地獄というから、辺りは火の海マグマの川、なんてのを想像してたけど…。実際のところ岩ばっかり、薄暗くてそれこそ入口で抱いた洞窟みたいなんて感想は全然間違ってなかった。
「やっぱり人間なんだ、この子。こいしちゃんのお友達?」
「うん!普段は外の世界に住んでるんだってさ。今日は地獄を見に行きたいって言ってたから連れてきたの!」
「いや言ってないわよ!?勝手に連れてきたんでしょうが!」
嘘だ。私の好奇心が勝ったのも事実だし実際無理矢理にでも振り切ることは出来たはずだ。だけど土蜘蛛のヤマメは笑って私の肩を叩いた。
「いやぁ苦労してるねぇ。こいしちゃんに振り回されてんだろ?ま、諦めて地獄めぐりのツアーを楽しもうよ」
これ、俗に言うツンデレってやつなんじゃ…。
「んじゃ、楽しんできなよ!」
地獄を楽しむ、というのもなかなかにおかしなものだ。
暫く歩いていると賑やかな声と街明かりが見えた。もう地獄どころか普通の都市ですよこれ。
と、突如岩の塊が私たちの方へ飛んできた。今日は厄日ね…。
「とうっ!」
護衛役は一応こなしてくれるらしく、飛んできた岩山に向かって空中回し蹴りを御見舞するこいし。しかしその岩山は「ぎゃっ!」という悲鳴とともに地面に撃墜された。
「何しやがる!」
「およ?岩かと思ったら鬼さんだった。ごめんね、間違えちゃった」
「あぁ!?てめぇは古明地ンとこの…チッ!悪ぃな世話かけちまった」
悪態をついてるのか謝ってるのかわからん。というか怖すぎてさっきから震えが止まらない。
「あ?おいなんでこんなとこに人間がいるんだ?」
「ひっ!」
「あー!私の友達泣かしたー!いけないんだぁ女の子泣かしたら」
こいしは頬を膨らませるが正直全く怖くない。お願いだからこういう時くらいはキリッとした顔で私の前に出て欲しい。
「フン!変なことしでかすんじゃあねぇぞ」
「わかってるよーだ。ところでなんで吹っ飛んできたの?喧嘩?」
「喧嘩、というより催しだな。姐さんから盃奪ったら1ヶ月好き勝手やっていいってよ」
すると珍しくこいしが呆れた顔でため息をついた。
「えー…そんなこと言ってまたお姉ちゃんに怒られるよ?」
「姐さんが負けるわけねえだろうが。まあ、挑むやつも負けるつもりで挑んでるわけじゃねえがな」
なにそれ…。中身は文字通り地獄だったのかもしれない。
「ふーん…私も参加していい?」
「はぁ?何言ってんだお前…ま、いいんじゃねぇの?姐さんも来るものは拒まないだろうしな。死んでも文句言うなよ?」
「わかってまーす」
え?なんか変な流れになってない?これ私もついて行かなきゃ行けないやつよね?流れ的に。ていうかこれ鬼がわんさかいる感じよね?まずくない?この鬼1匹に既に震えてるんですけど?
「じゃあ行こっか!」
嫌だ。とは言えない雰囲気だった。
「さぁ次はどいつだ!?遠慮はいらないよ!」
「はーい!私やりまーす!」
私の手を引いて鬼の群れに突っ込むこいし。本当に空気が読めなさすぎるし私の胃の痛みがさっきから増していく。
鬼ではないこいしと人間の乱入によって辺りはざわつき始める。
「おや、こいしちゃんじゃないか。そっちの人間はお友達かい?」
「うん、そうだよ。だから食べないでね?」
「私は食べないけど、他の奴らの保証までは出来ないねぇ。まぁ、ここに連れてきたんならそれなりにやれる子なんだろ?一緒に挑戦するのかい?」
「うーん、私一人かな。菫子は震えちゃってるし」
誰のせいだと思って。
「ルールは…まあ、端的に言えば無いよ。全力で奪いに来な!」
「よーし、カッコイイとこ見せちゃうぞー!」
周りの鬼達はあまり良く思ってないらしく(こいし自身も自分のことを地底でも嫌われ者の部類と評していた)、嘲るように疑いの目を向ける者も多かった。具体的には「あんな奴が姐さんの相手になるかよ」と嘲笑するような鬼もいた。私はなんだか悔しくなって、思わずこいしに向かって叫んだ。
「こいしー!1発かましてやりなさーい!」
こいしは少し驚いたあと、にへら、と顔を緩めた。
こいしの動きは子供の見た目には似つかわしくないほど俊敏で、それでいて凄まじい勢いだった。だけどそれ以上に鬼の方の動きには無駄がなく、こいしの攻撃を常にいなし続けていた。
「本気でやってくれないの?」
「お前を怪我させたらさとりのやつから因縁つけられるからね。悪く思わないでよ」
こいしは余裕で攻撃を受け切られているのが不満そうだった。まあ誰だってそうか、私が当然のようにテストで満点を取っていても名前も知らない誰かの不興を買うことはざらにあったし。
「それっ」
と、こいしが鬼の角に帽子を引っ掛けて視界を塞ぐ。鬼の動きが一瞬止まり、その隙にこいしが包丁で盃を持った手を切り落とそうとする。思わずグロテスクな想像をしてしまい気分が悪くなった。
「おおっと!」
「きゃっ!」
鬼の方も本気を出したのか、今までとは明らかに違うスピードで体をひねってこいしを地面に押さえ込んだ。地面に勢いよく叩きつけられたこいしが心配になり思わず奥の方をのぞき込んだが、元気そうに足をじたばたさせていた。
「や〜ん」
「危ない危ない。やるねぇこいしちゃん、でもこれで負けだよ」
こいしはまだ負けてないと言いたげにもがいていたが、暫くすると疲れたのかピタリと止まった。
最初は人間の私の方をジロジロ見てきた鬼達も、試合が始まるとまるで最初から私などいなかったかのように試合に熱中していた。初めはこいしを侮って嘲笑していた鬼も、試合が終わると声援を送っていた。ふふん、どんなもんですか私の友達は。
「あーあ、せっかくカッコイイところ見せようと思ったのになー」
こいしは不服そうだったが、私の心は満たされた気分だった。
登場人物
・古明地こいし
多分強い妖怪。でもめちゃくちゃ上の方って訳でもない、準強キャラ的な立ち位置。
・宇佐見菫子
ツンデレちゃん。なんだかんだ友達はすき。
・姐さん
最強の鬼。豪快で気前よくて厳しさもあるリーダーには誰でもついて行くよね。