ギルドでは話が通っていたらしい。私が受付に名前を言って用件を言う前に「話は聞いてます。こちらへどうぞ」って執務室まで案内されて中に通された。
ただ中にはまだジンさんはいなくて「今呼んでくるからここで待っててくださいね」って扉閉めら、他の人の目もない中私は一人だけ……
「って、それでいいのかギルド……」
『それだけマスターが信頼されていると見るべきか、不用心と見るべきか。悩みますね』
「だね……。まあ何もしないからいいけどさ」
前と同じようにソファに座って大人しく待つことにする。こんなところで犯罪行為をする気もないし、する必要もないからね。
案内してくれた職員が呼びに行ったから、多分そんなに待たずに済むだろうけど……
──にゃー。にゃー。にゃー。
「…猫?」
それが聞こえてきたのは窓の外からで、気になった私は窓に近付いて外を見る。
「あっ、さっきの……」
そこにいたのは真っ白で美しい猫。
その白猫がこちらを向いて座っていた。私を見ると小首を傾げて、その動作が可愛い。
それからもう一回、先程と同じように鳴き声が三回。
「…もしかして、中に入る?」
なんとなく中に入りたいのかなと思って窓を開ける。
するとすぐに白猫はジャンプしてするりと中に入った。そして真っ直ぐ私が座っていた長いソファの端に乗りくつろぎ始めた。
しまった。部屋の主の許可がないのに猫を入れてしまった。もしかしたらジンさんに怒られちゃうかな。
でももう中に入れてしまったし、くつろいでいるところを捕まえてまた外に、というのも心苦しいし……
そう考えている間に扉が開いて、ジンさんが来てしまった。
「ん? お前さん、そんなところで何をしている?」
「えっと、その……」
「にゃあ」
どう言おうか迷っていると先に白猫が鳴いて、ジンさんがその方向を見て、私もそちらを見る。
そこには先ほどまでのくつろいでいた姿はなく、ソファに座った状態で真っ直ぐジンさんを見る白猫の姿があった。
これ、どう言われるだろうか。勝手に招いてしまったこと、怒られてしまうだろうか。もしかしたら動物が苦手な可能性だってあるだろうし……
そんな私の不安を余所に、ジンさんは「あぁ、いたのかお前」と言い、白猫は「にゃあ?」と首を傾げて、それに「ダメではない」とジンさんが答えて……って、
「あの…ジンさんはこの白猫さんとお知合いで?」
「ああ。そうだな……そいつのことは、ときどきこの部屋に遊びに来る猫、とでも思っておけばいい」
「わ、分かりました」
ま、まあそういう来客(?)も来るところは来るってことなのかな……?
ともかく怒られずに済んで、ジンさんに先ほどまで私が座っていた席に座れ、とソファを手で指して促される。そこには白猫が座っているんだけど……まあ座れと言われているから。
そう思いながら座ると、白猫は私の膝の上に乗ってきて、そのまま体を丸めてしまった。
さ、さすがにこれはどかさないと話ができない。そう思って優しく白猫に「ごめんね、ちょっと降りてもらえないかな…?」と言いながら下ろそうとすると白猫は「にゃっ」とそっぽ向いた。多分嫌だってことだと思う。だって爪がズボン越しに立てられて痛い……
それを見ていたジンさんが「あぁ、そのままで構わない。話がしっかりできるなら、その猫をどうしていても俺は何も言わん」って言ってくれたおかげで下ろす必要がなくなり、白猫も私が下ろさないと分かったのか再び膝の上でくつろぎ始めた。
うぅ、可愛い……でも話を聞かないといけないし……ちょ、ちょっと。ちょっと背中を撫でるくらいなら……
…あぁ、柔らかであったかくてふわふわの毛だぁ……
『…マスター、顔が……』
「…んんっ」
「あ、す、すみません……」
「いや。ただ話はしっかり聞いてくれ」
「は、はい」
失敗失敗。ついその撫で心地に夢中になりかけてしまった。
反省しつつ、白猫の背中に手を置いて話を聞くことにした。だってふわふわであったかくて、触れてるだけで気持ちいいから……
「さて、まずは会議お疲れさん、と言っておこうか。どうやら途中から話を聞いていなかったようだがな」
「うっ、すみません……」
「いや、その点に関して責める気はない。昨日のお前さん…ユエに関しての話でお前さんが何のアクションも起こさなかったおかげで、こちらで勝手に答えることができたからな」
