飛龍隊戦記-ストライクウィッチーズ1937-   作:はまっち

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短め…………


第九話 誰何一叫

 怪異の死は、人間やその他の有機物・無機物問わず殆どの物質と異なり“消滅”という形で発生する。死亡――怪異自体の機能が停止したとき、その全身が白い剥片となって爆ぜ散り、跡形もなく風に飛ばされてしまうのがそれだ。

 大漢民族の主流教派である道教的思想においては、その体を構成する気が霧散し道へと転じるため――と解釈される。

 ただし炭が灰になるのに時間がかかるように、気が霧散していくにも時間がかかる。

 “万が一あるかもしれない”とされた怪異との戦闘では、敵の攻撃のほかに破片の飛散に注意して即座に退避せねばならない。丁度三か月前に卒業した中央航空学校ではそう言明された。

「覚えてた、はずなのにな……」

 哲生はぱちぱちと軽い音を立てて火の粉を上げる焚火を恨みがましく眺めた。

 夜のとばりは既におり、明かりがあっても目の前2m先すら見えやしない。

 はぁ。小さく吐いた息が、真っ白く靄のように漂っては消える。ぶるりと身震いして焚火の前に丹田に

 夜間飛行ができない大多数の仙女にとって、目の前にある大木にも気づけないというのは大きな障害だ。見えた瞬間ぶつかっているようなもので、極力飛ぶべきではないと厳命される。

 少女はふと思い返しながら、古びた家屋の土間に蹲っていた。

 家屋の廃材からはぎ取った木材がぱちりと火の粉を散らし、それきり土間に静寂が訪れる。

「っ、……寒い」

 ぶるりと身震い。

 丹田に力を籠める。少しでも体温を保持したいなら、魔法力――気を発して微弱なりとも発熱、保温を行う。それが山中での遭難時の常道だ。

 練った気を薄く体内に張り巡らせる。胸だけに蟠っていた熱がじんわりと血管を通じて全身に行き渡り、指の先までほんのりと体温が感じられるようになる。

 ほう。と思わず嘆息した。

「これでユニットが無事なら良かったのに」

 ちらり、土間の片端の壁に立てかけられた一足の白い円錐――ストライカーユニットと同じく白い樽を眺める。

 背負い紐のついた樽、魔導発動機のユニットから伸びた何本もの管は無残にも途中から斬られており、その鋭利な断面から電線のような赤銅色のコードがみえた。

「……はぁ」

 大きく火の粉を散らして、炎は揺れる。

「結局、撃破報告も遭難報告も出来なかったし…………監視哨の人も高少校も、探してるかも」

 はあ。一つ嘆息した。

 怪異の撃破からかれこれ数時間と言ったところだろうか。時計がなく日も見えない現状では、時間の感覚も薄くなる。

 だがそれほど長い時間何の連絡もなければ、何らかのアクションを取るだろう。何せ宗教的にも軍事的にも貴重な仙女だ。悪くてそのまま未帰還(MIA)、良くて回収班が組織される……といったところか。

 ぽつりと小さく呟く。

「明日明るくなったら、歩いて帰ろう」

 でも、そこまで上手くいくだろうか。

 ため息をついて、ぎゅっと銃を抱き寄せた。

 白帝城までおよそ70kmほど。飛べば20分でつくものを、歩けばどれだけ掛かるか分からない。

 しかも、ストライカーユニットによって気を増幅させることが出来なくなれば、後に残るのはただの少女だ。

 大きな魔導発動機も、歩くことを考えていないユニットも、10kg近い重さを誇るオストマルク製の軽機関銃すらもデッドウェイトに他ならない。

 焚き火がぱちと、小さく火の粉を飛ばす。

 細かく崩れた炭の上に乗せるように、細く切られた板を置いた。

 隙間風が炎を揺らす。

 農家の家、と言ったところだろうか。留め具がガタガタに緩んでつかいものにならなくなった鍬が壁に立てかかっていた。

「…………寝ようか」

 哲生は燃えさしを焚火から外す。火が燃え移ったばかりだった廃材は土間に広がる土に思い切り叩きつけられると、炭化した先端をまき散らしてその炎を消した。

 続いて銃を置いて立ち上がると、鍬から鉄製の刃を取り外すために戸口へと歩み寄る。

 瞬間、外でざりっと砂が鳴いた。

「っ!!」

 弾丸の入っていない銃を思い切り拾い上げると、両腕で無理矢理正眼に構える。

 銃身を強く握り、木製の銃床が先端に来るように。

 巫山の向こう側、宜昌の地からは人の住むところではなくなっている。そこに跋扈するのはただ、銀色の無機質な肉体を誇る怪異の群れだけだ。

 だからと言って怪異がいないわけではない――ついさきほど撃破した怪異のように。

「……誰っ」

 答えはない。板が小さく爆ぜ、ごくりと唾を飲む音だけが広がるのみ。

 震える唇をぎゅっと強く結ぶと、気をより強く練る。ほのかな温かさが全身に広がり、両腕へと収縮される。銃を持つ腕の震えがなくなって、まるで木の棒でも握っているかのようだ。

 気による筋力の強化が確認された後、すぅ。と呼吸を整えて戸口へと歩く。

 ざり。なった砂の音は哲生のものか外からか。

 返すようにもう一つ、ざりと。

 唾をのむ。乾いたのどを唾液が通り過ぎていく。

 ざり。戸口の向こう側で立ち止まった足音に、銃を握る手に汗がにじむ。

 がたん、大きく音を立てて揺れた木製の戸口へ向かって、軽機関銃を思い切り振り上げた。

「やぁぁっ!!」

 気を通したウィッチの筋力で振り下ろされた10㎏の鉄の塊は、そのままの勢いをつけて振り下ろされ――水色の燐光に阻まれる。

 ガツンと重量感のある衝撃が発生し、銃が哲生の腕から離れた。

 えっ?

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で水色の燐光を見つめた哲生に、戸の向こう側から声がかけられる。

「まったく。信じて送り出した子がこんな遅くまで帰ってこないとは驚きだよ、いったいどこの娘娘と遊んでたのかね?」

 現れた水色の魔方陣――シールドが消え去ったあと、黒髪の女性が漆黒の闇から浮かび上がるように戸を開ける。

 

「がお、しゃおじえ…………?」

 小姐(シャオジエ)じゃない。少校(シャオシアオ)だ。

 黒髪の女性は――高少校は、くつくつと静かに笑った。

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