Etheric Crystal   作:刹那 澪

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3話 日輪の民の父

3話 日輪の民の父

 

 

弟が上半身だけ冷凍人形となって帰ってきたとき、正直もう駄目だと思った。

 

自分はどんな不幸を背負っても宿命として考える訓練をしているが、

普通の遺伝子で生まれてきた弟が、どうして業を受け入れないといけないのか。

これは特殊な種を淘汰しようという、核水晶の意思なのだろうか。

 

 

――それとも、業は自分が引き寄せているのか。

 

 

■■■

 

 

未開地域の海洋生物を細長い緑色の刃で三枚におろし、ライラックは額に浮かぶ汗をぬぐう。

海中の温度は地上よりも低いはずだが、動いている時は汗が止まらなかった。

 

「ターゲット、殲滅を確認しました」

『オッケーお疲れ! あんたでも海中の戦闘は結構しんどいみたいやね』

「歩くだけのスイミングスクールが繁盛する理由が分かりました。

 私達より奥で戦っているのに、息ひとつ乱さないチーフを尊敬しますよ」

 

ラティスをはじめ最初の隊がテリメインに到着してから、10日ほど経った頃。

通信環境がなかなか整わないこともあって、探索スケジュールは押し気味だった。

 

現地や探索者とのコンタクトを担当しているラティスは、

ライラック達本社の探索隊とは別行動をとっている。

ここではライラックを隊長とした6人が、未知のエネルギー源を求めて地域調査を行っていた。

オペレーターのヘイゼルは海上で情報分析をし、それぞれの隊のサポートにつく体制だ。

 

ヘイゼルとの会話中、ふいに腰に差していた筒状の武結晶が脈打つように震えた。

ライラックは目を見開き、その武結晶にほのかな闇色の淀みが発生しているのを確認する。

 

「オペレーター、すいません。

 戦闘は終わりましたけど、安全確認のために見回りをしてこようと思います」

『へ? 安全っつーてもこのあたりの敵はデータ取得済でしょ。

 不意打ちくらっても3戦はいける空気量だけど、そんなことする必要は』

「いえ、少し気になることがあるのです。索敵を警戒して、通信も一旦切りたいのですが」

『……それってさ、現場責任者命令?』

「そう取っていただいて構いません」

 

通信機の先から、長い溜息が聞こえる。

ライラックは残りのメンバーにも同じように伝え、先に海上へあがらせた。

 

腰の武結晶を強く握りしめ、彼女は通常の戦闘ルートを外れるように泳いでいった。

 

■■

 

海中に佇んでいる建物の残骸が かつてここに文明があったことを思い起こさせる。

遺跡の天井が抜けて崩れた屋根や壁が重なり合い、今では魚の住処となっていた。

 

武結晶がより強く反応する方角を進みながら、ライラックは耳をすませた。

呼吸を必要としない水生生物でない限り、どんな相手でも空気を必要とするはずだ。

あたりは古びた遺跡が広がっているだけで、生物の影は見えない。

 

少し進んだところで静寂を保つ海から、かすかな揺らめきを感じた。

音の方角を見定めて、ライラックは遺跡の柱を大太刀で薙ぎ払う。

柱がゆっくり崩れていくなか、その先には見覚えのある人物が立っていた。

 

「前に見かけた時も疑問だったのですが、水晶髑髏は持っていないのですね」

 

大太刀を構え直しながら、ライラックは澄んだ声で問う。

 

「あれは良く食べるからね、隠れるためには少々都合が悪い」

 

白く質素な服に黒いマフラーをした恰幅のいい紳士は、人懐っこい微笑みを浮かべた。

ライラックは露骨に目元を歪ませる。

 

「……聞きたいことが山ほどありますが、まずは確認したい。

 アクウィット・H・アイジット、どうしてケマラプームンで姿をくらませたあなたが、

 ここにいるのですか?」

 

ライラックの声は、静かながらも少し震えていた。

奥歯を強く噛みしめ、なんとか感情を押し殺す。

 

「私もあの戦いで、多くのエネルギーを失ってね。

 我が祖国に帰りたくでも、肉体を維持できなくなってしまった。

 だから1羽の小鳥として、君達の船にしばらく居候することにしたのだよ」

 

捕獲したはずの冷凍コンテナに、彼の残骸はこつぜんと消えていた。

しかしあの時点ですでに別の姿となって、監視の目をくぐり抜けていたらしい。

 

「このテリメインに来たのは偶然だよ、船を操縦するのは私ではないからね。

 ただこの世界に来て、本当に良かった。

 テリメインの隅々まで満ちたエネルギーを浴びて、私は人に戻ることができたのだから」

 

アクウィットは右手から、頭部が欠けている黒い髑髏を浮かび上がらせる。

右手の上に髑髏の存在を確認した途端、ライラックは海底を蹴り距離を取った。

 

「いい勘だ、反応速度もすばらしい。君なら日輪の子に選ばれただろうに」

「あなたが父親になるなんて、頼まれたってお断りです」

 

