飛龍隊戦記-ストライクウィッチーズ1937-   作:はまっち

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短い…………


第六話 早着詩城

 白帝城。古の仁君が没し、その軍師によって防衛されたといういわれのある強靭な城。

 三方を川に囲まれた急峻な山の頂点に置かれたその城郭は古来から何人もの君主を守り、その美しい景観は何人もの詩人の歌として大漢全土を渡った。

 そんな城に、今では大漢民国による前線基地がこの要衝の地に築かれている……という。

「“ま、そんな感じだ。何か質問があれば言い給え”」

 脳裏にくつくつと笑う声が響く。大漢民国どころか、どこの国でもこれほど明瞭に、遠くまで聞こえる高性能な無線機が開発されていないというところを再確認すると、何で連絡を取っているのかが一目瞭然だ。

「……分かりましたから、気がもったいないのでもう切ってもらっていいですか」

 ぶっきらぼうに返す。

 貴重な気をこんななんでもない連絡事に使って微塵も惜しいと思っていなさそうなところに、高少校の優秀さがにじみ出ている、気がする。

 はあと一つため息をついたのを聞き咎めたのか、もう少し肩の力を抜き給えと高少校は一しきり笑った。

「“もうじき南充だ、そっちの方はどんな感じかね”」

「……河しかないです。本当にこのルートで行って大丈夫なのかってくらいには」

 既に渝城を発って一小时(一時間)。いくつもの鎮と

 城市を越え、ただただ河をなぞってきた。

 少しでもガソリンを温存するため高度を下げる。

「“そのまま揚子江に沿って行けばすぐだから、もう少し頑張り給えよ”」

 再見(それじゃ)。ぶつりと嫌な音を立てて通信は切れた。

「…………まったく、高小姐は」

 ふんと鼻を鳴らし、若干乱れた魔導発動機の回転数を安定させる。

 高度を下げた分、位置エネルギーの関係で若干速度が上がる。その上身体の防護に使う分の気も回せるというのが、仙女(ウィッチ)の利点だ。

 茶色く濁った大河に沿って、山と山の間を進む。高度100m以下という超低空飛行だが、軍艦や家屋にさえ注意すれば十分すぎるほどの高さ。たったそれだけでも空を制することができるというのは大きなアドバンテージとなることを、中央航空学校では“航空救国”の四文字で表現している。

「っと」

 風がグラリと上体を揺らした。中山服の袖が大きく乱れ、髪の毛が目に掛かりそうになる。

 首からかけたスリングに軽機関銃を依託して数秒の間右手を自由に。大漢人をはじめとした東洋人特有の黒い蓬髪を耳にかけると、また銃把に手をかけた。

 気を纏わせているおかげか肩と腕への重みが全くないように感じる。玩具の銃や木の棒でも抱えてるような重さだ。

「昆明も山がちだったけど、渝城も随分と…………」

 山が多い。ごくりと言葉ごと唾を飲み込む。

 古来から辺境とされてきた四川、雲南の山岳にも人が集まればそこに住む。ほんの少しの平野と河川を頼りにして細々と食いつないでいく。そしてそれは土木の変以降だって変わらない。

 怪異の巣になり果てた荒漠たる大地から逃れた大漢人達がこのほんの少しだけの土地に根付いてから数百年。父もその祖先もずっと四川の広大な盆地の片端に住み着いてきたのだろう。

 それを証拠とするように、眼下に流れる揚子江の岸のあちらこちらに土塀とかやぶきの屋根とが混在し、船と船とが行き交う光景が見える。

 漁夫は魚を釣って、農夫は作物のために精根を使う。商人は彼らに物を売り、王侯貴族はこれらを正しく統治する――

 では、軍人は。

 無意識のうちに銃把を握った。スリングの金具ががちゃりと音を立てて鳴る。

「…………っと、ここで東か」

 これまでは曲がりくねりながらも大きく見て北東に流れていた揚子江が、眼前に見える街の目の前で大きく流れを変えて東を向いた。

 楼閣のてっぺんにそびえる金色の飾りを横目に見ながら旋回、漁夫たちが笠に手を当てて飛行を見ているのが小さく視界に映り込んだ。

 しかしそれも一瞬のうちに遠くへ流れ、碧空の彼方に消えていく。

 道観と廟をところどころの山中に見、ふうと小さくため息をついた。

 渝城から離れて行くにつれて、土塀のある屋根が消えていく。茅葺きの屋根に畑だけが広がる村がネコの額ほどの土地に点在している。

 大昔の蒸気船、更に昔から変わらない木の船に筏が浮かんで、空をただ一直線に飛び続けるウィッチへと手を振っていた。

「“やあ柳君、もうじきついたんじゃないかな”」

 突然、ざりっと耳に砂が入ったときのようなノイズが脳裏に走る。

「……高少校、気の残量は」

「“余裕だよ。……まあ、多少は疲れたがね”」

 そんな覇気のない声でいわれても。

 すぐにまたぶつりと嫌な音を残して切れたあと、はあ、と大きく嘆息して前を見た。

 目の前で、揚子江が二つに分かれる場所がある。まるで半島か岬のように突き出た土地によって、川が二股に分かれる。

 その先端に緑で生い茂った城が、城郭が立ち並んでいた。

 上体を起こしてバランスをとり、銃床を二の腕にあてがって息を整えながら、小さく呟く。

「ここが……」

 白帝城。死んだ龍の端にこびりついた、人類の最前線。

 

 常緑の城が、紅砂に吞まれた大地に立ち向かうように聳えていた。


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