ぐだぐだです。
とてつもなくぐだぐだです。
途方もないほどにぐだぐだです。
ノッブ「どうせぐだぐだなんじゃから。」
変化とは何事も唐突なものである。
少女の視界で何かがポウッと光輝いた。
何がと思って周りを見渡すものの、別段変わったことはない。いつも通りの真っ白な世界だ。
少女はふと目線を真下に移す。
目に映ったのは淡く光輝いている自らの爪先。
どうやら視界に入った光の正体はこれだったようだ。
「これは………?」
しかし出所が分かったといっても理由が分かったわけではない。
そんな不可思議な現象に桜色のハイカラな和装に身を包んだ白髪の少女は訝しげに首を傾げる。
「なんじゃ、お主もか。」
白髪の少女に向かって怠さが滲み出ているかのような声がかけられる。
かけられた声に白髪の少女は後ろに振り向く。
視線の先にはこれまた怠そうに寝転がっている声の主、お世辞にも趣味が良いとは言えないような黒い軍服を身につけた黒髪の少女だった。
白髪の少女が良く目を凝らしてみれば、その黒髪の少女の爪先も白髪の少女と同じように淡く光を発している。
「あ、ノッブ。この光、何だか分かります?」
「んー、なんじゃろな……。じゃが、心無しか爪先から消えていってる気がするようなしないような………。」
黒髪の少女。
彼女の名前は織田信長、通称ノッブ。
何を隠そう、日本の歴史にその名を深く刻み込んだ彼の第六天魔王ご本人様である。
そのご本人様がどうしてこんな様なのか非常に気になるところではあるが、そこには聞いてはならない退っ引きならない理由があるとだけ。
ノッブの呟きに白髪の少女はぼーっとしていた頭を少しばかり現実に引き戻される。
白髪の少女の頭の中ではノッブの『消える』という単語だけが異常な程に反響している。
──消える。
──消えさせられる。
──抹消される。
──居場所を無くされる。
──解雇。
不可思議な現象に気を取られ活発に働いていなかった思考回路が徐々にその機能を回復する。そして、その思考回路は見逃せない真実を発見し、白髪の少女は目に見えるくらいギョッとした表情を浮かべる。
「えっ、何ですか、最近出番が無かったからって遂に解雇ですか!?穀潰しは即解雇の即抹消とかいうスパルタ的精神ですか、やだー!」
「何を言っとるんじゃ、戯け者が。不動の人気No.1が万に一もそんなことになるわけないじゃろ。」
「……根拠は?」
「わしじゃから。」
「ダメですね。」
「なにゆえ!?………それにしても、どっかで見たことある気がするんじゃがなぁ、この光。」
「そんな呑気な事言ってる場合ですか、もう膝下まで消えかかってますよ!?」
徐々にスピードを上げながら体を消していく謎の光に白髪の少女は結構本気で慌てふためく。
謎の光は加速するにつれて、金色の粒子の様なものまで生成し始めている。不可思議な現象が1つから2つに増えれば当然心配は倍増するというものだ。
「…………………あっ!」
「あっ?」
「──思い出しましたよノッブ!これはあれですよ、英霊を召喚する時に起こるあれですよ、あれ!!遂に私にも出番が!沖田さん大勝利ー!!」
そう言って白髪の少女こと、沖田は元気良く立ち上がる。
隣に置いてあった
「でも、わし思い出せんのじゃが。まぁ、細かいことは気にしない!うわっはっはっは、待ちわびたぞ、この時をっ!!」
半分以上ノリで言い放ったノッブも続いて元気良く立ち上がる。
手に持っていた
ふと、何かを思い立ったように沖田が呟いた。
「ひょっとしたら二人とも同じ場所に召喚されるんじゃないですか、これ?」
沖田の頭には嘗ての記憶が甦る。
目の前のノッブと、とある場所でやり合った記憶。もしかしたら、二人の間には切っても切れぬ因縁がとか考えてしまうのは是非もない。