日輪の民の父には選ばれた子供達がいるという話は、

テレビのニュースショーでオカルトのネタになる程度には有名だ。

ライラックは欠けた髑髏がどう出るか、神経を研ぎ澄ましていた。

 

「残念ながらまだこの結晶は、本調子ではないのだよ。だから――」

 

今まで開いているのか分からなかったアクウィットの目が、見開かれる。

 

 

「君の弟が奪っていった、私の欠片を返してくれないか」

 

 

アクウィットと目が合ったライラックは、とっさに腰の武結晶に手を当てた。

あの戦役で弟が残した武結晶と、武結晶の中に広がる昏い淀み。

日輪の民の父の言わんことを理解したとき、全身から恐怖が沸き上がった。

 

ライラックは素早く大太刀を構え直し、アクウィットに斬りかかる。

その太刀筋は水に溶け込み目標を捉えたが、直前の厚い氷に阻まれた。

彼女が目をこらして見ると、男の周囲には海水を凍らせた氷の壁が形成されていた。

 

「久しぶりに運動をしてもいいのだがね、ここは人通りが多い。

 どこの世でも非合法な存在というものは、面倒極まりないな」

 

そう言うとアクウィットは、体を膨張させ海の流れと一体化して消えてゆく。

自分の武結晶を引き抜いたライラックは、糸が切れた人形のようにその場へ崩れ落ちていった。

 

 

■■■

 

 

「ライラック、アクウィット・H・アイジットを発見したというのは本当なの?」

 

探索後、スプラッシュガーデンのラウンジに3人は集まっていた。

何も知らない少女達が眠りについた、深夜のことである。

ラウンジ横にあるキッチンスペースでピュアココアを湯で練りながら、ラティスは静かに問う。

 

「間違いありません。彼の思考に、少しだけ弟の姿を見ましたから」

 

ライラックはそう言って瞼を伏せる。

 

「ちょっと待ってよ、なんで『日輪の民の父』がこんなところに!?」

 

データ処理の手を止めたヘイゼルが、思わず大声をあげた。

彼女の報告を聞いて、上司は大きく息を吐く。

 

「もう何度も資料は見たでしょうけど、『日輪の民の父』は単独でかなう相手じゃないわ。

 貴女も我が社の社員なら、安全義務はきちんと果たしてちょうだい」

「……申し訳、ありません……」

 

上司と部下のやりとりを横目で見ながら、キーボードを叩いていたヘイゼルは

横に置いていたパックからドライフルーツを取り出した。

 

「どうせそのあたり査定に反映するんだろうから、総括は適当に切り上げてくんない?

 こっちとしちゃあ、『日輪の民の父』のデータを整理しておきたいわけ。

 つかどうやってここまで来たのさ、あのおっさん」

 

口の中にドライプルーンを放り込みながら、PCの画面を調節する。

ライラックはアクウィットとの遭遇時に起こったことを詳細に説明した。

 

「……本調子じゃない?」

「自分でそう言っていました。奪われた力が残っている、弟の武結晶を返せと」

「本来ならlame duckのはずだもの、ここで何かできるなんて思えないけれど」

「でもここに居る……それが現実です」

「そうね……力にしても、本当にトールが奪ったものかしら……」

 

眉をひそめながら、ラティスはカップ内のココアと豆乳を混ぜ合わせる。

普通に考えれば、アルバイト兵のトールが『日輪の民の父』から何かを奪えるはずがない。

そんな余裕がなかったことは、リアルタイムで通信していた彼女も知っていた。

 

「『日輪の民の父』が弱っているなら、ここで仕留めてもいいのではないでしょうか」

「テリメインに駐在しているのは、2部隊だけよ?」

「全力なら無理だと思います。しかし叩くなら今がチャンスかと」

 

ヘイゼルがPCのデータフォルダから、動画を再生した。

そこに映っているのは、1年前ケマラプームンで猛威を振るった『日輪の民の父』の姿。

キッチンから戻ってきたラティスが、動画の再生を止める。

 

「人の姿は取り戻したのでしょう? そのまま行けば死人が出るわよ」

「それはそうかもしれませんが……」

 

ライラックは、『日輪の民の父』と対峙したときの恐怖を思い出した。

トールの武結晶について語る『日輪の民の父』の眼には、淀んだ殺気が宿っていた。

 

「そうね。energy sourceを絶って干上がらせれば、chanceはあるかも」

 

ラティスはタブレットの液晶に指を滑らせ、アクウィットのデータを2人に見せる。

 

数値化されたスペックだけではなく『波動晶の御手』から生成される3本の触手、

人間をエネルギー化して吸収する『貪欲なる飽食者』、

一番太く防御に長けた『名づけられざるものの妻』、

どの場所からでも攻撃が可能な『案内者』についても簡潔にまとめてあった。

 

「彼の使う『波動晶の御手』は、多くのトラフィックを消費するわ。とても燃費が悪いの」

「燃費が悪いってよりコレ、この船の消費動力とあんま変わんないんだけど」

「そう。だからこちらが先にenergy sourceを確保してしまえば、

 ある程度は勝手に衰弱するでしょうね」

「なら……その後なら……!」

 

ライラックの表情が、明るくなっていく。

一方ヘイゼルはラティスの持つデータ量に内心舌を巻きつつ、

忘れないうちにタブレットのデータをPCに打ち込んだ。

 

「今のうちに言っておくけど、オペレーターはあたししかいないんだからね。

 いつもみたく潤沢に支援できるなんて思うんじゃないよ?

