1st Murder "幼き眼に浮かぶ残酷な景色"
世に蔓延る、不条理、暴力、貧困。いずれもこの現代社会においては、一ミリたりとこ解決されてないと言っても過言ではない。そして、人の命を残酷にも断ち切る、殺人もまた然り。しかし、殺人をこの地上から排除されることはない。というより、排除させない。なぜなら……………
私が殺人鬼、なのだから。
唐突だが、私、上牧梨恵の過去を振り返ってみる。
※
2022 10/12
「おとーさん」
「どうした?りー」
私が、小学校に上がる少し前だった。その日は、私の6歳の誕生日で、母が予約していた誕生日ケーキを受け取りに外出していたため、父、上牧絃一郎(うえまき げんいちろう)と共に、首を長くして母の帰りを待っていた。自宅から店まではそれほど遠い距離ではなく、歩いて数分というところにあった。しかし……………
「おかーさん、まだ帰ってこないの?」
「んん…………確かに遅いな。もうすぐ1時間………」
当時は未就学であったため、1時間という言葉の意味はさほど分からなかったが、それでも長い時間であることは理解していた。
「まぁ、どこかで寄り道してるかもな」
今もそうだが、父は当時からノリが軽い。少し変なことでも、深くは考えない主義、だそうだ。
「なぁ、りー」
「なぁに?」
「好きな男の子とかいないのか?幼稚園で」
「い、いないよぉ?」
「ほう。それはそれは。最近の子は、小さいうちからキスしてる子もいるみたいだが、りーは違うのか〜」
「お、おとーさんのおバカ!」
親に対する容赦ない暴言とは裏腹に、私は、顔から火が出そうなほど、赤面していた。思えば、私も子どもではあったが、父親にそのようなことを言われるとは、思いもしなかった。おおよそ、娘を持つ父親というのは、嫁に出したくないと言うものだろう。しかし、この父、一般的に小さいうちは遠ざけたい話題も普通に話のタネにしていた。そう考えると、変わり者だったのかもしれない。
「すまんすまん」
謝罪はしながらも、笑いが堪えきれていない。当時、子どもながら父のみぞおちにドロップキックをかまそうかとも考えた。さすがにその技術は、[そのとき]はなかったが。
〜〜
「おっと。りー、ちょっと電話してくる」
たわいもない会話を繰り広げていた当時の私と父だったが、突如、私の実家である酒屋の事務所にある固定電話に着信が届いたのを覚えている。そして、父はそそくさと私と話していたリビングを離れ、事務所に向かった。1人取り残された私。ジッとしていたが、さっきの疑問が急に再浮上した。
『おかーさん、まだ帰ってこないの?』
母はまだ帰っていなかった。外出していったときには、まだ夕暮れ前だったが、すっかり日が沈み、夜になっていた。そのときの私はどうすべきか、考えた。家で大人しくしているべきか、母を探しにいくべきなのか。今の私は、[あんなこと]が起こると知っているから、大人しくしているべきだと考える。だが、どちらの意味でも、子どもの行動力は、時々予想外を引き出す。そのときの私は、探しに、正確には『迎えに行く』を選択した。そう決めると私は、脱ぎ捨ててあったフリースを羽織り、靴を履き、玄関を飛び出していた。父に何も伝えず。そのときの空に、瞬く星々は見られなかった。加えて、冷たい北風が吹き込み、体感温度はかなり低かった。住宅街を駆け抜け、あっという間に、ケーキを予約していた店に着いた。しかし、いつも母が通る道で、母とは出会わなかった。その店に行くときには、いつも決まった道を通っていたわけだから、急に通り道を変えるはずがない、と幼ながら考えた。
「あれ、梨恵ちゃん。どうした?」
「なっちゃん………」
店から女の人が1人、出てきた。ケーキ屋で働いていたなつきちゃん。私がこの店に来たとき、いつも優しくしてくれて、私はなっちゃんと呼んでいた。彼女に会った途端、声が潤んだ。そして、詰まった声で、私はこう言った。
「あのね、おかーさんがかえって、こないの」
「えぇ?おばさんだったら、かなり前に店を出てったよ?」
そう聞かされた私は、混乱で頭がいっぱいになった。すると、なっちゃんはしゃがみ、当時の私に身長を合わせた。そして、頭を優しく撫でて、こう語りかけた。
「梨恵ちゃん、もう夜なのに、1人で来たんでしょ?えらいえらい。でもね、もう遅いから、お家に帰ろう。おばさんも、どこかで寄り道してるんだよ、きっと」
なっちゃんは澄んだ目で私を見つめていた。
「じゃあ、送ってあげるから、待ってて」
しゃがんでいたなっちゃんは立ち上がり店に戻っていった。待っていてと言われたが、母はもう帰った聞き、居ても立っても居られなくなり、小さな体で、全力で走り出していた。
「梨恵ちゃん!?」
なっちゃんが私を呼び止めていた。しかし、そのときの私は聞く耳など持っていなかった。とにかく走っていたのだった。
※
「どこいった……?」
かなり長電話になってしまった。その理由は…………
『ちょっとどうしてくれんのよ!おたくで買ったお酒旦那が飲んだらすぐにバタンキューなんだけど、どうしてくれんのよ!』
『それは度数の高いお酒を買われたというかお客さんがお酒弱いというか………』
