地上に人気の露天風呂付き温泉があるらしい。その噂を聞いた私は早速部屋で読書をしているお姉ちゃんに話を持ちかけた。
「温泉、行きたくない?」
「別に」
うんうん、予想通りだ。基本的に外に出たがらない引きこもり気質のお姉ちゃんはまずこの話に乗らないだろう。次の作戦。
「えー!行きたい行きたい行きたい行きたい〜〜〜!!!」
必殺、駄々をこねる。見るに耐えない幼稚な私の姿を(なんか自分で言ってて悲しくなってきた)無視できまい。しかしそんな私の思惑は崩れる。
「じゃあ行ってきたら?」
「お姉ちゃんと行きたいの〜〜〜!!!」
乙女の心がわからんとはこのこと。女としては間違いなく終わってるお姉ちゃんを無理やり引っ張って行くことも考える。
しかし当然抵抗されるのは目に見えてるし私ではお姉ちゃんに勝てない、そういうことだ。
「お燐とお空は私たち二人で出かけても大丈夫って言ってたよ?」
「外堀を埋める手腕は素晴らしいけれど、私を引っ張り出す能動的な動機に欠ける。却下ね」
「お姉ちゃんが能動的に外出することなんてないじゃない」
「その通りよ」
ここまで人が頼み込んでるのに全て自分の天秤で物事を判断するクズっぷりに涙が出てくる。普段なら他人に見せるこの顔が大好きなのだけれど、今回は妹であるこの私が相手だ。古明地の名にかけて諦めるわけにはいかない。
「・・・本当はね、久しぶりに二人きりでゆっくりしたいなって思ったの。いつも私は自分でも知らないうちに出かけちゃって、どっか知らないとこにいて、まるでお姉ちゃんから離れてるみたいで。だけど、最近は自分でも制御できてるし・・・今のうちにやりたいことをやりたいなって」
「・・・」
俯いているから今どんな顔でお姉ちゃんが私を見ているのかはわからない。
「でも、ごめんね。いつまで経っても私はお姉ちゃんに迷惑かけてばっかりだね。別にいいんだ、一人で行きたいわけじゃないし。この話は忘れて」
顔を上げると、心底困ったような顔のお姉ちゃんがため息をついて口を開いた。
「はあ・・・わかったわよ。行きましょう、その温泉とやらに」
「本当!?本当に!?やったーお姉ちゃん大好き!」
基本的に口上では負けなしのお姉ちゃんにも弱点がある!それはずばり、家族には甘々なところだ!!
「本当に調子が良いんだから・・・」
「やったー!お姉ちゃんと温泉、どうしようワクワクしてきたー!何泊する?10?20?」
「バカ、限度があるでしょう」
「はーい!」
私の涙がちょちょぎれるほどの演技に敗北したお姉ちゃんはこうして温泉の約束を取り付けられたのだった。
「人の心の弱みに付け込むなんて、いったい誰に似たのかしらね」
「目の前に元凶がいると思いますけど?」
「それもそうか」
普段人のために心を痛めるような人じゃないから忘れてたのかな?
「でも、お姉ちゃんと行きたかったのは本当。一人で行ったって意味ないよ」
そういうと、お姉ちゃんは普段は見せない笑顔を私に向けてくれた。
登場人物
・古明地こいし
演技派女優。その涙は1億ドルの価値があるとも言われている(地霊殿調査書より)。
・古明地さとり
妹思いの素晴らしい姉。こいしの笑顔のために他人の人生が無茶苦茶になっても全く心が痛まない。そもそも最初から痛むほどの良心が存在しない。