ことんことん、と蹄の音を鳴らしながら少女の形をした黒い影は宿泊施設独特の雰囲気のする廊下を進む。
ここは四階建てで、一階にはフロントと喫茶店。敷地の面積からしてスタッフルーム等もあるかもしれない。夕食や朝食は喫茶店のスペースで提供すると聞いていたから、旅館の孤立した厨房は無いだろう。
残りの二階から四階までが客室の様だ。
ただし、二階は広めに取られた休憩スペース、あのこけしがずらりと並んだ場所と浴場が有ったので客室は二つ。三階、四階に四部屋づつ。
小夜林と人巳が宿泊するのは四階。
その同じ階から、焦げ臭いものを感じたのだ。
四階の一部屋挟んだ隣。臭気はそこからの様。
こつんこつん。と爪の先まで黒いマニュキュアを塗った小夜林の手がノックするが何の反応も無い。遠慮なくノブを回してみるが鍵がかかっている。
そっと耳を寄せると、何やら声が聞える気がする。
━はっ・・・はははっは…あはは…!居たんだ、本当に、いた、存在、はははは…
荒い息に、うわ言の様に何かを繰り返している。
「…放って置きましょう」
鍵も掛かって居るし、中の人間は普通にご健在のようですし、聞き様によっては生物としての本能、子孫繁栄の活動に勤しんでいるのかもしれない。
と、一瞬思った。
普通の人間は些か怪しげな物音がしようが、不穏な匂いがしようが、特に何も起きていないのに鍵の掛かった扉を無理矢理ぶち破ったりはしないのだ。
声をかけたりして、人が出てきたとしても若干のコミュ障を拗らせている小夜林にはその後の誤魔化しが聞かない。寝煙草で火災、という事は無さそうなので、よしとしよう。
自分は問題ないのだが、人巳は煙草が嫌いだ。
ことんことんと相変わらずな音をさせながら一階の喫茶店へ向かうところで、旅館の玄関前でぶつかった少年がいた。興味深そうに大量のこけしを眺めている。
小夜林の見解では、こういった人型の物を小さな子供は怖がる様な気がするのだが。ましてや男の子。人形は興味の外だろう。
ことんことん、という独特な足音に彼は気づいたようで、「あ」と言って此方を向く。
「さっきのお姉さん」
小夜林は別だん何と呼ばれ様が気にしないが、どうも「お姉さん」と呼ばれるのは気になる。
「僕はお姉さんじゃなくて、黒井小夜林です。聞きそびれましたが君は怪我はしませんでしたか。僕の靴は結構硬いので、よろめいた時に蹴ったりしては居ないですか?」
「うん!大丈夫だよ!それからボクは江戸川コナン。よろしくね?」
可愛らしく、というのが世間一般的なのだろうがどうも黒い少女の形をした者にはそれを愛らしいとは思えなかった。
無遠慮に此方を詮索する視線、というのか此方を見据える視線があどけなく邪気なく物を見ようとするものではなく、『者』を見極めようと検分する目なのだ。
こういう類の目には何度か出会った事がある。己の興味のみで、事件に首を突っ込み、荒らしたいだけ物事を食い荒らし、『真相』という美味しい所を持っていく者だ。
彼はオカルト作家で、未知に関してとても貪欲だったが、その最後は無残なものだった。それだって自分だけが被害を被るなら構わないが、彼は危うく人巳まで巻き込む所だったのだ。
だからポロリ、と小夜林は言葉をこぼしてしまった。
「…そんなに僕を見ていると深淵を垣間見ちゃいますよ」
ちょっと回想に出たオカルト作家の彼というのは、導入NPCで教団に突貫して無事生贄になりました。