湊ちゃんリトライ!(仮) 作:生ハム
少女は部屋に入って扉を閉じ、扉に寄りかかって耳を澄ます。扉が閉じるまで見届けた彼女が部屋から離れていく足音を聴く。聴こえなくなったところで溜息を吐きながらずるずると座り込んだ。
「……ねえ」
誰もいない部屋で少女は誰かに話しかけるように声を出す。本来ならば返ってこない返事。しかし少女は気にせずに言葉を続ける。
「本当にさ、終わった後に言う事じゃないんだけどさ。もはや手遅れのことを嘆いたって仕方がないんだけどさ」
少女は天井を見上げて目を閉じる。一度息を吐いて、吸う。そして目を見開いて言った。
「わざわざ影時間の間に到着する必要なかったよね⁉」
どこからともかく「それについては本当にごめん!」と言う少年の声が聞こえたような気がした。
話は現実の時間で言えば数分、だが体感時間で一時間ほど前まで遡る。
◇
『前回』のように電車の大幅な遅延に巻き込まれて駅に着いたのは日付変更前。運命のようなものを感じながら改札を通る。
イヤホンから聴こえる曲に合わせて鼻歌交じりに歩いていると、突如駅構内の明かりが消えイヤホンから曲が聴こえなくなる。
「……」
始まったか、と他人事のように思う。この先を思って溜息を吐きながら、駅を出るために歩き始める。
「やあ。この場所で、この姿で会うのは久しぶりだね」
「……なんでいるの?」
「まぁ、そのあたりの話も含めて歩こうよ。一緒にね」
駅を出たところでいるはずのない少年に声をかけられる。一、二度瞬きをし思わず声を上げた。その声に笑いながら、彼は一緒に歩くことを提案してきた。
『以前』は引きずり回された覚えしかないので嫌な予感しかないまま、しかしその提案に頷く。
良かった、と笑い歩いていく彼。付いてくるのが分かっているからか振り返ることはない。置いて行かれるわけにもいかないので足早に彼を追う。
彼――つまり、望月綾時を。
影時間の中を綾時と歩く。寮の方向へ歩いているとはいえ、その歩調は遅い。
綾時は楽しそうに歩いている。共に歩いているというのが良いのだろうか。
「もちろん。湊と一緒にいれるだけでも嬉しいのに、一緒に歩いているんだよ?」
「……読むな」
なぜさらっと心を読んでくるんだ。
「我は汝、汝は我っていうからね」
「……で、なんで――」
「ここにいるのかって? 湊と一緒にいたかったからね。これから先なかなか現れることは出来なさそうだからね」
「……どうして」
「この姿なのかって? 湊と歩くなら、こっちの姿の方が良かったからね」
綾時の言葉を無視して自分の疑問を口にする。無視されたことを気にすることなく綾時は疑問の言葉を全て聞く前にその疑問を当て、答えを言う。
この流れ、いつかあったような気がするなと思いながら次の疑問を投げかけた。それに綾時は答えたが、その答えはあまり納得できるものではない。
この時点で望月綾時であるはずがないのだ。普通ならば。
「あー、宣告者の僕ではなくて、タナトスの僕である、って言えば納得してもらえるかな?」
それなら納得した。
それからほんの少しの会話と寄り道を交えながら寮の前までやって来た。
「これなら『前回』と同じように彼女たちに会ったところで影時間が終わるかな」
「調整してたの?」
「そうでもしなきゃ、体感で30分くらいは余裕を持った状態でここに着いちゃうでしょ?」
確かに、『前回』は翌日学校へ行く際に迷わないよう暗い中地図や道の確認で止まりながら進んでいたから影時間が終わる少し前に寮にたどり着いた。しかし、今回はその必要がない分すぐにたどり着いてしまうだろう。それを避けるために寄り道を交えた散歩を敢行したようだった。
「それじゃ、またあとで。良い旅を祈るよ」
僕が言えたことじゃないけどね、と言い残し、綾時は闇に消えた。
最後の言葉に言いたいことがないわけではなかったがどうせいつでもいるのだから、いつでも言えるか。
一度深呼吸をし、寮の扉を開き、中に入る。
「……どうしろと」
影時間であるため中は暗く、出待ちしているはずがないのだから一階に人はいない。いるとしたら四階だろうか。
