月光の迷い人   作:ほのりん

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第五十五話『狂った姿』

 ――おなかがすいた。

 気付いたら真っ暗な世界で、一人きり。周りにはネプギア達がいなくて、月光剣もいない。

 そんな世界で、寂しいとか悲しいとか。そういうことを考えるよりも、身体の奥から湧き上がる飢餓感が思考を占めた。

 

 身体が、タベモノを求めていた。

 

『――ッ! ――ッ!』

 

 ふと気付く。誰もいないと思っていた私の周りに、数体の影がいたことに。

 黒く、ゆらゆらと輪郭が不確かなナニカ。真っ暗なはずの世界で認識できるモノ。

 不思議だ、何故。そういうことを考えるよりも前に、感じた。通常であれば感じない、そう認識しないのに。

 ──アレはタベモノだ、と。そう認識してしまった。

 

「グルルルゥゥ……」

 

 一瞬お腹の虫が鳴いたのかと思った。違った、私の口から出た唸り声だった。

 なるほど、今の私は獣なのかもしれない。

 餓えた獣。その目の前に極上の肉をチラつかせれば、次の行動は想像に容易い。

 今からの私の行動は、まさにそれなのだろう。

 

『――めが──ッ!』

 

 影の一体が向かってくる。タベモノが自分から食べられに来た……なわけがないのはその身に纏う殺意が分かりやすく伝えていた。どうやら素直に食べさせてはくれないらしい。

 ならば肉食獣の如く、獲物を仕留めよう。でも武器がない今、どうやって?

 横なぎに振られた鎌をしゃがんで避け、無防備に見える懐へ頭突きをする。

 するとタベモノが後方へと下がってしまった。飛びそうな感じもする。このままでは逃げられるかもしれない。追撃しなくては。

 そう思った時、爪が長く鋭くなっているのに気付いた。まるでアイエフさんが使うこともあるクローのようで、頑丈そう。これは武器になるだろう。

 距離を詰めて、長い爪で裂いて、突いて、裂いて、突いて。

 何度も攻撃した。何度も攻撃された。でも私には痛みひとつ届かなくて。

 何度当たったかな。威力はあったみたい。タベモノからの攻撃が遅くなったように感じる。

 このまま逃がさず殺さず弱らせれば──

 

 ――やった、捕らえた。

 右手が肉を掴んだ感覚が確かにする。この形、この位置。これは……首?

 逃がさないよう、左手も加えて、力いっぱい握って。

 最後の抵抗かな。影の鎌が私を斬ろうと振ったけど、気にせずに。

 

グルゥ……(いただきます)

 

 目の前のタベモノへ、食らいつく。

 タベモノが持つ魔力も、シェアエネルギーも。

 すべての力を奪い、腹を満たすために。

 

 ――力を与えられるなら、その逆もできるよね。

 

 頭の中によぎるかつての自分の言葉。

 それを聞いたあの子は何て言ったんだっけ。

 ……ああ、そうだ。「まるで血を吸う鬼みたいだな」って言ったんだ。

 「鬼ってなにさ。私はそんなに怖いかな」って、私は答えて。

 あはは……。きっと今の私を見たら、あの子は「本当に鬼みたいじゃねえか」って言うのかな。

 言ってくれるといいな。……会えたら、いいな。

 

『――ッ! ――ッ……!』

 

 腕を通して奪っていた力の流れが止まる。同時に影が薄れ、消えた。

 手にはもう何も掴んでいなくて、空いてしまった。

 どうやら全部食らい尽くせたらしい。

 ……でも、まだ足りない。

 おなかいっぱいになるには、全然足りない。

 次のタベモノは……ああ、よかった。まだいた。

 さっきからずっといる、他の影。食べられるのを待っていたのかな。

 地べたに転がる影、立ち上がる影、武器を構える影。

 全部、ぼろぼろ。さっきの影より、食べやすそう。だけど、さっきの影より保有している力が少ない。

 けど、これだけあればおなかいっぱいになるよね。

 だから、もう一回。ちょっとだけ美味しそうな淡い紫色の食材へ食べるよと挨拶をして、近付いて、食べ──

 

「――させると思ったかこのバカ妹がアアァッ!」

 

 はっきりと聞こえた声が、言葉が、その衝撃と共に私を突き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 一目見たとき、この身に流れる血が湧き上がるのを感じた。目元が熱くなって、周りの音が聞こえなくなったような錯覚も起きた。

 赤く輝く髪はまるで気高く情熱的な薔薇。エメラルドからルビーへと変わった双眸はまるで昼夜で姿を変えるアレキサンドライト。前髪にある一房の銀色は彼女の名前の由来ともなった三日月。

 少しだけ普段よりも成長したその姿に、懐かしさを感じてしまって。獣の姿でなければ、私の顔はいろんな水分で人に見せられない姿になっていたかもしれない。

 けれど同時に危うさを感じていた。そもそもあの姿は正常なものではない。狂った姿、思考のままだとどうなるか。それはすでにあの子が証明している。

 シェアエネルギーで構築された赤い爪、それに切り裂かれ、最後には力を吸い尽くされ消えた四天王の一人。

 そして未だ餓えた目を、四天王との戦いで瀕死に近い彼女達へ向けるあの子。

 標的を選んでいたその目が友へと固定された瞬間。私の身体は地面を蹴っていた。

 獣の姿から変わることを忘れ、その姿で一番あの子を吹き飛ばせる方法を直感的に選んで……私は叫ぶ弾丸となった。

 具体的に言えば、猛スピードで横腹へ頭突きした。

 頭が痛い。耳も痛い。どうしてこの体は耳が頭の上に付いているんだろう。頭突きしたら痛いじゃないか。そう考えると耳が横にある人間の体は頭突きしやすい構造をしている。……いやそもそも頭突きしなければいいのだろうけど。

 

「グ、ゥゥ……」

 

 獣のような唸り声で苦痛を伝えるのは、あの子……ルナ。

 私の、大切な妹。

 痛がっても、その場で蹲ることなく立ち上がり、その目は私を映す。

 

「ああ、それでいい。昔からそうだ」

 

 私が暴走したら、あの子が止める。

 あの子が暴走したら、私が止める。

 昔、そう約束して、実行してきた。

 だから、

 

「さあ、姉妹喧嘩を始めようか」

 

 ここで阻むのが、私の役目だ。

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