込めるもの。

 

「…うん。大丈夫。泣かない。お姉ちゃんのことを想った涙は、いつかまたお姉ちゃんに会った時のためにとっておくから。だから……」

 

 「またね」って。その言葉の約束を守るためにも、また歩き出さなきゃ。

 今度はちゃんと、自分のペースで、自分の出来る範囲で、自分の気持ちのままに。

 

 世界は終わらせない。壊させない。

 ()()()()()にまた、会うために。

 

 私の決意を応援するように、どこか神秘的な大樹は枝を揺らした。

 

 

 

 木々に囲まれながらも空けたその場所は、以前皆で訪れた大樹のもと。

 今も誰もおらず、遠くで微かに子ども達の賑やかな声がこちらまで響いていた。

 

 まあ、つまりは……

 

「プラネテューヌか、ここ……」

 

 空を見上げれば何の変哲もない、少し雲が目立つ空。遠くに見えるビル達。

 そして天にそびえるように建つ、プラネタワー。

 

「…いやそりゃ空次元には帰りたいとは思ったけど……」

 

 だからって今はあんまり居たくないプラネテューヌに戻って来るなんて……

 というか私、向こうに行く前はルウィーにいたはずだよね? 

 

「……まあいいか」

 

 さっさと出ていけばいい話だよね。

 

 

 

 …で、そういうときに限って誰かに会うってよくあることだよね。

 フラグでも立てたのかなぁ……

 

「…あれ? もしかしてルナちゃん?」

「え?」

 

 公園から出て道を歩いていると、どこからか私の名前を呼ばれた。

 つい反応して周りを見回した私を、その数分後の私は恨むかな。いや、無視したって思われる方が嫌かも。

 だってあの短い白い髪と赤いフレームの眼鏡を見たとき、無視しなくてよかったって思ったから。

 

「あ、やっぱりルナちゃんだ。こんにちは、久しぶり」

「クリスさん……? あれ、お仕事中じゃ……?」

 

 今日は平日だったというのはさっきNギアで確認済み。…ついでに通知を見たけど、一、二回程度しか着信は入ってなかった。ミナさんに「プラネテューヌに帰る」って言ったのが効いたのかな。それは一応嘘だったはずなんだけど、自分の意思関係なく誠になっちゃったなぁ。

 あ、今はそんな話じゃなくて。

 

「いつもならね。でもほら、最近は犯罪組織の被害が広がっていくにつれてうちの部署も忙しくなってきたから。部長が「今のうちに休んどけ」って私たちにローテーションで休みをくれたの。だからその休日を使って今はショッピング中ってところ」

 

 そう言うクリスさんの片手には紙袋が二つ。チラリと見えたものから察するに服だろうか。

 私は「やっぱり忙しくなっているんですね」と相槌を打つ。私がお仕事体験したときもそれなりに忙しいと言っていたし、今はそれ以上だとするなら…大変そう。

 でも私にできることなんて限られてるし…たとえ高度なことができても限定的だろうから。

 だから「お手伝いします」とは自分から言えなかった。そしてクリスさんも私に「手伝ってほしい」と言わなかった。

 代わりに私のことをいろいろ訊いてきて、

 

「ルナちゃんはいつプラネテューヌに戻って来たの? たしかネプギア様たちと犯罪神を倒すための旅に出たって聞いてたけど……」

「えっと…さっき帰って来たばかりです。ちょっと私だけいろいろあって旅から離脱しちゃったというか……」

「そう…あんまり聞かない方がよさそうだね。まあルナちゃんが無事に帰って来てくれてよかったってことで。ところで今暇?」

「まあ、はい。急ぐ用事はないですけど……」

 

 そして提案した。

 

「ちょっとこれから一緒にショッピングに行かない? ルナちゃんに意見を聞きたいの」

「意見…ですか? 私のなんかでいいのであれば……」

「なら決まりね。お店はこっちだよ」

 

 そう言ってクリスさんはどこかへ歩き出す。それに後ろから付いて行く形で、私の久しぶりのプラネテューヌでの休日が始まった。

 

 

 

 クリスさんに連れてこられたのは、いつか来たショッピングモール。ついアイエフさんとここに来たときのことを思い出すけど、頭を振って気持ちを切り替えてクリスさんのあとに付いて行く。