「えっ、ユエの話も出たんですか?」
「……本当に聞いていなかったのか」
「うっ……本当に、申し訳ありません……」
「もう一度言うが責める気はない。が、ここまで聞いていなかったとなると……それほどまでに気になることが他にあったのか?」
「……少し、いろいろとあるだけです。会議の最中、集中していなかったことに関しては謝りますが、これに関しては聞かないでください」
「…分かった。そこまで言うなら聞かないでおこう」
「すみません。ありがとうございます」
「礼はいい。とりあえずこちらから話しておきたいことの一つが、今のユエに関する設定だ」
そこからジンさんは今回の会議でユエに関しての質問を受け、答えた内容を教えてくれた。
まず一つ、ユエは旅人であること。二つ、信頼と実績があったため今回の調査へ向かわせたこと。三つ、その正体及び情報に関しては契約によって秘密とされていること。
ひとまずこの三つで乗り越えたらしい。
「下手に設定を作るよりも、最低限の設定で他を秘密にしておけばやりやすいからな。もっともこれは後でユエ関連で問題が起きた場合、俺が責任を持つということでもあるんだが……」
「っ……」
そう言われ、サングラス越しに睨まれたように感じ、心臓がドキッと跳ねる。
心当たりが一つあったから。
「…これは会議でネプギア様が俺を通してお前さんに訊きたいと言っていたことなんだがな……お前さん、シェアクリスタルを見なかったか?」
「…それは、どういう意味で?」
あくまで表面上は冷静に、内心焦りどう言おうか悩みながら、ジンさんの話を聞く。
昨日、キメラが倒された後、ネプギア達はあるものを拾った。
一つはこの国のゲイムキャラ、もう一つはマナメダル。
さて、この二つはキメラに取り込まれたはずのもの。倒されたから出てきたのだろう、と考えたまでは良し。
じゃあ取り込まれたはずのシェアクリスタルもどこかにあるはず。そう思いネプギア達は探したが、見つけることは出来なかった。
もしかしたらキメラに取り込まれそのまま消滅してしまった可能性もあるが、誰かによって持ち去られた可能性もある。
持ち去られていた場合、その人物はそれがシェアクリスタルだと知らずに持ち去ったか、悪意を持って持ち去ったか。前者の場合はあの時あの場にいた冒険者に連絡し聞けばいいし、実際聞いたらしい。流石にシェアクリスタルだとは言えなかったため「輝く綺麗なひし形の結晶を拾ったか」という質問をし、結果ほぼ全員が「そんなものを見たことがない」と答えたそうだ。
さて、今のを“ほぼ”全員と称したのは、まだ一人聞けていない人間がいたからであり、その人間は現状一番怪しいとされる人物。
正体不明の冒険者。つまり私だった。
「俺はてっきり三つとも女神候補生様がご回収なされたと思っていた。実際ゲイムキャラもマナメダルも同じ場所に落ちていて、回収されたしな。で、その落ちていた場所ってのはキメラの首が落ちた場所であり…同時にお前さんが立っていた場所でもある。ただそれだけでお前さんを疑うのは早計だとは思うが……心当たりはないか?」
「………」
「…無言は肯定と見なすが、いいか?」
そう言われても、「はい」とも「いいえ」とも答えられない。まだ私はこのことを伝えていいものかどうか悩んでいたから。
もしこれで私が悪意を持っていると思われればどうなるだろうか。もしかするとこの場で拘束され、そのままいろいろ省略して牢屋行き。なんてこともありえなくはない。
いつも通りのネガティブ思考。けど今回はそれだけで終わらず……
もしこの人に……人間に捕まるんだとしたら……
──殺せ。全ての人間を、憎しみが赴くままに
そう、心の奥底に湧いた感情が囁く。このぼやけた感情の正体がなんなのか知るために、そこに意識が向いて……
「にゃ~」
「…えっ? ど、どうしたの?」
遮ったのは膝でくつろいでいたはずの白猫で。白猫は私の体を支えに手足を伸ばし、私の頬へと顔を擦りつけた。ふわふわで柔らかい毛が当たって気持ちいい──
消えろ、それは不要な感情だ。
頭のなかにぼやけた声のようなものが通り過ぎた。そういうイメージで、今のが誰の声なのかも、そもそも声だったのか、すぐに分からなくなる。
