攻めと受け
「せ、先生。さっきラブレターは見せなくていいって。」
「ん、そんなこと言ったかなぁ。」
先生はにやにやしている。この笑いは知っている。師匠や桂香さんがするおっさんの笑いだ…!
「い、いやです。」
「どうしてだ?」
「どうしてって、恥ずかしいんです!」
はー、と呆れるように息を吐いてから、先生は真面目な顔で話し始めた。
「銀子。人を好きになるのは恥ずかしいことか?」
「いや、そうではないと思いますけど…。」
「人に思いを伝えることは悪いことか?」
「そうでもないですけど…。」
「銀子。悪いことではないと思いながら、行動に移せないのはお前の心が弱いからだ!いいと思ったらやるんだ!
将棋を指していて、良い手が思いついたとしよう。しかし、その手はどう見ても筋が悪い。こんな手を指したら周りから批判されるに決まってる。
そんな時でも、自分がいいと思ったら指す。それが将棋指しだろう!
それができないほど心が弱いからプロの壁を破れないんだ!銀子、強くなりたいんだろう!」
私は、先生の「プロの壁」という言葉にことのほか動揺した。それは、今私がどうしても、なにをしてでも越えたいと思っているものだからだ。そうだ、私は強くなるために先生の弟子になったんだ。これくらいの試練は乗り越えてみせる…!
「わ、わかりました…。」
私は震える手で、バッグから手紙を取り出して、卓袱台の上に置いた。
「えっ、チョロすぎだろ…。」
「先生、何か言いました。」
「いや、何でもない。」
先生は驚いて何かつぶやいたようだったが、良く聞こえなかった。
先生が手紙を読んでいる間の時間は拷問のようだった。恥ずかしすぎてとても先生の方を見れない。こぶしを握り締め、顔を伏せてぎゅっと目をつぶっていた。時の流れが急に遅くなったような気がした。先生が読み終わるまで1時間もかかったような感覚だった。
「あー、銀子。読み終わったぞ。」
その言葉に私は顔を上げる。先生はなんだか苦いものを食べたような顔をしていた。
「そのなんだ、最近の流行なんだろ、こういうの。私も知っているぞ、『ヤンデレ』っていうんだろ。」
「へっ。」
想定外の言葉に変な声が漏れてしまった。
「それにしても、銀子、重いぞ。重すぎるぞ!おまえが八一が滅茶苦茶好きなことは分かったが、『私にはあなたしかいない』『死んでもいい』みたいな感じが怖いぞ!」
「いや、そんなんじゃ…。」
「それに、キスしようとしたってどういうことだ!?付き合ってもないのにいきなりキスって怖いし不審すぎるだろう!」
「それは八一が鈍感だから…。」
「それに、何でこれルーズリーフに書いてあるんだ!もっとかわいい便箋とかなかったのか!?」
「それは急に言われたから…。」
「八一がポンコツなのは分かっていたが、銀子も相当やばいんじゃないか、これ。」
先生が強烈なツッコミを入れてくる。恥ずかしさと予想してないダメ出しの連続で頭が混乱している。
「それから…」
「先生!そういえば今日の将棋盤はどんなものなんですか?」
混乱した頭で強引に話題を変える。これ以上、この話題が続くのは耐えられない…!
「んっ。今日のもいい盤だぞ!高知産の榧の七寸盤だ。なにより、木目が見事なんだよ!
って、それより…」
「へぇ、そうなんですね!誰の注文なんですか?」
「銀子、お前…。まぁ、いいか。神戸の愛棋家の人だよ。」
良し!話題を変えられた。
「お前も知っているだろ。変態小説の先生だよ。」
そう言って、先生はにやりとおっさんの表情を出した。しまった、これは藪蛇かも…。
「しかし、銀子はてっきりSかと思っていたが、これを読む限り実はドMなんじゃないか?」
「そ、そんなことありません!」
やばい。おっさんの絡みはしつこいと相場が決まっている。穴熊にペタペタと張り付けられる金銀のように。
「銀子、想像してみろ。八一にこう言われるんだ。
『姉弟子、将棋で負けたら何でも言うことを聞くんですよね。それじゃあ、スカートをめくりあげてください。あれっ、言うことが聞けないんですか。姉弟子の将棋への思いってそんなものだったんですね。がっかりしました。
おっ、ようやくできましたね。しかし、エッチな下着ですね。最初から見られることを期待してたんじゃないですか。意外と淫乱だなぁ、姉弟子は。』」
「そんなこと言われたら、八一を殴り飛ばします!」
先生のあんまりな話に、思わず大声が出てしまった。
「なに!?では、拘束が必要だな。
『手足を縛らせてもらいましたよ、姉弟子。
そう言えば、対局中に水をだいぶ飲んでいましたねぇ。えっ、トイレに行きたいから、縄を解いてほしい?どうしようかなぁ。姉弟子、ほんとはお漏らしするとこ、見てもらいたいんでしょう?』」
そんな、八一の前でおもらしなんかしたら、恥ずかしさで頓死してしまう。
「『そうだ。姉弟子、そのまま四つん這いになってください。後ろからいじめてあげましょう。銀は後ろからの攻めに弱いんですよね。俺が満足したら、縄を解いてあげますよ。ぐへへ。』」
縛られて、おしっこを我慢ながら、四つん這いで、後ろから、いじめられる!?
あまりの事態に脳みそが沸騰したみたいで何も考えられなくなる。体中の血液が顔に集まったようで、顔面どころか耳の先まで熱くなっているのがわかる。
「ぎ、銀子。大丈夫か?冗談のつもりだったんだが。も、もしかして、お前本当にド…。」
「ち、違います。なに言ってるんですか!?」
ようやく物が考えられるようになって反論する。勢いに流されるところだった。私が八一にいいようにやられて喜ぶわけがない…!
「なるほど!そうだったんだな!盤上では無敵の女王、ベッドの上では従順なペットというわけか!
なんという強力な攻めと受けなんだ…!」
先生が恐れおののくように言う。
「違います!」
「その攻めと受けで、八一の金と玉を攻め潰すつもりだな!?」
「将棋風に言うのやめてください!」
「八一の金の玉を絞りつくすつもりだな!」
「普通に言うのもやめてください!」
「銀子!恥じることはない!少し特殊な性癖だが、強力な攻め筋だ!」
「ちがう言うとるやろが、われ!」
興奮して敬語も忘れて怒鳴り返す。
「心配するな、銀子!結局、おち●ぽには勝てないんだよ!」
先生は身を乗り出し、私の両肩に手を置いて力強く宣言する。
「ええかげん、どつくぞ、われぇ!」
「おち●ぽおおおおおおおおおおお!」
頭に血が上って、立ち上がる勢いで先生を押し返す。先生は叫びながら、後ろにコテンと倒れると、そのまますぅすぅと寝息を立て始めた。
私は、はぁはぁと荒れる息そのままに、天辻碁盤店を後にした。やっぱりシューマイ先生にお酒を飲ましてはいけない、という思いを胸に刻んで。
家に帰ると、寝不足を解消しようと早々にベッドに入ったが、悶々としてまったく眠れなかった。どれもこれも全部、八一のせいだ。
「…ばかやいち…。」
そう悪態をついて、ようやく眠りに落ちることができた。
アニメ最終回、8巻発売おめでとうございます!ホルモンを4人前にする姉弟子かわいすぎる。