あと、地文多めです。
「どうしてこうなった………。」
システム的には比較的良好な気候設定である今日この日。
その空の下でデスゲームに勤しんでいる者の1人であるその少年は今日の良好な気候と裏腹に悲哀を漂わせている。
キリト。
それがこのデスゲームにおける少年の名前だった。本名の『桐ヶ谷和人』の頭とお尻をとって繋げただけのさして工夫の無い名前。
その特に何の変哲もない少年、キリトがこんな状況に陥っている理由。
別にデスゲームが怖いとか始まりの町から出たくないとか、そういう理由ではない。それは、本当にこのデスゲームを心の底から嫌っている人達からすれば少年の悩み等取るに足らぬものかもしれない。
『どうしてこうなった』かなんて事はキリトも心の中では百も承知の事実である。しかしながら、時として人間には受け入れたくない事実というものがあり、その真偽を無意識の内に確かめようとしてしまう等という現実逃避に走ることもしばしば起きうるのである。
「あぁっ、アーチャーなんて事するんですか!折角の楽しみに取っておいた最後の1回分を!!」
「うわっはっは、遅いわセイバー!そんなにのろまではクリームが腐ってしまうわ!!あむっ、んむんむ……」
「くぅっ、本当ならアーチャーなんて敵ではないのですが……!今日という今日は許しませんよ、いくら大和撫子なおっ…私といえど我慢の限界はあるんですっ!!代わりにアーチャーのクリームは私がいただきますっ!!」
そんな感じでいきなり隣で乱闘を始めかけているとある二人を見て深くため息をつく。
連れや知り合いでさえなければ、関わらないように見て見ぬふりをするか、そっとその場を後にするかするのだが、今回に限ってそうはいかない。何を隠そう、乱闘の真っ最中の二人は歴としたキリトの連れなのである。
一応圏内である此所は殴り合ってもダメージが入らないので生命的な問題は無いのだが、常識的な問題は当然あるわけでこのままだとかなり人目を引いてしまう可能性がある。余り目立ちたくはないキリトとしては、その事は些か面倒臭い事案なのである。
「ざんねんでしたー♪わしが食い終わって無いと思うてか!」
そう挑発的に喋る少女は持っていたクリームの小瓶をわざと見せつけるように地面に落とす。地面に落下した小瓶は青白いポリゴン片となって霧散した。その様子を目にした少女こと桜セイバーはまるで世紀末を目にしたかのような絶望を見せる。
「うわーん、楽しみにしてたのにぃー!」
本気で大泣きしそうに目を潤ませている桜セイバーはガクッと倒れこむように地面に膝をつく。実は甘いものが大好物であるこの少女にとって目の前の甘味を奪われることは最早拷問に勝るとも劣らぬような苦痛。
キリトはそんな事は知る由も無いのだが、どちらにせよこれ以上騒がれるとデスゲーム開始早々要らぬ悪評がたってしまうことは間違いない。そんな未来は当然御免被りたいキリトは自分のストレージを操作し少女達が争っていたものと同じクリームを取り出す。
「……ん。」
そのクリームはキリトが少女達と行ったクエストの報酬なので、当然キリトも貰っている。そして、悪評の歯止めかクリームかと問われれば悪評の歯止めを取るに決まっている。
キリトは素っ気無く少女にクリームの小瓶を差し出す。まだ一度も使っていないので中身は満帆のままだ。
瞬間、あれだけ大声で喚いていた桜セイバーは喚き止み、その表情をみるみる明るいものに変えた。
「えっ、良いんですか?貰っちゃっても。」
桜セイバーの問いにキリトは恥ずかしいそうに頬を掻きながら、そっぽに向けた顔を小さく縦に動かした。瞬間、キリトがその動作を終えるかどうかのタイミングで桜セイバーは目にも止まらぬ速さでキリトの手をとった。
「やったー!!ありがとうございますキリトさん!」
「あ、あぁ……いいよ、別にそんな大したことじゃないし。」
