お姉ちゃん、それなに?   作:えんどう豆TW

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ギャン泣く子も黙る鬼の大将

 

 

「今日は何の日?」

「え、今日なんかあったかい?」

「ううん、なんも無いよ」

 

地底の旧都と呼ばれる街。色んな妖怪が行き交い賭博やら酒やらとロサンゼルスもビックリなこの街にある一件の飲み屋で、私と大柄な女性が喋っていた。

 

「最近もう、捨てられたんじゃないかって思ってたんだよね」

「…もしかして、さとりの奴に?」

「まさか、お姉ちゃんは一生私の味方だよ」

「だよなぁ。じゃあ誰に?」

「うーん、神に見放された?」

「なんで疑問形なんだい」

 

うまく説明出来ないけど、こう、失踪したというかネタが切れてるというかモチベーションが微妙そうというか。とにかくそんなくだらない理由で私は見捨てられそうになってた気がする。こんなに可愛い子を放っておくなんてどうかしてる。頭おかしいよほんとに。

 

「しかしこいしちゃんから飲みに誘うなんて、こんな事があるとは思わなかったよ」

「嫌だった?」

「それこそまさか。誘われて断る鬼なんていないさ」

「確かに、売られた喧嘩も誘われた飲み会も全部行くよね」

「そうそう。ましてやこんな可愛い子からのお誘いなんて断るわけがない」

「もしかして口説いてる?」

「おうよ。………いや、なんか今冷たい視線を2つほど感じたからやめておこうかな…」

「珍しい、勇儀が怖いものなんてあるの?」

「ないと言いたいところだがあるんだなこれが。主に力で解決できないことは怖い……というより面倒だ」

 

鬼らしい。しかし鬼の四天王だの大将だのと言われる彼女がそこらへんの阿呆と同じ頭をしてるわけもなく、聡明であることは間違いない。性には合わないだろうけど。

 

「全部力で解決しちゃえばいいのに」

「それが出来たら苦労しないよ」

「苦労してるの?」

「たまにね」

 

その立場上疲れることもあるだろう。お姉ちゃんがあれだけ死んだ目で地底の管理をしているのだから、そこまでじゃないと言えど上に立つ者の苦労というのは少なからずあるに違いない。よかった、私はそんな面倒なことしなくていいし。

 

「愚痴っちゃう?」

「いいや、酒は楽しく呑みたいもんでね」

「さいで」

「それに愚痴るほどのこともないよ。大抵の事は時間が経てばどうにかなってるからねぇ」

「おお、時間が解決するってやつだね」

「そう。時間は残酷だが、時にその残酷さに助けられたりもするもんだ」

「私の悩みも時間が解決すればいいのにー」

「いつかは解決するんじゃないか?死ぬまで解決しない時もあるだろうけど、1000年もすればどうにかなってる事の方が多いさ」

「1000年かぁ。長いようで短いようで長いね」

「1000年後にはあっという間だったって言ってるだろうよ」

 

確かに。私は今何歳だったかな。もしかしたら1000歳だったかもしれない。あんまり興味もないし、1000年前のことも覚えてないし、…ああ、これが時間が解決するってことなんだろうな。

 

「勇儀は1000年前どんな鬼だった?」

「え、うーん…覚えてないなぁ」

「流石に?」

「でもまあ、今よりやんちゃだったんじゃないか?ただの鬼の1匹だったかもしれないし…今も大して変わらないんだけどねぇ」

「大将なのに?」

「勝手に周りがそうしてるだけさ。ほかのやつより強いだけだ」

「それは…一理あるか。でも誰かが群れの長にならないといけないからね。槍玉に挙げられるのも致し方ないことだってある」

「だな。あたしに出来ることならやってやるさ」

「器のデカさは間違いなく大将だね」

「はは、ありがたく受け取っておくよ」

 

実際に彼女が頑張っているおかげでお姉ちゃんの負担が減っている部分もあるのだろう。そう考えると感謝の念も自然と湧いてこようというものだ。

 

「ささ、おつぎいたしやす」

「なんだいその口調」

 

私がお酒をつぐと勇儀はそれをグイッと飲み干した。これが面白くてどんどんとついでいく。それを勇儀はまた飲み干す。さすがは鬼の頭領、まだまだ飲めるみたいだ。そうして陽の当たらない地底で夜が明けていくのだった。

 

 

 

 

 

「う、ううん…」

 

いつの間にか寝てしまっていたらしい。目を覚ますと見知らぬ天井が視界に入る。辺りを見回すとどうやら宿屋の一室のようだが、昨日は確か…。

 

「あ、おはよう」

 

隣から声をかけられる。声の主は古明地さとりの妹、古明地こいしだ。ああそうだ、たしか昨日は彼女とふたりで酒を飲んで…私が潰れるまで?この私が?