今度はそれが何だったのかに意識がいきそうになって、すぐに「まあいっか」と思えた。
白猫は少しの間だけ私の頬に顔を擦りつけただけでそれ以上は何もせず、再び膝の上で丸くなった。何がしたかったんだろうか……
「……それで、俺の質問に答えてくれるか? ルナ」
「……分かりました」
何故だか先ほどまでの抵抗がなくなり、彼に話してもいいだろうと思えるようになった。
まるで彼への不信の原因がどこかへ消えたみたいに。
どちらにしても話さなきゃ。これを彼に隠していても良いことはない。むしろ話の流れによってはこちらにメリットのある話になるかもしれない。
それにきっとちゃんと話せば分かってくれるはずだと思うから。
一度深呼吸をして、覚悟を決めて、話す。
「シェアクリスタルを見ていないか、ですが……見ました。そして今、私が持っています」
「……お前さんが持ち去ったのか」
「あの場から持ち去ったこと、それを今まで言わなかったことは謝らせていただきます。申し訳ありません」
「…正直これに関して俺はお前さんを教祖様に突き出すか否かしかできないんだが……お前さんなりの理由があるんだろう。それを聞いてからでも遅くはない。…話してくれ、どうしてお前さんがシェアクリスタルを持ち去り、それを黙っていたのか」
「…はい。きちんとお話します」
どうしてなのか。その理由を話すためにはまず何から話せばいいのか。
頭の中で整理して、考えてながら、理由を述べていく。
持ち去った理由は、調べたかったから。これが何なのか、どうして彼らが持っていたのか、その出所は。それを調べるためには実物を持っていた方がいいと判断した。そして周りがシェアクリスタルだと思っているこれを私が持ち続けるには……取られないためには、不用意に誰かに話さない方が良い。もし女神候補生様……いや教祖様がシェアクリスタルを私が持っていると知れば、きっとこれを奪いにくる。ネプギア達ならきっと理由を聞いてくれて、その上でどうするか考えてくれるだろうけど、教祖の方がどうなのか分からない。私はまだこの国の教祖様をほとんど知らないから。
それにあの場にいたのは私だけど私じゃない。正体不明の冒険者ユエで、彼女達からの信頼なんて何一つなかった。正体を明かすにしても明かさないにしても、これを確実に私が持ち続けるには隠さなくては。そう思って今まで何も言わなかった、と。持ち去った理由と黙っていた理由を説明した。
その説明にジンさんはひとまず納得し、次に訊いてきたのは、どうしてそれを調べようと思ったのかについて。
それを話すには実物があるといいだろう、とNギアを操作し手の平の上へ出したそれをジンさんに見せた。
「……まさか、それが?」
「はい。これがあの場で拾ったシェアクリスタル……そう思われている物です」
手の平に転がるそれは確かにひし形の水晶で、一見本物のシェアクリスタルのようにも見える。
が、私が知っている情報とは決定的に違う点があった。それは……
「…輝いていない、だと……? 聞いた話によれば、シェアクリスタルは自ら発光する物だと聞いていたが……」
「それはおそらく中に詰められたシェアエネルギーが輝いていたからこそだと思います。ですがこれにはもうシェアエネルギーは入っていない……つまり空っぽだから輝けないのだと思います」
「ちょっと待て、シェアクリスタルは本来形にできないシェアエネルギーを特殊な技術を使い結晶化させたものだと聞いている。であれば使い果たした途端消えるはずだ」
「やはりそうですよね……」
考えていた通りだ。であればやはりこれは……
調べて得た情報が間違っていなかったことで、より私の中での仮説が強固なものとなる。
まだ確定ではないそれをより正確なものへと近付けるためにも彼へと話したほうがいい。
「…これは私なりに考えた仮説なのですが……もしかするとこの偽シェアクリスタルは容器なのかなと思うのです」
「容器、だと? お前さんはまさか、それをシェアエネルギーを溜めておけるものだとでも言う気か?」
「はい。今のところはそれが一番しっくりくると考えています」
「…その根拠はあるのか?」
「根拠、というほど確かなものではありませんが……」