 部隊の生存を優先したいなら、あんたたちはある程度自分の判断で動くこと」

「分かっています、その訓練も積み重ねてきました」

 

希望に満ちたライラックを見て、ラティスは苦笑する。

こんなに前向きな彼女を見たのは、夕星の戦役ぶりだろうか。

 

「兵糧攻めは徹底的にやるわよ、勝率を上げるためにもね。

 あと一番忘れてはいけないのが、上役との調整。

 後で文句を言われないためにも、できるだけ早めに相談しておきましょう」

 

そう言ってラティスは、温かいソイココアを飲み干す。

逸る気持ちをおさえながら、ライラックは腰の武結晶を握りしめた。

 

■■

 

カードとさして変わらない薄さの液晶電話から、無機質な呼び出し音が聞こえる。

この人に連絡するときはいつも緊張すると、

ラティスは液晶電話の画面を眺めながら思っていた。

目の前のアイリッシュセッターのアイコンが震えたので、あわてて耳元にあてる。

 

「いつもメール至上主義のお前が直電話か。何があった?」

 

ラティスは探索の進捗とともに、ライラックが『日輪の民の父』に遭遇したこと、

衰弱しているので今ならば戦えば勝てるかもしれない旨を伝えた。

 

「兵糧攻めか……ライラックが遭遇したときには、すでに人型だったんだよな?」

「そのように報告を受けています」

「そりゃかなり充電は進んでるぜ、今さら供給源を絶っても効果があるかどうか」

 

電話の先から唸り声が聞こえた。

どうやら上司であるレイズの考えでは、あまり分のいい勝負ではないらしい。

 

「しかしアクウィットの『波動晶の御手』は、莫大なトラフィックを消費します。

 供給量より消費量が上回れば、衰弱することに変わりないのでは?」

「つーてもお前、仮にテリメインのエネルギー源を全て抑えられんの?」

 

レイズの質問を受けて、ラティスは言葉につまる。

まだエネルギー源がどれだけあるのかすら精査できていない状況で、

現存する全てのエネルギー源をコントロールしようとするのは不可能だろう。

 

「さすがに『日輪の民の父』とて全てのエネルギーを摂取できるかは……」

「わからない、つまりは希望的観測と。

 あのな、会社の戦闘規則にも

 原則『波動晶の御手』には『波動晶の御手』で戦うと明記されているだろが。

 ガイドラインに書かれていることには理由があんだよ」

 

TZPマテリアルホールディングスの戦闘規則は、

レイズをはじめ黎明期の社員が文字通り血と汗と涙を流した結晶である。

上司がここまで警戒すると考えていなかったラティスは、

どうしたものかと天井を仰いだ。

 

「ただし勝利を目標としないなら、話は別だ」

 

この言葉を聞いて、ラティスは目を見開く。

 

「こちらの戦力が10%消耗する予測が立ったら必ず撤退すること。

 この条件が守れるならば、交戦をしても構わない」

「つまり小競り合いをしながら引き気味に戦え、ということですか」

 

持久戦目的であること自体はラティス達の考えとそう違わない。

より部隊の安全性を重視しろというのが上司のオーダーだと、ラティスは解釈した。

 

「ライラックは『日輪の民の父』に狙われています。

 相手が深追いしてきたら、応戦しますがよろしいですね?」

「どうしてそこまでライラックに拘るか状況は飲みこめんが、

 襲って来たならば戦うしかねぇだろーな」

 

電話先から上司の溜息を聞いている最中に、2回ほど肩を指で弾かれた。

その華奢な指の持ち主を見て、ラティスは無言で頷く。

 

「ターゲットとの遭遇時のことは、本人から直接報告させましょう。

 ライラックに取り次いでもよろしいですか?」

「近くにいんだな、了解。なら本人から聞くわ」

 

ラティスから液晶電話を受け取ったライラックは、

すぐさま誰にも話が聞こえないように人気のない後部デッキに向かった。

 

「お時間をいただいて申し訳ありませんでした」

「いやいや~、別に構いませんよ~?

 何か人に聞かせられない話かなって、おっさんとしてはドキドキするんだけれども」

「はい……」

 

彼女は俯いた顔を上げ、一呼吸置く。

 

 

「ディレクター、社則19条を根拠としてオペレーション・コンタギオンにアサインを希望します」

 

 

耳にあてた液晶電話が、小刻みに震えていた。

ライラックは自分を見失わないために、弟の武結晶を力いっぱい握りしめた。

 

 

To be continued......

 

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