「ほぅ、それは中々に面白い事ではないか。ま、わしが勝ち残るのは当たり前なのは、是非もないよネ!」
「何を言っているんですか、ノッブごとき沖田さんの三段突きでワンパンですよ。」
「というか、戦いが始まる前から互いの事を知ってるって大丈夫なのかのう、なんかこう暗黙の了解的に。」
「それは多分大丈夫だと思いますよ。どうせこういうパターンにはご都合しy─────」
「やめんか沖田、それ以上変なことを口走るでな────」
ノッブがそう叫んだ時には、時既に遅し。
事を言い終える前に、二人の体は遂に全て金色の光に溶けきる。
金色の粒子が完全に虚空に消えていったその時には、そこにいた筈の二人の姿形は綺麗さっぱり消滅していた。
「───なんだかよく分かりませんけど、厄介事が無くなったようなので一安心ですね。」
ズズッと緑茶を啜りながらほっと胸を撫で下ろす紫色の髪の女性がいたとかいなかったとか。
◇ ◇ ◇
サーヴァント。
一言で言ってしまうならば、魔術世界における魔術すら凌駕する最上級の使い魔。
聖杯戦争に際して召喚され得るそれの正体は英霊。神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって人間霊である彼らを精霊の領域にまで押し上げた人間サイドの守護者。
そんな彼らを召喚するにはとある儀式が必要だ。
別に何十人もの魔術師や何万人もの膨大な量の贄を必要とする訳ではない。英霊を実際に招くのは聖杯であり、それ故に召喚自体に大掛かりな儀式は必要としない。
相応の霊脈に魔法陣を敷設し降霊の詠唱をする、 場合によってはそれすら無くとも召喚可能な事もある。
そして、その召喚こそサーヴァントとマスターのファーストコンタクト。サーヴァントにとってこれから共に聖杯戦争を戦い抜くマスターに捧げる最初の一手。
故に彼らは己が真名を高らかに宣言する。
「──新撰組一番隊隊長、沖田総司推参!!」
「──我こそは彼の第六天魔王、そう織田信長じゃ!!」
「貴方が私のマスターですか?」
「そなたがわしのマスターか?」
「「ん?」」
何かが可笑しい。
取り敢えず目の前にいる筈のマスターがいない。極めて普通のアパートの一室が見えるだけだ。何かの儀式をしたような痕跡すらない。
そして極めつけに可笑しいのは、すぐ隣から聞こえてきた聴こえる筈のない声。
沖田はゆっくりと首を左に回転させる。
ノッブはゆっくりと首を右に回転させる。
そして見てしまった。
決して見えてはいけない筈の相手の顔を、しかも至近距離で。
「なんでノッブがここにいるんです!?!?」
「なんでお主がここにいるんじゃ!?!?」
◇ ◇ ◇
「……出番とかはしゃいでた時期が私にもありました。」
唐突に沖田が口を開いた。
もう何度目になるか分からない台詞を気怠そうにぼやく。
「コンビニで買ってきた八ツ橋片手に銀◯読むとかいうだらけぶりじゃもんな。」
ノッブの言うとおりソファに寝転がりながら、漫画を開いている沖田にはもう昔のような大和撫子な雰囲気は感じられない。形容するならば完全なニートである。
「ノッブには言われたくないですよ。なんでこの短期間にねっとげーむ?とかのやりかた覚えてるんですか。」
不貞腐れたように沖田は頬をぷくーっと膨らませる。
沖田にはいまいち何をしているのか理解できないのだが、取り敢えず『きーぼーど』と『まうす』を巧みに操っている事だけは理解できる。というより、前のノッブの説明で理解出来たのがこの部分だけという事なのだが。
そして、パソコンの画面から目を離さずに受け答えするノッブを半眼で睨み付けながら、手に持っていた八ツ橋の紙箱を投げつける。