余りにもキラキラと輝いているセイバーのその瞳にキリトは若干気圧される。正直な所、さして難しく無いクエストのさして高価でもないアイテムでここまで喜ぶとは思わなかった。
そして実に罪なことにこのセイバーという少女、かなりの美少女なのである。ぱっちりとしたつり目に柔らかそうなほっぺ。肩上まで伸ばした薄い桜色の髪と大きい黒いリボンは彼女の可愛さを際立たせ、彼女の無邪気な笑顔に良く似合っている。
そんなリアル美少女に手を握られながら急接近されれば、引きこもり気味だった中学生男子には刺激が強すぎるのも無理はない。
そしてついでに、それを快く思わない人物が1人。
「なんじゃ、お主も太腿に惑わされた口か!?全くどいつもこいつも………」
何かいきなりキレだしたこの黒髪の少女はアーチャー。プレイヤーネームは魔人アーチャーなのだが、本人の希望によりアーチャーと呼ぶことになっている。というか、基本的に近接武器しかないこの『ソードアートオンライン』というゲームにおいて『弓兵』という名前とはこれ如何に。まぁ、そんな事は本人の趣味なので口出しするのは野暮というものだ。
「いや、別にそういうつもりじゃないんだが……」
「わしだって脱ぐと凄いんじゃからな!!」
「いや、だから違うっt───」
「凄いんじゃからな!!」
「いや、だ──」
「じゃからな!!」
「…………」
ほら見たことか、やっぱり面倒臭い。
恋愛経験どころか、女子とまともに話したことすら数える程しかない中学生男子には当然アーチャーが怒った理由なんか分かるわけがない。
確かにセイバーの着ている服は少しばかりスカートの丈が短い。そして確かに太腿の露出も結構多目な気がする。
だがしかし、決してその格好に下卑た視線を向けていたわけではない。そんな事はない。そんな事はない筈である。いや、断じて違う、うん、違うに違いない。
「しょうがないですよ、どこぞのアーチャーと違って素直で可愛いおっ…私は自然と得をするように世の中は出来てるんです。」
「くっ、こやつ早速調子に乗りおって………」
いっそ清々しいほどのセイバーのどや顔にアーチャーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。余りにも完璧な立場逆転に思わず感銘を受けてしまいそうになる。
やっとこの戦いに終止符が打たれたとキリトがホッと一息ついたちょうどその時だった。開けたその場所でも良く通る男の声が3人の耳に入った。
「みんな、聞いてくれ!!」
広場の中央で声を張り上げたのは、青髪の精悍な顔立ちの青年だった。20代くらいだろうか、その青年はいまいち纏まりが悪かったその場を軽い冗談で場を和ませ注意を引き付ける。どうやら、それなりにリーダーシップというものを備えている人物らしい。
そんな感じで纏まりつつあったその場の雰囲気の中で──
「え、誰ですかあれ?」
「わかめ?」
「いやいや、青いわかめなんてありませんよ?あっ、いえ、そういえばありましたね1人……」
「じゃろじゃろ。」
「でも、わかめにしてはちょっとシャッキリしすぎじゃないですか?」
「いや、今ディアベルって言ってただろ……。」
──なんというか、いつも通りだった。
わかめ、わかめと連呼する二人にどんな知り合いがいるのかはともかく、キリトは二人の認識を訂正するも、ディアベルの髪型が確かにワカメっぽいと心の何処かで納得してしまうのだった。
「そもそもなんで私達こんな所にいるんですか?こんなとこで油売ってないで斬りにいきましょうよ、斬りに!」
「えっ、そんな事も知らなかったのか?昨日話したはずなんだが……。」
可愛い顔して実に物騒な言葉を並べるも、これまでである程度慣れてしまったキリトは華麗にスルーをかます。このセイバーが意外にも脳筋であることをアーチャーから散々聞かされているので、そのくらいは余裕なのである。こんな思考過程を桜セイバーが知れば渾身の突きでも食らわせてくるかもしれないがそれはさておき。
