異常感覚
「…銀子さん。あなたには立派な師匠がもういるはずですが…。」
先生は困惑したように言った。
「将棋の師匠じゃありません。先生の『感覚』で戦う方法を教えてほしいんです!」
私は必死にお願いした。この人の教えを乞うほか、私の未来はないと感じていた。
「まぁ、弟子に取るなどの話は置いておきましょう。しかし、できる限りのことはお教えしましょう。私も銀子さんには活躍してほしいと思っています。
分かっているとは思いますが、囲碁と将棋は別物ですし、私と銀子さんも別の人間です。私のやり方で上手くいく保証はありませんよ。」
「わかっています。それでも、よろしくお願いします。」
「わかりました。とりあえず、座布団に座ってください。」
私は座布団に戻った。
「もう少し詳しくお話ししましょうか。これから話すことは、私が『感覚』で戦うようになってから、考えてきたことです。その話が終わってから、弟子についてはもう一度考えてみてください。
まずは、論理的で確かなことからお話ししましょう。
囲碁も将棋もまだ、完全に解明されていません。つまり、対局開始から終了まで読み切られてはいないということです。『読み』の力が絶対ではないということです。
具体的に考えてみましょう。ある局面で有力な手が3つあったとしましょう。そして、その応手にも3通りが考えられる場合、その時点で想定局面は9つになります。このようなことが続くと、10手先の想定局面は3の10乗で6万近くになります。人間にはとても読み切れません。20手先になると30億を越えることになります。コンピューターでも手に負えなくなります。
どれだけ読む力があっても絶対に勝てるわけではない、ということが分かると思います。読むだけではだめなのです。
畢竟、どの手を読むかを選択することになります。どの手の読みを打ち切り、どの手の読みを進めるかを決めるのも一種の感覚と言えると思います。しかし、私の武器である『感覚』とはもっと原始的なものです。」
先生は一息入れてから続けた。
「局面を見る。よく見る。集中して見る。そして、心に浮かんだ良さそうだなという手を打つ。
ただ、それだけなのです。」
「えっ。それじゃあ、本当に指運に任せてるだけじゃないでしょうか。
私もずっと将棋を指してきました。局面を見て一目指したい手というのは分かります。でも、それが本当にいい手なのかどうか、辛抱強く読みを入れます。7割は本当にいい手ですが、3割は悪手です。そんなやり方がうまくいくはずありません。」
「銀子さん、あなたの言うことは正しいです。一目見てこの手だな、という手を指していくだけでは必ず悪手が出ます。『感覚』で戦うとは、どういう状況で、どういう精神状態の時に神様が味方してくれるのかを知ることです。」
「神様が味方してくれる…。」
「そうです。10手、20手、30手先の何兆もの局面の中に、自分が不利になる変化が1つもない、そんな1手が心に浮かんでくる。神様が味方してくれているとでも考えないと、あり得ないことでしょう?」
そう言って、先生は嬉しそうに微笑んだ。先生は囲碁の神様が好きなようだ。
「私の経験からして、そういう1手が浮かんでくる条件は4つあります。
1つ目は、局面が一局を左右するほどの重要な局面であること。その局面が複雑であればあるほどなお良いでしょう。
後の3つは精神的なことになります。
2つ目は、心の中に燃えるような情熱があること。
3つ目は、極限まで集中できていること。
4つ目は、心が自由なこと。
こういう状況でこそ、美しい1手がうまれるのです。」
長くなりますが、と前置きしてから先生は説明を続ける。
「詳しく考えていきましょうか。1つ目の局面ですが、難しいことはないですね。重要な局面でないと重要な1手が生まれるはずがありませんから。しかし、具体的に考えると大変です。つまるところ、対局中に『ここが大事な局面だ』と気付くことが必要なのですから。対局が終わってからでさえ、どこで勝敗が分かれたのか分からないことすら、ままありますからね。
「2つ目の情熱ですが、これは自分でもよくわかりませんが、思い入れのある対局だといい手がよく出ます。因縁のある相手だったり、思い入れのある棋戦だったり。私にとってはそれが本因坊戦なのです。
「3つ目は集中力。これは単純なようで難しいです。普通対局で集中する場合、読みに集中します。しかし、ここでいう集中とは、読みではありません。うまく言えませんが、集中が極限まで高まると、局面に深く入り込むような、局面が自分の中に沈んでいくような不思議な感覚になります。
「4つ目は、心が自由であること。これが1番難しい。この状態を知るためにお酒を飲んでいると言ってもいいでしょう。心が何かにとらわれたらだめなのです。勝ちたいとか、定石とか、皆の期待とか、自分の実力とか、そういった全てのことを忘れて、ただただ美しい碁を打ちたい。そういう心の状態になる必要があるのです。」
先生の飲酒にそんな理由があったなんて…。それよりも。
「美しい碁を打ちたい…。」
「銀子さんの場合は、美しい将棋を指したい、ということですね。」
美しい将棋、か。考えたことがなかった。勝ちたい、上手くなりたい、という気持ちばっかり持っていた。
「私が多少なりともお教えすることができるとしたら、集中力と心の持ち方ですね。将棋の局面や、情熱はお教えすることができません。」
「分かりました。どうか、私に教えてください。」
「承知いたしました。引き受けるからには私も本気で指導いたしましょう。しかし、先に言ったように、精神を鍛えるのはとても難しいことです。精神を鍛えるとは、己と向き合うことを意味します。その中で、知りたくなかった自分を知ることもありますし、他人に決して見せたくなかった部分を、さらけ出さなければならないこともあります。自分の最も醜い部分を認めることも必要になるでしょう。
もう一度だけ、聞きます。私の弟子になるならば、どんなに厳しくても私の指導に立ち向かってもらいます。理不尽に思えることもあるでしょう。それでも、私の弟子になりますか?」
絶望の中にいるのはもう嫌だった。希望があるなら、それがどんなものでも縋りたかった。八一に追いつくためなら、どんな努力だってできる。そう決意して返事をした。
「はい。私を先生の弟子にしてください。」
先生は満面の笑みを浮かべて答えた。
「では、ラブレターを書きましょう。」
「はっ?」
今度は、私の目が点になった。
「異常感覚」は囲碁の藤沢秀行先生を評した言葉です。
続きは8巻を読んでから書きます。8巻楽しみです!