「ここから一時間の哨戒飛行か…………」
うんと疲れ切った肩を伸ばすようにして空を見上げる。真南で煌々と輝いていた太陽も若干西へと傾き、少しずつ陰りを見せ始めた。
およそ一時間後には紅の空になっているだろう。緑の城と紅砂の大地が黄昏色に染まる光景を夢想し、ふぅと一息ついて銃を擬す。
外部から背負う形になっている樽のような大きさの背嚢を背負いなおすと、肩に食い込んでいた革紐が緩んで鈍い痛みが広がった。
「痛っ……ぅ」
せき止められていた血が流れ出すような感覚。健全で健康的だが、その不快感を止めようはない。
グルグルと一通り肩を回し、首を回し。白帝城の上空に漂ったまま一旦の休息をとる。
衛気と営気を保ったままに空中でバランスをとるのは根気のいることだが、まあ慣れれば出来なくはない……といったところ。ほんの少しでも集中を乱せば発動機の調子が悪くなり、仕舞いには墜落してしまうところを加味すると、休息中でも完璧な安心は出来ない。
「気もガソリンも消耗品だから……そろそろ行かないと」
ぺちりと両手で頬を叩いた直後、突然ザリザリと嫌な音が耳の奥で響いた。
「うわっ! が、高少校!?」
びくと肩が跳ね上がる。魔導無線――気を用いた指向性ネットワークの接続時に、無理やり砂を耳の穴の中に押し込まれるような気持ち悪いノイズが走るのは、本当に直した方がいい。それか大漢民国空軍でも携帯無線機を装備するか。
恨み言と一緒になって、がくり、と発動機の回転数が落ちた。
「未確認機につぐ。所属と官姓名を名乗られよ」
「それどころじゃないんですが!」
崩れるバランス、近づく水面に軽くパニックを起こしかける。
ざりざりと喧しいノイズに構わず、右脚の飛行脚へ気を集中させて体勢を立て直す。
「……未確認機、所属と官姓名を名乗れ」
再度入電。
今度は脳裏に入り込んできた気の流れに集中して、確認
。冷静に、氷のような女性の声が、少し訛りのある大漢語を扱ったのが解った。
「こちら大漢民国空軍の柳哲生、階級は少尉です。所属は……」
そういえば、高少校の部隊は何という名前だったか。うんとうなり、思い当たった名前を口にする。
「所属は第四大隊準備隊……高志航少校の部隊です」
「
「了解。これより前線哨戒を行います」
訛りの入った声が、淡々と事務的な事項を告げて無線を終了させた。
よしと頷いて、銃把を握る拳に力を込める。これまで温存していた気を上昇へと回し、風を切って揚子江の上空高くへと舞った。
揚子江に沿った山々を、穴が空くようにねめつけながら飛び続ける。何か異常らしきモノが見つかれば銃を構えてその山に急行する。基本的にはその繰り返しだ。
四川盆地の外縁を成す山岳が高く、高く積み重なり、それ自体を堅牢な要塞と仕立て上げる。大漢の諸王朝が土木の変以降に生き残った理由の一つとしてこの急峻な山脈があげられる。
巫山神女と呼ばれたように、神代の時代から
「…………ん?」
ちかりと、山の端が光った。
渝北で見た航空廠の屋根みたいに銀色の、ほのかに赤みを帯び始めた太陽の光に当たってちかりと煌めく、金属質な輝き。
あんなところに鎮や道観なんてあったかな。
ふと首を捻ると、銃把を軽く握り直して山の中腹へ。緑で生い茂った山へと飛んでいく。
キラリとした光は近付くにつれて形をあらわにし、銀色の巨体が目に入る。
薄汚れた灰色の蜘蛛のような体から、一本。甲虫の角のように生えたそれは、砲。
えっ
一瞬、反応が遅れた。
刹那、轟音
「――――っ!!」
パッと視界に火花が散った。