りゅうおうのおしごと! 銀子ちゃん大勝利   作:youhey

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桜ノ宮研究会(将棋)

桜ノ宮研究会(将棋)

 

 桜ノ宮にあるHOTEL白雪姫。本当は未成年がこんなところに来ちゃいけないのは分かっているけど、やめることもできず習慣になってしまっている。生石先生との研究会の後は必ずこのホテルで八一と研究会。将棋の研究というよりも、八一と二人きりになれる機会を逃したくないだけ。それに、ここだと八一が「かわいい」と言ってくれる。それを期待している自分がいる。

 でも、今日は違う。シューマイ先生の教えを実際に試してみると心に決めている。私が本当に先生のように戦うことができるのか。将棋星人と渡り合うことができるのか。それを確かめる。

 八一と入ったのはいつもの部屋。クローゼットにはコスプレ衣装が多数そろっている。

 

「八一、今日の将棋は一発勝負にするわよ。そのかわり、30分60秒にするから。」

 

「えっ。どうしたんですか?」

 

「なによ。文句あるわけ?」

 

「いや、俺はいいですけど…。」

 

 部屋の雰囲気にマッチしたお洒落なテーブルに盤駒とチェスクロをセットする。チェスクロックは持ち時間の管理を行う機械。プロの対局だと、記録係が時間管理をやってくれるけど、公式戦以外は自分たちで時間を計る。30分60秒は、持ち時間30分、切れたら1手60秒未満という意味だ。

 八一が戸惑った理由も分かっていた。持ち時間が多い場合、まぎれが起こりにくい。つまり、実力通りの結果となりやすい。10秒将棋や30秒将棋では私が勝つこともたまにはあるけど、30分60秒だと絶対に自分が勝つと、八一は考えているのだ。悔しいけどその考えは間違っていない。竜王の八一と奨励会3段の私、いつの間にかその差はとても大きくなってしまった。

 今日は、それでも絶対勝つと気合いを入れた。先生のところで手に入れた希望は、どうしても手放したくなかった。

 双方が駒を並べる。

 

「八一、振って。」

 

「いや、姉弟子が振ってください。」

 

「八一、振りなさい。」

 

「…はい。」

 

 先手と後手を決める振り駒は上位者がすることになっている。普段は姉弟子である私が振っていたけど、今日は竜王である八一に振らせた。自分の立ち位置を、竜王と奨励会員という立場をきっちり認識して対局に臨みたかった。

 八一が歩を5枚投げる。表が3枚。八一の先手に決まった。私はチェスクロを自分の右側に置いた。チェスクロを置く位置を決めるのは、後手の権利だ。

 

「「よろしくお願いします。」」

 

 双方が頭を下げ、後手の私がチェスクロを叩き、対局が始まった。

 2六歩に8四歩、2五歩。私は気合を入れて、8五歩と飛車先を伸ばした。

 なんてことはない相居飛車の出だしだ。しかし、これは八一の得意な戦型、相掛かりを受けて立つという意思表示でもある。今日は八一の力が一番発揮される将棋で、自分の力を試したかった。

 しばらくは定跡の進行が続く。八一は飛車を2六に引いた。私は急戦に備えて5二玉と居玉を解消した。

 二人ともほとんど時間を使わない。腐るほど指した序盤だ。駒音とチェスクロを叩く音だけが響く。

 

 八一は30秒ほど考えた後、右桂を跳ねた。早い。双方ともに駒組はまだ途上にある。八一に至っては居玉のままだ。私は手を止めた。

 早すぎる、と私は感じた。私だけではない、この手を見た棋士はみんなそう感じると思う。椚創多は知らないけど。

 冷静に読んでいく。この桂馬は丁寧に手をかければ殺すことができる。ただ、八一はその間に手を作って勝てると考えているのだろう。初めて見る手だけど、八一はそれほど考えていなかった。研究手ということだ。竜王戦で名人を破って以来、プロ棋士さえ八一の相掛かりを受けて立たないので、研究を披露する機会もなかったのだろう。

 読みを深めていく。角交換をして、3五を突き捨てて、角打ち…。

 …だめだ。どう考えても攻めがつながるとは思わない。相手がアマチュアなら無理攻め、暴発だと判断しただろう。でも、八一の研究手だ。必ず何かある。

 

 私は、ここだ、と思った。ここが勝負の分かれ目だ。八一も桂馬を跳ねた以上後には引けない。これからの数手で形勢が大きく動くはずだ。私は先生の教えを思い出して、集中を高める。

 目を閉じ、背筋を伸ばし、顎を引き、呼吸を整える。すこし昔のことを思い出した。まだ私の方が八一より将棋が強かった小さかったころ。今は八一に追いつくために、必死に努力している。

 息を吐き、目を開く。盤面を見つめた。この局面だ。この局面をよく見るんだ。

目は現実の盤面を見つめているけど、頭の中では脳内の将棋盤の上を駒がうごめいている。駒のほかに、暗い将棋盤の上を何かが高速で動いている。あれはいったい何なんだろう…?

