唐突にアニメ五話が始まるけど前回で四話分は終わりです。 時系列は前回の翌日、つまり最終決戦の幕が上がりました。
戦わなければ生き残れない。
険しい顔をした美森と、穏やかな顔色の友奈が、横に並んで通学路を歩いていた。
「なんだか、暖かくなってきたね。 東郷さん。」
「ええ、そうね、友奈ちゃん。」
美森の表情が険しい理由は、持ち帰って読んだ勇者御記が原因である。
「冬ももうじき終わるね、春が楽しみだなぁ~。」
「っ――――……そうね。」
春まで生きることが出来ない天命を押し付けられた少女が、美森の横で不安を気取られないように、まるで普通でいるように振る舞うその様子があまりにも痛々しい。
解決法か一切分からないまま翌日を迎えてしまった美森は、友奈の言葉に生返事を返す。
「ねえ東郷さん。」
「うん。」
「私ね…………。」
「うん。」
「結婚するの。」
「うん。」
――――――うん?
「んん!?」
突然頭を殴られたかのような衝撃。 思考が真っ白になっている美森に、友奈は続けた。
「私、結城友奈は結婚します。」
「―――――だ、駄目よ友奈ちゃん! まだ中学生なのよ!? と言うか相手は誰!?」
飛び掛かる勢いで友奈の肩を掴み、顔を可能な限り近付ける。 食い気味の動きに、友奈は頭を後ろに下げることで美森から遠ざかろうとした。
「もしかして紅葉くん? 駄目よ、紅葉くんは私の――――じゃなくて!」
「落ち着いて東郷さん、紅葉くんは別に…………それに、相手は神樹様だから。」
「……………………え。」
無意識に、美森は友奈の肩から手を離す。
「神婚……って言うんだって。 続きは勇者部で話すから、今は学校に行かなきゃ。」
友奈はそれだけ言い終わると、美森の手を引いて学校まで小走りで向かう。
引っ張られる美森は、神婚とはなんぞや、という質疑と――――この時間帯であれば必ず夏凜達と登校している筈の紅葉の姿が無いことを、疑問に思っていた。
◆
長い石段を上り終え、友奈は街を一望できる高屋神社へと赴いていた。
「怖くない――――。」
街を見下ろし、友奈は呟く。
「怖く、ない―――。」
汗を拭い、ただ呟く。
「私…………決めたよ……!」
「何をだ。」
「ひぇぇっ!?」
背後からの唐突な声に、友奈は汗だくのまま飛び上がるように驚いた。
慌てて振り返ると、顔を触り心地の良いモノが顔を覆う。 手に取るとそれはタオルだった。
「も、紅葉くん……?」
「お前なら、街を一望出来るここに来ると思ったよ。」
紅葉もまたここに来るまでに疲れたのか、決して少なくない汗をかいている。
「友奈のことだ、神婚を受けるんだろう?」
「………………うん。」
「何故なら祟りに寿命を削られているから。 ああ気にしなくて良いぞ、干渉しすぎてもう手遅れだからな。」
ごほっ、と咳を吐き、手のひらにべったりと着いた赤黒い血液を見せた紅葉。
顔色を青くさせ、友奈は口を手で隠した。
「そ、んな…………それも、私のせい……?」
「いやこれは違う。 単純に俺の体にガタが来てるんだよ、安心しろ、世界が救われようが救われまいが俺は死ぬ。」
なにせ……と続けて、紅葉は白い息を虚空に吐き出す。
「俺のこの体は―――――。」
◆
「あのね友奈、あたしが大赦を毛嫌いしてるからとか、そう言うのを抜きにして言うけどね、神婚なんてやめなさい。」
「いやあ流石にキモいわね。 神様と結婚して人類を管理? 宗教家が信者に自殺を迫らせてるようにしか聞こえないんだけど。」
「……だよねー。」
勇者部のヒエラルキートップである風と歌野に最速で否定され、さしもの友奈も顔を渋くする。
「友奈さんを犠牲にして平和に生きようなんて、そんなの、なんだか気味が間違ってます!」
「そうだよゆーゆ、ちょっと考え直そう?」
風と歌野の後ろで話を聞いていた樹や園子にまで否定をされ、友奈は一瞬たじろぐ。
そう、その意見は正しい。
