人見知りで小柄な人物からは想像できない暴挙の後に、唖然としながらも背中にかなりのダメージを受けた連れ…名は加賀知人巳と紹介された彼女を席へ介抱しながらも、コナン一行も自己紹介をする。
「…小夜林…まだ怒っているのか?」
「いいえ。特に何も」
そう言いながらも黒井の眉間に僅かに寄っている。なんとも、痴話喧嘩に首を突っ込んでしまったような居心地の悪さを感じる。
「ごめんなさいね。私がうっかりピッチャーを落としかけたの受け止めようとしてくださったんですけど、随分すらっとしたかでぶつかってしまったんですよ…」
今日は衝突事故が多いようだ。
謝罪しながら6人の前にお冷をてきぱきと並べて行くのは喫茶店の方を運営している、旅館の支配人亀山の奥方だ。喫茶店らしいナチュラルな色のエプロンに付けられた名札には『祥子』だけ書かれている。
「ご注文はお決まりですか?」
「このオリジナルのコーヒーを…」
途中まで言いかけた加賀知がコナンを見た後に、一番年配らしき小五郎を見る。
その視線にクエスチョンマークを浮かべる父親から手書きとコラージュで彩られたメニューをさっと取り、コナンに見せながら提案する。
「コナン君はこのオレンジスムージーとかどう?」
ボクも珈琲で良いよ、と言いかけるが普段小さな子供が珈琲をごくごく飲んでいるのを咎められてばかりなので大人しくその提案をのむ。
結局、コナンを抜いた面々は珈琲。絹江と蘭と人巳はケーキセットも頼む。
絹江は食欲が無い様だったが、疲れの溜まった様な表情なので周囲に勧められてだ。
「それにしても、そちらはどういったお集まりで?」
正直正面に並んで座る、白と黒の二人の方が、どういったご関係で?となるが、もう既にバンドのメンバーだと聞いているのでそれ程違和感を感じなくなって来た。
「私の弟が行方不明なんです…それで名探偵の毛利さんにご同行をお願いして、探しに」
一応依頼内容はプライベートな事なのだが、本人が明かすのなら問題ないだろう、という事で加賀知と黒井にも宮口正平の写真を見せる。
姉への連絡は一週間前なのだから、今日始めて訪れたという二人が見かけた可能性は限りなく低いだろうが、念のため。
「それは、さぞご心配でしょう」
その言葉と共に、加賀知は写真を受け取り黒井にも見せるが双方とも心辺りはないと申し訳無さそうに写真を返した。
「ねぇ。あのおじさんなら何か知ってるんじゃないの?」
コナンが指差したのは、チェックインした時から窓際の席で足を組み何事かを考えるようにしている中年の男。
「駐車場の車も、ボク達のと加賀知さんのしかなかったから近くの人なんじゃない?」
「え?」
と呟いたのは誰か。
その疑問符が何か分からずえ?と少年も首を傾げる。
「そんな奴居たか?」
思い出そうとするように斜め上を見る小五郎の声に、自分が指差した方を見るコナンだがそこには誰も居なかった。
あれ、確かに居たはずなのに…おっちゃん達に話すために振り返った際に席を立ったのだろうか。それにしては足音等は一切しなかったが…。
「お待たせしましたー」
度数は入って居ない眼鏡を外し、ごしごしと目を擦るが再び中年の男の姿が見える訳でもなく、代わりに視界に入ったのオレンジ色の液体の入った大きなグラスだ。ミントと柑橘類の爽やかな匂いと、それよりも強い珈琲の香り。
レビューの有った珈琲は確かに美味しかった。
「お水も、ちょっとラズベリーみたいな味がして美味しい」
「お洒落ですよね」
珈琲と美味しい手作りケーキ絹江も少し息をついたのか、薄く微笑むが、黒井は何故か加賀知を見上げて軽く睨んでいた。
「趣味が講じて始めたのだけど、喜んで貰えてよかったわ」
亀山祥子は非常に気さくで明るい。商売人と言うよりはいくつになってもお洒落なお母さん、と言った所か。
旅館を経営する支配人に今後の広報に関わりそうな、行方不明案件について率直に聞くのは憚られたが、彼女になら大丈夫だろうと、宮口正平に付いて尋ねる。
「さぁ…どうだったかしら…?私も主人も、完全にやりたい事を好きにやっているだけだから、お茶にもお食事にも来ないでお泊りだけの人だと顔を合わせないから…ああ!でも、今日お泊りの、皆さん以外にもう一組いらっしゃるんですけど、その人達はちょうど一週間前に来ていたから、ひょっとした廊下ですれ違う位あったかも…」
言葉の前半であからさまに落ち込んだ絹江の顔が幽かに明るくなる。
「その人たちは何号室ですか?」
本来こういった事は答えられないのかも知れないが、そこは流石、毛利小五郎のネームバリュー。もともと小規模な旅館。部屋数も限られて居るので教えなくともすぐ割れるだろうと言う事で部屋番号はあっさり判明。
「あ」
黒井が唐突に呟く。
「どうかしたか?」
声をかけたのは加賀知だけだが、皆が黒井を見る。
「その部屋…なんだか焦げ臭い様な臭いがしていました」
その後まさか火の不始末かと慌てた祥子が夫である支配人に声をかけ、合鍵を片手に向かった結果。10畳の和室に黒い妙な焼け跡の線が走り、一人狂気に陥り笑い狂う男性と、性別すらも分からない唯の墨にまで成り果てた人体を見つけ絶叫が響くまで、五分も無かった。
加賀知「ちょっとラズベリー味のする水を仕込んだだけでやましい事は何もしていない。小夜林、誤解しないで」