耳を劈く様な悲鳴に「うるさいです」と言うように、小夜林は耳をふさぐ。
あんまりな光景に毛利の娘と、宮口絹江がお互いに抱きつくように腕を取り合っている。支配人の奥方は、完全に現状を把握できずに呆然と固まっている。
男性陣はすでに再起動して部屋に駆け込んでいる。
一人笑い続ける名も知らない男は焦点は定まらず、口の端の皮膚が裂ける程開いて鳴声と唾液を垂れ流しにしている。これはもう、こちら側に戻ってこないだろうと見切りをつける。
そんな男に「何があった!?」と意識を向けさせようとする小五郎の脇には、小夜林にぶつかった少年、コナンが険しい顔で佇み、部屋を見渡し、数秒で支配人を振り仰ぐ。
「亀山さん!警察と救急車呼んで!!」
「え…警察ですか…」
驚いた表情とは別の、何か、よくわからない顔をして黒こげの人型を眺めて居た支配人が我に返った様に数度瞬きながら鋭い声を上げた少年を見つめる。
「連絡してきます…!」
そう言ったのは部屋の外で呆然としていた祥子で、階段を駆け下りていく音が聞こえる。
「人巳。大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ。少し、驚いただけ…。それより小夜林は何か分かるかい?」
じっと黒焦げの遺体、もはや唯の人型にしか見えない物にも臆せず部屋の中を見回す。
部屋の畳には何らかの図形の様なものが焦げ付いている。大まかな形は十字に、その四方にそれぞれ違った図形が足されている。
「そうですね…。人巳は時間に関するアレと言っていましたが、どの程度話しても平気ですか」
むやみやたらに知ったことを話すと、連れに多大なショックを与える事も有るだろう。人巳の心労を気遣う。
だが当の人巳が答える前に少年の高い声が割って入った。
「黒井さん、この変な線について何か知っての!?」
「…」
ぬ。とでも言うように、小夜林の口元が僅かに歪む。ショックを受けない程度の事を選んで伝えようにも、流石にこんなに小さい子供に教えていいのか…。
「これはちょっと怖いお話だからね。坊やにはまだ早いよ」
どう断ったものかと思案する口下手な黒い人物に、白い方が助け舟を出すも、えーとコナンはいかにも不服そうに繭を寄せる。
「ボクも知りたーい!お願い、黒井お姉さん!」
うるうると眼鏡の奥の大きな瞳を潤ませ、小夜林のスカートを握りしめて見上げる。
「…今夜眠れなくなっても僕は知りません。あれは一時期オカルトマニアの間で噂になっていたものです。ヨグ=ソトースの球霊の印、と言います」
「よぐ、そとーす?」
胡散臭そうに、コナンが呟く。怯えたり、更に興味を見せる様なそぶりもない。なんとも夢も希望もない自動である。
「はい。何らかの神様を召還するとかなんとか」
「黒井さんは何でそんな事知ってるの?」
きりっと、黒井は言い切る。
「キャラ作りです」
横で話を聞いている人巳が小さく噴出すが、ゴシックとパンク衣装でバンドを組んでいるという二人組み、ああ、成る程な。そういう系統か…と心中で乾いた笑いをこぼすコナンにはその程度の認識だ。
「あんたらも、この部屋から出てってくれ。警察が来るまでは誰も何も触るなよ。っと、お前もだぞ!!」
堂々と狂人と死人の同居する部屋に乗り込んでいた人巳と小夜林に小五郎が怒鳴り、ついでに部屋の奥へ進もうとしたコナンの首根っこを掴み外へ放り投げる。気づけば支配人の亀山はケタケタ涎を流し笑い続ける男を何とか立たせ部屋を出て行った所だ。
「…貴方は?」
何処か湿気を感じる声音で人巳が小五郎に尋ねる。
「なに?」
「貴方はどうするんだ?」
「俺は警察が来るまでに出来る事をする」
はぁ…と何処か甘いような妙に艶っぽい吐息をもらした人巳が口角を吊り上げてニィと笑う。
「毛利さん、貴方は有名な探偵では有るが権限を持った警察ではない。貴方も一緒に退室するべきだ、そうだろう?」
じっと、何か力の篭った、それでいて緩く微笑むように弧を描いて細められた瞳が小五郎の目を見つめる。
一拍。
「ああ、そうだな」
どこか平坦で気の抜けたような返事をして小五郎が部屋を出て行く。
その光景を、再び部屋に入り込み捜査を続行する機会を伺っていたコナンが目を丸くしてみている。その目が鋭く怪しむような視線になる事も確認しながらも、人巳は小五郎を伴って部屋を後にし、廊下で未だにうろたえ佇む絹江に声を掛けながら一階の喫茶店スペースへ向かうよう先導していく。
小夜林は一人部屋に残ったが、まだコナンも人形じみた装いの少女をじっと眺める様に、探る様に廊下から見据えている。
「蘭さん達の所へ行かなくていいのですか」
「それはお姉さんもでしょう?」
「僕はお姉さんではありません。…君には血清が効いて無いんですね」
後半は小さな独り言。よく聞こえなかったのか、小首を傾げる少年に小さくため息を付き諦めた様に部屋から出てくる。
「皆の所へ行きましょう」
そう言って小夜林は少年の手を些か強引に握って歩き出した。
人はあまり得意では無いですが、この子供は特に苦手です。と心の中だけでぼやいた。
コナンもコナンで不可解な現場から無理やり引き剥がされて不機嫌だ。そんな二人が二階まで降りた所で、カタン、と音がした。
見ると、三十近くいたこけしの一つがが倒れころころと二人に向かって転がってくるところだった。
「やぁ。少し良いかな?」
こけしを注視していた背中に声を掛けられ、コナンは慌てて振り返る。つい今しがた自分たちは階段を下りて来たが、この人物が階段を踏む音は一切音がしなかった。
「なんでしょうか」
慌てた様子もなく振り向いた小夜林に、男は愛想よく笑い掛けながらなれなれしく語る。
「俺は竹城って者で、風水師をしてるんだ」
その竹城と名乗った男は、コナンが喫茶店で目撃し、少し目を離した隙に消えた男だった。
加賀知「厄介な奴の幸運値が高かった」