友人を犠牲にした世界で平和に生きましょう、と提案されて首を縦に振る人間は勇者部には居ない。 この場で正しいのは勇者部の皆であり、間違っているのが友奈だ。
そんな友奈に、棚を背にして寄り掛かっていた夏凜が質問を投げてきた。
「そういや、朝から紅葉のこと見てないんだけど。」
「…………紅葉くん?」
「あんた、なんか知ってるでしょ。 もしかして、ここに来る前に会ってる?」
「……うん、会ってるよ。 でも、紅葉くんはもうここには来ない。」
夏凜は目を細め、視線を逸らしながらそう言った友奈をじっと見やる。 不意にばち、と友奈と視線が合い、観念したように友奈が口を開いた。
「世界が滅び掛けてるって言ったよね。 神樹様の力が尽きそうになっていて、私が
「そうね。」
刃物のような鋭い左目の眼光が、『続けろ』と言っている気がした。
「御姿の私にしか出来ないから――――天の神の祟りでもうじき死ぬはずだったから、せめて残り少ないこの命を皆の役に立てたい。 そう思っていたんだ。」
「友奈ちゃん、祟りの事を口にしたら災いが…………!!」
美森の言葉に、歌野と夏凜が即座にスマホを構えて前に出る。 その後ろで、風と園子が樹を庇った。
爆発事故という形で殺されそうになった歌野と園子、泥に襲われた夏凜、車にはねられた風。 そこまで行った祟りの進行は、最早人を殺す。
「大丈夫だよ東郷さん…………今の私の体に、
「……どういうことよ。」
疲れの滲んだ乾いた笑みを浮かべる友奈は、口をついて出た夏凜の声に返した。
「こう言うことだよ。」
「な、ちょっ」
あっけらかんとした態度で、友奈は制服のボタンを外す。 そして左肩を露出させた。
「――――その痕は、まさか祟りの……?」
風が、友奈の肩、厳密には鎖骨と胸の間辺りを見てぽつりと呟いた。
そこにあったのは、乱雑にシールを剥がしたときに残った接着部分のように、歪に残った炎の焼け跡。 焦げみたく黒と茶色が混ざった、見ているだけで不快感を催す祟りの残りカスだった。
「私の体にもう祟りはない、そして紅葉くんがこの場に居ない。 これだけ言えばもう分かるよね、夏凜ちゃんも、歌野ちゃんも。」
「――――あの馬鹿野郎……っ」
「紅葉のやつ……祟りを引き受けたの……!」
スマホが砕けん勢いで握り込む二人。 一際仲の良い二人だからこそ、その事実が――――人知れず問題を抱え込んでいる友人の相談に乗れなかった事が、悔しかった。
「紅葉くんは、自分の寿命と私の祟りを交換したんだよ。」
無情にも、友奈は淡々と事実を告げる。
そう言いながらスマホを取り出すのを見て、美森が友奈に問う。
「……何をするつもり?」
「私は神婚をしないといけない、これは『誰かに言われたから』とか、『そうしないとカッコ悪いから』じゃない、私の意思。 それ以上に、私は紅葉くんから命を貰ったから。」
スマホのアプリを、画面を見ずだらりと手を下げたまま指で操作する。
「でも、皆は私の覚悟を否定するんだもん。 それは正しいと思う、でも――――――お願い、邪魔をしないで。」
瞬間、暴風と共に赤の混じった桜の花びらが友奈を包む。 横に立っていた美森は咄嗟に顔を覆って離れ、夏凜と歌野が即座に同じくアプリを起動した。
「話が通じないなら力ずく。 良いわね、分かりやすくて。」
「こうならないために話してた筈なんだけど。」
白と黄色の衣装を着た歌野と、漆と紅の衣装に身を包む夏凜の二人は、右半身が赤に侵食された桜色の友奈を見る。
その額の右側には鋭利なナイフのような角が伸び、左側は根元から折れていた。
「神樹様の元に行く。 止めるなら、戦うよ。」
「行かせるわけないだろ。」
「まあ、止めるべきよね。」
残像しか残らない動きで肩、肘、手首を効率良く動かして、歌野は鞭をスイングする。
通常の鞭の先端の速度は、容易に音の壁を突き破る。 だが、それを勇者が行ったら?
