お姉ちゃん、どうして泣いてるの?私は大丈夫なのに。
お姉ちゃん、どうして泣いてるの?私はもう泣いてないのに。
お姉ちゃん、どうして───。
「・・・・・・」
横から冷ややかな眼差しを受け取りながらも私は筆を止めない。冷ややかな眼差しを送るのは私の姉、古明地さとりである。ああ、お姉ちゃんどうして───。
「いやなに、あたかもノンフィクションかのように悲劇のストーリーを書き始めた妹にどう接したらいいのかわからなくてね」
なるほど、しかし私の筆は止まることを知らない。
血に濡れた小さな部屋の中、ナイフが深く刺さった瞳の前に呆然と立ち尽くす小さな少女。彼女は泣いていた。それがなにを意味するか彼女はよく知っていたから。
「泣いてなかったでしょ。流石に驚いたけどね」
泣いてなかったか。でも泣いてたほうがそれっぽいからそういうことにしておく。そう、彼女は泣いていた。
「だいたい血に濡れたって何よ。あんたが突然『今日からサトリ妖怪やめる!もう嫌!』とか言い出して閉じたんでしょうが。本当にできるとは思わなかったけども」
それはもう私のストレスがマッハだったからね。お姉ちゃんはよく私のことを守ってくれたけど、私はあんな汚い心の中を読むなんて真っ平御免よ。誰が好き好んでドブ川を覗きに行くのよ。
「ドブ川に慣れれば気にならないでしょうに。なんて勿体無いことを」
お姉ちゃんは流石に図太すぎると思う。妖怪は基本精神攻撃に弱いけど、ここまで精神が強靭な妖怪を私は知らない。
「それに、急に私のように書き物をしたいと言い出すから何かと思えば」
こんなくだらないものをって?わかってないなぁ、今の流行は悲劇のストーリーよ。これで売れっ子作家になって知名度アップ!
「昔から悲劇は流行ってるけどね。そんなに簡単に上手くいくと思ってるの?」
いくかもしれないじゃん。人の心は読みたくないけど人気者にはなりたいの。だから私は売れっ子作家になるよ!
だいたい、お姉ちゃんだって最初に私が書き物をしたいって言った時はすんなり許してくれたじゃない。まあ、『好きにすれば?』とかいう超絶冷たいお言葉を頂いたんですけどね。
「そりゃあまぁ、優秀な姉に憧れて真似をする妹を止める理由なんてないし?私には敵わないだろうけれど、好きにやらせるのがいいとも言うじゃない」
うわーこれこれ、それでこそ私のお姉ちゃんだよ。もし仮に自分を10段階評価するなら11点をつけちゃうようなこの感じね。うわぁどうしよう、私の書いてる小説に出てくるお姉ちゃんとかけ離れてる。
「あんたがかけ離してるのよ。そして離れていくのは私ではなくてそのキャラクター」
こんな綺麗なキャラクターになりたいと思いませんか?
「別に」
ですよね。
「ま、でもフィクションとしてはいい出来なんじゃないかしら?一般人からしたらサトリ妖怪のことなんてわからないでしょうけど」
あ、それもそっか。じゃあこの話はボツ?
「それも勿体無い。私たちにしかわからないのなら、万人にわかるように設定をいじればいい」
どんな風に?人間にはサードアイなんて付いてないじゃない。
「それは人間にとって大切なものに置き換えればいいのよ」
なるほど、心臓だね!
「思い切りナイフ刺さってなかった?」
南無。んー、じゃあ刺さっても死なない部位がいいね。
「ナイフは外せないのね」
当然。悲劇はナイフと共にあると言っても過言じゃないわ。ナイフが出てこない悲劇なんて所詮はタンスの角に小指をぶつけた程の不幸と大差ないもの。
「恐ろしい偏見がどこから来てるのかは聞かないけど、まぁ好きにすればいいんじゃない?」
そうだ、私たちのサードアイも人間にとっては目みたいなものよね。そこから始めましょう!
「くわばらくわばら。いつの間にこんな残虐な子に育ってしまったかしらね」
失礼な。
そして、こいしが書いた本は彼女自身が歩き回って配った。最初は地霊殿の者へ。そして地底に住む妖怪たちへ。果ては地上の人間にまで。色んなところを歩き回って配り続けた。
「ご、ごべんなざいぃ・・・あだい、さとり様にごんなに悲しい過去があっだなんでじらなぐで・・・」
「お燐?これフィクションだからね?真に受けなくていいからね?」
「ゔぁぁぁ・・・」
暫くの間、古明地姉妹を見る目は同情を含むものになり、さとりは少しばかり後悔した。
「本当に売れるとは・・・」
登場人物
・古明地こいし
心の底でハッピーエンドを全く信じてない闇深ちゃん。明るい子から暗い子まで全てのキャラクターをこなすパーフェクト少女。
・古明地さとり
嫌いなものは面倒事と損害だけ。他人の悪意を100倍にして返すオリハルコンメンタル。
・お燐
いい子。地底育ちの常識欠落は免れないがそれでもいい子。