飛龍隊戦記-ストライクウィッチーズ1937-   作:はまっち

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第五話 遠影空尽

「哨戒飛行……って、高少校の機体はどうするんですか! それに私の機体も!」

「私のものは既にある。柳君のは……」

 そうだな。顎に手をやって少しの間黙考した後、志航はポンと手を打った。

「楽君のものを借りよう。最悪、李君のものを勝手に借りればいいさ」

「問題ないんですか?」

「ないね。壊したら罰走どころじゃすまされないと思うけど」

 軽くいなされながらも、哲生は志航に尋ね続ける。

 歩いていると、未舗装の滑走路の奥に混凝土で形作られた灰色の格納庫が見える。

 案外明るい内部で作業している整備兵たちに軽くあいさつした後、志航は立ち並ぶ白い円柱上の機械の群れの前で立ち止まった。

「上士! すまないがまた飛行だ。楽少尉のものも修理は終わってるかね?」

 呼び止められた整備兵はカーキ色をした詰襟の軍装を正して志航となにやらこまごまと話す。

 いくらかの質問事項に整備兵は答えていき、それに解を得た志航はよしと頷いて、哲生に来給えと手招きした。

 そこに立ち並んでいたのは、リベリオン製のストライカーユニット。哲生の太ももより一回り大きい丸太のような太さの機体が10機ほど並んでいる。

 二枚の羽根のような突起を付けた、複葉機。小さな台のような梯子に樽のような円筒状のバックパックが掛かっており、ストライカーユニットと同時に使う物だと一目で解る。

 君はそっちを使いたまえと促されるままに、少女はユニットと何本かのパイプで接続された白色の背嚢を背負った。

「機体点検終了。全て異常なし。電源始動。襟翼全開。魔法混合良し。慣性起動器回せ!」

知道了(りょうかい)!」

 整備兵がエナーシャを回す。小さなハンドルの中に蓄えられたエネルギーが発動機を大きく回す手助けとなる。

 ストライカーユニット、大漢では蒼鷹(ツァンイン)と呼ばれる旧式の機体。志航は真っ白に塗られた太いユニットの中に足を通してふむと頷いた。

「――計器確認良し、高銘梅。進発する」

 大気中の気がガソリンと混ざり、足元に水色の魔方陣を映し出す。

 途端、墨を垂らしたかのように真っ黒い軍常服の下から黒褐色の横縞の入った羽根が生える。使い魔と呼ばれる鬼を使役することで気をより円滑に発揮する術。

 続けて可視化された気が魔方陣の上で回り、ストライカーユニットの下部で渦を巻いて安定した。ここまでくれば魔導エンジンと接続できた証拠だ。整備兵はこくりと頷いて後ろに下がる。

 ふわり。とユニットが、志航の体が浮かび上がる。オストマルク製の長い軽機関銃をその両腕に保持した彼女は、隣で準備を整えている哲生を見てにやりと笑った。

「それではお先に。上空待機としておくからゆっくり上がってき給えよ」

 飄々と言い放って、志航は樽のような大きな背嚢を背負いなおすと前へ。格納庫の出口へ向けて体重をかける。

 ゆっくりと、しかし確実に風が強く。強く髪を靡かせる。

 そして強く土を蹴るようにして大きく体を前に傾け、志航は空へと飛び出した。

「…………電源始動。襟翼全開。魔法混合良し。慣性起動器、回してください」

 哲生はむっと唇を尖らせ、呟く。志航の発進準備を整えていた整備兵が少女のそばに走り寄ってきて、ユニットの先端にハンドルを差し込んだ。エナーシャと呼ばれるエンジン始動補助装置に差し込まれたクランクが回り、ガソリンと気の混合を容易にする。

「魔導発動機接続確認。油門開放。空気圧良し。高度計、燃料ともに良し。冷却機稼働、油温正常。解除鎖定」

 樽みたいなバックパックを背負い、ユニットへの接続を確認。気の放出ゆえか体の芯から熱さが湧き出てくる。

「柳哲生、いつでもいけます」

好的(りょうかい)祝你好運(ご武運を)