そうだ、彼女が何故か次々と酒をついでくるものだからつがれる度に飲み干していたのだ。しかし潰れるまで飲んだことなんてほとんどない…はずだ。

 

「どうしたの?」

「ああいや、なんでもな…」

 

そうして彼女の方に向き直った時異変に気づく。寝床がひとつしかないのだ。布団もひとつしかないため、当然彼女と私は同じ布団に入っていたことになる。そこまではいいのだが、私の目に映るこいしの姿はいつもの派手は服ではなく、布団からはみ出た肩は肌色を顕にしていた。

 

「えっーとぉ…」

「顔色悪いよ?大丈夫?」

 

頬を一筋の汗が伝う。こころなしかこいしの声がとても優しく聞こえる。いやいや、まだそうと決まったわけじゃない。状況証拠だけで判断するのは愚かだ。

 

「そんなに見つめられると恥ずかしいよ…」

 

考え込んでいたせいか、無意識にこいしを凝視していたようだ。顔を赤らめて目を逸らす仕草にとても色気を感じる。

 

「……ッスゥーーーー」

 

冷や汗が止まらない。もしかして""""やった""""か?潰れるほど飲んだ経験も殆どないから今どうなってるのかさっぱりなんだが、やらかしたか?

 

「あ、あの!昨晩は…その…」

 

やべえ。やべえやべえやべえやばいやばいやばい。いくらなんでも地霊殿の主の妹に手を出したとあれば流石の私もまずい。寄ってきた女の相手くらいはした事あるし、別にそこまで抵抗もない。だが相手が悪い。もしかして酔いのあまり容姿の良さに惹かれて手を出したか?…ダメだ、考えても分からない。

 

「あー、その、なんだ。恥ずかしいことに酔いが周り過ぎてたのか、昨日のことをあんまり覚えてないんだ…主に夜のことを」

「あ…そ、そうだよね!急に倒し…倒れちゃったし!」

「そうなんだよ。だから何があったかいまいち覚えてなくて申し訳ないんだが…」

「ううん、大丈夫!でも、私嬉しかったよ。勇儀があんなに…してくれて」

 

うーん、アウト。完全にアウトっぽい。どうする?さとりに知られたらとんでもない事になる。どうにかして隠蔽したいが嘘をつくのは鬼として許せない。いやそもそもあの古明地さとりに嘘は通用しない。ならば…。

 

「そ、それでなんだけど。一応ね?覚えてないならいいんだけど一応、昨晩のことはお姉ちゃんに内緒にしてくれる?」

「!!ああ、もちろん!もちろんだとも!」

 

渡りに船とはこのこと。まさか相手から望んでくれるとは思わなかった。正直このことを盾に迫られたらいよいよ終わりかと思ったが、どうやらこいしの方もこの関係を秘密にしたいらしい。あとは風化するのを待つだけだ。

 

「…内緒ね、えへへ」

 

恥ずかしそうに笑うこいしを見て、改めて私はとんでもないことをしたのだと認識し直すのだった。

 

 

 

 

「はい、お気をつけて~」

「昨日はごめんね、部屋汚しちゃって」

「大丈夫ですよ。しかし気をつけてくださいよ、地霊殿に住まうお方がこんなところで粗相してたら何を言われるかわかったもんじゃありませんから」

「えへへ…」

 

「吐くまで飲むなんて、童じゃあるまいし」

「はぁい…」

 




・古明地こいし

勘違いさせちゃうガール。酒には強いけど限度というものを知った方がいい。

・星熊勇儀

掃除も片付けもほとんど1人でやったのに恥ずかしくなったこいしちゃんに昏倒させられ記憶を失った。勘違いしちゃうガール。

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