部屋は宮口絹江で一室。小五郎、蘭、コナンで一室。こういった場で小学校低学年の子供は「一人」という勘定に入れて貰えないのは最早慣れっこだ。毛利親子と同室。基本的に和室が多いようなので、布団を一組増やす位なら余裕が有りそうだった。
…万一布団を敷くことが出来なかったとしても、現在のコナンとしてのサイズ感なら親と同じ布団で寝るという場合も可能だろう…この場合は、蘭に成るだろうか…と考え、中身は健全な男子高校生である彼は頭を振る。
そんな事態に成っては緊張と己の心音で眠らない事間違いなし。
何度となく共に入浴すると言う幸運、いや、ハプニングに合った事も有ったが、8時間近くを密着して過ごすのはとても精神衛生上よろしくない。
そんな心配事は、無事三組の布団が敷けそうな部屋の大きさにいらぬ事となった。けして残念がってはいない。
それよりも気になる事は有った。
コナン達の宿泊する部屋は三階。四部屋並ぶものの階段側に二部屋だ。その部屋に至るまでにチラリと目に入った二階のこけしの群れ。
それに、何故か分からない引っ掛かりを覚えたのだ。
これからの予定に関しては、支配人である男性、亀山以外の証言を集める、というもの。利用客も少ないこの宿ならば、下階の喫茶店に向かってみる、という事になったのだ。何の見所もない土地なのでせめて、口コミにはなっている珈琲位は飲んでおこう、という余りにも小さい打算が混じっていたりもする訳だが。
そして依頼者の絹江が少しでも落ち着ければ、という案だ。
なんたって絹江は旅館に着いて直後に、支配人に詰め寄って弟の事を尋ねていたのだ。鬼気迫る勢いで。
普段は迷探偵ぶりを遺憾なく発揮する小五郎だが、これまで探偵で食ってきた程度のノウハウは有る。そんな風に詰め寄っては得られる情報も得られない、と絹江を止めた。
一体何が意識に引っかかったのかと30近いこけし達の顔を眺める。
そのどれもが顔立ちが違い、まるで街中で大勢の見知らぬ人間達とすれ違った様な感覚に陥る。
見知らぬ人間…?
そして何に引っかかったのか気づいた。
もちろん、そんな音は鳴っては居ないし、『アイディアロール』なんて言葉は存在しないが100面ダイスが転がり良い出目を出したような軽快な音が響くように、ぴこん、と閃いた。
こけしの群れの端、つい最近見たような顔立ちのこけしが居た。
宮内絹江が見せた弟の正平の写真。その顔に良く似たこけしが無表情に此方を見ている。
その宮口正平の特徴を捉えたこけしへ手を伸ばそうとした所で風変わりな足音に気づき、階段の方を見る。
「あ」
思わず声が洩れていた。旅館の入り口でぶつかってしまった、派手な服の黒い少女。
「さっきのお姉さん」
彼女はこつんこつんとアンバランスな靴で歩み寄ってくる。傍で蘭を見ていても、常日頃から思うのだが、女性達はなぜハイヒールと言うものを履いてこんなにも上手く歩けるのだろう。
「僕はお姉さんじゃなくて、黒井小夜林です。聞きそびれましたが君は怪我をしていませんか。僕の靴は結構固いので、よろめいた時に蹴ったりはして居ないですか?」
先ほどの様な、自分より年下に見える相手にも警護で話すのだその表情は微動だにしない。
「うん!大丈夫だよ!それからボクは江戸川コナン。よろしくね?」
天真爛漫な人懐っこい子供らしく、笑顔で名乗る。名乗られた、と言うのも有るがコナンとしてはこの人物のなんとも居えない違和感が気になって仕方ない。
まるで全うな人間では無い様な、どこか仄暗い影のようなものを感じたのだ。その正体を掴めない者かと、もう少し接近して見たいと言う探究心が、名乗らせ距離を縮めようと図るのだ。
「…そんなに僕を見ていると深淵を垣間見ちゃいますよ」
え?と目をぱちくりとすると同時につぅ…と背中に冷たい物を感じた。まさに嫌な汗。これまでに数多の犯罪者や、例の凶悪な組織を追うに辺り何度か危機に面した事は有るが、この感覚は何かが違う。
コナンにはその感覚の名前を見つける事は出来なかったが、ふと、秘密の共有者である少女、灰原哀が感じ取り、『におい』と表現する恐怖心の様なものがこんな感覚なのではないかと…。
「もーコナン君!先に行っちゃ駄目じゃない!」
正体不明の感覚に呼吸を忘れそうに成っていたコナンだが、幼馴染の声に我に返る。ごめんなさーい、とさも申し訳無さそうに蘭と数歩送れて階段を下りる小五郎ろ絹江にも視線を向ける。
いつもそう言って何処か行っちゃうんだから…とお小言を続けようとする蘭も、直ぐに黒井の姿に気づいて声をかける。
「さっきの!本当にごめんなさい。私もコナン君から目を離しちゃって…」
「い、いえ。あの、本当に大丈夫ですので…。…」
黒井は蘭を、少し遅れながらも合流した小五郎と絹江をちらちらと見て言葉を詰まらせる。どうやら人と話すのはそれ程得意ではないらしい。
「蘭姉ちゃん、こっちのお姉さんは黒井小夜林さんって言うんだって」
「はじめまして。毛利蘭です」
完全に黙り込んでしまった黒井の代わりに、コナンが紹介する。助け舟を出した、と言うよりもこのまま行くと黒井は無言で立ち去ってしまい違和感の正体を掴めずに終わってしまいそうな予感がしたため、些か強引にだが会話の流れに組み込む。
狙い通り、流れで蘭は小五郎と、一瞬どう紹介したものか戸惑ったが絹江も友人として紹介した。コミュニケーション能力の高い彼女により黒井を伴ったまま下階へ向かうことになる。
聞けば入り口で彼女を支えてた白い長身の彼女は一足先に喫茶店へ行ってる様だった。それならここで有ったのも何かの縁だしご一緒しましょう!という明るい誘いに、若干戸惑いながらも黒井は頷いた。
「しっかし凄い格好だなぁ…」
ぱっと見て、せいぜいが高校生…にも見えないかもしれない黒井を見下ろして小五郎が呟く。
「自分で着るのはちょっと恥ずかしいけど…お人形みたいで可愛いですよね」
蘭も改めその黒いレースとリボンの塊の様な姿を見て感想を漏らす。
「…僕らは、バンドを組んでそのイメージでこんな格好なんです」
へーと納得した様な声が上がったと頃で喫茶店にたどり着く。
と、そこで目にしたのは如何にも喫茶店らしい落ち着いた風合いのエプロンをした女性に屈むようにして唇を重ねて居る黒井の連れだった白い舞台染みた装飾過多な服装に、スキンヘッドの女性。
呆気に取られる5人の中でいち早く動いたのは黒井だった。
「人巳…!」
僅かに怒気を含んだ声と同時にあの不安定だが、見た目からも硬そうな靴で連れの背に蹴りを入れていた。
世界の外側で、賽が投げられていた。
キック、奇襲により自動成功。
ダメージ、1d6+(靴によるボーナス)1+db2d6。
ひ弱な者ならワンターンキルも有り得る数字を叩き出した。
小夜林「言いくるめが欲しい」
そろそろ小夜林に関しては正体が割れそうな感じがしますね。名前がギャグですし、お母様と呼びかけたり、dbが人間の数値でなかったり。もちろん読者様限定で。コナンが黒井に関して解を得て、尚且つ納得出来るまで長い道のりでしょう。もしくは永遠に受け入れられないかもしれない。