私はそう前置きし、何故そう思ったのか話す。
まずこれを拾ったとき……出てきたばかりの時はまだ弱くとも輝いていたこと。私が触れた瞬間私の体の中にあたたかい力が流れ込む感覚がして、これが輝きを失ったこと。そのあたたかい力がこれに残っていたシェアエネルギーだったと思われること。そして研究者がこれを『自分達が研究者で幸運の持ち主だから持っている』と言っていたこと。
これらから考えると、研究者は何らかの方法でシェアエネルギーを得ることができるようになってしまった。だがそのままでは使えず、こういった容器に詰めることで活用する方法を編み出した……のかもしれない。
「異常化モンスターの件と同時に調べる必要があると思うんです」
「なるほど……お前さんの理由は分かった。そして俺がこうして訊きお前さんが話してくれなければ、お前さんは闇に突っ込むようなことを一人でやっていたんだろうなということも想像できた」
「ではもしかして……!」
「すまないが、どうするかは少し待ってくれ。流石にこれは俺一人の判断でどうこうしていい問題じゃない。それにこちらがそのシェアクリスタルを本物だと勘違いしているとはいえ、言ってしまえばお前さんは今法に触れている。犯罪者をみすみす見逃していいほど、俺は権力があるわけじゃない」
「じゃあまさか……」
このまま捕まってしまうのか。最悪の展開になってしまうのか。
そんな不安が頭をよぎる。だけど……
「だから少し待て。何も今すぐお前さんを捕まえるつもりはない。そもそもそれが偽物なら捕まえる必要さえないんだからな。…ただこのまま教祖様に黙っていることはできない。教祖様にはきちんとそのクリスタルの存在を報告し、その上でこの件は異常化モンスター共々こちらの管轄とさせてもらおう。うまくこちらのものとなれば、俺が指名したやつに依頼することができる。ってことはだ」
「…うまくいけば、ジンさんが私を指名することができる……」
「あくまでうまくいけばの話だが……どちらにしろそれを調べる人間は必要だ。お前さんが調査員になれるよう、どうにかしてみよう」
「…いいんですか? 私で……」
「ああ。俺はお前さんならできると思うからな。できると思うやつを選ぶ、もしくは推薦するのは同然だ」
「っ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「ああ、任せておけ」
その声と言葉はとても頼もしく聞こえた。
「それではご連絡お待ちしていますっ!」
最後の話が終わり、元気になった少女がそうお辞儀して部屋を去っていった。
「…で、これでよかったか?」
部屋に残った男性はそう訊くが、それに答える者はいない。何故なら部屋には彼以外には一匹の白猫しかおらず、普通の猫は人の言葉を話すわけがないからだ。
そう、普通の猫であれば……
「──ああ、これでいい。これでまた一つ、あの子が成長できるはずだ」
そのどこか重みを感じる女性の声が発されたのは、本来ならば喋るはずのない白猫の口からだった。
白猫はぐっ…と背中を伸ばし終えると、その碧玉の瞳を彼へと向けた。
「礼を言おう、人間よ。我が頼みを聞き入れたこと、感謝する」
「その口調はやめてくれ。どうにもお前からの言葉だと思うと違和感が強い」
「そうか……じゃあいつも通りにするぜ」
そう言われ先ほどまでの厳格な雰囲気をころりと変えると、白猫はソファの上から机の上へと跳び乗る。
そして机の上に置かれた石を、その小さく毛むくじゃらな手を使いよく見始めた。
それは彼が「実物がなければ証明できない。だから悪いが少しの間だけ貸してくれ」と先程出て行った少女に言い置いていってもらったものであった。
「そんで、結局それは偽物なのか?」
「ふむ、偽物、というのとは少々違うな。シェアクリスタルは力の結晶体であり、これはあくまで器でしかない。例えるならそうだな……シェアエネルギーを水とし、シェアクリスタルは水を凍らせた氷、そしてこれは製氷皿ってとこだ」
「どっちにしてもそれはシェアクリスタルではないってことだな。それならまず前提はクリアだ。次はあの教祖様への説明か……」
彼は白猫の言葉を聞き、次にしなければならないことを頭に思い浮かべてため息を吐く。
