──泣いてる。
あの子が、泣いてる。
なんで泣いてる?
誰が泣かせた?
あぁ、あいつらだ。
あいつらが泣かせた。
あの子を泣かせた。
許さない。
あの子から笑顔を奪ったあいつらを、
絶対許さない。
全部許さない。
全部壊す。
全部殺す。
全部、全部、全部。
そうしたらあの子はまた、笑ってくれるかな。
「…んっ……」
朝日の眩しさで目を覚ました。
見慣れない部屋。カーテンが閉めきられていて薄暗い部屋。けどカーテンの隙間から差し込んだ光が私を起こしたようだった。
「…いつの間にか寝てたんだ、私……」
『おはようございます、マスター。お目覚めの気分はいかがですか?』
「おはよう月光剣。…あんまりよくないかも」
寝起きだからかな。頭がまだぼんやりする。
それになんだろう…夢を見たんだと思う。なんだかとっても悲しい夢を。
『夢、ですか…内容を覚えていますか?』
「ううん、全然。ただ悲しい夢だったなってことは覚えてて……」
なんだろう…私は一体何を見たのかな……
そう考えていると、部屋の扉をノックされた。返事をすると、相手はジンさんだった。
扉には鍵がかけてある。だからそれを解除するためにまだ気だるい体を起こして、扉を開けた。
「おはよう。昨日はよく眠れたか?」
「おはようございます。…一応眠れはしましたけど……」
「…まだ疲れが取れていないようだな。どうする? 今日の会議は欠席するか?」
「…いえ、参加します。一度受けたお誘いを断るわけにもいきませんからね」
「そうか…。ところで朝食はまだだろう。近くにカフェがあるんだ。一緒にどうだ?」
「そうですね。ではご一緒させていただきます」
「そうか。…支度は30分もあれば十分か?」
「へ? …あ。は、はい。すぐ準備します」
「ああ。では30分後にな」
そう言ってジンさんはさっさといなくなって、私は扉を閉めた。
ははは…私、まだ起きたばかりで何の支度も出来てなかった……
「…急がなきゃ」
ジンさんを待たせないためにもね。
そう決めて私はすぐ洗面台のところへと向かった。
私が寝ていたのはギルドの中にある仮眠室。生活に必要な最低限の設備が揃ったそこは少し狭いホテルの部屋みたいな場所で、仕事が忙しくて帰れないようなときに使っている、とジンさんは言っていた。
ただ忙しくないなら使われない部屋だから、ということで昨日ジンさんから「まだ宿を取っていないなら使うといい」という言葉に甘えて泊まらせてもらっていた。
だから別にジンさんの家に泊っているわけじゃないから安心してね! …って、誰に言ってるんだろ私……
そういえば昨日はあの後、私はジンさんや他の冒険者達と共にギルドに戻ってきた。そこで他の冒険者達とは別れて、私とジンさんは執務室へ。そこで今日の事件を私の視点で話した。
洞窟の最奥で捕らわれている教祖に偶然会ったことから隠し扉から繋がる地下研究所の存在。そこでキメラを作ったという研究者に会ったことやキメラにゲイムキャラ達が取り込まれることで暴れ地上へと出て、それを私達が倒したことまで全て。
そして仕組みは分からないが、キメラの感情や痛覚が私に伝わってきたことも伝えた。
当然信じられるわけがない。所詮モンスターと人間だ。通じ合うなんてあるわけがない。
そう言われるとか思ったのに……
「そうか…だからお前さんは泣いていたんだな」
「…え…信じてくれるんですか……?」
「当然だ。俺はお前さんを信じてこの協力関係を築いた。ならこの話だって信じられなきゃ、他の報告でさえ信じられなくなっちまう」
「まさかお前さん、そう言って今後変なモンスターを倒すなーとかいう気じゃないだろう?」って問いにはすぐに頷いて「彼らが人間に危害を加えようとしたことに変わりありませんから」って言うと「ならお前さんがこんな嘘を吐く理由がないな」って笑った。
それもそうだ。こんな突拍子もないこと、理由が無ければ嘘として吐く必要がない。そして私にはその理由がない。
