小夜林が実家に帰り「一週間後におかあさんに会える」と言った翌日辺りの話。
このお話で一番探索者しているのはベルモットさんなんじゃないかと思い始めています。ニャルのせいで脅威に立ち向かわざる負えない感じ…。
ベルモットは僅かに腑に落ちない様な、ボタンをひとつ掛け違えたままでいる様な心持である人物を探していた。
夜間の静かな路地の奥。
そうとは言ってもこのご時世、真の闇など存在はしないこの日本。だがおかしなことに、今彼女が身を置く暗がりはその建物の影から闇が手を伸ばすようにじりじりと迫って来る様な錯覚を覚える。
闇の擦り寄るその物陰に、その暗闇を塗り込めたかの様な少女が佇む。
日常に降りる穏やかな夜の中で輪郭がはっきりと浮き出る闇を纏った少女。
それは、彼女も彼女の周りに居る人間達も同じ色を纏っている筈なのにその少女が異質に見える。
ニーアが語った話は俄には信じられない。真っ黒な怪物が、彼女のたった二つの宝物を脅かそうとしている等と。もちろん、彼や彼女は危機と隣にある事は理解して居る。
それでもまさか、その危機の種類が人智の及ばぬ所に居る怪物だなんて信じられない。
信じられない筈なのに…何故かニーアの言葉には妙な信憑性があった。
あんな、どう見てもジンへの嫌がらせとしか思えない変装でもって語り、その語り口調だったおちょくる様な冗談の様な言い様でしか無いのに、何故か惹かれる物があった。
そして信じられないと、思うままに、目の前の少女に辿り着いてしまった。
黒のレースとリボンで彩られた所謂ゴシックロリータの少女が此方が何かを言う前にくるりと振り向く。
「…■■■■、■■■■…?」
聞こえたのは、到底人の言葉では無いもの。
ぶつぶつと泥が沸き上がる様な不快で、不気味な音。意味を成さない音、で有りながら何かを語りかけようとする様な、動物の鳴き声ともとれる不気味なもの…。
「…すいません。最近はあまり人型になって居なかったので発声が上手く行っていませんだした。ご不快でしたらすいません。それで、どうかしましたか?さっきから僕をつけて居た様ですが」
今度は確りと人間の言葉、日本語で聞こえた。
どこか茫洋とした生気の籠らない声で、真っ黒な瞳に感情は伺えず闇の底へと繋がって居る様な虹彩だった。
「あの…僕の話は聞こえて居ますか?予定が詰まって居ますので行っても良いですか?」
こつこつ、と独特な足音を立てて少女は離れて行こうとする。
「待って!」
ベルモットは慌てて声を上げた。
彼女にとっての掛け替えのないない、この世界でたった二つの彼女にとっての宝物。彼らの危機に成りうる『化け物』。そう言われた少女は確かに常人では無いだろう雰囲気を持つが、ニーアが言う程の危険性は感じない。
このお人形の様な少女をどう、処理したものか…あまりにも発する言葉や見た目が真っ当過ぎてどうする事が最善かと思案する内に少女は去って行っていこうとしたのだ。
それを引き留める為に、思わず声を掛けた。
「はい」
訝しむ様子もなく、黒い少女は振り返る。
「女の子がこんな遅くに一人で歩いて居るのが見えたから心配で…。ごめんなさい、後をつけるような真似をして」
咄嗟に出た言葉だが、特に不審さは無いだろう。いくら日本が平和でも、20歳前の女の子が一人で歩いていていい時間ではない。それなば成人して居るベルモッドの言葉に理がある。
「僕は女の子ではありません。…それに闇夜を歩く危険に性別も年齢も、人で有る以上差異はありません」
こてり、と首を傾げて情動なく少女…黒い影が告げる。
「僕はそもそも一人ではありません。兄弟も一緒に来て居ます」
ずしり、みしり、ぎし…。
そんな音が、ベルモットの背後更に深い闇の奥から響く。
大きな重量が空間を圧迫する気配が背後からしていた。
◆
「私は…どうして生き返らされたの…?」
驚き、戸惑い、恐怖した。
全てを恐れて、動転し、錯乱し、思考を放棄する段階は既に超えてしまっていた。心をどこかに置き去りにした様な、妙に凪いだ気分で死人だった筈の彼女は問いかけた。
礼拝堂には仄かな炎の明りが灯り、色彩だけは温かく取り繕って居る。
目覚めた時に拝借した黄色のローブは、持ち主であるらしい『りっちゃん』という金髪碧眼の少女へ返した。現在は彼女が買ってきたらしい、洋服に袖を通して居る。
彼女曰、残念ながらブラのサイズは酷い格差がある事しか分からなかったので、無い!という事でカップ付きのインナーを渡された。
天井に吊るされた死体や床に散らばる歪に継ぎ接ぎされた人体に臆する事も無く黄色いローブを纏った少女は笑い、自己紹介をしてのけた。
しかも、目の前の精々日本人の感覚では14、5歳程度の女の子がしっしと手を振る様に指示を出せば、床に転がる体が蠢き礼拝堂の闇へ姿を消して行く。
金髪に青い目。物語ならお姫様のみたいな外見の女の子は、まるで魔法使い…御伽噺の悪い魔女…いや邪悪な悪魔の様だった。
そこで精神のタカが外れ、思う存分取り乱し叫んだ。
処理しきれない感情を全て発露させ、空っぽに成ったころに、大騒ぎする大人に戸惑った様子の黄色いローブの女の子が、おどおどとしながらココアを差し出して来た。
思わず乾いた笑いが出てしまう。
血と人の脂の臭気が充満し、何の神とも知れぬモノを祀る礼拝堂で甘いココアの香りは如何にも異質過ぎて、逆に笑ってしまった。
それで、やけくその様にココアを一口飲み、僅かに戻った落ち着きの中で発したのが先の疑問だった。
確かに死んだ筈の私は、何故、生きている?
