飛龍隊戦記-ストライクウィッチーズ1937-   作:はまっち

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第三話 我醉欲骗

「……まだ、ですか」

 弱々しく、土気色の顔を下に向けながら、哲生は尋ねた。

 激しく上下する視界に移る世界は、皆灰色っぽく味気なく見える。

 思うに景色を楽しむ余裕がなくなるんだろう。眼窩の奥から喉にかけて、酔っ払ったときのような吐き気に襲われながら結論付けた。

「もう少しですよ」

 以純の握るハンドルがぐるりと回され、それと共に進行方向が左へと変わった。

 轍の後を越えたことで大きく車体が揺れ、視界を左右に揺さぶる。

 哲生は倦怠感から逃れるためにか、すぅ。と大きく息を吸い込んだ。その瞬間から、真新しい酸素が肺腑を通じて入れ替わる。

 頭の片隅におかれていた気持ち悪さ、不快感が幾分か薄れ、またむかむかと鳩尾の下の方から湧き出てきた。

 はぁ。大きく息を吐いて、また狭い窓の外に空気を求めるように顔を出す。

 ガタガタと小刻みに揺れる車体、酩酊する三半規管にまた、厭な気持ち悪さがこみ上げてきた。それを全て洗い流すかのように息をまた吸い込み、吐き出して、また吸う。

 心臓や肝臓に次いで重要な肺を無理矢理働かせて機能させているというところに一抹の不安を覚えながらも、吐いた息と入れ替えるようまた大きく息を吸うしかない。

 ウィッチの間では、いやこの国の主要な信仰である道教においては、この肺腑こそが気、西欧諸国の言うところのエーテルを司っているという。哲生の故郷である四川にも当然のように道観が立ち並んでおり、昆明に居たときだって試験前にはよく武候に祈ったものだ。

「……車酔いって、誰に祈れば良いんだろ…………」

 哲生はポツリと元気なく呟いた。

 ガタンと大きくまた車が跳ね、小さくではあるが腰が浮く。

 前の運転席に座る以純は「李白か張益徳にでも祈れば良いんじゃないですか」と一噱し、より強くアクセルを踏んだ。

「楽少尉、その……」

「なんですか少校殿ぉ! この楽に何だって聞いて下さい!!」

 リベリオン製らしい、無骨っぽくてそれでも優美な曲線を持った車が轍の後を飛び越える。

 舗装なんてされていない、泥濘んでガタガタの不整地をタイヤが空転してサスペンションを存分すぎるほどに機能させる。着地の衝撃で息を喉に詰まらせながら、哲生は辛うじて言葉を口にした。

「いや、ちがっ……運転、荒くないですかっ……!?」

「普段はこれに猛暑まで出てくるからマシな方ですよ!」

 はははと以純は笑い、ここから峠になりますよと呟いた。途端にガタンと大きな音を立てて上り坂をのぼり始める。

 峠、とは言ったものの、山間の町と言った方が良かったのかも知れない。土塀の立ち並ぶ家々は変わらずに道に沿い続けていた。

「楽少尉……ええと、何期でしょう?」

 下り坂にさしかかったところで、哲生は以純に訊ねる。

 見た感じ自分と変わらない背丈だったというのもあるが、同じ少尉ということは中央航空学校出だと思ったからだ。

 スピードが出すぎないようにブレーキを踏みながら以純は気軽に答える。

「昆明の中央航空学校のことでしょうか! もしそうならば自分は三期です!」

 私より2期も上じゃないか。哲生は内心歯嚙みした。

 これで同期ならまだしも、2期上の先輩相手に敬語で話されるとはむずがゆくて仕方が無い。

「りゃ、了解。ええと、その」

「そういえば、少校殿のストライカーユニットはどのように輸送されるのでしょうか?」

 車が水平に戻り、そのまま走ってすぐの四辻でいったん止まった。

「そういえばそうですね……」

 昆明から別口で輸送してくるんだろうか。ふと疑問に感じる。

「自分が広東に赴任した時は寧海……ああ、今の海軍の旗艦です。その船に載せてきていましたね」

「そんな船があるんですね……扶桑の空母みたいに大きいんですか?」

 いえ、違います。以純はハンドルを強く握り直して、前を睨んだ。

 大きな編み笠を背中に背負った数多くの軍人達が、口が裂けても整然とは言えない隊列を組んで歩いて行く。

 擦り切れた青い軍服を纏い、小銃を腕に固持して足を進めていく。

 四辻の真ん中で倒れた青灰色の軍人のもとへ士官が歩いてきて、木の棒でこれを叩きのめした。

 黒い軍服を着た士官から殴る蹴るの暴行を受けた兵士は、フラフラと立ち上がるとまた隊列へ戻る。

 隊列の最後尾を歩く先程とはまた別の士官がぺこりと車に向かって頭を下げた。

 はあ。以純は小さくため息をついて、口を開いた。

「空母なんて大きなものじゃありません。……小さな軍艦の上から火薬式カタパルトで射出するんです」

 飛ぶときが少し痛いですけど、大したことないです。えへへと以純は笑い、アクセルを踏んだ。

「さ、この峠を越えたらもう着きますよ」

 そう言って車は2つ目の峠をのぼり始める。

「……さっきの船にも、カタパルトってあったのかな」

 ポツリと呟いた哲生に、ガタガタと車体がまた揺さぶりをかけていった。

 次第に車窓から見える景色も木々が多くなるが、峠の頂点を境にしてまた家々が多くなってくる。

 ふとみると、影が車の上を通り抜けるようにして飛んでいった。

「楽少尉、あれ……」

「ああ、哨戒のウィッチですかね?」

 以純は小さく笑って流す。

 再び、三度、車が揺れてタイヤが回る。

 エンジンの唸りが力強く、その黒い角の取れた直線形の車体を前へ前へと進めた。

 なんどか街角を曲がると、そこに長大な鉄条網の付けられたフェンスが一直線に伸びていた。

 青い旗の掲げられた建物が、次第に右手に見えてくる。よくよく見ると青い地に白い太陽を模式化した旗――青天白日旗と呼ばれる大漢民国の国旗であり、その広大な敷地が国のものだと言うことを示していた。

 平屋建ての事務所が次第に大きくなり、その目の前でブレーキをかけられる。

「着きました、ここが白市駅飛行場です」

 以純はエンジンを止めてふう、と息をついた。うんと狭い車内で首筋を伸ばした後、隣に置いた扶桑式のヘルメットを手にとる。

 ――ここで言うしかない。

 ごくりと唾を飲み込んだ哲生は、車酔いのおかげか不快感に散漫となる意識に活を入れて大きく息を吸う。

「あ、あの!」

 一拍置いて、続ける。

「私、高志航少校とは別人でして……!」

 生暖かい空気が車内に流れた気がした。何の音もなく、二人の少女がただ息をする。

 以純はふっ、と口角を上げて後部座席の哲生を見た。

「最初から解ってるよ、柳哲生少尉」

「……えっ?」

 哲生は豆鉄砲を喰らったハトのような顔を浮かべて以純を見つめた。

 ほら。

 以純の視線の先で、こんと窓ガラスが叩かれる。

「…………えっ?」

 そこに居たのは、黒い制帽に黒い軍常服を纏った女性。

 少し遊ばせて貰ったんだ。黒髪の女性は、志航はくつくつと笑って、ドアを開けた。

「ようこそ第四大隊へ」

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