「ッ――――シィッ!」
正しく蛇のように、鞭は空中で軌道を変えながら友奈に迫った。
鏃のような先端が友奈の胸を捉える寸前で、友奈はアッパーを繰り出しその先端を弾く。
バチィンと甲高い音を立てて、鞭の先は天井に突き刺さった。
「は、嘘でしょ……!?」
「ボケッとすんな歌野ォ!!」
慌てて鞭を引き抜こうとする歌野より前に出て、峰を向けた刀で友奈を狙う夏凜。
しかし友奈は籠手で上手く峰を滑らせ、夏凜の二刀流の尽くを受け流す。
その身一つでバーテックスを殴り殺してきた、かの初代勇者の戦闘経験を天ノ逆手から受け取っている以上、今の友奈に決定打を与えられる者はこの場には居ない。
やがて左手の刀を裏拳で砕かれ、反射的に右手の刀を両手で掴むと、夏凜の体に凄まじい衝撃が走り後退させられる。
友奈の突き出された掌底と、陥没した床が威力を物語っていた。
「が、ぐ……っ」
膝が笑い、夏凜は膝を突く。 ようやく鞭を天井から引っこ抜いた歌野に、友奈は半歩で距離を詰める。 その右手は強く、深く、重く握られていた。
「ごめんね歌野ちゃん、まだゲージ残ってるよね?」
「おご――――。」
ずん、と床を踏み砕き、震脚を行う。 足から手までに全身の筋肉を通してエネルギーを貯めた拳が歌野の心臓に埋まり、貫通した衝撃が背後の窓ガラスを粉砕する。
精霊バリアの勇者生存機能が無ければまず間違いなく、心臓は潰れていた。
崩れかけた体勢をなんとか整え、机に手を突いて辛うじて立っている歌野と、刀を杖に立ち上がろうとする夏凜を見て、友奈は右手を左腕近くまで持ってくる。
「………………ごめんね。」
そして、友奈は右手を全力で振るった。
台風の中に居るようなとてつもない突風が発生し、夏凜と歌野は丸めた紙くずが文字通り風に煽られたように窓際に叩き付けられる。
致命傷とは判断されず、幸運にもバリアが起動することはなかった。
完全に敗北した二人と、部室の他四人は、変身を解いて部室から出て行く友奈を見届けることしか出来なかった。
◆
現状の全てを伝えられた友奈に、紅葉が不意に、血を吐きながら指を立てて提案した。
「今お前に出来るのは二つだ。 一つは祟りを体に残したまま神婚を行うこと、ただしそうすると学校に行く過程であいつらの誰かが確実に死ぬ。」
人差し指を立てながらそう言った紅葉は、友奈が何かを言う前に続けて中指を立てる。
「二つ、俺の残り僅かな寿命とお前の祟りを交換する。 そうすれば、犠牲は俺だけで済む。」
「そ……そんなこと、出来るわけない! 紅葉くんの命を、貰うなんて…………っ!」
優しい友奈は、当然否定する。 だが、それを予想していた紅葉は、血が抜けてフラフラになりながら続けた。
「お前もわかってるだろ、誰も死なずにハッピーエンドなんて、叶えられるわけが無いって。」
「…………そう、だけど……紅葉くんが死ぬ必要なんて、あるわけ……。」
「…………これは天命なんだよ。
西暦で無様に死ぬはずだった俺が、高嶋友奈と出会って、四国であいつらと生き延びて、神世紀初期にようやくくたばって、それでもまた生きちまった俺が今唯一出来る善行がこれなんだ。」
感極まり目尻に涙を浮かべた友奈のそれをタオルで雑に拭うと、小指と薬指が根元から灰化した左手で髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。
そのまま脳天を掴んで体を反転させると、背後だった場所に、若葉が立っていた。
「―――若葉、ちゃん……?」
「お前がどう拒否しようと、それは知ったことじゃないんだよ。 ごめんな。」
「ああ、本当に、すまない。」