しかも死体の張り紙の通りなら、多大な犠牲を払ってまで。
「エー?」
尋ねられた女の子。14歳程度と思ったが人種的に日本人よりは大人びて見えるから、もっと幼いかもしれないその子。同じようにココアの入ったマグカップを持ち、黄色いローブの裾を蹴り上げる様にベンチの一つに腰かけて首を傾げる。
「別に狙って生き返ラシタ訳じゃないから。意味なんてないヨ」
何てこと無いように言う。
ただ、何の意味も無く大勢の人間の身体を刻んで、一人の人間を蘇らせたのだという、悪い魔女の様な女の子。
「『復活』の呪文ね、当人の魂が要るノ。後は体を形成する『塩』ね」
ふらふらと足を揺らしながら、未だ、礼拝堂の後方に吊り下がり揺れる死体へ目をやる。
「『塩』ネ、復元する元の人間の大きさによって要る量が変わるの。本人の死骸が有ればソレを『塩』に還元すれば良いケド。無ければ、別に誰の体でも、使えればイイの」
何ともオカルティックな話だが、実際に死んだ自分が今こうしてここに存在し、確りと恐怖を感じ、ココアの味を脳が受理している。
「『塩』で復元した偽物の身体に本人の魂を入れれば、生き返った様に見えるノ」
にこり、と黄色いフードの下の青い目が笑う。
魂はお姉ちゃんが適当に拾って来たものだから、偶然だね。偶然、あなただっただけだよ。
「み、みゃ…みぃーミアニョさんは、運が強いのかもね」
見た目の通りに、『りっちゃん』は日本語がそこまで堪能では無い様で会話の中でもイントネーションが不自然な時があり、『宮野』としっかり発音できない。
「…明美でいいわよ…。そうね悪運、かしらね」
どうしてこんな悪い魔女みたいな子と、フレンドリーな会話をしているのか不思議だった。
「…ところでサ。アケミ。生き返ったって言ってるケドね」
礼拝堂の中に灯された炎が、風もないのにぐらりと揺れる。
夏の青空の様な瞳が、炎の光で怪しく光る。
「他人の身体を還元した『塩』を使った入れ物に、幾ら本人の『魂』を入れたからって当人だと思ってるの?」
空になったマグカップを、ベンチに置き『りっちゃん』はたったっと、礼拝堂の背後、未だに死体の揺れるそこへ駆けて行く。
距離のあるここからでは何を言ったのかは分からない。それでも、歌う様に何かを小さく紡ぐと、吊るされていた死体たちが、ざらりとその姿を崩す。
身体のあちこちが掛けた人体は青灰色を帯びた、白い細かな粒子に変わり、さらさらと礼拝堂の床に積る。
「あたなたはね、生前の姿と魂を持った怪物でしかないんだよ。いまある、命に見えるものだって、呪文一つでまた『塩』に逆戻り」
黄色いローブのを纏った、金髪の悪い魔女の様な悪魔は問う。
「ネエ!アケミ、偽りの生命を多大な犠牲の上で得てしまっタあなたはこれからどうする?」
激しい感情の転換に、上手く機能しなくなっていた恐怖心が、再び鎌首をもたげた。
黒井「何故皆僕の事を女の子だと思うんですかね。黒い仔山羊に性別かあると思っているんですか?」
加賀知「えっ」
黒井「人巳が言うなら男の子やります。ええ!お母様も男神になったりしますんで!性別とか投げ捨てて子作りするお母様なんで!」
加賀知「小夜林は…できれば君のご母堂の様に成らないで…ほしい、かな…」