…少しだけ安心した。こんな話を信じてくれる人もいるんだってことに。
そう思っているとジンさんが「まあお前さんの話を信じられる理由が他にもあるんだが……」と呟いて、私がそれに対して聞き返そうとしたら「ああいや、すまない。独り言だ。忘れてくれ」って誤魔化された。
その理由の内容が気にはなるけど…それ以上は聞かなかった。どちらにしろ私を信じてもらえているのだから、それでいい。
それからすぐ話は切り替わって、明日…つまり今日の話になった。
教祖や他国の女神候補生も含め、今回の件で情報共有をする必要がある。そのためにも何か知ってそうなギルド、その長であるジンさんと、あの場にいた雇われ冒険者な私…ユエに参加してもらいたいとのご伝達。ちなみにジンさんは強制。私は任意らしい。
任意だからどちらでも構わないとジンさんは言っていて…私は最初断った。今回の件であの子達の感情が流れ込み続けたせいか、私自身の精神に影響が出ている。冷静に考えればそう自覚する態度を取ってしまっていたから、これ以上酷い態度を取る前に休んでおきたいと思って。…でもあれはあの冒険者の態度も悪いとまだ思うけど。
それに参加するとしたら姿を隠した方の私。それってつまり皆のいる前でずっと自分の姿を偽り続けなきゃいけないってことで…なんだかずっと嘘を吐いているような気がしてしまって、それで余計精神が疲労してしまいそうだ。それにボロが出ないとも限らない。
かといって正体をバラす気はない。なんかもう今更だし、それならいっそこのまま貫いてしまえとも思ってるから。…というかきっともうユエの出番はないだろうし。
だから断ったんだけど…ジンさんと話している時にネプギアからの着信がきて、明日の会議に参加しないかとのお誘い。ネプギアとしてはこの会議がもしかしたら私が調べていることの役に立つかもしれないと考えたんだって。
あとロムとラムが会いたがってるって。そう言われたら行くしかないよね。
もう参加するための目的が最後の一つに持っていかれてる気がするけど…まあ気にしない気にしない。友達が会いたがってるんだから、会いに行く。それだけだよね。
朝食はジンさんと一緒にカフェで。昼食はそれぞれで。
そして会議は午後から、リーンボックス教会で。
「…あ、ルナちゃん」
「おっそーい! やっときたのね!」
「え? えっと…待たせてごめんなさい……?」
時間になれば案内が行く。だからそれまでロビーで待っていればいい。
そうジンさんに言われたから、その通りに教会に来たんだけど……
あれ…? まだ時間にはなってないはず……
「こら、そういうこと言わないの。ルナが困ってるじゃない」
「大丈夫だよ。まだ時間になってないから」
「そ、そっか。時間を間違えたかと思っちゃったよ」
「でも時間ギリギリね。まさか迷子にでもなってたの?」
「ち、違うよ。ただちょっと、綺麗な白猫と戯れてたら時間を忘れちゃって……」
嘘じゃない。猫と戯れてたら遅れたのは本当。
けどもっと言うなら、今もまだ教会という場所に苦手意識があったのと、これからネプギア達の前で今回のことを全然知らないという演技をしなければならないのだと思ったら足が何度も立ち止まってしまっただけで…正直突然走り出した白猫を追いかけて教会の近くまで来なかったら、本当に遅刻していたかもしれない。
けどそれを正直に言うわけにもいかないから、ネプギアの「そんなに綺麗な猫だったの?」という質問に「すっごく綺麗だったよ。毛並みもふわふわのさらさらで、宝石みたいな青くて綺麗な目をしてて」ってなるべくそっちに意識を持たせる。実際本当に綺麗な猫だったし。汚れも全くない真っ白な毛で、手入れがされているみたいに絡まりが一つもなくて触り心地抜群で。首輪をしてなかったから野良猫かな。
私から白猫の話を聞いたロムとラムがその子に会いたいって言ったけど…多分もういないんじゃないかな。私が教会に入るときには背を向けてどこかに歩き出していたし。