「にゃはは……まあ頑張ってくれよ。これはギルドマスターって地位を得ているお前だからこそできることなんだからさ」
「だからこそこうしてお前に面倒事を押し付けられてんだろうが」
「私だって自分でできるならしてるさ。だが残念なことに私を知るやつなんて現代じゃほとんどいない。知っていたとしてもそれは人に成りすました私という
「お前が自分が何なのか、限られたやつにしか名乗ってないからな」
「そりゃそうだろう。試しにその辺のやつに名乗ってみろ、たちまち変な目か可哀想な目か微笑ましい目で見られるぞ」
「ま、俺も初めは信じれそうになかったからな」
「その言葉だと今は信じているように聞こえるが、まだお前が私の存在を完全には信じていないことは知っているからな」
「やはりバレていたか」
「当たり前だろう」
悪戯がバレたような声色で言った彼に、白猫は呆れた。
それから一人と一匹はこれからのことを打ち合わせると、それぞれがそれぞれのやるべきことへ戻る。
白猫は来た時同様、彼によって開けられた窓からするりと抜け出て行き、彼は仕事へと戻った。
そして、裏でこんなやり取りが行われているとは知らない少女は彼と別れた後、近くのホテルの一部屋を借り、自慢だと謳う広い露天風呂で疲れを癒しているのだった。
「はふぅ……いい湯だな~……」
まだ明るいためか入浴客は少なく、露天風呂には少女が一人だけ。ちょっとした貸し切りであった。
しかし少しして一人の女性がやってきて、そんなちょっとした贅沢は終わる。
しかも少女にとって予想外なことに、その女性は少女へと声をかけてきたのだった。
「こんにちは、可愛らしいお嬢さん」
「へっ? あ、こ、こんにちは……」
お互いに挨拶すると女性は湯船に入り、少女の隣へと座った。
女性はこの国出身者にはよく見られる、持って生まれた性別の特徴が大きく出ている体つきで、少女は話しかけられるまで「綺麗な人だな……」とぼんやりと見ていたが、目が合い話し掛けられたことにより動揺した。
少女はこういう場で初対面の人に話し掛けられることに慣れてはいなかった。
そんな動揺を知ってか知らずか、女性は「ん~っ……ふぅ」と体を伸ばしリラックスすると「いい湯ね~……」と言った。少女は動揺しつつも「そ、そうですね……」と答えた。
その動揺が伝わったのか、女性はくすりと笑うと少女へと話しかけた。
「急に話しかけてごめんなさいね。あなたが私が一度だけ会ったことがある子と似ていたからもしかしてって思ったのだけど……人違いだったみたい」
「す、すみません……」
「あなたが謝ることじゃないわ。こちらが勝手に期待しただけ。それでもこうして会ったのも何かの縁だろうから、少しお姉さんとお話ししない?」
「えっと……はい、いいですよ」
少女は一瞬どうしようか悩むが、滅多にある出来事でもなかったため友達への良い土産話になるかもしれない、と女性の誘いを受ける。
それから少女と女性は他愛もない話をする。女性がホテルの宿泊客ではなく地元の住人で、今日は入浴目的で来たことから始まり、地元の人しか知らないような美味しい料理店やおしゃれなカフェのある場所、女性が好きな紅茶の品種とそれを取り扱っているオススメのお店など、女性はそのときそのときに思いついた話をした。
少女はそれを聞き「明日行ってみよう」と次の日の予定を考えつつ、自分の話もした。旅人であること。他の三か国にも行ったことがあること。
そういった会話の流れからふと女性が最初に言っていた自分と似た人のことが気になり、どういう人だったのか訊くと女性は答えた。
「あの子と出会ったのは…確かそう、三年前ね。私が友達と一緒の時に変な男達に絡まれちゃって。困っているところを助けてくれたのがその子。今のあなたよりも小さい子だったのに、明らかに鍛えていそうな男のパンチを片手で受け止めちゃったのよ」
「えっ? 男性の拳を…!?」
「そうっ! すごかったわ~、そのままもう片方のパンチも受け止めちゃうし、蹴りもジャンプして躱したと思ったらそのまま顎に膝蹴りかましてノックアウトっ!」
「つ、強い方だったんですね……格闘家か冒険者の方だったのかな……?」
