湊ちゃんリトライ!(仮) 作:生ハム
――4月7日。朝。
「今日からこのクラスに新しい仲間が加わります。……ほら、自己紹介」
クラスの面々を眺めていたら、この2年F組担任である鳥海先生に催促される。すかさず人受けが良い笑みを浮かべた。
「有里湊です。みんなと仲良くできたら嬉しいです。よろしくお願いします」
貼りつけた笑みの裏で、綾時はどう言ってたかなと考えながら。
「よっ、転校生!」
始業式であったのだからホームルームが終わると放課後になる。そのタイミングで転校生に話しかけに行く人が多いが、今回は――今回も、彼が最初に話しかけてきた。
「じゅ……帽子、さん?」
「いや、帽子かぶってるからってそんな呼び方します!? 普通名前で……あ、そっか」
一瞬名前を呼びかけて名前を知らないはずだからと堪える。そして代わりに口に出せたのは彼のトレンドマークとも言うべき帽子に敬称を付けたものだった。自分でもどうかと思う。
彼は一度ツッコミをしたところで名前を名乗ってないことに気づいたのだろう。一度口を閉じ、仕切りなおすように一度咳をした。
「俺は伊織順平。ジュンペーでいいぜ」
「よろしくね、順平。私のことも名前でいいよ!」
「いやいやいや、名前で呼ぶとか恐れ多いって!」
笑顔でこちらも名前で呼ぶよう言うと、順平は手を横に振り慌てたように遠慮した。頭の中でもう一人が溜息を吐いたのがはっきりと判る。
慌てたように付け加えられた「有里って呼ぶからな!」という言葉と、同居人の反応に何故だ、と思いながらも順平の『転校生』に対する気遣いに耳を傾けた。
そんなやりとりの間に近くまで来ていたのだろう。ゆかりが声をかけてきた。
「まったく、相変わらずだね……。女の子と見りゃ、馴れ馴れしくしてさ。ちょっとは、相手の迷惑とか考えた方がいいよ?」
「な、なんだよ。ただ親切にしてるだけだって」
話が途切れたタイミングで声をかけた。
「あ、岳羽さん。偶然だね、びっくりしちゃった。これからよろしく!」
「ほんと偶然だよね。うん、よろしく」
「え、なになに。二人とも知り合い? 朝も、レベル高い二人が並んで一緒に登校してるって噂になっててさあ」
「はぁ……そういうのやめてよねー、噂とかめんどくさいんだから」
ゆかりは呆れたように言う。
「あ、私弓道部の用事があるからもう行くけど、もし順平に何かされたら言ってね! こいつどうにかするから」
「ちょ、俺が何かすること前提⁉」
順平の叫びは無視してゆかりは弓道部へ向かうために教室を出て行った。
「……で、結局どんな関係なのよ?」
「同じ寮ってところかな。私は仮だけど」
「ふうん……まあ、ともかく。なんか困ったことあったら俺にいつでも相談してくれよな!」
「お、言ったね? その言葉覚えておくからね? あとからナシなんて言わないでよ?」
「ちょ、何か怖いんですけど。無理難題は吹っ掛けないでくれよな⁉」
その慌てように笑い、笑いが収まったところで教室内に残っている人が少なくなっているのに気づいて顔を見合わせ、二人して足早に下校した。
――4月8日。夜。
「やあ、こんばんは」
「……こんばんは」
さて、貼り付けている笑みは今も機能しているだろうか。この男を前にすると長年付き合っているこの仮面もいささか不安になる。
「私は、幾月修司。君らの学園の理事長をしている者だ」
苗字が言いにくいだろう、と言ってくるこの男に愛想笑いで返す。ボロが出そうで長くこの場にいたくはない。
「部屋割りが間に合わなくて、申し訳なかったね。正式な割り当てが決まるまで、まだ少しかかりそうだ」
「いえ、大丈夫です。それに、仮とはいえこの場に来たおかげで比較的気安く話せる人も出来ましたし」
「ああ、岳羽くんと同じクラスなんだってね。そうか、こちらの不手際が発端とはいえ、仲良くできそうで良かったよ」
どの口が言っているのだろう。最後に預かってくれていた親戚と交渉してこの巌戸台に来させたことも、あえてこの寮に来させたことも、10年前の事故の生き残りだと知った上での監視をしていることも。今となって分かる事実があるからこそ、この時点でのこの男への対応にどうしても困る。
