りゅうおうのおしごと! 銀子ちゃん大勝利   作:youhey

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ほんいんぼうのおしごと!

ほんいんぼうのおしごと!

 

「銀子さん、よく来てくださいました。」

 

長い黒髪が美しい、20代の女性が私を迎えてくれた。今日は道具屋筋にあるシューマイ先生のお店である「天辻碁盤店」に来ていたのだ。今日は太刀盛りの前日、つまりシューマイ先生から珍しくお酒が抜けている日でもある。奨励会三段への昇段を決めた私は、どうしてもシューマイ先生に相談したいことがあったのだ。

 

「お久しぶりですね。なぜか将棋連盟から出禁となってしまい、なかなかお会いできませんでしたから。」

 

「そ、それは…。」

 

私は正月のシューマイ先生のご乱交を思い出して、顔を赤らめた。あのこともあって八一をラブホテルに連れ込んでしまったことも連想してしまった。

 

「まぁ、酒に酔った私が悪いことをしてしまったのでしょう。さて、今日はどういったご用件でしょうか、銀子さん。」

 

素面のシューマイ先生は穏やかな笑みを浮かべて問いかけてくれる。酔っている時とはまるで別人だ。

 

「先生。今日はどうしても先生に相談したいことがあるんです。」

 

「そうですか…。まぁ、おあがりください。古臭い家ですが、お茶ぐらいはお出しできます。」

 

そう言って先生は、私を店舗の奥の居間まで案内してくれた。

 

 

 

 

「さて、一体どんなご相談でしょうか?」

 

シューマイ先生は、丸いちゃぶ台に2つ湯呑を置くと、おもむろに切り出す。私は呼吸を整えると思い切って話し始めた。

 

「私の…、私の将棋のことです。私はこの前の例会で三段に上がりました。プロの一歩手前です。男の人と比べても早い方だと思います。

でも…、でも、自分の力に壁を感じてしまうんです。八一や、他の男の奨励会員とは読みの深さや見えてるものが全然違うんじゃないかって。

私が頑張って頑張って読んでいる局面より、ずっと先を彼らは見てるような…。それも、努力して読んでるんじゃなくて、当然のように見えているんじゃないかって、感じるんです。

このまま努力しても、元の才能が違いすぎて、いずれ全く勝てなくなるんじゃないかって、考えてしまうんです。」

 

先生は、私の話を静かに聞き終えると、少し面白がるような調子で尋ねてきた。

 

「なるほど。その不安も分からないではありませんが、実際のところ銀子さんはここまでそういう人たちに勝ってきてるのでしょう。どうして、そこまで思い詰めているのでしょうか。」

 

私は、少し考えてから答えた。

 

「私がここまで勝ってこれたのは、経験と研究で上手く相手を抑え込めてこれたからです。研究がうまくはまって、序盤からリードを奪って、そのまま押し切る。そうやって勝ってきました。

でも、中盤、終盤になれば研究の及ばない力勝負になる。そこで読み負けてしまえば…、それが努力では埋められない差ならどうしようもないんじゃないかって、思うんです。

自分に才能がないのは、自分でよくわかっています。今まではそれでも経験と研究で補えていました。でもこれからは、それが通用しないレベルの相手と戦わなきゃいけないんです。」

 

「才能がない、ですか。史上最強の女将棋指しと言われる銀子さんに、才能がないとは思えませんけども。」

 

先生はなおも、面白がるような表情をしている。私はムキになって答えた。

 

「頭の構造からして違うんです!私は、頭の中で将棋盤もはっきりとは思い浮かべられないし、駒も一つ一つ意識して動かさないといけない。でも、あいつらは、脳内に将棋盤もくっきり浮かぶし、駒の動きや利きなんて考えるまでもなく見えてるんです!将棋星人なんです!」

 

先生はそこまで聞くと、目をつむり少し考え込んでいるようだった。それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「銀子さんのお考えは分かりました。ですが、どうして私に相談を?私は将棋のことは少ししかわかりませんが。」

 

私はすがるような声で答える。

 

「先生は、私とおんなじ女なのに、囲碁界の頂点に立っています。だから、なにか…、なにかヒントがもらえるんじゃないと思って…。」

 

「そうですか…。」

 

先生はまた、目を閉じて考え込んでいた。少ししてから、私の目を見ながら尋ねてくる。

 

「銀子さんは、今おいくつでしたか?」

 

私は唐突な質問に少し面喰いながらも答えた。

 

「15です。今年の9月で16になります。」

 

「そうですか。若いですね。」

 

「そんな事…。八一は私の年にはもうプロになっていました。」

 

「私と比べて、ですよ。私が銀子さんのような壁に当たったのは20歳のころでした。」

 

「えっ。」

 

私は驚いた。シューマイ先生は15でプロになったはずだし、私が知り合ってからは大活躍をしていたからだ。

 

「私も対局して、読みの深さや速さでは全く敵わないと思うことがよくありました。いや、今でもですね。そう思うことがよくあります。」

 