「あなたと同じで旅人だって言ってたわ。あの頃はまだ旅を始めたばかりって言っていたけれど……今も旅をしているのかしら」
「…さあ。旅にも人それぞれ理由がありますから。もし目的や目標があって旅をしていたのだとしたら、達成できてるといいですね……」
「そうね……あなたはどう? 旅の目的ってあるのかしら?」
「私のは、まあ……友達が頑張ってるから、私も頑張らなきゃって思って、何を頑張ればいいのか探して、今は見つけたそれを頑張ってみようかなってやってるところです」
「そう…あなた、まだ若いのに立派ね。そうやって自分の意思を持って行動できるなんて」
「そうでしょうか……まだまだ、全然足りないと、私は思ってます」
「向上心があるのは良い事だわ」
それからも女性は少女へと話を振り、少女は返す。
さすがにそろそろのぼせそうだ。そう少女が思っていると、女性はある話を少女へと振った。
「そういえばあなたはこんな剣の話を知ってるかしら。遥か昔に作られた、すごい剣の話なのだけど……」
「遥か昔に作られた剣……? …どんな剣のお話ですか?」
「なんでも、ある対価と引き換えに一つ願い事を叶えてくれるのだとか」
「願いを叶えてくれる……? そんな夢みたいな剣が存在するんですか?」
「分からないわ。この国に古くから伝わるお伽話のようなものだから。けど、もし本当に夢を叶えてもらえるなら、あなたは何をお願いする?」
「……分かりません。その剣が叶えられる限度が分かりませんし……その対価というのが何なのか。それを払ってでもその場で叶えたいものか判断がつきませんから」
「それもそうよね……対価があることは伝わっていても、その内容までは分からないし……でもそうねぇ、ゲームとかなら払う対価は命、っていうのが定番よね」
「っ…!?」
「あ、も、もちろんゲームの話よ? そもそもその剣があるかどうかも怪しいし……」
「あはは……そうですよね。はい、分かってます」
「そ、そうよね……それに、さすがに命を対価にしてまで叶えたい願いなんてそうそうないわよね」
「ええ。……っと、そろそろ上がりますね。ちょっと頭がぼーっとしてきたので」
「あらごめんなさい。長話しちゃったわね。大丈夫? 一人で上がれる?」
「大丈夫です。それに今日はこのまま寝る気だったので。それでは、おやすみなさい」
「え、ええ。おやすみなさい」
少女は女性に別れを告げ、湯船から上がり、脱衣所で着替える。
一瓶の牛乳で水分補給をして、借りている部屋まで戻り、そのままベッドへとダイブした少女は白い天井をぼーっと眺めながら考える。
先程聞いた剣の話。もし本当にその剣があって、命を対価にどんな願いも叶えてくれるのだとしたら……
「…私はそのとき、何を願うのかな」
薄っすらと見えかけている願いから目を逸らすように目を閉じ、そのまま眠気に誘われるように少女の意識は沈んでいった。
それから数日後。森の奥深くに、私の姿はあった。
「っと、月光剣、この辺かな」
『はい。確かにここで合っているはずですが……』
「……何も感じない。ってことはやっぱり……」
『ええ。マスターのご想像通り』
「昔の私が撒いた力、最後の一つは今、敵の手にある、か……」
無意識にポケットへと手を入れ、それを指で弄ぶ。
輝きを失ったシェアクリスタル……偽シェアクリスタルは今、私の手の中にあった。
数日前、ジンさんに預けたこれは今、私の手元にある。それはつまり……
「…リーンボックスギルド所属特別調査員。与えてもらった肩書や支援に恥じないよう、精一杯頑張らないとね」
『はい。その調子です、マスター』
その肩書がどれほどの重みを持つのか、今は正確には分からないけれど、そこに乗せられた期待の重さは理解しているから。
確認することをした後、私は再び歩き出す。次の目的地へと向かって。
後書き~
シェアクリスタルはシェアクリスタルでも偽シェアクリスタル!ただその使い方は本物と似た感じに扱える模様?
そしてそして、ルナはジンから『リーンボックスギルド所属特別調査員』の肩書を受け取りました。今は名前だけでしかないその役職ですが、彼女は立派にやり遂げるのでしょうか。それはまたこれから分かっていくということで。
では次回、またお会いしましょう。
See you Next time.