 整備兵が後ろに下がったのをちらりと横目で確認して、気を全身へといきわたらせる。

 水色の燐光が哲生の体にまとわりつき、臀部に白く丸っこい尻尾を。そして頭頂部に黒い熊のような獣の耳が生えた。

 鬼との融和が成ったのを体の熱さから感じ取った後、立てかけてあった銃を手に取る。

 オストマルク製の重く、大きな軽機関銃。高少校と同じものなのに、軽々と保持していた彼女からは想像もつかないほど腕への負担がかかる。

 ユニットの真下に魔方陣が浮き出たことを視認。気が一気に抜かれていくような錯覚に襲われた後ふわりと体が浮き上がると、復た胸に力を集中させた。

 がしゃり。武骨なウッドストックを二の腕に当て、体重を前にかける。目の前の空を目指すように、

 倒れんばかりの前傾姿勢で、空気を思い切り蹴りつけた。

 その瞬間ぐっと大きく慣性の力が働き、空気の抵抗に体が押されるのが実感できた。

 ふわり、と浮遊感。気が薄く体全体にまとわりつき、風を打ち消してくれる。まるでおとぎ話の仙女みたいだな。ふと思い浮かべて、首を振る。

 すると飛行場の上をぐるぐると旋回していた志航が飛んできて、やあと気軽に右手を上げる。

「ああ来たか。早かったね」

 中央航空学校出のウィッチでも一度は発動機始動に失敗するもんなんだが。くつくつとひとしきり笑うと、上体を上げて姿勢を安定させた。哲生もそれに倣って志航の眼前に立つ。

 志航は小さく笑いながら地上を指さした。

「まずあそこに武漢が見えるね」

「……見えませんけど」

 おもむろに東を、揚子江が山影に隠れながら地平線まで伸びていく向こう側を指示した志航に、哲生はぽつりと突っ込みを入れる。

 おやそうだったか。

「李白を読む者はだれでも心の中に黄鶴楼を持っているものなんだよ」

 肩をすくめてとぼけた志航の顔を張り倒したい衝動にかられながら、少女は一つ大きくため息をついて口を開く。

「哨戒飛行のルート指示をお願いします。……どうせ敵怪異の発見並びに撃墜数で賭けようという魂胆なのでしょう」

就是(ご明察)、じゃあ君の飛行ルートを指定しようか」

 志航は東を――市街地のすぐ側にある揚子江の流れる先を指し示す。

「また武漢ですか?」

 いや、違う。かぶりを振った後、小さく息を吸い込んだ。

「渝北に航空廠があるだろう?」

「あの光ってる屋根のところですか?」

(ああ)そうだ」

 山と山に挟まれるようにして狭く、小さく広がるネコの額ほどの土地に無数の屋根が見える。緑色に塗られた屋根が、ちかちかと太陽の光に煌めく。

「そこを越えて白帝城へ向かい、1時間現地で哨戒活動を行い給え。私は大興城方面へと向かう」

 大興城、大漢民国よりも前、土木の変よりも前に繁栄していた大昔の古の都の名前を出した彼女に、まず目を丸くした。

「大興城……って、渝城から600km先ですよ! そんな、飛行距離ギリギリじゃないですか!!」

「まあ、どう頑張ってもこの蒼鷹では1200kmほどしか進出できないね」

 からからと陽気に笑って、ぽんと哲生の肩に手を置いた。優しく、ユニットのバランスを崩さないように。

 でもそれは君も同じだよ。彼女は噱噱と笑って、航空廠ヘ――ちかちかと光る屋根を目指して前傾。速度を上げて空を行く。

「君の目的地にして大漢民国空軍の前哨基地である白帝城も500km先さ。哨戒飛行を含めればギリギリの範囲だ!」

 さあ頑張り給えよ。志航は航空廠の上空までたどり着いた後、大きく手を振った。

 北の果てに見える山脈を目指しながら飛んで、次第に小さく黒い点になって消える。

「…………真的假的(冗談でしょ)

 哲生はポツリと呟いて、身体の向きを東へ。すこしずつ傾いていく太陽に背を向けるようにして飛ぶ。

 茶色に濁った揚子江だけが長く、長く。白帝城までの道筋となって示してくれる。

 

 ただ長江のみが、天の果てまで伸び行くばかり。

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