こんな感じで、滅多にないクレーム対応をしていたのだった。それも理不尽なクレームに対して。この仕事自体、親が切り盛りしている時からしているが、珍しく『やめてぇ』と思った。実際にやめることは、スケートの羽生選手がリアクション芸人に転向するくらいありえないことだが。しかし、今はそんなことどうでもいい。問題なのは、りーが存在を消したことだ。気のせいかと思っていたが、あのドアの開閉音は、やはりりーが出かけたことを示していたようだ。だとしたら、何となく行き先は予測できる。俺は、受話器をもう一度とり、ある番号に電話をかけた。
「………………………あぁもしもし。あ、なつきか。そっちにりー来なかったか。あぁ、うん。そうか。了解、探す」
どうやら、りーが暴走したようだ。別に暴走に大層な意味はないが。ベンチコートを羽織り、俺は出かけることにした。
※
「はぁ………………………」
それまでないほどに、全力疾走したコドモ私は、息は切れ、体力は底をつき、足元はフラフラな状態でいた。そのときの私は、来た道を早く家に帰るため、全力疾走していたと思い込んでいた。しかし、方向感覚はまだまだ未熟であった。そこは、確かに見覚えがある場所、つまり、近所であることは分かったが、そこから家への帰り方は分からなかった。すっかり夜になっていた。1人で夜の住宅街を歩くというのはそのときまでなかったため、さっきまで母の心配をしていたのが、今度は恐怖という感情にシフトチェンジしていた。街灯こそあるものの、小さな女の子には心細いものだ。とぼとぼ歩いていると、小さな箱のようなものが道の真ん中に落ちていた。駆け寄り、手に取る。そして、それが…………
「おかーさんの」
私の母の、スマートフォンだった。しかし、それにはヒビが入り、ホームボタンを押しても、画面はほとんど判別できなかった。そして、私は、さらに。
「赤い?」
スマートフォンを両手で持っていたが、その片手を離し、掌に目をやると、赤く染まっていた。そのときの私はよく理解していなかったが、今ならその瞬間に理解した。それが、血液であること、を。さらに、道のその先を見渡すと、斑点模様がほぼ等間隔についているのが分かった。そして、その斑点模様は、赤色、であった。私は、自然とその赤色の斑点模様に導かれるように、先へと進んだ。しばらく進むと、等間隔の斑点模様が曲がり角で右折していた。素直に、その斑点模様のように、私も右折した。しかし、そこには。
「おかー、さん?」
そこには、スポットライトの如く街灯に照らされる、道に横たわった母がいて、ケーキの入った箱があった。だが、様子は異常だった。
「え、?」
横たわる母のまわりは、血まみれ、だった。『ケガをすると、血が出る』ということは知っていた私は、なぜ母のまわりがこれほどに血まみれなのか、理解した。
片腕が削ぎ落とされ、腹部は滅多刺しにされ、極め付けは、首元に大きな切り傷があるから。つまり、全てをも凌駕する大ケガをしたから。
当時の私は、人の死、それも酷い死に方を見たことなど、当然なかった。しかし、目撃した。それを見てもその当時の私には、『グロい』などという言葉は自分の辞書にはなかった。それでも、それは今でも、私のトラウマとなって、私の脳内を光の速さで駆け巡る。小さな子供が目撃するには、明らかに精神が保たない凄惨な現場だった。私はゆっくりと、母の元へと歩んだ。血だまりを靴を履いた自分の足で踏み、次は、血だまりに膝をついた。血は完全に冷えていた。そして、削ぎ落とされていないもう一方の手を握った。死後硬直は、始まっていなかった。温もりが残る手を握っているうち、私の目から涙が滴り落ちた。そして、泣き声で。
「ねぇ、おかーさん、おきてるんだよね?寝たふりでしょ?だめだよ?寝たふりしちゃ。ここじゃダメだよ。お家にかえろ。ね、おかーさん」
大粒の涙が、話しているうちに止めどなく滴り落ちてきた。私は、まだ母が生きていると信じていた。しかし、返事がない時点で、現実を受け入れるほかなかった。そして、泣いているうち、まともに喋れなくなってきた。叫びに……………
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
やり場のない悲しみが、叫びに変わっていた。何もはばからず、ただひたすらに、叫んでいた。
「梨恵!なっ」
背後から、怒鳴り声とともに、絶句したような息遣いが聞こえた。父だった。珍しく、私を『りー』ではなく、名前で呼んだ。叫ぶことをやめ、横隔膜をひくつかせながら、背後にいる父を見た。父もまた驚きの表情だった。
「………………っ!」
「おとーさん……………」
父は、膝をついていた私の元に駆け寄り、私を全身で強く抱擁した。まともに息ができず、横隔膜もひくついてた私は、そのとき率直に『苦しい』と思った。しかし、振り解こうとは思わなかった。また、静かに、涙が溢れていたから。
2022年、10月12日。この日は、私の人生の中で最低最悪の誕生日だった。
ダークな世界観ですが、僕に書き切れるかな………挿絵プロジェクトも進行中です!
次回はおそらくつづきから。