飛龍隊戦記-ストライクウィッチーズ1937-   作:はまっち

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第八話 巫山弾雨

 その瞬間、長大な砲が火を噴いた。

 マズルブレーキも何もない無骨な砲、正確には“それを模した器官”を備えたその生物は、爆炎の向こう側に墜ちたモノをぼんやりと見据える。複眼を以て、ぼんやり、と。

 水銀が凝り固まったかのような巨体に、てらてらと光輝く重砲。サソリのように丸まった砲塔の下から、のっぺりと平べったい六角柱の体が這い出している。

 四本の足で長く伸びた草を地面に押し付け、土とともにざりと踏みにじった。

 彼らを怪異、と人は呼ぶ。

 その体は生物というよりはむしろ、機械。サソリのはさみのような金属光沢をもつ巨大な鋏がガチ、ガチと軋みを上げて打ち鳴らされる。

 バキバキと幾本もの小枝をへし折り、大木を根本付近から押し倒しながら重苦しく動きだす。

 銀色の怪異はその金属質な体をのそりと揺らして、また草むらの中に消えていった。

 西へ、西へ。瞿塘を越えて白帝城を目指し、のそり。のそりと。

 

 

 

「…………っぅ」

 少女はぼうぼうに生えた草むらの中で目を覚ました。カアカアとなく鴉のもの悲しげな鳴き声が耳に入って、意識が鮮明に覚醒する。

 時間の感覚がない。一瞬の立ち眩みなような気も、一日中寝ていたような気もする。

 思い出されるのは銀色。そして砲撃。

 蜘蛛のような、サソリのような銀色の生物の攻撃で、撃墜された。それだけは確証できたのに。

「……生き、てる」

 哲生は、呆然と呟く。

「…………撃墜された、はずなのに」

 何で。敵のアンブッシュに完全に嵌ったはず。

 混乱する頭を押さえ込んで、衣類の乱れ、ストライカーユニットの破損確認などを行った。

 手をやった臀部からは獣の尻尾が消え去っており、ぽかぽかと温かかった気も大半が喪失している。

 とはいえユニット自体の破損はほとんどなく、魔導発動機を内包した背嚢も無事。オストマルク製の巨大な軽機関銃も無事を確認できた。

「そうだ。奉節防空監視哨に連絡……」

 気を使うにあたってユニットを装着する必要は無いが、装着していた方が気を練り込みやすい。ごてごてした太い機械の塊に足を通しなおすと、航空学校で習ったとおりに下腹部、丹田へ力を込めた。

 胸の奥がじんわりと熱くなってきて、お腹に温かい気を溜め込みながら手足へと広がっていく。

 そばに転がっていた背嚢を背負い込む。その瞬間ずしりと、少女の肉体には重すぎるほどの重量が肩にのしかかった。

 ぐらり。足が震え、腰が笑い、草むらの上に尻もちをつく。気の巡りが良くなかったのか、力が入らない。

「っ、该死吧(ちくしょう)……!」

 カッと沸騰した頭のまま、丹田に力を込めた。

 赤熱した感情を無理やり下腹部に押し込んで、そのままふいごで火に空気を送り込むように(魔法力)を扱う。

 お願い。

 哲生は神仙への祈りと気の放出によって上昇する体温の中、鬼へただひたすらに祈った。ぴょこんと白い熊のような尻尾に、黒い同じく熊のような丸っこい獣耳が生える。

 鬼との融合が終わると、より円滑に宗気を丹田から練り込んだ。

 宇宙を包んで大気中に漂う気の動きに意識を集中させ、ただひたすらに。

「“石兵八陣”、“石兵八陣”、応答せよ!! こちら第四大隊準備隊柳哲生!」

 ざり。指向性の魔導ネットワークに接続されたとき特有の耳障りなノイズが、哲生の耳孔に薄く広がった。思わず耳をふさごうと体が動くが、それを意志で無理やり押さえつけてさらに強く、気を強く保つ。

