最近ファミチキもからあげ君も食べてないですけど……。
えっと、初めての投稿です。
どうか楽しんでいただけたらと思います。
その世界でだけ、俺は英雄であった。
輝く黄金の両手剣を構え、現実とは似てもつかないくらいの人望を集め。
白銀の鎧をガシャリと鳴らしつつ、夜明けを見つめる。
リアルタイムと風景が一致する、完全意識没入型オンラインゲーム。あらゆる職業と技を組み合わせ、世界を未来へ繋げる――――。
ヒストリア・ヒーローズ・オンラインの夜明けと共に、俺はログアウトをした。
☆★☆
モンスターと言うエナジードリンクは優秀だ。一本飲めばたちまち元気になり、二時間睡眠の疲労すら忘れさせてくれる。無論、昼休みを過ぎた辺りから眠くなるので調整は必要だが。
学校の五時限目。退屈で堪らない数学の授業を聞き流しつつ、シャーペンをくるりと回した。
今日は欲しい本が出る。ラノベだが、あのロリと将棋が出てくるのは別格に面白い。
「……じゃあ、この問題を……」
あとはモンスターの補充も。もう在庫が切れそうだ。
「氷室。やってみろ」
流石に業務用スーパーではクラスメイトに会わないだろう。そう信じたい。こんな人生勝ち組コースの腐れどもに会うのは嫌だ。この陽キャ雰囲気に当てられるだけで死にたくなる。所詮、俺みたいな陰キャは引きこもってゲームでもしてるべきなのだ。
「氷室!
「っ!……はい……」
「解いてみろ」
呼ばれていた事に気が付かなかった。思わず肩を跳ね上げると、周囲から少しの笑いが零れる。
そういう所が、嫌いなんだ。
黒板へと歩く俺の後ろでは、ひそひそと声が聞こえた。
ゲームの世界でなら。あのゲームの世界でなら。
俺は英雄だ。英雄で、強くて、カッコいい。こんな奴らには負けない。ヒストリアポイントでは何時もトップ帯の成績なんだ。
……だけど。現実で、俺は、弱い。
ここはゲームではない。チョークを持ち上げて、問題を見つめて。全く分からない俺を、俺自身が遠くから見ていて。
ああ、現実だと。どこかで納得していた。
「……分かりません……」
「授業を聞いていたのか? これは基本の問題だぞ?」
そして、数学の先生はお決まりの一言を告げる。
「お前ら、こんな風になったらダメだぞ。じゃあ……代わりに、柏原!」
「はい」
先生が指名をするよりも早く、俺は席に向けて歩き出していた。歩き出していた人とすれ違う時に、思わず相手をじっと見つめてしまう。
長い黒髪に、少し青みがかった瞳。成績優秀な委員長は、颯爽と横を通り抜けていく。
「おい氷室ー! 柏原見てんじゃねーよー!」
「捕まるぞー!」
「警察24時に出れるかもしれないじゃん! おめでとー!」
そんな声と同時に、笑いが、起きた。
だから嫌いなんだ。嫌いなんだ。嫌いだ。
衆人環視でありながら、その中心に居る人の事を一切理解せずに、笑う人間が。
拳を握りしめもしない。涙を流すこともない。ただただ悔しさと怒りを胸に燻らせつつ、俺は自分の席に座った。
細身な自分の体と、久しく切ってない長めの前髪が、ひどくウザかった。
☆★☆
モンスターを買い込み、ラノベも買い。重い荷物を抱えて、俺は商店街を歩いていた。もう特に用はなく、家に帰るだけだ。帰って宿題を終わらせて、風呂に入って、ご飯を食べて。
後はゲームの世界に……逃げる。
そんな毎日を過ごしている自分に、嫌気がさしていない訳ではない。でもきっと、それは変えられないのだ。
俺一人だけでは。
思案に深けて、とぼとぼと歩いていた時だった。ゲームショップの前をふと通り過ぎた時に、自動ドアが音を立てて開く。それだけなら良く聞く音だが、その日だけは違っていた。
「あっ、氷室君!」
「……柏原、さん?」
急に声を掛けられる。しかもその声は、憧れの人物である柏原さんからだった。
声を掛けられるのでさえ大変珍しい事なのに、それが女性から。更に憧れの人物から。
信じられない現象に目を白黒させていると、柏原さんが俺に近付いて来る。彼女の手にはゲームショップの袋が握られており、柏原さんはそこから何かを取り出した。
「ねえ、氷室君。そのさ、このゲームって……やってたり、するかな?」
「それは……」
柏原さんの手に握られていたのは、ヒストリア・ヒーローズ・オンライン。
完全意識没入型オンラインゲーム。超有名なゲームだ。
「やってます、けど」
「丁度良かった! ねえ、良かったらなんだけどさ」
「はい」
「その、色々教えてくれないかなー……なんて……」
「えっ?」
バツが悪そうに、彼女は切り出した。
「いやでも、柏原さんの友達にやってる人居ないの?」
「居るんだけど……。氷室君が一番知ってるかな、と思って」
確かに、あのクラス内でなら俺が一番しているとは思う。
だが、それでも陰キャに話しかけるか? 柏原さんは聊かぼっちキラーすぎないか?
