基本的に導入NPCの神無妹以外を救う事は難しいです。PC次第ですが、それが本当に救いなのかは謎です。
人に寄っては、だれも救えません。
クロエという少女は、珪との対話中も部外者という姿勢を崩さずにいた灰原に対してさえも警戒した風もなしに『こっちです』と言って案内しだす。
「ちょっと待って」
「はい」
呼び止めれば何の疑問も無しに立ち止まり振り返る。
「…屈んで貰ってもいいかしら…」
「なんでしょう」
唐突な要望にも、素直に屈み視線を合わせる。
「……」
子供相手なのだとしても、このクロエかっらはどこか異質なものを感じる…。そもそも珪も含めてここの人間…子供達から浮いている。
『御子様』という呼称も含めて。
失礼なのは百も承知だが、屈み、視線の高さが同じになったクロエの頬をに手を伸ばし、口を開けさせる。
「ふあ…?」
それでも抵抗なくされるがままだ。
無抵抗に開けた口の中を覗き込んで…手を離す。
「突然ごめんなさい。ありがとう」
「いえ。一体なんだったんですか?」
暫く様子を見ていて気になって居たのだが、クロエに妙な違和感を感じてしまって仕方がない。それは小さなものが度々起こるのだが、正体が掴めない。
先程極近くで言葉を交わした際に、その違和感の一つに気づいてしまい、ついつい確認をしてしまったのだ。
「本当にごめんなさい。でも、何でもないの」
一瞬訪ねそうになったが呑み込む。
『歯式が、人間とは異なるがそれは生まれつきなのか』
考えた末にその問いが出てくる事は無かった。尋ねた通りに、生まれつきだった場合酷く失礼な発言になってしまうだろう。
もし別の返答があった場合、何か恐ろしい物が現れそうな気がした。まるで丑三つ時の、窓の向こう側を覗き込む様な…ナニカ潜むモノとかち合ってしまいそうな…そういう類の恐ろしもの。
「そうですか。では行きましょう」
特に言及はされなかった。
表情を変えずに頷いて、促す。今度は黙ってクロエの後を着いていく。
「…ねえ、この部屋は?」
ロリータワンピースの揺れる裾と成らんで歩く灰原は、異臭に眉を顰める。その臭気は有る一室から漂っていた。
「院長室です。二年前から誰も使っていませんよ」
プレートの様な物も無く、他の部屋と何ら変わりないがそこまで大仰な建物でも無いからそんな物なのだろうか…それにしても、この臭いは…。
「この臭いって…」
「腐臭では無いですね。既にその段階は過ぎてるかと。それにあれはお母さまへの最初の供物です」
やはり表情を変えないクロエは淡々と告げる。
思わず、と言う様にその扉へ手を伸ばし、戻す。これは触れてはいけない禁忌なのではないかと考えたのだが、その様子を見ていたクロエは不思議そうに首を傾げる。
「鍵は掛かって居ないので別に問題有りませんよ」
行動こそは、疑問を表す者なのにやはり表情は変わらず虚の様に何も見いだせない。腐臭の段階は過ぎた等と言うのだから、この中に有るモノを知っているのだ。それなのに、見ても問題無いと言いきる。
どこか、ヒトの精神構造とこたなるものが目の前の人型に宿っている様な薄ら寒さを感じる…。
普段は危険な事に首を突っ込むなと、灰原が苦言を呈している側だが何故か手が再びドアノブに伸びてしまう。恐る恐るとい様にノブを回し、扉を開ける。
「…っ!」
籠った空気の中、さも当然と言う様に人骨が転がっている。既に肉も皮も臓物も全て虫に食い漁られ、骨だけが残っている。食い荒らした筈の生物たちも餌の絶えた空間に興味は無いのか何も居ない。
埃臭い空間に、独特の臭いがこもり呼吸の妨げに成る様な、圧を持った空気が詰まった空間。その空気がそのまま肺にまで流れ込み、身体の内側に圧迫感が産まれる。
「この人は?」
「園長先生というらしです。僕は直接の面識を持ちません」
床に、何らかの汚らわしい液体が染み込んだ後がくっきりと残るその真ん中にボロボロに遊離してしまった骨が変色しかさつき劣化した服を着て横たわっている。