 

 不意に高速で動いていたものが光り始めた。

 …これも駒?正体を見極めようと目を凝らしたとき、突然、現実の盤面と脳内の将棋盤が重なった。

 

―玉の場所が違う…

 

 そう思ったところで、はっと我に返った。チェスクロを確認する。一瞬のように感じたけど、3分ほどが経過していた。

 先ほどの感覚を思い起こした。脳内の局面では玉の位置が違った。しかし、玉を動かすのは、冷静に考えるとありえない手だ。八一は桂を跳ねてきた。常識的に考えれば、この桂に対応する手を指すか、無視して攻め合いを挑むかだ。敵が攻めてきているのに、ここで自陣の整備に手を掛けるのは悠長に感じる。どうやっても桂銀交換にはなってしまう。

 そこまで考えて、シューマイ先生の言葉を思い出した。「心が囚われてはいけない」「どんなに筋が悪くても、自分がいい手だと思えば指す。それが将棋指しだ」と。

 そうだ。自分は先生の教えを信じると決めたんだ。どれほど、常識はずれに思えても『感覚』を信じて指してみると決めたんだ。

 なら、この手を信じて指してみよう。

 私は駒音高く、玉を6二に叩きつけた。

 

 

 

 

 桂を跳ねたところで、俺は手応えを感じた。この手はかねてから研究していた手だ。ソフトに教えてもらった秘手で、対応を誤ればあっという間に形勢が傾く。近頃だれも相掛かりを受けてくれないので指せなかったが、かなり自信があった。

 無理攻めに見えるが、玉を動かす一手を省略して、飛角銀桂を総動員して攻めをつなげる。歩夢きゅんやソフトでも入念に確認した手順だ。

 これはもらったな。今日は銀子にゃんにどんな格好をしてもらおう。この前のデンジャラスビーストを思い出して、ほおが緩む。

 姉弟子が俺のことを嫌いだってことはここで思い知ったので、この部屋に来るのは正直つらい。それでも、銀子にゃんのことを考えると来ずにはいられなかった。

 姉弟子は、そこらのアイドルが裸足で逃げ出すほどの可憐さを持ちながら、女流では圧倒的な棋力を誇っている。世間での人気だって、最年少で竜王になった俺よりもずっとずっとすごい。本当だったら、将棋しか取り柄のない俺なんかが付き合えるような人じゃない。

 でも、この部屋でなら、将棋に勝った後なら、そんな姉弟子と対等に付き合える。姉弟子の可愛さを独り占めできる。だから、ここへ来ることをやめることができない。

 

 正面の姉弟子を見る。ここが勝負どころとみたのか、集中して盤面を見つめている。集中が高まった証拠に、姉弟子の目が薄い青になっている。

綺麗だな。素直にそう思った。シュッとした姿勢で、局面に集中している姉弟子はいつも以上に美しいと感じた。

 俺が姉弟子に見惚れている間に、次の手が指されていた。6二玉。

 …何だろうこの手は。受けるでもなく、攻めるでもない。一見緩手に見える。

研究外しだろうか。相手の研究にハマらないように、研究手に対して捻った手を返すことはよくある。確かにこの手は研究していない。だが、桂損覚悟の攻めのつもりだったのに、その桂が生きている。さらに後手は5二玉、6二玉と手損している。これで攻めが切れるはずはないだろう。

 俺は予定通り、そこから総攻撃を開始した。角交換し、桂と銀を交換し、角を打った。とどめとばかりに角を切り、飛車先を突破し、竜を作った。

 姉弟子も黙っていない。角を捨てたので、こちらも8筋を守り切ることはできない。互いに攻め合い、局面は終盤戦に突入した。

 

 …なんかうまくいかないな…。

 手を進めていくうちに、攻めにくさを感じていた。2筋を突破できたのは予定通りなのだが、思ったより速い攻めがない。最初は大差のつもりだったのに、ここまで来ると、一手差の様相だ。それでも、一手差で俺が勝っているはず。姉弟子の玉は大分危なくなっている。こっちの玉は薄いもののかなり広い。序盤の研究では姉弟子に負けることもあるが、終盤の寄せ合いでは俺が圧倒している。間違いないはず。