そう言ったらラムが「じゃあ今から探しにいく!」って言い出しちゃって、私達の傍で成り行きを見守っていたアイエフさんが「こらこらダメでしょ。もう時間になるんだから」って止めていた。
それから案内の人が来るまでの間、私はネプギアから私が知らない情報を教えてもらった。
まず昨日ユニから教えてもらっていた、教祖のチカさんが出したという犯罪神崇拝規制解除法のこと。あれ、実はリンダが変装した偽者のチカさんが出したものだったんだって。ロムとラムの二人の発言がきっかけで分かったってラムが自慢してた。はっきり言いましょう、自信満々なラムたん可愛いです、はい。
…こほん。とにかく偽者がやったことで、本物のチカさんも戻って来たから再び規制しようとしているんだって。一度規制解除しちゃったからもう一回っていうのが難しいみたいだけど、頑張ってるって言ってた。
それからその偽教祖の正体を暴いた後の話も。でもこれは本当は私も知ってる話。リンダが逃げ込んだ先で黒マントに狐の面の女性らしき人物と共にいろいろやったって話。今日はもしかしたらその女性もくるかもしれないってネプギアは言ったんだけど…そうだね、その女性は君の目の前にいるね。言わないけど。
そうやって会話…主にネプギアと話していたからかな。傍で見守っていたアイエフさんとコンパさんの会話が聞こえてきて…まだ謝ってなかったことを思い出した。
…いや謝る気は最初はあったんだよ。次に会ったら謝ろうって、ネプギアと仲直りした時に。けどその後ユエの姿でだけど会ったし、さっきはさっきでいろいろと別のことが積み重なって頭の隅に行ってしまったというか何というか……
…言い訳だよね。それに今気づいたんだから、謝ろう。
そう決めて、「仲良しに戻ってくれてよかったです」「そうね。これでネプギアが隣でめそめそ泣いてる声を聞きながら寝る日からおさらばできるわ」って話しているお二人に声をかけ……
「え? ネプギア泣いてたの?」
「な、泣いてないよ!? アイエフさんも変なこと言わないでください!」
「あはは、ごめんごめん。冗談よ」
「なんだ、冗談か……」
「なんでそんな落ち込んでるのルナちゃん!?」
アイエフさんの冗談にネプギアは怒るんだけど…私は私でがっくり。
別にネプギアに泣いていてほしかったわけじゃない…いや泣いていてほしくはあったんだけど、それは別にネプギアの泣き顔が見たいとかそういう気持ちじゃなくてね。
「泣くくらい私と仲直りしたいと思ってくれていたならいいな、と思って……」
「ルナちゃん…。私も同じ気持ちだよ」
「ネプギア……でもごめん私泣いてない」
「ええっ!?」
「いやアンタ達昨日思いっきり泣いてたじゃない」
それはノーカウントだよ、とユニに言ったり、そもそも私達が仲違いしていたことを忘れていたらしいラムにロムが「ルウィーの病院のときのお話で……」って言って「あー、あれのことね! なによ、あの程度でケンカしたの?」と子どもらしい情け容赦ない言葉をかけられてネプギア共々落ち込んで、でも本気で落ち込んでるわけじゃないから、お互いに同じタイミングでお互いを見て、なんだか可笑しくて笑った。
とっても楽しい会話だ。きっと今後もこんな風に仲良く笑い合える日々が多くあるのだろう。そして私がその傍で一緒に笑えるのはユニのおかげでもあり、同時に許してくれたネプギアのおかげであり、心配してくれたお二人のおかげでもあるから。
ついアイエフさんの冗談で意識がそちらへ逸れてしまったけど、やっぱり言わなきゃだから。
そう改めて決めたから、私はお二人に向き合って、頭を下げた。
「その…アイエフさん、コンパさん。お二人にはその節は大変ご心配とご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「そうねー、とっても心配したわ。ね、コンパ」
