地上と地底は昔不可侵条約を結んでいたという話がある。昔というにはあまりにも最近だけれど、地上と地底はそれぞれ行き来が許されていなかった。私はそんなことお構いなしに地上に出かけたりしていたけど、言ってしまえば建前みたいなものだったと思ってる。それぞれを守るための口約束、それが不可侵条約。
「あ、こいしじゃん!」
「貴女はチルノちゃん!」
妖精は私の姿が見えるらしい。というより一度見られたら割と認識されやすいし、子供なんかは初めてでも私の姿が見える。妖精の場合は後者に該当するってお姉ちゃんが言ってた。
「久しぶり?」
「うん、家に帰ってた」
チルノは妖精の中でも結構強い方で、弾幕ごっこも他の妖怪とタメをはれるほど。普通は妖精なんて妖怪にかなうもんじゃない。ただまあ、一言でいえばバカっぽい。
「一人なんて珍しいね、何してるの?」
「んー?んー・・・釣り?」
「なんで疑問形なの・・・」
仲間と一緒に騒いでいるイメージの強いチルノだけど、意外な一面が見れたのかも。しかし釣り、釣りねぇ・・・。
「なんか釣れるの?」
「いいや、全然」
「じゃあなんで?」
「やることないしー」
ふーん、と生返事を返して横に座る。しばらくして私が煙草を取り出して火をつけるとチルノが興味を示した。
「けほっ。なにそれ?」
「煙草」
「あー・・・なるほどね」
ちょっと驚いた。チルノは煙草を知ってたんだ。
「いや、初めて見たけど。あれでしょ?煙の出る・・・名前忘れちゃったけどなんか気持ちいいやつ」
「とっても語弊のある言い方だけど、間違ってはないね」
気持ちよくなる煙って、麻薬みたいな言い方をする。でもお姉ちゃんの様子を見ているとちょっと否定しづらい・・・。
「興味ある?」
「ない。ニコチンの妖精になりたくないし」
ニコ・・・?
「それに入ってる中毒性成分のこと」
「貴女ほんとにチルノ?」
なんか頭いいキャラになってない?誰だこれ。
「なんか、こいしといると一人でいるときみたいに落ち着く」
「褒められてるのか貶されてるのかわからないわねそれ」
「どっちでもないよ」
もしかして元々こんなキャラなの?みんなといるときは無理してたりするのかな。
「こいしも結構こんな感じだよ」
「私が?まっさかー」
「本当。まあテンション高い時もあるけど、基本的には飄々としてる」
「私チルノのことバカだと思ってたから飄々なんて言葉知ってると思わなかった」
「奇遇ね、あたいもこいしはあんまり頭良くないんだと思ってたよ」
お互いにお互いを下に見るとても醜い関係だったようだ。まあ大体の人はそんなもんだろうし、特に気にすることもない。
「でもなんていうか、本当に新鮮」
「あたいもこいしがそんなにストレス溜めてると思わなかったよ」
「いや別に?気に入っただけ」
「なんだ」
短い会話を交わしながらちらりと竿の方に目をやった。獲物は現れない。
「そもそも氷の張った湖に魚なんているのかしら」
「いるときもあるよ、ワカサギとか」
「あー・・・ああ」
一瞬人魚の姿が脳裏に浮かぶ。小魚の方ね、まさか人型を釣ろうと思ってるわけないよね。
「普段も釣りしてるの?」
「うん、誰とも遊ばないときはよくやってる」
せいぜいカエル釣りが限度だと思ってたけど、案外経験者だったらしい。
その後しばらく他愛もない会話をして別れることにした。チルノの釣り竿に獲物がかかることはついになかった。
「あたいもここまでにしようかな」
「残念、ボウズでしたー。次は獲物がかかるといいね」
チルノは私に手を振ると森の奥へと飛んで行った。私も日が傾いてきたのを見ながら適当な寝床を探そうと歩き出し、ふと先ほどの湖を見る。
湖には一面に貼られた氷と、チルノが釣りをするために開けた穴だけ。かすかに残る太陽の光は、氷に鏡のように映った私の姿を照らしていた。
翌日。昨日の湖から少し離れたところで野宿を済ませた私は、森の方が騒がしかったので少し除いていくことにした。
「キャハハ、またリグルの負けー!」
「くそー!もう一回だチルノ!」
虫の妖怪、宵闇の妖怪、チルノともう一人緑髪の妖精。無邪気に遊ぶ彼女たちと同じように、チルノもまた昨日みせた落ち着きなどなかったかのようにはしゃいでいた。
登場人物
・古明地こいし
バカなように見えて切れ者。そんな時折見せるギャップが魅力。
・チルノ
バカ。新聞の批評くらいはできる。
・バカの仲間
多分みんなバカ。バカの方が人生は楽しい。