飛龍隊戦記-ストライクウィッチーズ1937-   作:はまっち

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第二話 於渝城港

 汽笛が低く、しかし空の向こうまで届くほど長く長く轟き渡る。

 ぼぉ――っと一際長く。

 今どき石炭を使うという時代遅れの機関ががたんと止まり、窓の外を流れる雲の速度が次第にゆっくりと一定になる。

 ほら着いたぞ。革製の鞄を片手にぶら下げて、志航は船室を抜け出した。その黒い背中を追って立てつけの悪さが目立つ木製の扉を開け、哲生は廊下へと足を前へ進める。

「少校! 待ってください!」

 曲がりなりにも木材が見受けられた船室とは大きく異なり、廊下は狭く、暗く、おまけに蒸し暑かった。

 鉄のパイプが所狭しと張り巡らされ、そのいたるところに赤い錆が浮いている。いやに埃っぽく、古寂びた空気が館内に充満しているのがよくわかる。

 寄港ということで船員たちも急いているのだろう、あわただしい足音が天井から直接響いてくるようだ。

「いくら天下の扶桑製とはいえ、第一次大戦……どころか辛亥革命以前のものだからな。これくらいの老朽化は仕方がないとしてくれ」

 少し先の廊下を歩く志航はふいと制帽を傾け哲生の方を振り返る。

「…………ああ柳君、そこのパイプに手を触れ給えるなよ」

「えっ!?」

 いきなり名を呼ばれた哲生はびくりと肩を震わせ、手すりのように体重をかけていたパイプから手を離す。壁から生えたパイプの群れの一本が瞬間、ミシリと若干嫌な音を立てた。

 哲生の掌にこびり付いた赤錆がパラパラと床の上に落ち、その上に何処のパイプから漏れたのか水滴がぽたりと零れる。

 いわんこっちゃないと志航は独り言ちて制帽を目深に直した。

「す、すみません!」

「……本当に何をやっているんだか」

 志航は苦虫をかみつぶしたような、眉間に皺を寄せた鋭い視線で赤錆の目立つパイプを睨む。憎々しげにちっと舌打ちした後、こつりと半長靴の底を床に打ち付けながら先を急いだ。

 無骨な船の中だということをありありと見せつけるように張り出したパイプ。こつこつと一定の速度で響き続ける足音。真剣極まりない志航の横顔。

 哲生の背筋に冷たいものを投げかけるにはそれだけで十分すぎる。

「…………とりあえず、だ」

 志航は甲板へ続く階段の前でぽつりと徐に口を開いた。

「艦長の鄭師俊中校には私から艦内の老朽化が目立っていたと伝えておく。それとなくこの場所も修理を要請しておくさ」

「え、でも……」

 でも。じゃない。姿勢を正して直立した哲生の肩に白い手が載せられる。

「なに、老朽化は事実だろう? 再発防止の注意ってだけでとどめておけるさ」

 任せておき給え。志航は静かにうなづくと、子供に言い含めるようにゆっくりと告げる。

「それに、鄭閥への貸しはこれだけじゃ足りないからね……君は先に渝城の飛行隊に顔を合わせて来給え。第四大隊準備隊の高と言えばわかってくれるはずだ」

 それきりいうと志航は踵を返してひらひらと手を振りながら、艦長室のほうに歩いて行った。

「……ありがとうございます!」

 哲生は一言呟いてその後ろ姿に頭を下げると、甲板へと足を踏み出す。

 

 まず見えたのは、南中した太陽の目映さ。そして青い空だった。

 かたや緑の生い茂る山。かたや土塀の並ぶ大きな城市。

 大西王のお膝元である成都にも負けず劣らずの繁栄を見せ、その証拠とばかりか川べりに並ぶいくつもの桟橋に渡し舟が並ぶ。

 雨期が終わり、土色に増水した揚子江の川幅は、広い。この軍艦が何艘あっても埋まらないくらいの幅があるように感じた。

「……ここが、渝城…………」

 ごくりと唾を飲み込む。私が守るのは、こんなに大きな街なのか。ぽつり、ぽつりと責任感が湧き出してくるのを感じた。

 嗨哟(それそれ)嗨哟(よいしょ)と掛け声をかけて男たちが荷を押す。それを黄土色の軍服を着た軍人達が受け取り、舷梯の上をを行き来する。軍艦の寄港という、日常。

「おーい!」

 ふと、大きな艀の上に整然と並べられた積荷と積荷の山間から呼ばれた。

 見ると哲生と同じようなブルーグレーの中山服を纏った少女が手を振っている。

「今行きます!」

 彼女が飛行隊の人だな。哲生は結論づけ、船員と工員達の隙間を縫って舷梯を駆け下り、渝城の港へと降り立った。

 竹を編んだ行李を背負うと、先程少女が見えたあたりの位置まで歩く。半裸の男たちがコメや弾薬でも詰まっているのか、大きな木箱を軍人のもとへと運んでいくのが見えた。

 鉄道も隣接しているのか、石炭の煙が空にたなびく。大漢民国の首都というのは過言ではないようだ。

 

 ここら辺だと思うんだけど。軍靴をこつこつと鳴らしながら歩いていると、がたり。突然木箱の山が揺れた。

 哲生は咄嗟のことに肩を跳ね上げながらも、人の気配にほっと胸をなで下ろして告げる。

「あの、第四大隊準備隊の高……です! あなたは渝城の飛行隊の方…………なんですか?」

 数秒の間隙を挟んで、木箱と木箱の山の間から黒髪の大漢人の少女が現れた。

 扶桑陸軍のヘルメットではあるもののその軍服は大漢民国の中山服。色も哲生と近しい青灰色で、若干釣り上がった目尻に同じ民族の匂いがする。

「ようこそ渝城へ! 歓迎しますよ高志航少校殿!!」

「えっ? あ、あの。私は……」

 高志航少校ではなく柳哲生少尉だ。その言葉を言おうとした瞬間、意識を離していた右手を掴まれた。

「皆まで言わずともいいんですよ少校殿ぉ。機械化航空歩兵なら誰だって知ってます」

 少女は突然の出来事に困惑する哲生の右手を同じ右手で握り締めると、無理やり握手の体にする。

 ああ、自己紹介が遅れましたね。少女は扶桑式の網のような模様が目立つヘルメットに指をあわせ、敬礼。

「大漢民国空軍第四大隊“準備隊”所属、(ユエ)以純(イーチュン)少尉であります!」

 (ユエ)と名乗ったそのウィッチは、静かに薄く口角を上げた。

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