 俺は自分の優勢を確信していた。そして、先に詰めろをかけた。さぁ、どう受ける。

 

 ここで、姉弟子の持ち時間が無くなった。これから姉弟子は1分将棋だ。こちらはまだ3分ほど時間がある。よし。時間の使い方もうまくなってる。姉弟子はまた綺麗な姿勢で盤面に集中している。

 くっくっく。これからそのきれいな顔を羞恥で歪ましてやるぜ。色んな衣装の姉弟子を想像している間に、時間切れが迫る。ピーとチェスクロから最後の音が響き始めたところで、歩で俺の玉を叩く。俺はすぐさま同玉。こちらはまだ詰まない。姉弟子に時間を与えないようにノータイムで応じる。練習将棋だろうが容赦はしない。ていうか、したら姉弟子に殺される。姉弟子は59秒で自玉の頭の歩を突いた。

 これは、詰めろから逃れているのか…?多少広くはなったが第一感詰むはず。俺は思考をトップスピードに持っていく。詰みを読む。読む読む読む読む。…よし。詰んだ。

 ピッとチェスクロの音がした。ここで俺の持ち時間も無くなったようだ。だが問題ない。もう読み切りだ。それからは双方30秒ほどで淡々と手を進めていく。

 どんどんと寄せていく。あとは竜を引いたらおしまいだ。何を合駒しても、その上から桂成で詰む。持ち駒が歩しか残らない美しい詰み。俺は確信をもって竜を引いた。

 だが、竜から指を離した瞬間、嫌な予感が頭をよぎった。

 何だ?もう間違いなく詰んだはず…。俺は確認するようにもう一度盤全体を確認した。

 

「あっ!」

 

 や っ ち ま っ た 。

 

 青ざめる俺をよそに、姉弟子はすっと竜と玉の間に角を打ちこんだ。

そう。この角が、詰めろをかけた時に姉弟子が突いた歩の隙間から俺の玉を睨んでいる。逆王手だ。

 ピッ、ピッ、ピーと時間切れが迫る。同竜とこの角を取れば、同玉で俺の攻めが切れる。玉を逃げても合駒しても、桂打ちからこちらが詰んでいる。駒を渡しすぎているのだ。

 

「ま、負けました…。」

 

 やっちまった。こんな頓死くらったのはいつ以来だろう。こ、これはへこむ…。

呆然とする俺に姉弟子が声をかける。

 

「…感想戦しよっか。」

 

 

 

 

 姉弟子は、あっさりと駒を初期配置に戻した。初手から並べるみたいだ。

 あの、竜王に勝ったんですけど、もうちょっと喜んでも…。

 俺が桂を跳ねたところで手を止める。

 

「この手は研究してたの?」

 

「ええ。ソフトも使って研究しました。結構自信あったんですけどね…。」

 

「普通に歩で取りに行ったら、どうするの?」

 

「桂取りは手抜きます。角を換えて、3五歩、同歩に、ここに角を据えます。」

 

俺は一回空打ちをしてから、角を打った。

 

「えっ、これ成立してるの?」

 

「ええ。間に合うはずです。ちょっと進めてみましょうか。」

 

 桂馬を取って、自然な応手を続けていると、確かに攻めがつながっている。

 

「ふーん。こんな筋があるんだ。」

 

 姉弟子は感心したように言った。これが竜王の攻めだ!

 

「まぁ、この変化にはならなかったけどね。」

 

「そうですよ。姉弟子、あの手はなんなんですか。」

 

「何って、自陣整備よ。玉が危ないと強く戦えないでしょ。」

 

 姉弟子はあっさり言うが、狙いがはっきりしないし、かなり指しにくいはずだ。それに。

 

「それはそうですけど、姉弟子らしくないですよね。もっとはっきりした手が好きでしょ。」

 

「あんたが幼女と遊んでる間も、こっちは将棋やってんのよ。いつまでも観戦記に『大局観がない』なんて書かせてらんないのよ。」

 

「べ、別に幼女と遊んでばっかりじゃないですよ!それに、この手も銀桂交換したところではこっちが有利でしょ。」

 

 局面を戻す。

 

「どうやって局面を収めるのよ。」

 

「そりゃ、飛車引いたらいいだけでしょ。」

 

 俺は飛車を2八に引いた。姉弟子は、自分の角で俺の角を取り、桂馬を打った。

 