「…………こちら石兵八陣、柳少尉どうぞ」

「繋がった!」

 やったと叫んで柏手を打った。定型文の無線応答を終えた後、哲生は大きく息を吸い込む。

「怪異発見!! 応援を要請します!」

「……怪異発見了解。柳少尉の現在地を申告されたし」

 現在地。とりあえずここは草むらということしかわからないが、飛行ルートと時間から大まかにではあるが推測ができる。

「恐らく巫峡です。巫山県巫峡鎮周辺」

「巫峡鎮了解。発見時刻は現在の1600時ですか?」

「いえ、…………恐らく、空模様から1時間ほど前かと」

 1時間。オペレーターはポツリとつぶやいて、何やらうなった。

「わかりました。直ぐに渝城へ情報を送信します」

 柳少尉も即時帰還するように。

 オペレーターの静かな声色とともに通信が切られ、同時にざりざりとしたノイズが消えていく。

 昂っていた気がだんだんと落ち着きを取り戻し、状況を確認する余裕もできてきた。草むらから身を起こして宙へ浮かぶ。

 寂びれた土塀の家屋と茅葺の家々。荒れ果てた野原や真下に見える大河から、かつて放棄された村の遺構に墜落したのだとわかった。

 沈み始めた西日が綺麗に茶色く濁り切った揚子江を。そしてその向こう流れる先にちらりと見える紅砂にまみれた荒れ地を照らす。

「……もう、帰ろうか」

 中央航空学校でも夜間飛行の訓練は受けていない。少女はうんと肩を伸ばすと、スリングを肩にかけて銃を保持した。

 水色の魔方陣が草むらに覆いかぶさるように描き出され、仙女の権能、そのすべてが哲生の体に宿る。

 あれ。

 寂びれた集落の廃墟の奥、川に面した山の裾野にちかりと光った銀色に見覚えを感じて、彼女はぽつりと呟いた。

「あれ……さっきの怪異、だよね」

 視線の先、常緑の広葉樹に体の大半を埋め、草影に銀色の砲を隠した怪異が、そこに横たわっていた。

 蜘蛛とサソリを足して機械的にしたような外観。小さな家一軒丸ごとが横たわっているかのように巨大なのっぺりとした体に銀色に薄汚れた巨大な砲塔がのっかったサソリ――人類の機械技術で作ることができれば『多脚戦車』とでもいえそうなその怪異は、のそりと起き上がると草木に身を隠しながら山の奥へと進んでいく。

「…………倒せる、かな」

 アンブッシュにさえ気を付ければもう大丈夫。

 欲が出る。ごくりと唾を飲み込み、銃把を強く握りしめる。

 怪異の弱点は判らないが、脅威はあの尻尾に取り付けられた長大な砲だ。

 のそり。銀色の脚が何本もの若木の枝を折り、体の揺さぶりに薄銀色の砲が振り回されては老木に突っかかり、たやすく破砕して動いていく。

 哲生は銃を胸に保持すると、荒れた畑の成れの果てとおぼしき荒野を飛んで集落を、その先の名峰巫山を目指した。

 流れる風に、銀色の装甲が輝く。

 こういう怪異の対処はシンプルに破壊、ないし無力化に限定される。

 そのために真後ろから――サソリという生物の構造上の欠点である大きすぎる尾を狙って、照準を合わせた。

「とった!」

 押し殺された小さな叫びとともに、引き金が限界まで引かれる。

 解放された火薬が膨張し、鉛の弾丸を一直線に吐き出す。相対距離1mを切ってもその弾丸は尽きることなく、巨大な砲塔にぶつかるやいなやのすんでのところで首を上げ、丁度怪異の真上を通り過ぎた。

 そこで体勢を立て直し、怪異に対して正面から相対。

「……うそでしょ」

 何の傷もついていないように見える尻尾を恨みがましくねめつけて、怪異の胸殻の上部に空いた黒い眼窩のような穴を見通した。

 哲西はすぐさま数発残っていた弾丸をサソリのはさみに当たる箇所へ向かって打ち出す。

 銀色の無機質な体表に鮮やかな火花が飛び散り、無残にひしゃげて弾き返されていく。

 弾倉を交換。30発分の箱型弾倉をズボンのベルトに着けた弾倉嚢から取り出し、空になった弾倉を地面に向かって無造作に投げ出した。

「怪異って、こんなに」

 堅い。まるで山に向かって礫を投げ付けているような。

 銃把を握る手に汗が浮き出る。この戦闘活動で気とガソリンと貴重な時間を無駄にしている分、長期戦は望めない。心に刻んで、からからに乾いたのどを唾で潤す。

 のそりと重苦しく動いた怪異はその尾から生えた長砲身の砲を宙に浮く哲生へ向けて擬した。

「っ……!」

 直後、轟音。

 砲口からにじみ出た閃光が森の中に煌めく。戦場の女神(重砲)を思わせんばかりの砲弾は一発、巫山の茜色に染まった空へ向けて飛び上がった。

 数秒ののち、遠い山の向こうで遠雷のような爆音がとどろく。

「危なかった…………!」

 でも、当たらなければいい。

 発砲した際の衝撃波を水色の防護陣(シールド)で防ぎ切った哲生はにまりと薄く笑って照準を合わせた。

 すぐさま怪異の右側に銃撃が浴びせかけられる。局所的に火花が散り、金属質の物質が連続して擦れあうような音が、機関銃の発砲炎とともに森の中へと響き渡る。

 弾倉が投げすてられる。機を熟したようにと、砲が動く。

 それを見て、砲口から逃げるように空を舞う。

 発砲、爆轟。すでにそこに少女はなく、ただ虚空へ向けて砲弾は飛翔した。

 最後の弾倉がベルトから取り外され、装填。水灰色の軍服をたなびかせ、少女は槓桿を一度引いて構えた。

「…………貫徹は無理、なら……っ」

 哲生は全身に気を張り巡らせて怪異へと一直線に翔ける。

 頭胸部にあたる箇所、普通のサソリなら単眼があると思われる穴を見据えて、銃を突きつけた。

 銃口を、ぐにょりと柔らかい感触が返す。液体金属で湯圓(だんご)をつくったらこんな感じなんだろうか。ふと、脳裏をよぎった。

 鉛玉が一気呵成に飛び出し、怪異の金属質な眼球を押しつぶしながら胸殻を突き破る。

 その瞬間銃を掌から離し、眼窩に突き刺したまま捨て置いた。

 白色のストライカーは長く伸びた銀色の重砲の横すれすれを飛び去って旋回。怪異の後方上空からこれに臨む。

 眼球を潰され、体内で鉛弾を暴れ回らせた怪異はその巨大な砲を大きく空へ向けて仰ぎ、断末魔の叫びとばかりに一発、天に向かって弾を吐きかけた。

 銀色の砲弾は空高くへ飛び出すと、それきり戻ってくることなく。

「…………やった!」

 銀色に耀いていた怪異は四肢から力を抜くと、だらりと尾部の重砲を木々の破片へと横たえて崩れ落ち――――そのまま、巫山に降りそそぐ雪のように白く爆ぜて。消えた。

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