頭蓋骨の全面、米神よりやや上に陥没したあとがあり、床には投げ出された大きな灰皿が、余りにも如実に何が有ったのかを伝えている。
何故、については一切分らないが。
「どうして、誰も通報しなかったの」
いつの間にか、隣に立って居たクロエを見上げる。
「さあ?人間の事情は知りません。ただ大人は誰も何も言いませんでした。その間に僕や僕の兄弟達がやって来て大人と珪達の立場は逆転しました」
その言葉で『何故』は埋まらなかった。
「あなたの兄弟もここにいるの?」
「居ますよ。大体納屋の周りに潜んでいる事が多いです。最近は珪と一緒に街に出て居ますが…そこを見ても僕の兄弟の資料はありませんよ」
部屋の壁一つに、若干部屋から浮いた事務用の棚に様々なファイルが並んでいる。その中で名簿と書かれた物が視野の端に引っかかり顔を向けたのかクロエがことりと首を傾げる。
「あれは見ても良いの…?」
「ちょっと待ってください」
こくりと頷きがたがたと棚のガラス戸を揺すり、がんっ、と鈍い音を立てて戸のフレームを歪ませ鍵を壊す。
「どうぞ」
今に始まった事ではない。
このクロエという少女から感じる違和感。その異質な物の正体は決して探ってはいけない何かだと、本能が告げる。向こうが何かアクションを起こさない限り、こちらへ害が及ばない限りは決して、触れてはいけない。探ってはいけない。知ってはいけない。そんな、ナニカ…。
出来る限り、自身の気配を消す様に縮こまる様にしてクロエの横を過ぎファイルの類へ手を伸ばす。受け入れた子供の名簿、運営に関する金銭的なもの…そんなの物が、沢山。
その内の一つに手を伸ばし、開く……。
目にする記録の全ての不審さに、神を捲るにつれ酷く不快な、胸がむかつく様な気分が込み上がてくる。
何がどうして、『こう』なったのかはそこからは分らない。ただ今のこの異様な状態になる前からこの施設は異常だった。
ばたり。
つい、かつてのここの実態に眉を顰め記録を辿る手を止める事が出来ないいる内に、背後で扉の開閉される音がした。
クロエでは無い。彼女は鍵を無理やり壊した位置のまま、全く動くことなく樹木の様にその場に立ち続けている。
扉を開けたのは、珪だ。
「……ちゃん…」
目覚めた後に顔を合わせた時と、明らかに様子が異なる。
今にも泣きそうな顔で、如何にも心細そうに視線を彷徨わせながらふらふらと入室してくる。
「セキちゃん!セキちゃん!!セキちゃん…っ!」
生気のない視線が彷徨ったかと思うと、覚束ない足取りで進み倒れ込む様にそのまま灰原を抱きしめ、誰かの名前を呼び続ける。
『セキちゃん』とひたすら、周囲も、抱きしめた人物の顔を認識できていない様にただただ呼び続ける。
「どんなに『母』を求める心があっても、人の理解の外を受け入れる事は負荷になるんですね」
真影の様な瞳を瞬かせ、クロエが呟く。
「セキちゃんごめんね、セキちゃ…でももうすぐ『おかあさん』が来てくれるから、お姉ちゃんと一緒に還ろう…」
強い力で抱きしめる珪の腕から脱する事もできず、その勢いにどうして良いのか分からずに中途半端な高さで両腕が彷徨う。
先程様々な記録を辿った彼女は知ってしまっていた。『せきちゃん』とは、今泣き崩れている珪と共にここへ預けられた彼女の妹だと。
そしてその妹は、『事故』で亡くなっている事も。
クロエ、もとい黒井小夜林は加賀知以外には黒い仔山羊としての機能以上を行う心算はさっぱり有りません。
珪にも『御子様』と懐く子供にも何の感慨も抱きません。彼らが黒井の主を敬い、主が彼らへ信仰の返礼を行った為、彼らが欲しがる手段を与えているだけです。
加賀知が居ないと人間のフリが雑になる小夜林ちゃんです。
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