それを証明するように少し経ってから階段を下りる音が聴こえてくる。最も、降りてきた彼女の姿を見てようやく気付いたくらいにその音は小さかったが。
「――誰!」
扉の前で立っている自分の姿を確認した瞬間声を上げる彼女を見て、始まってしまうのか、となんとなく思った。
◇
『前回』と同じような流れで彼女――岳羽ゆかりに案内されたのは、以前とは違う一つ上の階。三階の奥の部屋だった。この身は女のものだから当然なのだが。
奥だから覚えやすいね、と彼女は言ったが、『前回』も奥の部屋であったことから二階と間違えないようにしなければならない分、覚えやすいのに間違えやすい。最も、その悩みが伝わる人間などいないのだが。
渡された鍵を使って扉を開き、中に入る。
「あ、待って。ちょっと訊きたいんだけど、いいかな」
その言葉を聞いて彼女の方を振り向いた。『前回』も何か聞かれたような気がするが、なんだったか。
「駅からここまでくる間、ずっと平気だったの……?」
「…………平気だったけど、どうして?」
「あっ、ううん! 平気だったならいいんだ。気にしないで」
影時間の間のことだったのかと一瞬面食らい、咄嗟に悩む素振りを見せてから返答する。返答までに妙な間があったが、彼女は気にすることなく――むしろ先の自分の発言を誤魔化すように言葉を重ねた。
「変なこと聞いてごめんね、それじゃ、私はもう行くから。おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
また、妙な間を開けてしまった。おやすみなさい、なんて言葉を他人に言うのは何年ぶりだっただろうかと思う。とはいえしっかり返事をして、そしてようやく扉を閉めた。
思わず、閉めた扉に背を預けて寄りかかる。ここまでの一連の流れにボロがなかったの確認に思考を回しながら、ゆかりがこの部屋から離れて、まだ一階にいるであろう彼女――桐条美鶴先輩に合流するために向かう小さな足音を聴く。
そして、その間に部屋を見ていて気付いてしまったことへの嘆きを溜息へと変えて、扉に寄りかかったまま座り込んだ。
「……ねえ」
平坦な声にどことなく恨みが籠っているのは気のせいではないだろう。自分にまだ素で感情を出せる余地があったのかと少し驚きながら、しかし言わなくてはならないことを言うために言葉を重ねた。
「本当にさ、終わった後に言う事じゃないんだけどさ。もはや手遅れのことを嘆いたって仕方がないんだけどさ」
天井を見上げる。何故気づいてしまったのか。自分も関係していたとはいえ些細なこと過ぎて――他のメンバーにとっては些細なことではなかったかもしれないが――忘れていたのだから仕方がない。落ち着くために目を閉じてゆっくり深呼吸をする。そして目を開き……この位置からは見えないが、カメラの方を向いて、言い放った。
「わざわざ影時間の間に到着する必要なかったよね⁉ カメラあるんだから!」
頭に「それについては本当にごめん!」という声が響く。そしてその声は「でもそんな些細な事覚えてるわけないじゃないか!」と抗議の声を上げた。
まぁ、自分も忘れていたのだからこれ以上責めることは出来ない。『前回』のいつだったか。各部屋に取り付けられているカメラで、大型シャドウがやってくる日まで影時間の間監視されていたということをゆかりに聞いたが、どうでもいいと流した。
今になって思う。全然どうでもよくない。
影時間内に彼女たちと必要以上に話すことがないように気を使われていたのは分かるが、カメラがある時点で、影時間が終わった後に寮へ行ってもよかったのだ。この寮に来た時点で、そもそもこの地にいる時点で監視されているのだから。今日影時間に充分適応していることを示す必要はなかったのだ。
「……寝よう」
部屋にある荷物を解き、寝支度を済ませて早々ベッドに潜る。
あれほど後悔のような思考をして、別にどうでもいいじゃないかと結論を下した所なのだ。それがなくとも、歩調は遅かったとはいえ綾時に散々歩かされたのだ。歩いただけとはいえ、影時間内にあれほど動いたのは久しぶりであったため疲労も溜まっている。
頭の中に響く「おやすみ」という声を最後に、意識は闇に溶けた。