「……どういうことですか」
すう、と頭が冴え渡るのがわかった。少女の胸中に渦巻いていた不快感、嫌悪、倦怠、その他様々な悪感情がすっとどこへかに消えていく。そんな感覚。
今までの劇が全て作り話だったと思い知った時のような、不快。
馬鹿にされた。
むかりと眉間に皺が寄る。私を高少校と間違えたのも、全ては余興のようなものだったとでもいうのか。
目の前の女性が何やら気持ちの悪い笑顔で語っている言葉の一文字すらも入っては来ないまま、ぐにゃりと視界が歪む。
――どういうこと。
冴えきった頭の中に、胸に、全身にふつふつと湧き出てくる怒りを押さえ込みながら、少女はすう、と大きく息を吸い込んだ。
「
唐突に大声を上げた哲生に目を丸くする。しかしすぐにもとの平静を取り戻すやいなや、またいつもの調子で口を開いた。
「なんだね? 本日0801付けで柳哲生少尉は第四大隊に正式に配属され――――」
「違います!」
「ではなんだと?」
志航はふっと、微笑みを讃えていた口角を戻す。任務に臨むときのような仏頂面で、おもむろに姿勢を崩した。
真面目腐ったそのまなざしに睨みつけられた哲生は言葉を詰まらせたが、ふうとひとつ深呼吸してから口を開く。
「これは……いや、先ほどの芝居は何だったのか! 高志航少校、説明して下さい!!」
哲生は顔を真っ赤に上気させて叫んだ。
目の前には志航。それの隣でおどおどと笑う以純。
平屋建ての事務所の前にそれ以外の人影は見当たらない。
「お、落ち着いて。高少校だって悪気があったわけじゃ……」
ぎろり。力強く、思いを込めて睨みつける。彼女が悪いってわけじゃないのに、なぜだか自然と八つ当たりしたようになったしまう。
「とぅ、
びくりと肩を震わせて、ブルーグレーの中山服を纏った少女はすごすごと引き下がった。
ふむ。洒落の通じない娘だったか。志航は小さく、しかし冷静に呟く。
「一から説明すると、だね。……そうだな、どこから説明しようか」
「最初から。私が昆明を出たときから決まっていたとでも」
「
平然と、顔色一つ変えずに返す。
「……どうして、こんな児戯を」
悔しさに肩を震わせ、ぎりりと奥歯をきしませた。
哲生の顔をじとりと眺めながら、志航は告げる。
「どうとでも理由は付けられる。例えば“私の暇つぶし”、例えば“有事における階級誤認への対処”、例えば“慣習だから”、例えば“気の増強”例えば“正一教に伝わる風習”例えば“私たちがウィッチだから”――――さて、お気に召す理由は見つかったかね?」
「
カッと頭に血が上るのがありありと感じることができた。
馬鹿にされているのがどうしようもないほどに伝わってきて、目頭が嫌に熱い。哲生は水灰色の軍服の下で硬く、無意識に拳を握りこむ。
「……ダメかね」
「ダメに決まってるでしょう!」
一喝。上官に対する態度とは思えないほどの暴言が、頭の中を渦巻いていく。
それを聞いて志航はがっくりと大げさに肩を落とし、ふぅ、と大きくため息をついた。
仕方ないか。小さくつぶやいて、黒い制帽を正す。
「丁度良い、ウィッチの間で要求を通すときの常套手段を教授してやろう」
さあついて来給え。くるりと踵を返した。
ついでに隣でいつ仲裁に入るべきかと慌てていた以純を呼び止め、命令。
「楽少尉、伝令だ! 第五大隊に今日の哨戒は第四大隊が替わらせて貰う。と伝えておいてくれ給え!」
「――み、
扶桑式のヘルメットを被りなおして、敬礼。以純は事務所へ向けて走っていく。
ざり、志航の半長靴が乱暴に、砂を踏みにじる。
「……どこへ行こうっていうんですか」
頬を膨らませ、哲生はその黒い背中に言葉を投げかける。いいようにあしらわれそうになった腹いせに、せめてもの抵抗に。
志航はふと後ろを振り返ると、ぎゅっとこぶしを握ったままの少女を見て、にやりと笑った。
「哨戒飛行だ」