「はいです。もう会えないかもしれないと気が気じゃなかったです」
「うぅ…本当にご迷惑を……」
「でもそれは違うわよ、ルナ。私達は心配はしたけど、迷惑かけられたなんて思ってないわ」
「です。とってもとっても心配したですが、迷惑なことなんてまったくなかったですぅ!」
そう言ってくれるアイエフさんとコンパさんの優しさに触れて、嬉しくて今度は感謝の気持ちで頭を下げようとして。
けどその前にアイエフさんがとても言い辛そうに、あの時のことを話してくれた。
「それに、ね。正直言い辛いんだけど…私の方がルナに迷惑をかけたわ」
「え……?」
「ルナを置いて行こうって話…あれ、私が提案したの」
「あ…じゃあやっぱり……」
「足手まといの話はあの場限りの嘘だから安心して。ただね、私もコンパもネプ子達を助けたいって思ってるから命がけで旅をしているけど…ルナは違うでしょ? これ以上は犯罪組織も手強くなってくる。正直当時はそのことを軽く見ていたから…。だからそのことを自覚した今のうちにって思ったのだけど…ごめんなさい。それが逆にあなたを苦しめることになってしまって」
そう謝るアイエフさんになんて言おうか、悩んだ末に決めた言葉を伝えた。
「…そうですね。確かにあのときは悲しかったです」
「うっ……」
「ですがあのとき皆さんが私のことを本当に心配してくれていたことは知っていますし、今はそのことを素直に受け入れられます。…それに、もしあのままズルズルと何もなかったかのように付いて行っていたら、私はきっと本当に足手まといになっていたと思います」
「そんなこと……」
「そんなことあるんだよ、ネプギア。身体能力とかそういうのじゃなくて、精神面で私は弱かった。今は違うかと言われれば今もまだ弱いだろうけど…だからこそそのことを自覚して、その上で今後自分はどうしたいのか考える良い機会だった。それに皆さんと離れたおかげで、結果として私は私に必要な経験を得ることが出来たと思います」
ルウィーでのあの出会いも、その後の別次元に落っこちちゃってお姉ちゃんと呼べる女神様と出会えたことも、どちらもネプギア達と行動していたら出来なかった思い出と経験だ。…クリスさんとのは、また別の経験が得られたんだと思う、多分。
「それに今はちゃんと仲直り出来ましたから。ね、ネプギア」
「うんっ!」
う、うん…そう満面の笑みで頷かれるとこっちが恥ずかしくなる…って私も結構恥ずかしいこと言ってた気がするから今更か。
「だから私はアイエフさんに、もちろんネプギアとコンパさんにも迷惑をかけられただなんて思っていません。むしろ今はそんな機会を与えてくれたことに感謝してるくらいですよ」
「そう……そう言ってくれるとありがたいわ。正直、あのときの自分の判断が本当に正しかったのかわからなくなっていたから」
よかった。どこかすっきりした顔のアイエフさんを見てそう安心した。私も今の言葉であってたのか心配だったから。
気にしないで、とかじゃダメ。それは何だかアイエフさんの言葉を拒んでいるように今だけは感じたから。だから素直に受け入れて、自分の気持ちを言う。そう判断したのは間違ってなかったみたいだ。
アイエフさんとコンパさんに謝って、謝られて…そういえば結構時間経ったけど大丈夫か。
そう思っていたらタイミングを見計らっていたようで、そこで案内人の職員が私達に「そろそろよろしいでしょうか?」と声をかけてきた。
…うん、すみません…いろいろと話し込んでしまって……
もう既に約束の時間は過ぎてるんだろう。私が約束の数分前に来たんだから。
チカさんを待たせちゃってるね。着いたら謝ろうか。
そう言葉を交わして、私達七人は案内役の職員に引き連られて用意された会議室へと向かった。
後書き~
次回、会議です。
それではまた次もお会いできることを期待して。
See you Next time.