「何か訊いておきたいことはあるかい?」
「いいえ、特には」
「よろしい。じゃあ、よい学園生活を」
相手は理事長ということもあって一礼してから立ち去った。
部屋に戻って一度深呼吸をする。
「……最悪だ」
一礼して顔を上げる時、一瞬見えてしまったのだ。理事長の仮面がズレていることを。しかしその場にいたゆかりは気づかなかったようだ。
……仕方がないかもしれない。知っていなければただの笑みだ。
私をここに来させた時点で、やはり目を付けていたのだろう。研究者としては有能だと思われるが、その果てを思うとやはり信用などできそうになかった。今後が不安である。
「……あれ。なんでこんなに嫌悪感が出てくるんだろう」
一つ、呟いた。
◇
――そして、今。9日と10日の間。つまり、影時間。
現実逃避のようにこの数日を思い返していた意識を切り替える。
今はゆかりに連れられて階段を駆け上がっていた。
「……はぁ」
持たされたのは薙刀。扱えないわけではないが、『前回』とは違う武器を十全に扱えるか、と少し思う。
「ちょっと、何で止まるの⁉ ほら、急ぐよ!」
その思考をしたとき足を止めてしまった。すぐにゆかりが気付き、手を引いて走らせる。その様に、思わず訊いてしまった。
「ねえ、岳羽さん。死ぬのって怖い?」
「そんなの怖いに決まってんでしょ!」
間髪入れずに返ってきた返事にやはりそういうものなのかと思う。今度は思考をしながらも足を止めない。
そして、屋上にたどり着いてしまった。
壁を登って上がってきた最初の大型シャドウにゆかりがなぎ倒される。その際に弾かれた召喚器が自分の足元に落ちた。
「…………やっぱり、最悪だ」
このシャドウを倒してしまえば、死にたくないと言ったゆかりを追い詰める発端となる。いや、世界の人間すべてが死に絶える第一歩になる。『前回』このシャドウを倒したのは自分だ。ならば、この召喚器を取らなければいい。
……だが、今この召喚器を取っても取らなくとも変わりがない。先輩たち二人が駆けつけてこのシャドウを倒してしまうだろうから。そして倒されたその時、自分の中に眠るモノに吸収されてしまう。
――詰みだ。『私』がこの地に来た時点で、この世界は詰んでいた。
召喚器を拾いあげる。米神に銃口を押しつけ、引鉄に手をかけないまま目を瞑った。
詰みかもしれない。確かに、倒してしまえば人間絶滅までのカウントダウンが始まるだろう。だが、それがなんだ。
――死ぬかもしれないのに?
死神の声が聞こえる。確かに、自分は死ぬかもしれない。でも、大切な人たちが生きられないのは、嫌だ。
『前回』も、『今回』も。ゆかりは確かに死にたくないと口にした。自分が『大切な人』と言っているのはまだ『前回』の仲間たちだと、自覚している。しかし、重ねているようだが、『今回』の仲間たちも、やはり大切だと思うのだ。別の世界でも、別の人間だとしても、彼らは彼らなのだと、短い時間でも判断できた。
――湊って、頭良いけど、理解力もあるけど、馬鹿だよね。とっても損してる。
今更とはいえ耳が痛い。気づいてしまったのだ。何度同じ場面に出合ったとしても、結局同じ選択をするのだと。
――だから僕は、君が好きで、そして心配なんだ。
知ってる。ごめん。必ず来るいつかの時に、約束は破られる。
――……僕は、それでも君を守ろう。いや、今の湊にはこう言った方がいいかもしれないね。
一瞬の間。引鉄に指をかける。
――湊を、僕以外には殺させない。
引鉄を、引いた。
今回、直前まで死神との会話をしていたせいか、最初からタナトスが顕現した。
暴走することなく、シャドウを切り刻み、圧倒的な力でもって蹂躙した。
ゆかりの姿を横目に見る。なぎ倒された時の衝撃はあったはずなのだが、幸いにも大きな怪我はないようだ。
安心したところで、体に力が入らなくなる。踏ん張ることも出来ずに倒れた。
……体力と同じように、精神力も久しぶりに使うと疲労度が段違いだったようだ。
あっけなく、意識は闇に落ちた。