「あだっ!なんじゃ、今忙しいんじゃ!後ちょっとでボスが………!」
「ノッブが勧めてきたこの漫画、色々と突っ込みたいところはあるんですが、取り敢えず最強無敵の幕末美少女剣士の沖田さんが変態になってます!まぁ、土方さんの頭のネジが数本飛んでるのは当たらずとも遠からず、ですけど。」
あと、土方さんが好きなのはマヨネーズじゃなくて沢庵なんですけどねー。と沖田は柔らかい笑みを浮かべながら付け足す。
そもそも今日は、沖田達がこの世界に現界してからちょうど1週間。
何故一騎当千の守護者たる英霊がこんな状況に陥っているのかというと、その原因は当然ながら現界してからの1週間にある。
後の沖田とノッブは語った。
『最初の1日はやる気ありました。本当です。』と。
全く悪びれた様子も無く。
簡単に3段階でこの1週間にあった出来事を説明しよう。
まず、沖田とノッブは現界した。しかしながら、マスター不在で受肉済み。何故か借りられていたアパートの一室と莫大なお金。
次に、沖田とノッブは頑張った。久し振り、物凄く久し振りの出番を無駄にしまいと昼夜問わず町中を奔走した。しかし、聖杯戦争どころか魔術の痕跡すら見つからず。
最後に、沖田とノッブは諦めた。ノッブ曰く『どーせ、ぐだぐだになるんじゃから。』。故に彼らは怠惰を貪った。
以上。
────ピンポーン♪
玄関のチャイムの音が小気味良く部屋に響き渡った。
「おぉ、遂に来たか。」
そのチャイムの音に、『ねっとげーむ』のボスを倒したらしいノッブが嬉々として反応する。駆け足で玄関に向かっていくノッブの足取りは沖田から見てもとても軽々しいものだ。
「一体今度は何を買ったのでしょうか?」
流行というか時代に疎い沖田も通販のことはノッブから聞かされて知っている。これもネットゲーム同様沖田がノッブから聞かされた大量の情報の中で理解できた数少ない事柄だ。
正直、諦めてから1日足らずでこの世界の様々な娯楽を会得したノッブは凄いと思う所ではある。
流石は南蛮大好きうつけっ娘。
「───なんじゃ、わしの艶姿に見惚れてしまったか?」
「──いっ、いえ、そんな事は……!」
「………………。」
……玄関でノッブが何かをやらかしているようだが沖田は無視を決め込む。面倒臭い奴に絡まれた配達員は憐れに思うものの、関わったらこっちまで面倒臭い事になるのは分かっているので助け船は出さない。
──というかダサTシャツに半パンの状態で艶姿も何も無いのではないか、などと沖田は思うのだがわざわざ口に出すことでもない。ノッブのセンスが微妙なのはいつもの話だ。
「沖田!!」
「何ですか、うるさいです。声量下げて下さい。」
どうせまた良く分からない物を買ったのだろうと面倒臭そうに文句を言う沖田。
しかし、ハイテンションなノッブにそんな言葉は焼け石に水。それどころかさらに声量を上げてノッブは宣言する。
「やるぞ!!!!」
「何をですか?」
うるさい、面倒臭いと思いながらも結局ノッブに応対してしまう沖田は実は結構優しかったりする。
ノッブがどんなにハイテンションだろうがニートに成り下がろうが、その優しさは健在のようだ。
「そう、その名は────
─────"Sword Art On-line"、じゃ!!!!」
自他ともに認める南蛮大好きっ娘であるノッブは大層流暢な英語でその名を告げる。
そう大声で宣言した彼女の笑顔はまさに優越感に浸っている時のもの。
つまりは御大層なほどのドヤ顔である。
だが、忘れてはいけない。
相手は生粋の和風系少女。
「…え?聞き取れなかったので、もう一回お願い出来ます?」
「……………バカ者がぁぁぁぁぁ!!!!!!」