そういった疑心暗鬼の思考が渦巻きつつも、俺はもう口に出していた。
「良いけど……介護プレイは、しないけど……」
「介護プレイ?」
「あの、助けまくるってこと。このゲーム、一つのソフトでアカウントが三つ作れるんだ。だから俺は三つ目のデータでゼロから始めて、柏原さんと同じ初期状態から始める。強くない。それでも良いの?」
「勿論! 私も助けてもらってばっかは悪いし、教えてくれるだけで本当に嬉しい!」
「……本当に俺で良いの?」
「何で? 別に、何も問題じゃないでしょ?」
柏原さんは首を傾げて、微笑む。
この人は、他人に対する踏み込みが深いのだ。それでいて人に不快感を与えず、いつの間にか輪の中に居る。遠ざけるのが一番難しい人種であり、逆に一番近付くのも難しい。
しかし、人に頼りにされる……しかも騒ぐだけの陽キャではなく、憧れの人から……のは、結構嬉しいものだ。
気づけば俺はLINEに家族以外の人を初めて登録していた。
『柏原空』。
トプ画は飼っているらしい猫である。
☆★☆
夜九時。
集合時間になり、俺は手首に腕時計型のゲーム機を繋ぐ。セレズと名付けられたこれは、現実から意識だけを切り離しゲーム空間に飛ばす為の機械。セレズから繋がっているコードの先にはディスクを読み込む機械があり、そこにはディスクがセットされていた。
ベッドに横たわり、俺はセレズを操作する。ディスク読み込みの画面に飛び、画面をタッチするやいなや。
世界が、一瞬にして切り替わった。
そこは黒一色の世界。3秒くらいして目の前に表示された青いパネルを操作して、俺は三個目のアカウントを開く。
一個目と二個目はもうかなりやりこんでいるが、三個目はキャラメイクすらしていない。
なるべく現実の俺に似せてから、次に職業選択に入る。
職業によって使えるスキルと上昇補正のかかるパラメータが異なり、レベル50になると解放される上位職業の種類も変わってくる。レベル30までは好きに変えれるし、レベルアップごとに追加されるパラメータポイントもリセットが可能だ。
パラメータポイントは、レベル上昇時のステータス上昇にプラスして好きなステータスを強化するためのポイント。力が欲しければSTRに、クリティカルが欲しければDEXに振れば良い。
職業の種類は六種類。
力と近接の『ウォリアー』。
速度と近中距離の『ストライカー』。
魔力と遠距離の『マジシャン』。
回復とサポートの『プリースト』。
体力と防御の『タンカー』。
器用さとスキルの豊富さの『クリエイター』。
俺は『ウォリアー』を選択。初期ステータスポイントを全て攻撃力、STRに振りキャラメイクを完了。
そして、ゲームが始まる。黒い世界のポリゴンが光の粒となり散っていった。
世界が変わる――――。
ポリゴンが色を持ち始めたと同時に、俺は初期地点に立っていた。