「えっ。じゃ、じゃあ、なんで勝てるんですか。」

 

私は勢い込んで尋ねた。

 

「私の場合は少し特殊だとは思いますが…。少し昔話に付き合っていただいてもよろしいですか。」

 

「はい。」

 

居住まいを正して頷く。一言も聞き逃すことがないように集中した。

 

「二十歳のころ、プロの生活にも慣れて、棋戦でもそれなりに活躍できるようになっていました。

しかし、トッププロの方との対戦では全く勝てなかったのです。どうしても勝ちたいと思い、必死に勉強しました。多くの棋書を読み、棋譜を並べ、研究に勤しみました。すべての時間を囲碁に注ぎ込んでいたのです。

…それでも勝てなかったのです。やがて、囲碁の勉強が苦しくなりました。どれだけやっても勝てないのではないか、努力の仕方が間違っているのではないか、と不安になり、だんだんと追い詰められていきました。

 

そして、酒に溺れたのです。」

 

「はっ?」

 

私は目が点になった。酒?

 

「ええ、もう全てが嫌になってしまい、当時の名人との対局前日、どうにでもなれと日本酒をこれでもかとあおってしまったのです。恥ずかしいことですが。」

 

実際に先生は恥じらうような仕草をしている。素面の時は恥じらいを持っているんだ、と妙なことを考えていた。

 

「そして、ぐでんぐでんになっていたのですが、ふと時計を見ると対局の時間が近づいていました。もうやぶれかぶれで対局へと向かいました。対局では読みも研究もあったものではなく、酔っぱらって心の赴くままに打ちました。

それで、どうなったと思います?銀子さん。」

 

「それは、ひどい負け方をしたと思います。」

 

読みで負けて、研究もなくしてしまえば勝てるわけがない。ましてや相手は名人だ。

 

「ええ、ひどい碁でした。

 

でも、勝ってしまいました。」

 

「はっ?」

 

今度こそ意味が分からない。読まずに勝てるわけがない。

 

「序盤に考えなしに打った手がいい布石になっていたのです。指運ですね。

終盤でも適当に打ったところが急所でした。本当に運がいい。そう思いました。囲碁の神様に感謝しました。

吐き気がひどくて、感想戦もできなかったときは、神様を恨みましたが。

 

それで、翌日自分の対局を検討してみました。適当に打った手は、考えれば考えるほど素晴らしい物でした。自分で打ったとは思えないほど美しい手でした。

読みの足らない酷い手もありましたが、輝くような斬新な手もありました。私は驚きました。私はどちらかと言えば、定石や研究を重視する地味な棋風だったので、自分にそんな手が打てたことが信じられなかったのです。

 

銀子さん、私の囲碁がどのように言われているか、ご存知ですか?」

 

「はい。『破天荒』『異常感覚』と聞いています。」

 

「そう言われるようになったのは、この対局からです。ここから私は『読み』以上に『感覚』を武器に戦ってまいりました。そして、本因坊となったのです。」

 

私は衝撃を感じていた。『読み』で負けても『感覚』で勝てる、そんな事があるのか信じがたかった。そんなのただの指運じゃないか。

でも、先生の存在が、その正しさを証明している。先生は『感覚』で本因坊になったのだから。

そして、失望も覚えていた。私の将棋は、「大局観がない」とよく言われるからだ。『感覚』が大きな武器になることはわかったが、自分にはそれがないことも知っていた。

 

「さて、私の話はこんなところです。ちょっと特殊な例なので、参考にならなかったかもしれませんが。

普通は考えもせず打った手が、最高の手だったなんてことは、まずありませんから。」

 

俯いていた私は、その一言に、弾けるように顔を上げた。

思い出していた。三段昇格を決めた一局を。終盤で放った一手は、一つも読みを入れてなかったにも関わらず、鮮やかな逆転の一手だった。

 

「先生。…私にもあります。何も考えずに指した手が、最高の、逆転の一手だったことが。」

 

「あら、もしかしたら、銀子さんは私と同じような棋士なのかもしれませんね。」

 

先生も少し驚いている。

私は、一筋の光を見つけた思いだった。

昨年末の竜王戦で見た八一の将棋。全くの別次元だった。完全に別の星の人間のようだった。頭のどこかで、もう絶対に追いつけないんだと絶望していた。

でも、…でもシューマイ先生は、『読み』で負けていても、最強の棋士になれることを実証している。私も先生のようになれれば、八一とも、将棋星人とも戦えるかもしれない。

 

私は決意した。上手くいくかどうかは分からない。それでも、希望があるなら、こんなに幸せなことはない。絶望の中で泣くよりも、光をめざして歩いている方が、ずっとずっと嬉しいことだ。

 

私は横に移動し、畳の上に土下座して、言った。

 

「シューマイ先生、どうか私を弟子にしてください!」

 

「…」

 

しばらくしても返事がない。私は不安になって顔を上げた。そこにいたのは、目を点にして、言葉を失ったシューマイ先生だった。

 

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