 少し歩いてクリスさんが立ち寄ったのは小物が売っている雑貨屋。少し商品を眺めてみると、木目調のデザインのものを中心に扱っているようだった。

 そこでクリスさんは「実は今度部長が今の役職に就任して五周年になるの。だからその記念としてちょっとしたものを贈ろうと思ってて。私だけの意見じゃ喜んでもらえるか分からないから、ルナちゃんが来てくれて助かったわ」と言った。

 なるほど、そのために私を連れてきたのか、と納得したところで私はダイゴさんとは二日ほど会っただけ。それはクリスさんにもそうだけど、最初の挨拶とほんの少しの会話しかしていない私がちゃんと意見できるか怪しいところだ。

 そのことを伝えても、クリスさんは「だからこそだよ。私は部長のことよく見てるけれど、よく見てるからこそ見落としちゃうものってあるじゃない。それをルナちゃんなら気付けるかなって」と言いながら、商品の一つ一つを手に取って見ていく。ときどき「これなんてどう思う?」と私に訊いてきて、それに一つ一つ返していく。

 私も私で店内を見渡していいのがないかと見ていくけど、ダイゴさんに似合いそうなものは見当たらなかった。

 

 しばらくして店の商品を全部見終わって、私達は次の店へと足を運ぶ。何もあの店で選ぶ必要もなく、気に入ったものがなければまた探せばいいからだ。

 それにこのショッピングモールはすごく広いから、雑貨屋さんでも複数の店舗がある。…まあ可愛い系は合わない、という理由でそういった系統を扱っているお店は避けたけど。

 

 けど次へ、次へ、と店を転々としても一向にピンとくる物は見つからず、足も疲れてきた頃にクリスさんが「休憩しましょうか」と言って、私達は店内に設置してあった椅子へと腰をかけた。

 そこで私は少し気になっていたことを訊いてみた。

 どうしてダイゴさんを祝うのに『物』にこだわるのかと。

 

「そうだね…本当は宴会場でも予約してパーッと祝いたかったんだけど、ほら、このご時世じゃない? 答えは分かってたけど、試しに部長に訊いてみたら「今はそんなことに時間を使ってる余裕はないぞ。女神様のためにも今は俺達が耐えるときなんだ」って。自分の周年祝いを“そんな”って言わなくたっていいじゃないって、ねえ?」

「え、えと…そ、そうですね……?」

「けどだからって何もしないっていうのも味気ないじゃない? だからせめてプレゼントくらいは渡したいなって、皆で決めたの」

「皆…? ってことはクリスさん以外も?」

「ええ。部長がいない間に話し合って、それぞれ自由にって。用意するのもしないのも自由。するとしても食べ物でも飲み物でもなんでもOK。だから私は小さいものにしようと思ったの。副部長の私がすぐなくなる物を渡したんじゃ立場的にね~」

 

 そう言って苦笑いするクリスさんに、私はちょっと心配になった。

 

「あの…無理はなさらなくても、贈り物をするだけでも気持ちは伝わると思いますけど……」

「ああ大丈夫大丈夫。今のはあくまで建前で、本音のとこはせっかくだから残るものにしようと思っただけだよ。それに……」

「それに?」

 

 続けてクリスさんはちょっとだけニッと、ちょっとだけ悪い顔で、

 

「上手くいけば食べ物を買うよりも安く済ませられる」

「あー……」

 

 小物というのはせいぜい三桁の値段で買えるものがほとんどだと、このときの私は思い出していた。

 

 

 

 休憩もそこそこに再び探してまわる。

 けれどやっぱりそう簡単には見つからず、あと少しでこのモールの雑貨屋は全て制覇しそうだなと思いながら、私は店頭に並んだ小物を見ているクリスさんの後ろで辺りを見渡していた。

 

 化粧品…は人に合う合わないがあるし男性用はよく分からないからパス。そもそも消耗品。

 入浴剤…そもそも浴槽にお湯をためて入る人なのかな。なんだかシャワーでさっと浴びて終わらせそうなイメージ。そしてこれも消耗品。

 眼鏡…使ってる? 使ってないよね。じゃあいらないよね。

 紅茶…それも消耗品。あ、でも私からってことで買っておこうかな。すみません、疲れが癒える茶葉か何かってありますか? あ、じゃあこれください。ラッピングもお願いします。