「こっちから飛車先破れるんだけど。」

 

「でも銀打てば受かるし…。」

 

「はい、銀桂交換。駒割が戻ったんですけど。先手この形でやれるわけ?」

 

「…。」

 

 この変化はどうみても後手有利。っていうか容赦がないよ。もっと優しくして…。

 

「でも、竜を作ったところでは先手やれてるでしょ。」

 

 俺たちは手を戻して、竜ができたところまで並べた。

 

「そうね。ここからは攻め合いね。」

 

 姉弟子は少し考えてから、口を開いた。

 

「やっぱり、先手玉の位置が悪すぎるわ。こっちは桂と角をもってるのよ。常に両取りと王手で抜く筋があるわ。かなり、先手の攻めを制限してる。」

 

「…確かに。姉弟子ここまで読んで指してたんですか?」

 

「そんなわけないでしょ。将棋星人でもあるまいし。感覚よ、感覚。あそこで玉を逃がしとけば大丈夫っていう大局観よ。」

 

「いや、読みより、その感覚の方がやばいでしょ…。」

 

 姉弟子が時々言うけど、将棋星人ってなんだよ…。

 

「っていうか、なに?最後の頓死は?見逃し?あんたほんとに竜王なの?っていうか、プロとして恥ずかしくないわけ?」

 

 やめて!俺のライフはもうゼロよっ!

 

「で、これで本当に詰めろ逃れてるの?あと、その前の同玉も手拍子じゃない。」

 

 盤面を俺が詰めろをかけた局面まで進める。姉弟子が俺の玉頭に歩を打つ。

 

「いや、時間に追われて、とりあえず、叩いたのかと思って…。」

 

 俺はこの局面を、深く読んでいく。

 

「…違いますね。ここは取る一手です。どこに逃げても絡まれます。これは先手危ない。」

 

 同玉で歩を払う。姉弟子は自分の玉頭の歩を突く。俺は、逆王手にも注意して読みを入れる。

 

「これは、詰んでないですね。…ということは、詰めろ逃れてますね。ここから、詰めろ詰めろで迫れれば先手勝ちですが。」

 

「そうだけど、金駒を渡しすぎたら、角打ちから先手玉詰むわよ。」

 

「ですね。飛車か金銀を1枚ずつ渡すと詰みますね。それに王手から角を守りに利かせられます。この局面は相当難しいですね。」

 

 これは本当に複雑だ。こちらから受ける手も考えられる。ぱっと見では、どちらが有利か全く分からない。

 しばらく、この局面を読みふけっていると、姉弟子から声を掛けられた。

 

「…ねぇ、八一。この前言ったこと覚えてる…?」

 

 前に言ったこと?

 …やばい。非常にやばい。確かに言った。「将棋で負けたら、俺が着る」「写真に撮ってネットに流してもいい」と。

 姉弟子ならほんとにやりかねない。ただでさえ「ロリ王」とか言われてるのに、さらにイメージが悪くなっちゃう。

 

「私と将棋を指すと勘が鈍る。ソフトで研究した方がマシだ、って。」

 

 あっ、これは死んだかもしんない。

 血の気が引いた。ちょっと駒損しちゃったかなぁ、と思っていたら詰まされていた、ぐらいの衝撃だ。一瞬前の甘ちゃんの自分を叱ってやりたい。

 

「申し訳ありませんでしたっ!」

 

 椅子から飛び降りて土下座する。ここは手抜けば即死する。これが竜王の受けだ!

 さっきから言ってて悲しくなるな…。

 

「たいそうなこと言ってた割には、あっさり頓死してるじゃない。これがソフトと研究した成果なの?」

 

「姉弟子と研究した方が良かったです!」

 

「奨励会員に何ができるんだ?三段リーグも経験してない温い将棋?ずいぶん私の将棋を馬鹿にしてくれたわねぇ。」

 

「俺が間違ってました!申し訳ございません!」

 

 徹底的に受ける。一手間違うとほんとに死んじゃう。パシパシと扇子で手を叩く音が聞こえる。俺の死へのカウントダウンかな?

 

「…」

 

 姉弟子の詰問がやんだので、不思議に思って顔を上げる。

 

「…ふんっ。わかったなら、もういいわ。それより、始めましょ。」

 

「…何を?」

 

「八一のコスプレ研究会に決まってるじゃない。」

 

 姉弟子は、あたりまえじゃない、といった風情で答えた。

 …やっぱりやるんだ…。

 




将棋の話を書いたのは初めてなので、間違っているところがあれば教えてください。
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