若葉が紅葉に同調して友奈に謝ると、若葉は抜き身の生大刀を友奈の左胸の辺りに突き刺し、その勢いで紅葉の胸にまでその刃を深くめり込ませた。
「う、あ、ああ゛っ!?」
「ぐお、お…………この痛みを、お前は、ずっと…………ッ!!」
若葉の生大刀が貫いた祟りは、紅葉の体に移される。 生大刀を引き抜いたその瞬間、友奈の体は信じられないほど軽くなり、逆に紅葉の体は金属の塊を何個も乗せられたような重圧と全身を引き裂かれているような激痛に襲われた。
「そんな……も、みじ、くん……!」
「これで良いんだよ、友奈……。」
荒く呼吸をし、玉になった汗を額から顎まで垂らす紅葉は、満足気に笑う。
「神婚をするなら、体は綺麗にしないとな。」
「――――紅葉くん、本気なんだね。」
「ああ。 俺の命をお前にやるから――――お前はなるべく、生きろよ。」
そこまで言われて、友奈の瞳から迷いが消える。
袖で涙を拭い、後悔に押し潰されそうな苦々しい表情を浮かべていた若葉を一瞥した。
「紅葉くんを、お願いします。」
「…………引き受けた。」
その言葉を聞くや否や、友奈は、高屋神社の階段を駆け降りてその場から姿を消す。
残された二人の内、若葉は仰向けに倒れている紅葉に近付く。
「良いのか、さんざ利用されて最期にこれで。」
「二度目の死に、恐怖なんかねえよ。 ひなたには怒られちまうだろうが、これで良かったんだ、
「…………二つ目の、願い? 紅葉、お前は何を言っているんだ。」
疑問符を浮かべる若葉を無視して、紅葉は言う。
「おい、聞こえてるんだろ。 再契約と行こうぜ、願いを叶えやがれ。」
「なにを――――なんだっ!?」
紅葉の頭上に、いつの間にか、青白い光の球体が現れる。 脊髄反射で生大刀を構えた若葉だが、不思議と敵意を感じられず、警戒を解かないまま生大刀を鞘に納めた。
「紅葉、なんなんだこれは。」
「知らねえけど、俺を四国に来るよう呼び掛けてたのがこいつらしい。 ようやく思い出した。」
痛みを堪えながら起き上がると、紅葉はその球体に手を翳す。 そしてそのまま、青白いそれに向かって言葉をつぐんだ。
◆
「皆、ちょっと聞いてくれるかな。」
「どうしたのよ乃木、言う事があるならさっさとしてちょうだいな。」
部室の荒れた状態を元に戻し、友奈を追いかけようとした皆を、園子が呼び止める。
「もーみんの事で、話しておくべき事があるんだ。 皆は、西暦にいた人が、どうやって神世紀の今に存在できてるんだと思う?」
「…………さあ、紅葉の事だしなんかそう言うことが出来るんでしょ。」
「歌野…………いや、まあ出来そうだけど。」
呆れる夏凜を横目に、園子は続ける。
「もーみんの魂は、神世紀の先人家の子孫の肉体に入ってる状態なんだよ。 血の繋がってる体だから、拒絶反応もなく先人紅葉の魂は、新たな体でも違和感なく動かせている。」
「あー、つまり?」
風の急かす言葉に、誰もが一度は考えたが答えを出せず黙っていた事に、園子は切り口を入れた。
「今の神世紀の子孫の肉体に先人紅葉の魂が入っているなら、元々その体に入っている筈だった魂は、何処に行ってしまったんだろう? そんな事を考えたこと、ある?」
「…………元の魂は弾き出されて消えた?」
「融合して一つの魂になってるとか。」
当たり障りのない誰もが考えるだろう答えに、渋い顔で首を振って否定した。
園子は、全員の顔を見てから、深く息を吐いて言った。
「あの体に魂は元から入ってなんかいなかった。
――――あの体は、死産だったんだよ。」
『ゾンビモノのシリーズは一作目序盤の雰囲気が一番面白い』の法則は、『なんとなく書き始めた小説は最初の数話が一番筆が乗る』の法則に近いと思う。
あと単純に『人間対怪物』が『人間対人間』になるのも原因の一つなんじゃないかな。