キリトは、さっきからずっと真剣な目付きでディアベルの方を見つめているアーチャーの方を振り向く。
「流石にアーチャーは覚えているよな?昨日話したこと。」
「知らん。」
「えぇっ!?……今なんと?」
「知らんといった。まったく、2度も同じ事を言わせるでないわ。まぁ、この状況を見て予想がつかぬほど頭も腐ってないが、……のぅセイバー?」
まさに愉悦。といった具合に邪悪な笑み、いわゆる暗黒微笑を浮かべたアーチャーはセイバーの方を見やる。大方、脳筋のセイバーにはそんな予想すらつかないに決まっていると踏んでの行動なのだろう。
「ぐぬっ……、そ、そーやって鎌をかけても無駄ですよ!どーせアーチャーだってそんn──」
「第一層ボス攻略の会議ってところじゃろ、キリト。」
「……はぁ、正解だよ。」
「ぷくっ、すまんのセイバー♪」
「……死ーん。」
アーチャーが嘘を言っていると一縷の望みにかけ、苦し紛れに足掻こうとするセイバーだったが、敢えなく撃沈。アーチャーといえば、そんなセイバーを満足げに眺め、1人で腕を組んでうんうんと頷いている。勝利の喜びを噛み締めているのだろうか。
そんな傍ら、キリトはまたもや完全敗北を味わってチーンしてらっしゃるセイバーを横目に見やってその姿に一瞬でいたたまれなくなり目をそらした。そして、何とも言えないような気持ちで未だ喜びを噛み締めているアーチャーをぼーっと眺める。
何だろうか、その、アーチャーはあれだ。
普段授業を全く聞かないのに、何故かテストの点がむっちゃ良いようなそんな生徒の印象が当てはまる。今ならそういう生徒を相手にする教師のどうしようもない感情が手に取るように分かる。
「それじゃあ、今からグループをつくってもらう。人数は──」
「……ん?」
──よろしくない言葉が聞こえた。特にコミュ力皆無の自分にとっての良くない言葉。
割りとどうでも良い事を考えていたキリトはそんな感覚を察知して慌てて現実に思考を戻す。
「なぁ、お前r───」
どうしても受け入れたくない言葉を確認しようとして二人に声をかけようとする。
が、即中断。
よくよく考えてみれば、こいつらに聞いたところで絶対分かるはずもないのである。そんな初歩的なことすら学習出来ていない自分に思わずため息が漏れる。
「──のうお主、わしらと一緒に組まんか?ふむ、中々良い顔立ちじゃのぅ。」
「はぁ、その言い方、そこら辺にいそうな下衆な難破男と一緒ですよ?この人は兎も角として一瞬に斬りにいきましょう!私達も人数全然足りてないんですよ、ここは是非。」
そんな声が聞こえてきて、その方向に顔を向ける。見れば、セイバーとアーチャーの二人が赤いフードを被った人に勧誘をかけている所だった。
暫く眺めていると、赤いフードの人が首を縦に振っているのが見てとれた。どうやら二人の猛烈な勧誘を了承したようだ。キリトの視線に気付いたアーチャーはウィンクつきにサムズアップをした。
キリトとしては1つ思うところがあるとすれば───
(これで俺の苦労も半減されるはず………)
その夜。
『きゃあ、どっどこ触ってるんですか!いくら女同士だからって──』
『ハラメスメントコードのスレスレを行くこのアーチャー様にかかれば、こんな事造作もないわっ、うわっはっはっ!!』
『ちょっと、アーチャー暴れないで下さいよ!折角のんびりしてたのにぃ!』
『ほら、セイバーさんだってこう言って……ちょっ、まっ……んあっ!』
『良いではないか、良いではないか。お主中々良いものを持っているのぅ、うひひひ』
『もうっ!私先に出ますっ!……ふえっ?」
「へっ?えっ、いやこれは……勘違っ──」
「この変態っ!!!!」
「理不尽っ!!」
「……キリトも中々の苦労人よな。」
「その元凶はノッブなんですけどね。はっ……!」
口調に違和感感じたら遠慮なく言ってほしいです