はい、ありがとうございます。すみませんクリスさん、ちょっと離れてしまって。あとちょっとお願いがあるのですが、これを私の代わりにダイゴさんに渡してくれませんか? 私からの記念祝いとして。え? 私が直接ですか? いえ、多分そのころ私は別の国に行ってると思うので。はい、お願いします。

 よし、それじゃあ本題に戻って……

 

 と、その雑貨屋ではクリスさんが選んでる間に私の方があっさり決めてしまって、クリスさんは「ルナちゃんのより喜ばれるものを~!」と更に張り切って、最後の雑貨屋に向かう途中。移動しているときにチラリと見えたものが、私の足を止めた。

 クリスさんも私が止まったことに気付き、戻って来て、私の視線の先にあるものを見た。

 そこはスーツ専門店で、私の視線の先にあるのは店頭に並べられたネクタイピンの、その一つ。

 銀色のピンに、先端に葉の色が紫色でふちが銀色のクローバーの飾りが付いたそれは、シンプルなものだった。

 そしてそれを見て思い出したのが、ダイゴさんのネクタイ。

 確かダイゴさんのネクタイにもピンがついていたけど、何の飾りもついてない、至って変哲もないものだったのを、なんとなく覚えていた。

 そうでなくてもこれぐらいならいいんじゃないか。定番といえば定番だし。

 そう思いクリスさんに提案してみると、「…うんっ。これならそれ程高価じゃないし、小さい。それに紫色とは…女神様を意識できていいよね。にしてもネクタイピンとはうっかりしてたよ。うん、ルナちゃんを連れてきて正解だね!」と喜んでそれをレジに持って行った。

 私もちょっと、紫色っていうのがネプギアや、向こうの次元で会ったネプギアのお姉さんをイメージさせたからそれを選んでみた。隣には緑色や青色もあったけれど、紫色を選んだ理由がそれ。

 それにクローバーっていうのは幸運を運んでくれる植物。本物ではないけれど、ダイゴさんがこれからも元気でありますように、って想いが込められると思ったから。

 

 プレゼントも無事用意できて、じゃあこれで解散。…かと思ったけど、そう思っていた私をクリスさんは呼び止め、食事を奢ってくれた。

 これがまた、以前来たファミレスだった。

 数ある店の中からこの店を選んだのはわざとか、とか思ったけれど、あの日のことは誰かに話した覚えはない。特に話す機会がなかったってだけだけど。

 だから偶然なんだろう、と一人で納得して、今回は鳥の唐揚げ定食を頼んだ。

 やっぱり普通に美味しかった。

 

 食事も済んで、なんならデザートのケーキも食べ終わって、私とクリスさんはそこで別れた。

 「犯罪組織のことが終わったら、また事務部に遊びに来てね!」と帰り際に声をかけてもらったとき、私は「はいっ! もしかしたら次は本格的に働きに行くかもしれませんけどね!」と元気に返した。

 うん、大丈夫だよ。全部終わればもう危険なことなんてしなくて済むんだから。またPCの前でキーボードに指を走らせて、普通の教会職員として働ける。

 …あ、でもその前に面接なのかな。この間のは保護してくれてる間のちょっとしたことだったし。…借金返済もあるんだった。

 う、うん。きっと大丈夫だよ…ね? 

 

 ちょっと不安になるけど、そんな不安は全て終わってからじゃないと晴れない。

 そう思って、足を進める。

 行き先はリーンボックスじゃない。けれど決まっている。

 それは、さっき紅茶を購入しようとしたときに覗いた財布の中身で決めていた。

 

 そうだ、ギルドに行こう。

 

 いやほんと、一泊すら危ういので。

 

 あ、クエスト中の話は割愛します。とりあえず、相手はフェンリル3体でした。

 それと、格安の宿に泊まれました。素泊まりの狭い部屋。クエスト報酬の3分の2の価格で。

 明日はリーンボックスへの行き方を調べつつ、旅費を確保しようかな。




後書き~

さて次は最後の文通りですかね。ちなみに贈り物ってその物によって意味があるらしいですよ。ネクタイピンは...さて、どんな意味でしたっけ。
また次回もお会い出来ることを楽しみにして。
See you Next time.
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